刀の注文。別に、褒められて嬉しいとかじゃないですから!
「ベル先輩! 私も武器がほしいです! 足りない分は私の給料から引いても良いので!」
「いえ……、経費で落ちるから大丈夫だとは思いますが……」
「良いことを思いついたのだ! 手続きとかを新人ちゃがやれば、訓練にもなって一石二鳥、なのだ!」
「うちの教育方針を勝手に決めないでください親方。ですが……澄玲さん、どうします?」
澄玲さんの顔を見ると、いかにもやる気満々という表情でした。
これは聞くまでもなかったですね。もちろん返事は「はい、やります! ベル先輩!」とのことなので、任せてみることにしましょう。
これは……人族の社員が入ってきたときの研修のパターンとして上手く使い回しができそうですね。
会社の募集要項にも「研修として破魔刀を進呈します」みたいなことを書けば……いえ、こんなことをしたら刀目当てで入社だけして辞めていく人が出てきそうなので、現実的ではありませんが。
「それじゃあ親方。会社として正式に依頼をします。新人用の刀を一振りお願いします。……任せますよ?」
「べるちゃの目をごまかせるとは思っていないのだ。最高傑作を期待するのだ!」
「それでは澄玲さん。これがクエストの発行用紙です。この書類の項目を埋めてみてください。金額の交渉とかは私がやりますから、空欄にしておいて……分からないところは飛ばしてよいので、まずは書いてみてください」
「あの、ベル先輩は……?」
「私は親方と素材や性能と金額の交渉をしてきます。少し時間がかかると思うので、ゆっくり落ち着いて書いてくださいね」
「はい! わかりました!」
そう言って澄玲さんは、クエストの申請書に向かいます。
本来は、依頼者から話を聞きながら書き上げていき、受諾されそうな金額を絞っていったり、請負人が現れなかったときにどうするかを交渉したりする必要もあるのですが、こんかいはそのあたりの面倒ごとは私の方でやってしまいます。
とりあえず今は、書類を書きながら「どんな項目があるのか」を覚えてもらうことにしましょう。
……あとは、澄玲さんが今時点でどれぐらい書けるのかを、見極めるのにも使わせてもらいましょう。
◇
「……では、玉鋼などは親方の在庫を使うことにして、破魔結晶は私たちの方で確保します。クエストを発行して確保しますので三日から一週間ほどかかるとして、納品まで一ヶ月というところでしょうか」
「そんなところ、なのだ! 新人ちゃのためにも超特急で作らせるのだ!」
「ではよろしくお願いします。澄玲さんのところに戻りましょうか」
澄玲さんには書類と格闘してもらうことにして、私たちは親方の工房で在庫を確認しながら必要な材料や刀の仕様について話し合いました。
破魔刀の作り方は、破魔結晶という『破魔』の力を強く持つ石を埋め込む以外は普通の刀と変わりません。
親方の工房では普段から刀も作っていたので、当然刀鍛冶用の設備や材料はそろっているのですが、さすがに破魔結晶だけは手元にないと言うことで、そちらは私たちが探し出すことに。
澄玲さんの持つ銃にも破魔結晶が埋め込まれているはずなので、それを取り出すことも考えましたが……市販の破魔武器に埋め込まれた破魔結晶は純度が低いだろうことと、銃には銃の剣勢力があるということで見送りになりました。
親方の指示に従って作業をしている職人達に挨拶をして工房を後にすると、澄玲さんは用紙の上から下まで見直しをしているところでした。
戻ってきた私たちに気がついたのか、自信満々と言った表情で私のところに走ってきます。
「ベル先輩! 書けました! 確認お願いします!」
澄玲さんに渡された書類を見てみると、ちゃんと書けているみたいです。
さすがは「優秀な人材」と言われるだけのことはありますね。
「はい、ありがとうございます。金額は……あと、納品予定日は……」
他にも、材料の一部はこちらが負担することなど、先ほど決まったばかりの情報をいくつか記載して。
「澄玲さん、これで大丈夫です。よくできました。最後にここに澄玲さんの魔力印……じゃなくて、サインを書いてくれる?」
「はい! ベル先輩!」
人族である澄玲さんは魔力を持たないので代わりに手書きのサインをしてもらい、そこに私が承認用の魔力印を押した状態で『複製魔術』を使って内容を移してコピーの方を鞄にしまい……
「親方、こちらが原本です。親方のサインを……」
「監査とか通すから、他の書類と一緒に郵送するのだ!」
「ありがとうございます。お待ちしてますね」
その後、軽い雑談をしてから親方の工房を後にした私たちは、車のある駐車場へと歩いて戻ることに。
新しい武器が手に入ることになった澄玲さんは、足取りが軽いようです。
実際に手に入るのはまだ先のことですが、モチベーションにつながったようで何よりです。
「澄玲さん、それじゃ次は……いえ、思ったよりも時間が経ってますね。お昼休憩にしましょう。お昼はどうします?」
「ベル先輩がご迷惑でなければ、ご一緒したいのです……」
「喜んで、良いですよ。それじゃあせっかくなので、よく行くお店を案内しますね」