何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
※この世界の貴族は完全ピラミッド型という事で……
「アデリカ・マディカ! 僕はお前との婚約を破棄する!!」
王家主催の夜会の途中で突然大声で叫んだわたくしの婚約者ディーゼル・ワルス侯爵令息様は、その胸に可愛らしいご令嬢を抱き締めながらわたくしを睨みつけていた。
婚約者に到底向けるべきではない眼差しと、右手の人差し指を真っ直ぐに伸ばしてわたくしを指差してくる彼を見て、わたくしは仕方がなく二人の前に進み出て彼らと向き合った。
「ディーゼル様、こんな場所で何を言い出すのですか?」
言外に、こんな場所で独りよがりの舞台を始めるとか馬鹿なのか?、と言って上げたのだけれど、ディーゼル様には伝わりませんでしたわ。
わたくしの発言がお気に召さなかったと言わんばかりに眉を釣り上げてわたくしを更に睨んできます。
「アデリカ! 話をはぐらかすな!! 僕はお前との婚約を破棄すると言っているんだ! その返事をしろ!」
ディーゼル様が大声で騒ぐせいで夜会の場は騒然となっています。皆、不安そうな、不快そうな表情をしてこちらを見ていますわ。
わたくしも出来る事なら皆様と同じようにそちら側へ行きたい……なんでこんな晒し者にされなければいけないのでしょうか……
どうにも溜め息を我慢できそうになくて、仕方なく扇を広げて口元を隠しました。
それでもきっと、わたくしの体の動きで周りの皆様には大きな溜め息を吐いてしまったことがバレてしまったでしょうね……
「返事……ですか? わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
本当ならば相手になどしたくはないのですが、わたくしが相手をしなければもっと大声で騒ぎそうなディーゼル様に、仕方なく言葉を返しました。
わたくしが普段は顔に貼り付けている淑女としての笑みを顔に浮かべてはいないことにディーゼル様が気付いて少しは冷静になってはくれないかと思ったのですが、全く無理そうでした。
ただただディーゼル様は怒りを顔に浮かべながら睨んできます。
「分かりきったことを聞き返すな!! お前とは婚約破棄すると何度言ったら理解するんだ!!」
「それくらい理解しておりますわ。……それで?」
「は?」
「それでわたくしはディーゼル様に何の返事をすれば良いのでしょうか?」
心底分からないといった様に首を傾げて見せれば、ディーゼル様は赤い顔を更に赤くして歯をむき出しにした。
「婚約破棄をすると言ったのだからお前が言う言葉は拒絶や否定の言葉だけだろうが!? 僕が婚約破棄すると言っているんだぞ!! その意味が分からないのか!?
婚約の破棄だ!!」
「そうですわアデリカ様! ディーゼル様を手放したくないからってそんな風にはぐらかすものではないわ! 貴女は今ディーゼル様から婚約破棄を言い渡されたのよ?! こんな大勢の人の前で!! そんな澄ました顔で受け答えをしている場合ではないわよ!
婚約破棄よ?! 女の恥でしてよ!?」
ディーゼル様の胸にもたれるように抱かれていた令嬢がディーゼル様の後を追うように騒ぎ出す。
それにわたくしは眉を寄せて視線を向けた。
ディーゼル様が言っていた言葉にも気になる点はあるけれど、それよりも気になることがある。それを指摘するように、わたくしは持っていた扇でディーゼル様が胸に抱いている令嬢を指して、声を掛けた。
「……そちらの方……、どなたかは存じませんが、わたくしの名前を呼ばないで下さいませ。名前も知らない方に親しげに名を呼ばれるなど、とても不快ですわ……」
「まぁっ!! なんてひどいっ!! ディーゼル様! アデリカ様があんな酷いことをっ!!」
「っ!! アデリカ!! リレイラになんて態度だ! お前が知らない訳がないだろう!? リレイラは学園でお前と同級生だぞ!」
騒ぎ出した二人にわたくしはもう淑女のマナーなど気にせずに白けた目を向けた。令嬢を指していた扇を口元に戻して笑みを浮かべることができなくなった口元を隠す。声は自然と普段より少しだけ低くなっていた。
「あら? ではディーゼル様は同級生の方全員と知り合いで、同級生全員から親しげに名前で呼ばれていらっしゃるのですか?」
「っ!? そんな訳がないだろう!?!」
わたくしの言葉を否定するディーゼル様にわたくしは小首を傾げた。
「? なら、何故わたくしは同級生全員の名前と顔を覚えていて、同級生全員から親しげに名前で呼ばれていると思われたのですか?」
疑問をそのまま問い掛ければ、ディーゼル様は意味が分からないと言わんばかりの顔をして目を見開いた。
「そんなことは言っていないだろう!? さっきからなんなんだ?! 話をはぐらかすなと言っているだろうが!!! お前はリレイラを知っているはずだ!! 知らないわけがないだろう!!」」
「はぐらかしてなどおりません。おかしなことを言われているので、聞き返しているだけですわ。事実、わたくしはそちらのご令嬢と挨拶を交わしたことがございませんもの」
「おかしな事とはなんだ!? それこそお前の方が事実を誤魔化そうとしているだけだろうが!!」
「はて……?
