営業活動。鍛冶屋にて少女は百足に出会う。
車にゆられながら、うんうんとうなる澄玲さんとその向こう側でゆっくり流れる景色を眺めていたら、いつの間にか数十分が経ちました。
やはりというか、確かに自分の足で走らなくて良いので「楽」ではありますが、結局走った方が速いですね。
いつも通りなら今頃は目的地に着いていて、お客さんと商談でもしていたことでしょう。
だけど、こうしてゆっくりと移動するからこそ、普段は見逃しているような風景や、面白い顔をして悩む後輩の様子をゆっくりと観察できるので、こういうのも悪くはないかもしれません。
とはいえ楽しい時間がいつまでも続くこともなく……そろそろ目的地に到着しそうです。
「澄玲さん、時間切れですよ。降りる準備をしてください」
「あとちょっと、あと……あ! もしかして『採集クエスト』?」
「はい、正解です。今から依頼者に会いに行きますよ」
そう話している間にも車は減速して、他の車も何台か停車している広場に入り、空いている場所にで停車しました。
この広場にお客様がいるわけではありませんが、ここが一番近い車を停められる場所なので、結局ここからは歩いて行くしかありません。
このあたりの不便さも、この車がいまいち流行らない理由なのでしょうね。
「澄玲さん、ここから少し歩きますのでついてきてください。今から私たちは専属で契約してくださっているお客様のところへ参ります。気さくな方ですが、失礼の無いようにしてくださいね」
「はい! 気をつけますっ!」
澄玲さんは、まだ着いてもいないのに背筋をピンと伸ばして、人形のようにカクカクと歩いています。
今から気を張り詰めても疲れてしまいそうですが……緩みすぎて馴れ馴れしくされるよりは楽なので、まあこのままで良いでしょう。
澄玲さんのペースに合わせてゆっくり歩いていると、だんだんと空気に熱が含まれてきました。
鉄が焼ける匂いとでもいうのでしょうか。カンカンと槌を打つ音が、あちこちの建物から聞こえてきます。
種族によっては「近寄りたくもない」というぐらいに苦手な方もいるようですが、私は特になんともありません。
定期的に来るので慣れたのもありますが……それ以上に私は、この場所で作られる武器や工芸品が好きなので。
喉を痛めるような黒煙も、耳をつんざくような「ギギィン」という金属音さえも。
それがあの道具達を生み出していると考えると、むしろ心地よくすら感じてしまいます。
「ベル先輩……ここは、鍛冶屋街……です?」
「そうですよ。澄玲さんは初めてですか?」
「はい。すごいです……」
澄玲さんの言うとおり、私たちはこの世界でも有数の、人族と魔族が入り交じった鍛冶屋街に来ています。
このあたりに住む者は何らかの職人であることがほとんどで、基本的にみんな薄汚れた作業着を着て生活しています。
この街には彼らの他に、外から仕事できた綺麗な仕事服を着る私たちのような者と、おしゃれな服に炭や細かい焼け跡をつけたよそから観光に来たのであろう者。三種類の立場の人族や魔族が入り交じっています。
戦争が終わった今でも、あちこちでぶつかり合っている両種族ですが、こういう光景を見ればいずれは和解できるのだと……
と、余計なことを考えていましたね。
普段は意識もしないことですが、澄玲さんという後輩がいるこの状況は、私にいろいろなことを考えさせるのかもしれません。
「澄玲さん、このお店です。対応は私が話をしますので、澄玲さんはとりあえず後ろにいてください……あと、あまり大きな声で、悲鳴とかは上げないでくださいね」
「大きな声? 作業を邪魔しないようにっていうことです?」
「……まあ、すぐにわかると思います」
澄玲さんは首をかしげていますが、気にせず向かうことにしましょう。
店の敷地に入り、几帳面に並べられた武具や防具には目もくれず、店の奥で暇そうにしている売り子の方に声をかけることに。
