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昼休憩。平穏にうずもれる確かな悲劇と狂気。

 私が澄玲さんを連れて出向いたのは、鍛冶屋街から歩いてすぐの場所にある、職人達にも御用達のそば屋です。

 のれんを潜ると店内は清潔に保たれていて、出汁の香りが漂ってきます。

 まだお昼には少し早いのか空席が目立ちますが、すぐに満席になって、店の外まで行列ができることでしょう。


 私たちが店に来たのに気がついたのか、店の奥からもぞもぞと……

 白い毛むくじゃらの塊が姿を現しました。

「いらっしゃい! おや、ベルさんじゃないっすか!」

「店長、久しぶりです。今日は後輩を連れてきました」

「あのベルさんにも後輩が……時代の流れは早いですな!」

「はいはい。じゃあいつものを……二人前で」

 人間界の生き物とは似ても似つかない、なんとも表現のしづらい毛むくじゃらな魔物は、この店の店長で。

 ちなみに以前、彼から『食材調達』のクエストを受注したこともあり、ある程度顔見知りの仲でもあります。

 店長自ら客の対応をしているのは、人手が足りないわけではなく、単に彼自身の趣味なのだとか。


 澄玲さんと一緒に適当な、空いている席に座ってしばらく待つと、みすぼらしい服を着た人族の店員ができあがった料理をテーブルの上に並べて、逃げるように奥に帰りました。

 運ばれてきたのは、エビの天ぷらが堂々と居座る天ぷらそば。

 ほかほかと湯気を上げながら、おいしそうな香りを漂わせています。

 店長が気を利かせたのか、いつもよりも大きくて質の良いエビが使われているような……

「さあ澄玲さん。食べましょう!」

 手を合わせて「いただきます」と唱えて、さあ食べようと箸に手をつけると……澄玲さんが心配そうに私を見ています。

「あの、ベル先輩。そば……猫が食べても大丈夫なんでしたっけ?」

「澄玲さん、それは。私が注文したんだから大丈夫に決まってるじゃないですか……それに、猫人族にせよ社長のような魔猫族にせよ、人間界(こっち)の『猫』とは違う、魔界由来の生き物なので、特徴はほとんど一致しません。なんだったら社長の好物はタマネギをたっぷりつけ込んだシャリアピンステーキです」

 ちなみに、猫にそばを与えると中毒症状を起こすことがあるそうです。猫を飼っている方なら、そばを与えるのは避けた方が無難かもしれません。

「社長って……猫なのに、ですか!?」

「だから『猫』じゃなくて『魔猫』なんです。魔界由来の人達にとって人間界の食べ物が毒になるなんてことは珍しくもないですが、それは当人が一番分かっています。基本的に澄玲さんが心配する必要は、ありません。さあ、さあ! 覚めてしまう前に食べてしまいましょう!」


 うん。相変わらず変わった味ですが、ちゃんとおいしいですね。

 この店が人気な理由。それは鍛冶屋街に近い立地も関係ありますが、それ以上にこの味です。

 単純な料理だからこそ、こだわればこだわるほどに、味もよくなるそうです。

 まあ私は美食家ではないので、なんとなく「おいしい気がする」という程度なのですが。

 いずれにせよ、食の探求を忘れない店長の努力がこの味を生み……

 そして新たな仕事(クエスト)が生まれるのです。

 食材確保系のクエストは、安定して利益が出やすいですから。できるだけ長く続いてほしいものです。


「そういえば……澄玲さんは、どうしてうちに?」

「はい。魔界で働いてみたかったんですが、さすがにそれは叶わないので……」

「ほうほう……それはまた、なんで?」

「魔族の方と交流を持ちたかったんです。その……兄の遺言もありまして」

「兄……遺言……そうですか、ご冥福を」

「いえ、気にならさないでください。それでその、兄から届いた手紙には、『魔族と仲良くしなさい』って。兄は魔族と戦争をしていたはずなのに、どうしてそんなことを言うのかと」

「それは変わったお兄さん、ですね。優しい方だったんですか?」

「いえ実は……私は兄のことを覚えていないんです。実家には確かに、兄らしき人がいた痕跡はあるのですが……」

「そうなんですね……澄玲さん。ご家族からは聞いていないんですか?」

「家族は、私が兄の痕跡を追いかけていることを知りません。遺言状も、大切にしまっていたのをこっそり読んだ、だけなので……」

 ……入社理由を聞こうとしたら、想像以上に暗い話題になってしまいました。

 顔を知らないとはいえ澄玲さんにとっては大切な家族。そんな兄は、魔族との戦争で命を失った。

 つまり魔族は、澄玲さんにとっての「家族の仇」ということに。思うこともいろいろあるのでしょうが……

 これではせっかくの昼食が。話題を変えましょう!

