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第四王子セインの受難・その後

セイン変身騒動の後日談です。

例によって例のごとく、シュミット伯爵邸の東屋で時間を過ごす二人。

 なお翌日、私は中和剤のおかげで本来の姿に戻れたわけだが。

 その前段階で、どこからか話を聞き付けたらしいシェナート兄上に変身薬の件でしつこくも楽しげに絡まれ、大変に鬱陶しい目に遭った。

 すぐ上の兄には、主にフィオナ関連であれこれと世話にはなったものの、それとこれとは別である。


 その他の影響としては、フィオナとの距離感に、良いか悪いか判断に困る変化が起きてしまった。


「……フィオナ? 私の手がどうかしたのかい? もしかして、肉球がなくなってしまって残念だとか」

「違います! もうっ、セイン様はどれだけ私が情のない人間だと思っていらっしゃいますの!?」

「いや、そうは思っていないけどね」


 あれから数日経っているが、何故かフィオナからの文字通りの接触が増えた。狼形態でもないのに、今のように手を両手で長々と握られたり、腕を確かめるように触られたり。ふとした時に、顔や首筋のあたりに熱視線を送られたりもする。

 総じて嬉しいことではあるものの、今までは非常時でもない限りそんなことは全くなかっただけに、むしろ困惑が先に立ってしまう。そんな時のフィオナの顔がどこまでも真剣なもので、恋情や愛情のような甘さが皆無だから尚更だ。


 反応に困る私に、フィオナはぷりぷりしながらこう言った。

 ……私の婚約者は怒っていても可愛い。


「セイン様は、第二王子殿下から伺っていらっしゃらないのですか!? 濃縮版変身薬の後遺症で、何かのきっかけでまた狼に戻ってしまう可能性があると!」

「ああ、うん。『そう高くはないだろうけれど、一応半月くらいは警戒しておくように』とは言われたね。……つまり、フィオナもサルヴァ兄上に、私に気を付けるよう忠告をされたわけか」

「はい。『特にフィオナ嬢には、注意しておいてもらわなければいけないからね』とのお言葉でしたから」


 大真面目なフィオナだが、兄上の言う『注意』とは多分そういうことではない。

 まあ、結婚式まで三ヶ月強という日程を考えると、フィオナとの接触を減らすことは現実的ではないので、兄上の心配も分かるが。


「ええと、フィオナ。気持ちはありがたいけれど、君が今私にしていることは、兄上の忠告とは正反対の事態を招くことになりかねないと思うよ」

「えっ? でも……」


 今度はフィオナが困惑している。

 ……正直あまり説明したくはないが、こればかりは仕方がないだろう。


 兄上から聞かされた変身薬の性質を前置きとして告げてから、こう続ける。


「それで、変身後の姿が本性に近いということは、つまり……何と言うか、いわゆる本能的な衝動に強く駆られたりすると、その姿に──私の場合は狼だね──なりやすくなってしまうらしいんだ」

「本能的な衝動、ですか。……………………え」


 そんな小さな声とともに。

 ぽんっ! と、軽く爆発でもしたかのようにフィオナの顔が赤くなり、素早く私の手から彼女の両手が離れてしまった。

 意味を理解するまでにやけに時間がかかったのは、兄上から詳しい話がされなかったのと、何より彼女がれっきとした貴族令嬢かつ淑女だからだろう。前者に関しては、まさか自分の婚約者でもない令嬢に、()()()()()()()について詳しく説明するのは、いくら研究者気質の兄上でも憚られたということだと思われる。

 だからと言って、私の気まずさが消えるわけではないけれど。いくら近く結婚を控えた間柄であるにしても。


「あ、あの……では。その……もしかして、セイン様がいつもと違うのは……?」

「フィオナを膝抱っこしていない理由、ということ? それもあるけど、正確にはその延長線上かな。せっかく君を恋人として口説いている最中に、肝心なところで変身してしまったりしたら、色々なものがあらゆる面で台無しになるだろう?」

