擬態魔術。初契約。破魔の刀を依頼者に納品せよ!
「べるちゃ、これで問題ないのだ?」
「はい、大丈夫ですよ」
「あのベル先輩……これは?」
私が「大丈夫」と言ったのを聞いたのか、澄玲さんはようやく落ち着いて周りを観察し、親方に人差し指を向けながら私に聞いてきます。
親方はお客様ですよ! 指でさすのはやめましょう。まあ今回はそういうことを気にする方じゃないので大丈夫ですが。
「澄玲さんは初めて見ますか? これは『擬態魔術』です。魔界側の住人は人間界では受け入れがたい姿をしている者も多いですから。力の出力を抑えると同時に、姿も偽装しているのです」
「そうなのだ! ちなみに擬態には二段階あって、人化は二段階目、なのだ!」
「親方の元の姿はたしか、全長五十メートルを超える超巨体ですからね……」
「きゅつくるしいけど、お仕事のためだから我慢しているのだ!」
擬態魔術は、強力な魔物が人間界で活動するには必須と言っても良い技術で、今は世の中で一般的に普及しています。
一段階目では、力を抑え込むことでかろうじて人間界で受け入れられる姿に近づけて、二段階目は姿までも変容させて人間社会に溶け込めるようになります。
ただ、特に二段階目の変身では、聞いた話だと姿を変えている間ずっと着ぐるみを被っているような窮屈さを感じるのだとか……
まあどちらかというと親方を含め人間界に来ている多くの魔物達は、その窮屈さや苦しさも含めて楽しんでいるようなのですが。
「それでべるちゃ! 今日はどんなお話なのだ?」
「ああ、そうでした。とりあえず契約の更新月なので、あとで魔力印をください」
「いつも素材を入れてくれて助かってるのだ! 確認したら郵送するのだ!」
「ありがとうございます。それと、前に話していた『隕鉄回収』のクエストなのですが、調査ギルドによると現場には外界由来の『獣』が確認されました。ランクとしてはB相当になりそうです。費用も少し上がりますが……」
「Bぐらいならかまわないのだ。Sになりそうだったら考えるから、それまではこのまま進めてほしいのだ!」
「承知しました。それとこれは未確定の秘匿情報なのですが、北の山岳で『龍の宝』が確認されたそうです。一枚噛みますか?」
「龍はもうこりごりなのだ。今回はやめておくのだ!」
「ですよね……聞いてみただけです。私からはそれぐらいですが……親方は今、何か困ってることなどは?」
「今のところは……特にないのだ! それよりもそっちの新人ちゃは……みたところ純血の人間、なのだ?」
親方は、部屋の隅でおとなしく話を聞いている澄玲さんを見て聞いてきます。
「彼女ですか。先ほども言いましたが、うちの新人です。澄玲さん、こちらに……」
澄玲さんは私によばれると、カチコチと緊張した動作で近づいてきて私の隣で立ち止まりました。
初めてのお客様ということで緊張しているだけなのか、それとも百足姿を思い出して萎縮しているのか……
それは見ただけでは判断できませんが、いずれにせよ今の社会で上手くやっていくには、早く慣れてもらわないと、ですね。
「は、はじめまして! 新人の坂井澄玲です。確かに、家系的に魔物の血は混ざっていません……」
「やっぱり、純血の人族なのだ! ……もしかして破魔武器も使えるのだ?」
「それは一応、護身用としてこれぐらいは」
そう言って澄玲さんが懐から取り出したのは「これぐらい」という言葉で表現するのには無理がある、本格的な拳銃でした。
見た感じ振り出し式の回転式拳銃でしょうか。
玩具のような素材ではなく、しっかりとした金属製で重厚感があり、銃身には『破魔』の紋様が描かれています。
ちなみに『破魔武器』とは『魔力破壊能力』を持った武器のことです。
そもそも『魔力』とは、人族から言わせれば『理外の力』全般をひとくくりにして捕らえた考え方です。
人族の常識からすると、亜人族が車よりも速く走ったり、親方のように声帯も持っていなさそうな百足が言葉を話したり、果てはそこから変身して人の姿に変わったり。
魔族たちにとっては「当たり前」な現象でも、人族にとっては「理解不能」となり、そういった現象を起こす力を人族は『魔力』と名前をつけるようになりました。
そして彼らは、魔力を扱う種族のことをいっしょくたに『魔族』と名付けます。
人族による魔界侵攻から始まった戦争は数十年から数百年間続き、その過程で人族は『破魔』という技術が大きく進展させていきます。
人族が手に入れた『破魔』によって『魔力』を破壊された魔族は力を失い最悪の場合死に至ります。
戦争中には、実際に人族によって殺された魔族の数が数百から数千にも上ると言われています。
これは、寿命を持たないので不死とされていた魔族達のパワーバランスを大きく崩すことにもなります。
結果、本腰を入れて対応せざるを得なくなった魔族によって、逆に人間界は壊滅的なダメージを受けることになったのですが……それはまた、別の話ですね。
とにもかくにも『魔力』は魔族にとっての生命線で、『破魔』の力は魔族によって厳重に管理されています。
確か破魔武器の所持には特別な資格が必要だったはずですが……ということは
「澄玲さん、免許を持っていたんですか。すごいですね。本当に優秀な人材だったんですね……」
「ベル先輩……?」
「いえいえ、人族で有りながらうちの会社に入る時点ですごいとは思っていましたよ。ただ改めて実感したというか……」
「でも、べるちゃ。正直に言うのだ。こんな玩具じゃ、結局役に立たないのだ!」
「おもちゃ、ですか!?」
親方の発現に、澄玲さんは意見を求めるように私へ視線を向けるけど、残念ながら私も親方の意見に賛成……かな。
「澄玲さん。確かにその拳銃は、並の人族や弱い魔族なら簡単に殺せるかもしれないけれど……例えば私なら弾丸が放たれてからでも躱せると思うし、親方の皮膚を貫くこともできないと思う。だからあまり、過信はしすぎない方が……」
「べるちゃの言うとおりなのだ! でも安心するのだ新人ちゃ! 何せここは『鍛冶屋』なのだ。新人ちゃ専用のもっとすごい刀を打つことができるのだ! さあべるちゃ、今すぐ私にクエストを発行するのだ!」
確かに、うちの会社はクエストを発行する権限を持っています。
それに、破魔武器はクエスト経由の正式な手順じゃないと所持も作成も認められてはいませんが……
……これは単に、親方が刀を打ちたいだけなのでは?