では、そのディーゼル様が言う事実とはなんですか?」
ディーゼル様の言っている事が本当に分からなくて聞き返す。本当に彼女とは面識がないのです。貴族の知識として知ってはいても、挨拶を交わしていなければ知らないも同じ。いったい何故ディーゼル様がわたくしたち二人に面識があると思っているのかを知りたくて、わたくしは口を閉じてディーゼル様を見た。
わたくしが聞く姿勢に入ったことに気がついたディーゼル様が一つ咳払いをした。その胸ではリレイラと呼ばれていたご令嬢がわたくしを睨んでいる。
知らない人に睨まれるって嫌な気分ですわ。
「お前は、ここにいるリレイラ・セブメー子爵令嬢が僕と親しくなったことに嫉妬して、学園でリレイラに嫌がらせをしただろう。ネチネチと陰で悪口を言うだけに留まらず、リレイラの物を隠し、悪質な噂を流し、遂には突き飛ばしたそうではないか! そんな酷いことをする性根の腐った女が自分の婚約者だなんて虫唾が走る……
僕はお前のような者を認めない……っ! だから婚約を破棄してやるのだ!!
お前はもう僕の婚約者を名乗るな!!」
どんどん声の大きくなるディーゼル様の所為で遂には夜会の会場の音楽さえも止まってしまったようです。
静まり返ってしまった会場内にディーゼル様の声が響きます。
喋っている途中から気分が高揚してしまったのか、ディーゼル様は胸を張って鼻息荒く得意げな表情でわたくしを見てきます。わたくしはその顔を見ていると本当に気分が悪くなりました。
でもそれがリレイラというご令嬢には魅力的に見えるのか、惚けたような顔でディーゼル様を見上げていました。
本当にこの人たちは、今がどこかを忘れてしまったのでしょうか?
「……何からお答えすればいいのか分かりませんが、わたくしがそこのリレイラ様という方をお見かけしたのは今日が初めてですわ」
「そんな嘘が通るとでも!!」
「今、ディーゼル様がおっしゃったではありませんか」
「なにっ?」
「リレイラ様は子爵家のご令嬢なのでしょう?」
わたくしの言葉に瞬時にリレイラ様は悲痛な表情になった。
「またわたくしの家の地位の低さを嘲笑うのですね?! ひどいですわアデリカ様っ!!」
「アデリカっ、お前こそただの伯爵家の娘ではないか!? 1つしか違わない爵位で何故そうも偉そうにひけらかせるんだ!!」
……もう相手にするのも嫌なんですけど……
「……お二人ともどうやらお忘れでしょうけれど、学園では上位貴族のクラスと下位貴族のクラスは別れているのですよ?」
「「え?」」
……本当にお忘れのようね…………
「数の多い男爵家と子爵家の子供は下位貴族のマナーや知識を覚える為に、数の少ない伯爵家以上の家の子供は上位貴族のマナーや知識を覚える為に、学園のクラスが分かれていることは誰でも知っている常識ではありませんか?
