伯爵令嬢フィオナの災難?
ネタが湧いてきたので、「惚れっぽいけど〜」の後日談を投稿します。
初っぱなから何とも言えない内容だったりしますが、まあフィオナの設定上、こんなのもありかなと。
全体的に、『眠り姫』シリーズの最新話前編に似ていなくもない雰囲気になってしまいました。あちら同様、女性を見下しまくりの男どもが大量発生していますので、苦手な方は回れ右で。なお、男どもはきっちりがっつり痛い目を見ますが、少々やり過ぎかもしれない……
「へーえ、まさか本当にバカ正直に、一人で来てくださるとはなあ?」
「流石は妖精姫サマ、見た目だけじゃなく頭の方も浮世離れしてらっしゃるってことか」
「違いねえや、あっはっはっは!」
……さて、一体どうしてさしあげようかしら。この騎士どころか人間の風上にも置きたくない連中は。
いつものように扇で口元を隠し、目だけで彼らを観察しながら、私シュミット伯爵令嬢フィオナは、内心で幾通りもの制裁方法を練り上げるのだった。
ことの起こりは今朝、我が家に届いた私宛の手紙だった。
差出人はグラモント伯爵家三女ネリア様。私の婚約者である第四王子セイン殿下に「運命の相手」と見なされて、つい一ヶ月前までお付き合いをしていた女性である。
彼女と別れた直後、私に関する長年の誤解が解けてからは、セイン様はそれまで数々の「運命の相手」を渡り歩いていた素行を一変させ、私以外の女性には見向きもしなくなったのだけれど……「婚姻後は辺境伯となり、王都を遠く離れた僻地で暮らすことになる」という条件が受け入れられずに振った立場とは言え、それ以外は理想の王子様と言える彼に、ネリア様はまだまだ未練がたっぷりあるらしい。
少なくとも、『誰にも言わず、お一人でいらしてください』との条件つきで、人払い済みの公園に私を呼び出し、明らかに質の悪そうな十人を超える男性に待ち構えさせる程度には。
「つまり、アイン・ボーデン殿、マイルズ・モリス殿、リンドルフ・ブライン殿。あなた方三人と後ろの方々は全員、グラモント伯爵令嬢に雇われたということでよろしいのかしら?」
「──!?」
「な、何で俺たちの名前を……!!」
「名乗るどころか、まともに顔を合わせたことすらないってのに!」
「あらまあ、お忘れですの? 私はこれでも、近く辺境伯夫人となる身ですのよ。新たな家を立ち上げるにあたり、直属の騎士団となる方々を選抜するため、国内の騎士の皆様の情報は全て頭に入っておりますわ」
「「「なっ──!!」」」
本当に予想外だったらしく、三人の顔が見事に蒼白になった。
もっとも、無理もないとは言える。そもそも当主やその息子たちならばともかく、夫人が直々に家の騎士団の編成に関わるなど、皆無ではないが異例と言っていい話なのだから。
……まあ私に関しては、二番目のお兄様が騎士団第三隊長ということで、以前から情報を得やすい立場にいたため、既に下地があったのは間違いないが。
「とは言え、後ろの方々には見覚えはありませんけれど。セイン様や第三王子殿下にお伝えすれば、背後関係を含めて瞬く間に調べてくださるでしょうから、あえてここで追及する必要もありませんわね」
「──はっ! やっぱり妖精姫サマは、随分とふわふわした頭をしてらっしゃるんだな? 生憎と俺たちは、あんたが『婚約者の王子サマの前に、一切顔を出せなくなるようにしろ』と命令されてるんだよ!!」
「それがどういう意味なのか、いくら妖精姫サマでも分かるよな? そのお綺麗な顔なり体なりに、色んな意味で消えない傷をつけろってことだ! それも俺たちの好きな手段でな!」
「まあ正直、こんなに細っこい女は好みじゃねーけど。やっぱ女にゃあ、胸や尻にきっちり肉がついてねーと!」
「だよなあ、ぎゃはははは!!」
……半殺しにしていいかしら? いいわよね? よし、そうしましょう。
