スレイプニル。クイズ大会の開催をここに宣言する。
さて。
「それじゃあ澄玲さん。行きましょうか」
「ベル先輩。行くって……どこへ?」
「お客様のところです。とりあえず今日は私の仕事を見ていてください。細かい話は向かいながらしましょう」
「はい、わかりました!」
澄玲さんの声には、まだどこか固さのある緊張が感じられます。
だらけられるよりは良いかもしれませんが、これでは私もやりにくい……早く慣れてほしいですね。
澄玲さんが着いてきているのを確認しながら廊下を歩き、出入り口を通り過ぎて建物の奥へと向かいます。
「あの……ベル先輩? 出口は……?」
「まあまあ、黙ってついてきなさい」
澄玲さんは不安そうな顔をしていますが、口で説明するよりも見せた方が早いですからね。
他の会社のオフィスをいくつか横切って、突き当たりの部屋に近づくと、登録してある私の魔力に反応して自動で扉が開きます。
部屋の中は大型の魔獣がギリギリ入るかどうかの大きさです。
扉が開くと同時に照明が自動的に点灯し、徐々に部屋の中が明るく照らされ始めました。
しばらく使っていなかったのですが、業者の方が定期的に清掃してくれたのか、埃が舞うことはありませんでした。
部屋の中心には、卵のように楕円型で蜘蛛のようにタイヤが八つ取り付けられた大きな魔道具が鎮座して……
「べべべ、ベル先輩! これって、魔道八輪車では!? すごいです! 実物は初めて見ました!」
そう。これは確かに澄玲さんの言うとおり『スレイプニル』なんていう仰々しい二つ名がついている乗り物です。
というか、人族は勝手にそう名付けていますが、確か正式名称は別にありました。何だったかは忘れましたが。
私は単に『車』と呼んでいます。
「よくご存じですね。今日はこれを使いましょう」
「ほえぇ〜……しかも初期型で、速度制限がついてないやつで……しかもこれ、限定販売のプロモデルです!?」
「く、詳しいんですね……」
「魔力充填式でしかも一度のチャージで数ヶ月は走り続けられる。あまりの性能の良さに次世代機からは逆にリミッターをかけて制限をかける必要があり、それでも人族はおろか魔族ですらおいそれとは手を出せないこのスレイプニルは、ただ早く移動できるだけでなく八本の足を駆使して人類未到の地ですら踏破するという! コックピットは魔合金製なので、この中はそこらのシェルターよりも安全なんですよね! しかも自動運転機能までついていて、搭乗者は高級ソファーにも劣らない柔らかい座席の上で座っていれば、気がついたら目的地に着いているという! 一人乗り用のカスタマイズと二人乗りのカスタマイズがあったはずですが、このスレイプニルは見たところ二人乗り。これもまた珍しい……」
「澄玲さん。盛り上がっているところ悪いけどそのあたりで。そろそろ良いかな、さすがにそこまでのんびりはできないんだけど……」
ちなみに。
この『車』は、うちの社長が趣味もかねた税金対策として、会社のお金で買った代物です。
社員全員でカタログを見て、「せっかくだから良いやつを」ということで最高グレードのものを選んだ記憶があります。
……まあ実際は、使ったのは最初の数回だけで、それ以降は倉庫にしまいっぱなしなんですけどね。
だってみんな、基本的に自分の足で走った方が速いんですもの。
ですが、澄玲さんは平均的な人族で、魔族のように足が速いわけでもないと聞いていますから。
いよいよこの車が本当の意味で役に立つときが来たと言うことです。
……もしかしたら、そもそも澄玲さんの入社を社長が決めたのが「この『車』を無駄にしないため」という、本末転倒な理由だった可能性も残されて……いえまさか。
いくらあの社長でも、さすがにそこまではないでしょう。
車に近づくと私の魔力に反応して、中心の殻が音もなく開きます。
中には人二人分のスペースが確保されていて、私たちのことを検知したのか、人族用の椅子が二つせり上がってきました。
「澄玲さん。今後はこの車を一人で使うこともになるかもしれないから、操作方法は覚えてくださいね」
「は、はい! ……って、私一人で、ですか!?」
「ええまあ、はい。いずれはそうなるかと。独り立ちしたら、この車は澄玲さんが好きに使って良いと思いますよ」
「そ、そんな……」
なんでしょう。一瞬、澄玲さんからよこしまな気配を感じたような。
澄玲さんが私の隣の席に座ったのを確認して、私は目の前にある『板』に軽く指を押し当てます。
すると、板は薄く発光しながら画面が表示されるので、それを指で慎重に押していきます。