むしろ知らない方がおかしいでしょう。上位貴族と下位貴族とでは、覚えることが違うのですから。
なので、伯爵家の娘であるわたくしが子爵家であるそこのご令嬢と知り合う場面などほとんどございませんの。
あぁ、わたくしにも下位貴族のお友達はおりますけれど、繋がりがなければ知り合いにはなりませんでしょう? そこのご令嬢とわたくしは、家の繋がりもなければ友人を通しての繋がりもありませんでした。
まさか学園の食堂で……などとは申されませんでしょう? だってわたくしたち上位貴族の学生たちには家から専属の使用人が付いて来てくれていますから、お食事などは専用のサロンを使いますものね。
ディーゼル様だってそうでありましょう?」
わたくしがそう聞くとディーゼル様はそこで初めて思い出したかのような顔をした。
わたくしが下位貴族の令嬢たちと出会わないように、侯爵令息であるディーゼル様も下位貴族の令息とはほとんど接触は無い筈なのです。
それなのに何故わたくしだけが特別だと思うのでしょうか……
そこまで考えて、わたくしはあることに気付きました。
「あら? そういえば、ディーゼル様とリレイラ様はどこでお知り合いになられたのですか?」
「っ!!」
わたくしの質問にディーゼル様が戸惑うように顔を逸らしました。そんなディーゼル様と違ってリレイラ様は先ほどよりもわたくしを強く睨んで反論を口にされます。
「っ……、わ、わたくしが学園の人の居ない場所で泣いていたところをディーゼル様が声をかけてくれたのです! 虐められて悲しんでいたわたくしを、ディーゼル様はそのお優しい心で救ってくれたのです……あ、あれは運命の出会いだったと思います!!」
「あら? ディーゼル様と出会う前から虐められておられたのね?」
「あっ!」
「なら何故その後に“嫉妬したわたくしに虐められた”と思い込んだのかしら?
ディーゼル様と出会う前から虐められていたのでしたら、ディーゼル様に出会った後も同じ人たちが虐めていたんじゃありませんの?」
わたくしの疑問にリレイラ様は少しだけ焦った顔をした後に、それを隠すかのように悲しげな表情で叫んだ。
「そ、そんなの知らないわ!! わたくしは虐められた被害者なの! 酷い事をしてくる人たちの顔なんてまともに見れるはずがないじゃない!! 虐められたことのない人には分からないでしょうけど、凄く怖いんだから!!」
「なら何故わたくしが虐めた事になったんですの?」
「っ……!!」
言葉に詰まったリレイラ様をディーゼル様が強く抱き寄せ、何故か勝ち誇ったような顔で口を開きました。
「そんなことは考えなくても分かるだろう! 僕に構ってもらえないことを逆恨みしたお前が、嫉妬心からリレイラを虐めたに決まっている!!!」
「何故決まっているのですか?」
「っ!? 当然じゃないか!! お前が僕の婚約者だからだ!!」
「婚約者だから嫉妬したと?
では、ディーゼル様はわたくしが男性と親しくしていたら嫉妬するのですか?」
「はぁ?! する訳がないだろう!! 馬鹿にしているのか?!」
「馬鹿にしているのはディーゼル様ではありませんか?
ディーゼル様は嫉妬されないのに、
何故わたくしは嫉妬すると思われるのですか?」
「はぁ?! そんなのお前が僕を……っ」
ここまで来てやっとディーゼル様は自分がおかしなことを言っていることに気付いたようです。
「ディーゼル様はわたくしが他の男性と親しくしていても嫉妬しないのに、何故わたくしがディーゼル様と他の女性が親しくしていたら嫉妬すると思うのですか?」
わたくしはもう一度同じことを聞きました。
「〜〜〜っっ!?!」
ディーゼル様は思っている事を言葉に出せないかのように歯を噛み締めているようでした。
「そんなの! アデリカ様がディーゼル様を愛しているからに決まってるじゃないですか!!!」
何も言えなくなってしまったディーゼル様の代わりとでもいうかのように、その胸元でリレイラ様が声を上げました。
わたくしはその言葉にまた首を傾げて問いかけます。
「何故“決まっている”のですか?」
「そんなの、アデリカ様がディーゼル様の婚約者だからよ!!」
「わたくしがディーゼル様の婚約者だから嫉妬したのであれば、わたくしが他の男性と親しくしていたら“わたくしの婚約者”であるディーゼル様は嫉妬しないとおかしいですわよね?
でも、それを否定されたのはディーゼル様本人ですわよ?」
「当然じゃない!?! なんでディーゼル様が嫉妬するのよ!!」
「ディーゼル様が今の段階ではわたくしの婚約者だからですわ。
“わたくしが婚約者だから”嫉妬するのであれば、ディーゼル様も“わたくしの婚約者だから”嫉妬しないとおかしいではありませんか?