「……それは、まあ。確かに……ですが、それならセイン様は、問題の半月が過ぎるまで、私を口説くことはなさらないおつもりですの?」


 赤い顔のまま何とも可愛らしく訊ねてくる婚約者に、いたく悪戯心を刺激されたので、軽くからかってみることにした。


「うん? つまりフィオナは、引き続き私に口説かれたいってことでいいのかな」

「そ、そういう意味じゃありません! ただ私は……婚儀も近づいていますし、旦那様になる御方とのスキンシップには、ある程度は慣れておく必要がありますから」


 ……フィオナがツンデレと化している。可愛い。


「その心がけはありがたいが、私としてはフィオナに無理をさせたくはないからね。婚儀までの休憩期間と思って、気楽に過ごしてくれて構わないんだよ。ただ、フィオナの方から私に甘えたいということなら、今すぐにでも喜んで受け入れるけど?」

「う。……も、もうっ! どうしてセイン様は、変なところで意地悪をなさるんです!?」

「ええ? 婚約者に『甘えていいよ』と言うことが意地悪になるのか。それは何だか、どうなんだろう……私は、フィオナが望むならいつでもいくらでも、君を甘やかす気満々なのに」

「〜〜〜〜っ!! そういうことは、甘やかされることを存分に喜べる方々になさってください! それこそ、以前の『運命のお相手』のような!」

「それは無理だね。だって私が甘やかしたいのは、最愛の婚約者であるフィオナだけだから」

「ですからっ……! もう、意地悪なセイン様は知りませんっ!!」


 そう言って、ぷいっと背中を見せるほど盛大にそっぽを向くフィオナだった。

 けれども、席を立って距離を取ったり、東屋(ガゼボ)から去ったりはしないあたりは、何と言うかとても分かりやすい。


 ──あの三年間、見つかりもしない『運命の相手』探しなどをしていなければ。もっと早く、愛しい彼女のこんな可愛らしい姿を見られたのかもしれないと、後悔と反省は尽きないのだけれど。


 手を伸ばして後ろから華奢な背を抱き込んでも、振り向いたり身を委ねたりはしてくれないものの、明確な拒絶は一切ない。


「──フィオナ。ごめんね」

「……それは、何についての謝罪ですの?」

「色々あれこれについてだけれど……そうだね。一番大きいのは、心配してくれたフィオナの優しさを無下にしてしまったこと、かな」

「……分かってくださったのなら、許します」

「うん。ありがとう。愛しているよ、フィオナ」

「……知っていますわ」


 同じ言葉は返ってこないものの、さらさらの淡い金髪の隙間から見える耳は赤い。


 それでも頑なにこちらを振り向こうとしない彼女の様子に、確信を抱いた。


 ──ああ。フィオナが薬を飲んだらきっと、猫に変身するんだろうな。


 膝上を指定席にした気位の高い長毛種の猫を、心のままにたっぷり愛でる自分を想像し、ついついくすりと笑ってしまう。


「セイン様?」

「ああ。フィオナは本当に、どんな時でも何をしていても可愛いな、と」

「あら。わたくしはこれでも、この手で剣を振るい、魔物や悪漢の首を容赦なくはねるだけの腕と覚悟を持ち合わせた女でしてよ?」

「そうだね。でもそんなフィオナだからこそ、私の隣にずっといてほしいと思っているんだよ」

「…………ありがとうございます。光栄ですわ」


 心なしか、腕の中のフィオナの体温が上がった気がする。

 心配になったので顔を覗き込もうとしたが、そこは頑強に抵抗されたので諦めた。

 それでも、彼女からは確かに伝わってくる感情があって、また口元が綻んでしまう。


「やっぱり、愛しているし大好きだよ、フィオナ」

「……に、二度も仰らなくて結構です……!!」


 両手で顔を隠すフィオナがあまりにも愛らしくて、どこまで赤くなるのかと悪戯心を起こした私は、それからの一時間ほどを、思いの丈を存分に彼女へ告げることに費やしたのだった。




 そのせいなのかどうなのか、翌日またフィオナを訪ねると、珍しくも熱を出して寝込んでしまったらしく、直接会うことはできなかった。

 次に彼女と会えたのはその三日後のことで、見舞いの贈り物について丁寧に礼を言われたが、いつもよりも微妙に距離を置かれてしまい、それを縮めるのに約一週間を要したのは余談である。


お読みいただきありがとうございました。


もふもふ好きとツンデレ傾向が明らかになったフィオナ。後者は短編の頃からそれっぽい気配はありましたが。

彼女が変身薬を飲んだ場合、種類はターキッシュアンゴラあたりになると思います。もふもふ可愛い。


薬に関しては、残る第二・第三王子が薬で変身する動物が、それぞれ狐と豹という無駄な設定があります。話として書く機会はないでしょうけど。

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