「確か、ここをこうして……そうですね。せっかくなので今日はここを目的地に……」
「あの、ベル先輩!」
「んひゃい!? ……なんですか、澄玲さん」
「ベル先輩、今日はどこへ行くんですか?」
「それは……着いてのお楽しみ。と、勿体ぶるほどの場所でもありませんが……」
なんというか、ここで素直に応えてしまっては、車内での暇な時間を持て余すことになってしてしまいそうです。
何せこの車は、目的地を入力さえすればあとは勝手に現地まで向かってしまいますからね。
かといってここで「どこだと思いますか?」なんて聞いても、分かるわけがありません。
何の情報も無い状態で分かったら、それは超能力者です。
そんな質問は誰のためにもなりませんし、無茶振りをする先輩だとも思われたくありません……
「おほん。澄玲さん」
口角を上げて笑顔を心がけながら、できるだけ柔らかい口調で話しかけると、それで少しは警戒を解いてくれたのでしょうか。澄玲さんは私の目をまっすぐに見て、自信ありげに手を上げました。
「はい! ベル先輩!」
「返事ができて偉い! さて、ここで問題です。私たちの仕事は、何をすることですか?」
「はい! 困っている人や魔族に寄り添って、その問題を解決すること……です!」
「よくできました……って、それはうちの社訓ですね。具体的には?」
「具体的に……えっと、クエスト……ですか?」
澄玲さんはそう言って、不安そうな表情で首をかしげました。
確かに我が社は『クエスト』を取り扱う会社、なのですが……
「私たちの会社は、澄玲さんの言うとおり。主にクエストを取り扱っています。クエストというのは……まあ要するに、依頼者からのお願いのことです。……元々は王様とかの偉い人から探索や遠征に向かわされる依頼のことだったらしいのですが、今では依頼全般がクエストと言われていますね」
「そうなんですね……普通に『依頼』じゃ駄目だったんですか?」
「なるほど、そう来ますか……良い質問かもしれません! 普通の依頼とクエストの違い……それは『クエスト形式』というルールに則っているかによって変わります。澄玲さん、『クエスト形式』については?」
「はい、わかります! 研修でひたすら細かいルールをたたき込まれました! それに私、記憶力には自信があるんです!」
なるほど、教わったことなら、自信を持って応えられると言うことですか。
ではその自身、試させてもらいましょう!
「じゃあ問題。一言でクエストっていっても、いろんな種類があるけれど、例えばどんなクエストがありますか?」
「えっと、クエストの種類……『討伐クエスト』とかですか?」
「う〜ん、正解。確かに討伐クエストは『クエスト業界の華』なんて言われていますね。うちでは取り扱っていませんが……他には?」
「あと、聞いたことがあるのは『探索クエスト』とかですか?」
「そうっ! 探索クエストも有名ね! 特に最近は、人間界の未開域を探索するクエストがたくさん! うちでは取り扱っていないんですけどね! 他には?」
「他に……ですか!?」
澄玲さんは、困ったように悩み始めてしまいました。
ですがここは先輩として、すぐに答えを出すのではなく、考える時間を与えてあげることにしましょう。
良い先輩は、後輩を信じて見守ることができる先輩なのだと。確か誰かが言ってましたしね。
幸いなことにこの『車』は足が遅いから、目的地まではまだ少し時間がかかります。
揺れもなく駆動音も静かな車内は、考え事をするのにもってこいとも言えますからね。
ちなみに、澄玲さんが言っていた『討伐クエスト』というのは人々を困らせる害獣を討伐するクエストのことで、時には強力な力を持つ『汚染獣』を相手することもある、危険でその分報酬も多いクエストです。
討伐クエストを対処するには軍隊並みの戦力が必要なので、うちみたいな小企業が参画できる代物ではありません。
そして『探索クエスト』は、まだ見ぬ危険な土地を名の通り『探索』して、地図を作ったり資源を探したりするクエストです。
こちらは『共同出資型』の形式をとっており、多くの人や企業が少額ずつ投資して資金を集めていることが多いです。
うちの会社も、確か社長とかが中心になって、いくつかの探索クエストに投資しているらしいです……が、少なくとも私たちの主な業務とは関係ありません。
つまり私たちの会社では『討伐』でも『探索』でもない別形式のクエストを業務で扱っているのですが……さて澄玲さんは、車が目的地に着くまでに思いつくことができるでしょうか。