何故わたくしだけがディーゼル様のお相手に嫉妬しなければなりませんの?」
そこまで言ってやっとわたくしの言いたい事が分かったリレイラ様が、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「貴女っ、ディーゼル様が好きじゃないの!?!」
リレイラ様の言葉が会場内に響き渡る。
そんな静かな会場にわたくしも声が響くように、けれど静かに返事をした。
「ディーゼル様は、お父様がお決めになった“婚約者”ですわ。
それ以外に思うことなどございません。
これはディーゼル様も同じでしょう?
何故、わたくしだけがディーゼル様のことを特別に想っているなどと妄想されたのでしょうか?
不思議でしかたがありませんわ?」
「っっ!」
ディーゼル様か何故か悔しげに唇を噛んでおられますが意味が分かりません。
わたくしは“わたくしがディーゼル様をお慕いしている”と思われていたことが不愉快で、淑女としてはマナー違反ではありますが、不満気な顔を作ってお二人を見返しましたわ。
「そんなの……そんなのただの強がりに決まっているわ!! ディーゼル様はこんなにも格好良いんだもの! それに侯爵家次期当主様なんですもの! そんなディーゼル様を好きじゃないなんて! そんなことありえないわ!!
ねぇ!? 正直になりなさいよ、アデリカ様!?本当はディーゼル様のことが好きなんでしょう!?!」
何か必死に騒ぎ出したリレイラ様にわたくしは心底呆れてしまって肩をすくめてしまいました。仕方ないわよね? だってこんな方々を相手にするなんて疲れない訳がないわ。
「わたくしにとってディーゼル様は親が決めた婚約者であって、それ以上でもそれ以下でもありません。
むしろ好きか嫌いかで聞かれたら、
“嫌い”だと答えるしかないでしょうねぇ……」
呆れ返りながらそう伝えたわたしに、何故かリレイラ様の方が絶望したような顔になった。
なんなのかしら?
「あ、アデリカは僕が好きじゃないのか……?」
弱々しく聞こえてきた声に目を向けると、ディーゼル様は青くなってこちらを見ていた。
「……逆にお聞きしますが、ディーゼル様はわたくしのことを好きだったのですか?」
「っ?! そんな訳ないだろう!!!」
不快げに叫ばれて、眉間にシワが寄ってしまう。静かに喋れないのかしら。
「でしたら、何故わたくしだけがディーゼル様に好意を持っていると思われるのですか?」
この質問何回目?
何故この2人はこうもわたくしを“ディーゼル様に惚れてる女”にしたいのかしら?
「そ、それは……」
「それはディーゼル様が格好良くて次期侯爵当主だからです!!」
「……貴女にとって、次期侯爵当主というのはそんなにも魅力的なのかしら?」
「当然じゃないですか!! 次期侯爵当主ですよ! その伴侶になれば、次期侯爵夫人です!!!
こんなに魅力的な事はありません!!! 貴女だって、いえ貴女だけじゃなく、ほとんどの女性が同じ思いのはずですわ!!」
嬉々として発言したリレイラ様の言葉にわたくしは呆れるしかなかった。
さすがにその発言には思うところがあったのか、ディーゼル様が訝しげにリレイラ様の顔を見つめていた。
「婚約者の居る男性と親しくして、その次期当主夫人の座を欲する子爵令嬢、か。
最初は虐められた可哀想な令嬢の様に見えていたけれど、根はそこまでか弱くなさそうだね」
とても通る声で爽やかにわたくしたちの騒ぎに入ってきた人物にわたくしは頭を下げてカーテシーをした。
「主要な当主や夫人たちが親睦の為に別室へ行っている間に、うち主催の夜会で騒ぎを起こすのは止めてくれないかなぁ、ディーゼル・ワルス侯爵令息」
『氷の微笑み』と例えられるほどに、“笑っているのに笑っていない”と囁かれている笑みで登場したこの国の王太子であるウィリアムズ・メナ・ゼフィルドス第一王子殿下が、この騒ぎの中で1番位が上であるディーゼル様に問いかける。
まさかとは思うけど、王太子殿下の顔を見てやっとここがどこだか思い出したかのような顔をしたディーゼル様が青ざめるというより、血の気が失せたかのような顔をして震えている。
「あ……、いや……これは……」
「婚約の話ならば互いの家の当主を交えた上で、人目のつかない場所で静かに話し合った方がいいと思うけど?