「こんにちは! ベルです。親方いますか?」
「こんにちはベルさん! 親方ならいつもの部屋ですよ」
「じゃあ、失礼しますね!」
玄関で靴を脱いで裸足になって、そのまま階段を下って地下へ。
澄玲さんも私に倣って、売り子さんに挨拶してからついてきています。
つるつると磨かれた石の階段を下ると、分厚い金属でできた地下室の扉が見えてきます。
「親方さん! ベルです、ご挨拶に来ました!」
分厚い扉の向こうにも聞こえるように声を張り上げて少し待つと、ガサガサという音が聞こえてきます。
「べるちゃ! 遊びに来てくれたのだ? 入って、入って!」
「遊びに来たんじゃありませんよ。お仕事の仕事をしに来たんです……」
扉越しに聞こえてきた、幼い子供のような柔らかい声に返事をしながら扉に触れると、重厚な見た目からは想像できない軽い感触で、音もなく扉が開きました。
日の光も届かない地下にある扉の先は真っ暗で何も見えず、湿気った土のような匂いが私たちの肌をなでます。
「べるちゃ! 今明かりをつけるので!」
「ありがとうございます、親方……」
親方の声と共に音もなく、魔力に反応して光り出す装置に力が宿り、徐々に部屋全体が照らし出されていきます。
床には柔らかい土が敷き詰められていて、湿度と温度を保つためなのか、湯気を出し続ける装置がいくつか稼働しています。
そして部屋の中央には……
「いぃぃぃひいぃい!?」
その姿を見て、澄玲さんは思わず悲鳴を上げそうになり、そしてなんとか押し殺しました。
人族はこの姿を見て『百足』と表現します。
いくつかの節に分かれた体には無数の足が生えていて、頭部には鋭い牙を持っています。
ただしその全長は、二メートルから三メートルほど。
牙だけで、人族の頭部ほどの大きさがあります。
だからもちろん似ているのは姿形の特徴だけで、人間界の百足とは完全に別の種類。魔界出身の魔族になります。
親方に聞いた話だと、この姿を見せるだけで気を失ってしまう人族すらいるらしく、澄玲さんの失礼な対応もまだ「マシな方」とのことですが、さすがにこのままだと澄玲さんが話しに集中できません。
「親方、すいません。今日はうちの新人を連れているので、お手数ですが……」
「そうか、わかったのだ! ちょっと待つのだ……えいっ!」
親方が声を上げると、百足の姿がみるみる縮み、メキメキと不気味な音を出しながら形を変えていきます。
やがてオタマジャクシがカエルになるように百足の体に足が生え腕が生え……硬かった甲殻が徐々に人肌に近づいていき……
親方が人の姿に変わっていく姿を見るのは今回が始めてですが、思ったよりもなんというか、グロテスクです。
澄玲さんが目をそらしてしまうのを、あまり失礼だとは言えないぐらいには。
今度それとなく「人前では変身しない方が良いですよ」と伝えることにしましょう。
数秒経つともはやそこに百足の姿はなく、人族の姿をした幼い女の子が、布きれ一枚纏わずに仁王立ちしています。
ということはつまり、彼女は今まで虫の姿とはいえ、全裸で私たちと会話していたということですか……
「親方……まずは服を着ましょうか」
「おっと、そうだったのだ!」
澄玲さんが、さっきまでとは違う理由で顔を手で覆っているので指摘をすると、親方は思い出したかのように部屋の隅に置かれたタンスから下着やら服やらを取り出して身につけ始めます。
土のような赤茶色の瞳に漆のような黒い短髪。
日焼けもなく玉のような色白で美しい肌は、多くの人族がうらやむことでしょう。
女の子だというのに、起も伏もない真っ平らな点に関しては意見が分かれそうなところですが。
頭頂から生えた二本のアホ毛がくねくねと自己主張している点に目をつぶれば、人間界であればどこにでもいるような子供にしか見えません。