下劣な笑いが響き渡る中、私は固く決意した。
「そういうわけだから、せいぜい大人しくするんだな。抵抗しなけりゃ目に見える傷までは──」
──ぴたり。
大股で近づいてきたボーデンの鼻先に、簡素ながら優美な雰囲気のサーベルを突き付ける。
「──!? て、てめえ、どこから刃物を──!」
「あら。武器を作り出す魔法があることくらい、仮にも騎士であればご存知でしょう? これでも私は、騎士団隊長の兄を持つ身ですのよ。ならば当然、多少なりとも武術を叩き込まれていておかしくはないと思いません?」
同じ条件の令嬢は他にもいるが、その上で同じように武術を身につけようとする女性などは、せいぜい数えられるほどの人数だろう。私の場合は、幼い頃から冒険者志望だったことが何より大きいだけの話だ。
幸い、それができるだけの素質は備わっていたことだし。
「そういうわけですので。それ以上一歩でも私に近づけば、少なくとも四肢のどこかが切り飛ばされることはご覚悟なさって?」
「はん! 馬鹿言うんじゃねーよ! そんな細っこい腕とサーベルで、大の男の腕だの脚だのを切り飛ばすとか無理に決まって──」
「──警告は、いたしましたわよ」
男がごく無造作に足を踏み出した瞬間。
──音もなく。小さめの手巾ほどの黒い影が宙を舞い、どさり、と手巾には有り得ない音を立てて地面に落ちた。
そして──アイン・ボーデンの、先を失くした左手首から、鉄の臭いを宿した赤い液体が次々と溢れ出して袖を染め上げていく。
がくん、とボーデンの膝が折れ、辺り構わぬ絶叫が響き渡った。
「────ぎゃあああああっ!! 俺の、俺の手がああああっ!!」
「魔法で作り出された武器の切れ味は、術者の魔力に比例する。そしてその形状は、術者の任意で決定される──てっきり常識かと思っていましたけれど、違うようですわね。接着可能な程度には綺麗に切断しましたので、せいぜい頑張って治癒魔法の使い手をお探しくださいな。
──さて、お次はどなたでしょう?」
にっこり。
手にしたサーベル以外は一切血にまみれることなく、パーティーの場と同じように微笑んでみせれば、残る悪漢たちは見事なほどに蒼白になる。
おもむろにそちらへ一歩踏み出すと、軽く三歩ほども後ずさる様子は実に分かりやすい。
「……じ、冗談じゃねえ! 単なる貴族の小娘って話だったのに、顔色一つ変えずに人を斬るような女だなんて聞いてねえよ!」
「け、けどよ。このままあの女を帰しちまったら、俺たちの話が王子たちにまで伝わるんだろ? だったら、ここで逃げたって無駄なんじゃ……」
「……だな。それならこの際、全員で一斉に──」
「斬られてくださるの? ならばその覚悟にお応えして、全力でお相手させていただきますわね」
サーベルを握り直しつつ、彼らへ向けて恭しく一礼すると、一同は更に血の気を失くし、先ほどよりも明らかに大きく後退していく。
……どうしてそんな反応をするのかしら? 人を傷つける気でいるのなら、せめて同等レベルの反撃をされる覚悟くらいは、あらかじめしておくべきだと思うのだけれど。曲がりなりにも騎士団に籍を置く身であるなら尚更。
小首を傾げて眺めていると、血止めを終えたらしいボーデンがゆらりと立ち上がる気配がしたので、柄で鳩尾を一撃しておく。
「がっ……!」
「「「ひ、ひいいいいいい!!」」」
それが合図だったかのごとく、騎士くずれ二人を先頭に、悪漢たちは脱兎の勢いで走りさろうとした。
が。
「──今更逃げられるとでも?」
ふっ、と。どこからともなく現れて、彼らに立ちはだかった青年が、鞘から抜かぬままの剣を、目にも止まらぬ速さで振り抜く。
「「「────っ!!?」」」
──恐ろしく鈍い音を立て、うめき声すらも許されず、悪漢の集団は全員がその場に沈むこととなった。