なんたって貴族の婚約は、当主同士が書類を交わしてこその契約、だからね」
王太子殿下の声は穏やかだけど、それはそれは重く心に響き渡る。
わたくしに言われた事じゃないけれど、わたくしも当事者なので無関係ではいられない。
「申し訳ありません、王太子殿下。
せっかくの夜会でこの様な騒ぎを起こしてしまった事、後日改めて父と共に謝罪させていただきます」
頭を下げたわたくしに王太子殿下は「大丈夫」と声をかけてくださった。
「マディカ伯爵令嬢が事を起こした訳では無いことは分かっている。
この騒ぎを起こしたのはワルス侯爵令息なんだから、謝罪うんぬんはワルス侯爵家と話をさせてもらうよ」
「っ! …………も、申し訳ありません……」
王太子殿下の言葉にディーゼル様は弱々しい謝罪をした。
そうそう忘れるところだったわ。
「ディーゼル様。
貴方とわたくしの婚約は、マディカ伯爵家当主とワルス侯爵家当主がお決めになったものです。
それをわたくしに言われても困りますの。
婚約の話であれば、それぞれの家の当主とお話し下さいませ。
わたくしは父であるマディカ伯爵家当主の言葉に従います」
「貴族の令嬢ならば当然だね」
わたくしの言葉に王太子殿下がにこやかに賛同してくださった。
わたくしも同意を示すように王太子殿下に微笑みを返す。
視界の端で、何か言いたそうにリレイラ様がわたくしを睨み付けてきていたけれど、わたくしはそれに気付かぬふりで顔を背けた。
でもこのことはキッチリとリレイラ様のご実家に苦情を入れさせていただきますわ。自分の家より上の爵位の令嬢に絡んでおいて何事もなくいられると思われたら今後も舐められてしまいますからね。
王太子殿下の仲裁により、ディーゼル様たちが始めた茶番は幕を閉じた。
その後、別室へ行っていた大人たちが戻ってきて、激怒した親たちにより直ぐにディーゼル様たちは会場の外へと連れて行かれた。
わたくしも戻ってきたお父様に心配されて、当然婚約を解消するという力強い言葉を貰えて安心した。
いくら愛していないからといっても、婚約の段階で愛人を作るような男性とは結婚したくはありませんもの。
この国では“子供が出来ない場合に限り”愛人を作る事を許されているので──それもちゃんとした契約の元で──、ディーゼル様がしでかした騒ぎは男性から見ても許される事ではありませんでした。
わたくしも夜会どころではありませんのですぐに会場を後にしましたけれど、すれ違う人全てに同情され、はげまされてしまいましたわ。
中には一歩踏み出して来た殿方も……
ふふ、新しい婚約者様はどんな方になるかしら?
その後日、当主同士の話し合いの下で正式にわたくしとディーゼル様の婚約は解消された。
ディーゼル様があんな場所で婚約破棄だと騒いでくださったお陰で、わたくしに瑕疵が無いことが多くの方に知れ渡りましたので、その後の婚約の話にも影響がでることもなくて安心しましたわ。
本来ならばわたくしは傷物と陰口を言われても仕方がない状況ですが、そんなことを口にする方は一人もおりません。むしろあんな方が一度でも婚約者だったことに皆さん同情してくださいます。
お父様は今度こそおかしな男は選ばないぞと意気込んでくれています。
「次はわたくしも少し意見を言っても宜しいですか?」
と、父に聞いてみたら快く受け入れてくださいましたわ。
ディーゼル様のことは“父が決めた婚約者”だと割り切ってお付き合いさせていただきましたが、次の御方はわたくしにも『好き』という感情を教えてくださる方にしたいですわね♪
そうそう、ディーゼル様はあの後こってりお父上であるワルス侯爵様からお叱りを受けて、しばらくは謹慎させられたそうですわ。
そして謹慎後、もう二度と同じ過ちを繰り返さないようにと、紳士のマナーを覚え直す為の教育として侯爵令息であるにも関わらず『執事科』のある学園へと入学させられたそうです。
執事科の生徒は下位貴族か平民の男性しか居ないと聞いていますし、全寮制だとか……
