◍ 世界樹の挿し木
「この木の管理者は誰――?」
聞けば、王都へ向かう途中、それらしき巨木の樹冠が見えたため、寄り道したのだとか。
トルジは未だ、狐につままれているかのような心地でいた。
本当によく似ている。帷帽を取った方士の顔は、〝寝ぼけ目の蓮彪将〟と言っても過言ではなかった。
見た目の年齢は十代半ばくらいだが、大胆不敵な性格か、教養が無いのか、一見で土地公と分かる岩治にさえも敬語を使わない。
しかし何故か不思議と窘める気が起きず、岩治も木から下りてトルジと並んでいた。三歳児のように小さい年寄りに、じっと見上げられている我に返って、トルジは慌てた。
「わ、私だ」
「ああ、いや。世話人じゃなくて、養い手の按主が誰か聞いてるんだよ」
「ここにはおらん。ご推察の通り、これは八年前に倒れた南世界樹の挿し木で、埠阮郡城の方にいる按主さまが地中を通し、育てる協力をしてきて下さった」
「異界国から来た越境人だけど、壽星桃が倒れるに至った経緯は聞き及んでる。挿し木ってことは分身体だよね。あえて、魔性のまま残してるっていう……」
「君は何者だ?」
方士の少年は〝皐月〟と名乗った。だがそれだけでは、素性の説明になっていない。
トルジは戸惑い気味に尋ねたが、一番気になるのは、世界樹の挿し木について知って、どうしようというのかだ。これは自分が守らなければならない、大切な木だ。
「あんたには王都までの道案内を頼みたいから、あとでゆっくり話すよ。それより、他所にも挿し木ってあるの? どこのが次代世界樹候補?」
岩治が高らかに笑う。
「何処もまだまだ、〝天梯〟の異名を誇る代物には遠く及ばんよ」
壽星桃の挿し木――、一部から育った分身体ということは、そう。皐月の言う通り、按主が力を注いでも、それは大地ではなく、〝ある方向〟に流れてしまう。
岩治が話を続ける。
「親が掛かった呪いを、引き継いでしまっているようなものじゃ。食べても食べても腹が満たされない呪い。しかも、怨敵である呪者を見つけ出し、倒さなければ、元来がどんなに立派な姿であっても、この木が世界樹に戻れる日は来ない」
四大世界樹のいずれも、その務めは天壇按主の化育の力を大地に注ぐ媒体だ。だが八年前、呪いに侵された壽星桃は生命の危機に瀕して大量の養分を欲し、国一番の天壇按主を死に追いやるほど消耗させ、ひいてはこの大地までやせ衰えさせた。
「そんな魔物のような性質が残る幼木に、我が土地の豊饒と引き換えにしてまで、あえて乳を与え続けてきた理由は外でもない」
「いつか、正式な世界樹にするため――でしょ? どうか見限らず、今はまだ痩せの大食いなだけだと思って、かわいがってやってほしい。呪いを断つ方法はある」
微苦笑交じりのこの言葉を聞いて、トルジはようやく皐月に対する警戒心を解いた。と、同時に、彼がおもむろに歩み寄り、白骨化している枝に触れるのを、不思議な気持ちでなんとなく見つめる。
皐月はしばし耳を澄ますように黙ってから、木の言葉を代弁するように語りだした。
「そもそも挿し木っていうのは、種から育つ実生苗と違って、直根にはならない」
つまり、根の張り方が広いが浅い。倒れる可能性も高い。半面、地下の養分ではなく、地表に近いところに撒かれた追肥を吸収しやすいため、成長が早いという長所がある。
「だから、あんた方は挿し木を育てるよう指示されてきたんだよ」
「では、この幼木の根は地下深くで、時化霊に接しているわけではないと? なら、何故このような老木にしか見られない現象が起きている? ここ数か月で急に成長したと思ったら、一部に老化が起き始めた」
「さぁ。それは、詳しく調べてみないことにはなんとも……」
皐月は言いながら片膝をつき、木の根元の土を摘み取った。
やはり普通の黒土。だが、来る途中に採取した土は、あらためて見比べると妙に青白いように思える。
「ここに調査隊を派遣するよう、言っておいてあげるよ。これから、原因を突き止められそうな知り合いのところに行くから」
「トルジ、馬車を用意してやりなさい」
「は」と短く応えるトルジから皐月に向き直り、岩治は腰に両手の拳骨を添えた。
「ところで、つかぬことを尋ねるが、もしや、その知り合いというのは…」
皐月はすくっと立ち上がって、「ああ」と思い出したように言い、岩治を見下ろした。
「蓮彪将――、対黒同舟花連。萼国から派遣されてる花人部隊の隊長殿だよ」
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