そんな彼らを軽く一瞥したのみで、目線を上げて青年がこちらを見た時には、私は既にサーベルを消し去り、あと数歩で手の届く距離に近づいていた。
心配をかけてしまった償いのため、広げられた腕の中に大人しく入り、体を預ける。……少し恥ずかしいけれど、ここは我慢。
「お疲れ様です、セイン様。もう少し様子を見ていただいても構わなかったのですよ?」
「それはまあ、フィオナなら適当な地点を陥没させて、一網打尽にしたんだろうけどね。私としても、彼らの言動には少しばかり鬱憤を溜めていたものだから」
「……『少しばかり』ですか」
それはもう愛しげに髪を撫でる手の感触を、何とか無視しつつ見下ろせば、口から泡を吹いている姿がちらほら。……完全に気絶してますわね、これ。もしも抜き身だったとしたら、一体どんな惨劇になっていたことやら。実際に暴漢の手首を切り飛ばした私が言うのも何ではあるけれど。
騎士くずれ二人はまだ意識があるようで、何やら力なくもがきつつ、愚痴のようなものをぶつぶつこぼしている。
え、「誰にも言わずに一人で来たんじゃなかったのか」? それは単なるそちらの勘違いで、私の口からは要求通りにしたなんて一言も言ってはいない。
確かに手紙にはそうしろとの指示はあったものの、そこまで従う義理はどこにもない。なので一切の遠慮なく、婚約者とその兄君と、ついでに私の両親やお兄様たちにも報告済みだったりする。証拠の手紙に関しては、第三王子殿下経由で陛下と王妃様にご覧いただく手筈になっている。
いつもは温厚なお父様やお兄様たちも、いきり立ってグラモント家へ抗議の手紙を書くと言っていた。迎えに来てくださったセイン様と一緒に私が出発した時には、グラモント家への直接の突撃もとい訪問の予定を、お母様も交えて据わった目で立てていたような。
まあ、グラモント伯爵ご夫妻には気の毒だけれど、これを機に引退するのが無難だと思う。
「──痛っ!! 何をなさるんですの、お離しください! 如何に第三王子殿下と言えど、こんな風にレディの腕を痛め付けるだなんて、許されることではありませんわ!」
「へーえ? 令嬢が男どもに色んな意味で襲われそうな場面を、怖がるどころか嬉々として見入っていたような女性に対して、『レディ』って言葉を使うもんなのか。二十一年生きてきて初めて知ったぞ、そんなこと」
──当の令嬢が、王子殿下直々に現行犯逮捕されてしまったことだし。
その声がするや否や、セイン様は私をしっかりと抱きすくめて──うう、やっぱりどうにも恥ずかしい──、元「運命の相手」と兄殿下に向き直る。
「身柄確保をありがとうございます、兄上。私が彼女に下手に接触すると、より面倒な事態になりかねませんでしたから」
「だな。期せずして騎士団の膿出しにも繋がったから、これはこれで結果オーライだ。この際、暗部を鍛えるのも兼ねて、騎士団全員の素行調査を実施してみるか。一応、副隊長以上の管理職までは、財政状況から性癖に至るまで把握済みではあるんだけどな」
「……さらっと知りたくない裏事情を明かさないでくださいませ、殿下」
暗部の統括責任者である未来の義兄に、思わず半眼で抗議すれば、彼に捕らえられたネリア様が、見当外れの発言をやかましく繰り出してきた。
ああ、せっかくの儚げな美貌が完全に台無し。
「セイン殿下! その女は猫かぶりこそ上手いですけれど、平気で他人に斬りつけることができるような、令嬢とは名ばかりの野蛮極まる存在ですわ! そんな女と結婚して辺境伯などになるより、わたくしを娶って王都で華やかな暮らしを──きゅう」
「はい、そこまで」
何やら術をかけたらしく、あっさり昏倒したネリア様を、第三王子殿下は軽々と肩に担ぎ上げた。
それと同時に、不意に現れた黒ずくめの人影たちが、戦闘不能状態の悪漢たちを手際よく総ざらいしていく。