「そうだ、澄玲さん。食後にデザートも食べましょう! 注文してくるので澄玲さんはここで待っていてください!」

「え、そんな。悪いですよ……」

「良いですから! 私が食べたいんです。澄玲さんには申し訳ないですが、付き合ってもらいますよ!」

 私は残りのそばを掻き込んで、食べ終えた器を持って店の奥へと向かいます。

 せっかくなので、店長にすごいケーキを作ってもらいましょう! そば屋でケーキ。だけどこの店の店長なら、それぐらいの無茶振りには応えてくれるはず!

 まあ私はこのときの軽率な行動を、後悔することになるのですが……


 ◇


 店の奥へと向かい、調理している料理人を眺めている店長に声をかけると、彼は気さくに応えてくれました。

 そして私の無茶振りも、むしろ彼の方から「そうか。確かに新人には『祝い』が必要だな!」と言って、積極的に協力してくれるようでした。

 まあ無理だったらそれはそれで、帰り道に菓子屋にでも寄れば済む話ではあったのですが。

 そうして厨房を後にして店に戻ると、さっきまで私が座っていた席のあたりから、不快な音が聞こえてきます。


「ゲゲ……ここは貴様のような『敗弱』の来る店じゃねえ!」

「ゲゲ……おいこいつ、贅沢にもテンプラソバを頼んでやがる! 俺達ですら、ザルソバで我慢をしているのに!」

「オラ、なんとか言え、このっ! 敗弱は言葉も話せねえのか!?」

「「ゲゲゲッゲゲゲゲゲッ!!」」

 人型サイズのウシガエルのような姿をした魔物が三匹。澄玲さんの周りに群がっています。

 さすがに手は出されていないようですが、澄玲さんは一言も話さずに、胸の破魔銃に手を当てておびえています。


「澄玲さ……」

「ベル先輩!」

 私が声をかけようとした瞬間、澄玲さんはその場に立ち上がり、私に向かって手を振ります。

 カエルたちの視線は自然と澄玲さんから私に移り、自信満々だった瞳から光が失われていきます。

「そこの、カエル! 私の後輩に何か用ですか!?」

 怒気を含めて声を放つと、カエルたちはガクガクと震えだします。

 正直なところ、カエルたちの『魔界』での地位は低く、正直なところ強くもありません。

 だからこそより弱い種族である人族のことを「敗弱」と呼んで差別しているのでしょう。

 今が戦時で、ここが戦場であれば、どさくさに紛れて殺してしまいたいところ。ですが今は戦後でここは平和なそば屋です。

 この状況で手を出せば会社にも迷惑がかかりますし、何よりそば屋に迷惑がかかります。


 手を出されないことが分かっているからなのか、カエルたちはビクビクとおびえながらも堂々と店の出口に向かって歩き、最後に「クソッ猫人の尻尾ならそう言えよ!」と捨て台詞を残して去って行きました。

「ベル先輩……!」

「澄玲さん、大丈夫? 怪我は? 気分が悪くなったりしていない?」

「はい、大丈夫です。助けてくれてありがとうございます……!」

「そうですか、よかった……よく、我慢しましたね」

 実際のところ、あの程度の魔物であれば澄玲さんの破魔銃でも簡単に殺せていたのでしょう。

 ですがそれをしてしまうと、澄玲さんを含めた『人族』全体の立場が弱くなってしまいます。

「それでベル先輩……、その……」

「そうですね。あんなことがあったら、こんな場所には……」

「デザートって、どうなりました? あんなこと(・・・・・)で、無くなったりはしません……よね?」


 ……どうやら澄玲さんは、私が思っている以上に図太いというか、精神力が強いみたいです。

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