◍ 彼は私にとって
「………………なるほど。ちょっと………………、玉繭を見てきます」
希少な夫婦蚕が共同作業で作り出す玉繭――、同功繭とも言うが、縁結びのお守りにされるそれを今見に行っても、虚しさが増すだけだろう。そうは思いつつ、この上、追い打ちをかけるような身も蓋もないことを言えた師ではない。
奉里の取り扱いにはよほど慣れているつもりだった。しかし、彼女の虚ろな声、ふらりと立ち上がって歩いていく後ろ姿が、蚕姫を反省させた。不安要素を並べすぎたかもしれない。
どうしたものかと、手の中の翡翠の勾玉を見つめる。
それにしても、皐月の存在が奉里の内側で、あんなにも心にぽっかり穴を開けるほど大部分を占めるようになっていたとは……
いや待てよ――? 蚕姫はチロリと目線を上げた。
自分が知る限り、奉里は十六にもなる年ごろの娘のくせに、普段から世話の焼けるジジイ、ババアと子どもばかり相手にしているせいで、男女の色事には縁遠い。
皐月のことは嫌いではないだろうが、好きだとしても〝男として〟――なのか甚だ疑問。
とすれば、半ば彼女が抱いているだろう今の虚無感・喪失感に似た感情は、いわゆるアレではないだろうか。
〝殻の巣の気病〟 子離れできないお母さんがなるやつ。
「……。」
蚕の世話を手伝わせてきたのが影響しているとしたら、皐月に詫びよう。お前は奉里にとって、もっとも世話の焼けるかわいい御蚕様になってしまっているかもしれないと。
「…………。」
やばい。ここで下手を打てば縁を切られる。奴から得ているのは霊草の知識だけではない。
一級の神酒――。萼国夜叉というのは、花人と名を変えてまで人間に歩み寄ってきただけあり、牙を剥くしか能がない連中ではないのだ。
自分たちが千年大戦で獲得し、保有・増幅させてきた資産を交渉材料に使う。鉱石・呪具・武器・霊草・薬草・穀物・清水、そして神酒――。
「待て奉里」
「……はい?」
蚕姫は咳払いした。
「手を打ってやらぬでもない。まずは、私の夫婦蚕の糸で北に渡れ」
「北って……、北紫薇巉ですか?」
紫薇花とは猿滑という花木のことで、これが北州の現世界樹を担っていると聞く。だが、界境の向こう側のことは何も知らないといって等しい。皐月の方向音痴をさんざん馬鹿にしておきながら、奉里もいざ一人旅となると不安がないわけではない。
「心配するな。皐月の手足に〝蒐〟という花人がおる。わけあって、萼ではなく野に暮らしている」
「それ、大國さんと一緒だ」
「ああ。萼国には公のことに対応する夜覇王樹壺の軍鬼人と、秘密裏に動く野守の軍鬼人がおるのじゃ。まぁ、詳しいことはおいおい、その蒐が教えてくれよう。皐月の鬼嫁候補として、認めてもらえればの話だがな――?」
奉里は喜びかけたが、鼻で笑って文を書く準備に取り掛かる蚕姫に目を据えた。
【 玉繭 】
実際は一頭以上。雌雄一対で作り上げられるとは限らないらしいです。