寮を管理する人は居ても基本的には自分のことは自分でしなければならないらしく、今までずっと専属の使用人がいたディーゼル様にはとても大変な学生生活になると思います。部屋の掃除から洗濯まで……侯爵令息の中でもプライドの高いディーゼル様が耐えられるのか心配ではありますが…………
学生の間はほとんど女性と知り合う機会がないらしいので、その点で言えば安心できるところかもしれません。
きっと学園内で一人だけの侯爵令息になると思われるので他の生徒相手に威張らなければいいのですけどね。ただでさえ一度別の学園へ行っていた“年上”になるのですから……年下の下位貴族や平民の生徒相手に家格を盾に威張るなんて行為はそれそのものが『恥』でしかありません。
自分がそこにいる時点で恥を晒しているのだと自覚して、ディーゼル様にはまともになって社交界に帰ってきてもらいたいと思いますわ。
子爵令嬢のリレイラ様は思った通り玉の輿を狙っていたようです。
侯爵家の跡取りを籠絡して将来は侯爵夫人として贅沢に暮らし、その前に婚約者である上位貴族の令嬢のそのお高く止まっている顔を屈辱に歪ませて、婚約者に捨てられて無様に泣いて縋る姿を見て笑おうと考えていたそうです。
ですが、婚約を破棄をされて傷付きその顔を涙で濡らしながら捨てないでと騒ぐはずの上位貴族の令嬢が……まぁわたくしのことなのですけれど、まったく意にも返さずに涼しい顔をしていたどころか、ディーゼル様のことを婚約者として見ていたかも怪しい程に素っ気ない態度だったことに、ありえないと騒いでいたとか。
夜会での騒ぎの苦情が色んなところから子爵家に届いたようで、責任を取る形でリレイラ様は修道院へ入れられました。
リレイラ様の存在を許していたのはディーゼル様だけで、その親であるワルス侯爵には受け入れられてはいなかったので、当然ワルス侯爵家からも子爵家は目を付けられることになります。リレイラ様がディーゼル様を誘惑しなければ今回の騒ぎは起きなかったかもしれませんからね。そして今回の騒動が王家主催の夜会で巻き起こされたこともあって、セブメー子爵家は王家への覚えも悪くなりました。リレイラ様の親御様もさすがに娘可愛さに王家や上位貴族を敵に回してまで娘を庇い立てする程の親バカではなかったようです。
ですがその可愛い娘をちゃんと教育しなかったのはやはり親御様の責任…… その所為で今回のことが起こったと考えれば、セブメー子爵夫婦も巻き込まれただけの被害者などとは言えませんわね。
ちゃんと教育されなかった点で言えばリレイラ様も可哀想な方だったのかもしれませんが……だからと言って教育されなかった女性全てが玉の輿を狙うかといえばそんな訳がありませんので、やっぱりリレイラ様自身の強欲が招いた結果でしかありませんわね。
修道院で少しでもその欲が浄化されれば良いのですが…………
そう言えばディーゼル様ですが、「婚約者になったのだから少しくらい相手のことを意識するはずだ!」などということを言っていたらしいですわね。
わたくしのことをなんとも思っていない風を装っていたけれど、わたくしのことをちゃんと婚約者として意識していたようですわ。それを聞いて思ったのは……なんだが気持ちが悪いですわ、でした。
わたくしのことを少しでも気にかけて下さっていたのでしたら、もう少しわたくしに優しくしてくだされば良かったのに。そうすればわたくしだってディーゼル様のことをもっと『男性として』意識できたかもしれませんのに……
ディーゼル様は顔合わせの時からわたくしに対してどこか冷たく、突き放すような態度をとっておられました。そんな態度で来られては、わたくしだって距離を置くというものです。嫌われている相手に媚を売るほどわたくしは自分の価値を下に見てはおりませんもの。
今考えてもディーゼル様は不思議な方でしたわ……
でももうわたくしには関係の無くなった方。
関係のなくなった方のことをずっと引きずっていてはいけませんわね。わたくしも次に目を向けなければ……
またいつか、夜会で彼に出会う事があれば、今回の事を冷静に話し合ってみたいですわね。
……ディーゼル様が表舞台に戻ってこられれば、の話ですけれど。
[完]