「じゃ、俺たちはこれで。フィオナ嬢にはすまないが、後日に証言を頼むことになると思う。セインも目撃者だから同席してくれ」
「はい、心得ていますわ」
「無論、喜んで」
そんな軽いやりとりで、元「運命の相手」による、ちょっとした騒動は終わりを告げたのだった。
なおその直後、「ネリア嬢との関係に、上手く決着をつけられなかったせいで……」と、セイン様が無駄に落ち込んで、少しばかり厄介なことになったりもしたけれど。
「決着も何も、あちらがセイン様をきっぱり振った立場なのですから、本来は後腐れも何もないはずでは? 今更あちらから、こちらに突っかかってくること自体が意味不明でしょう」
「うん。まあ、そうなんだけど……フィオナに迷惑をかけることになったのは確かだし。何より、こう、私の見る目のなさがそもそもの原因だったわけだろう?」
「それは……否定できませんけれど。でも第三王子殿下の仰った通り、結果としては良い面に繋がったわけですから、そうお気になさらなくともよろしいのでは?」
「……フィオナは、それでいいのかい?」
私の言葉にセイン様は、伏せていた顔をのろのろと上げた。……髪がくすぐったいです、セイン様。
「勿論ですわ。むしろそうやって、セイン様が不必要なことで落ち込まれる方が私は嫌です」
「鬱陶しいから?」
「う。……ええと……その、はい」
嘘をつけない雰囲気だったため、ついつい素直にうなずいてしまう。
幸いセイン様は、軽く苦笑しただけで普通の姿勢に戻ってくれたものの……苦笑いとは言え、この綺麗すぎるお顔が必要以上に間近にあるのは、どうにも居たたまれない。
「じゃあ、できるだけ落ち込まないようにするよ」
「そうしてくださいませ。……それはそうと、私はいつになれば、セイン様の膝から下ろしていただけるのでしょう?」
二人きりのお茶会の時には(不本意ながら)常態化してしまっている姿勢だけれど、このどうしようもない恥ずかしさにはまだ慣れない……と言うよりも、慣れてはいけない気がしてならない。
そんな私を「恥じらうフィオナもとても可愛いよ」なんて評しながら、にこにこと上機嫌に微笑むセイン様も毎度のことではある。
ちなみにここは我が家の中庭にある東屋で、二人きりとは言っても、侍女はそれなりに近くに控えてはいる。でも生憎と彼女たちは、王子殿下のご意向を無視してまで私を助けるほどの忠誠心は持ち合わせていないらしい。
そのことで以前、使用人を統括しているお母様に軽く文句を言えば、「『本格的に殿下が暴走なさったり、フィオナが殿下に無理強いされてしまうことがあれば、何があろうとも絶対にフィオナを守るように』と言ってあるわよ?」と、ごく当然のように返された。
つまりはこの膝抱っこについては、本格的な暴走のうちには入らないということだろう。……正直なところ、恥ずかしいだけで嫌ではないのも確かなのだけれど。ええ、とにかくただひたすらに恥ずかしいだけで。
「あと少しだけ。もうすぐ王宮に帰らなければならないから、せめてぎりぎりまではこのままでいさせてほしいな」
などと言いつつ、抵抗可能な程度の力で、とても愛おしそうに私を抱き締めてくるものだから──
「……ずるいですわ、セイン様」
「うん。自覚はしているよ」
いつものように、甘く優しい腕の檻からは決して抜け出せずに終わってしまうのだった。
お読みいただきありがとうございます。
相変わらず箍が外れたままのセイン。
なので、登場すると無駄に甘くなると言うか、スキンシップ過多になります。フィオナはまだ慣れていないので恥ずかしがり、その様子もセインは余さず愛でています。要はフィオナの全てがツボでしかないらしい。
「こんなんでよく、彼女以外の『運命の相手』を探そうとかしてたもんだよなあ。無謀もいいとこだろ」by第三王子