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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

謎の肉塊生物を預かることになった

作者: 脳みそ

結城さんって珍しい動物が好きって本当?


きっかけはそんな些細な会話からだった。

話によると爽やかイケメンの彼、佐々木君は家族の事情により少しの間海外に旅行に行くことになったらしい。


その際に飼ってる少し風変わりなペットの面倒をみていて欲しいというお願いをされてしまった。


いや、責任とか持てないし、病気になったら大変だしとか色々と懸念を伝えたが、彼曰く「ちょっとやそっとじゃどうにもならない頑丈な生き物だから大丈夫、きちんともしもの相談先とか教えておくから」

と自信満々に丸投げされてしまった。


あれよあれよと言うまに学校の終わりに彼の家に連れて行かれ、鳥籠のようなケージに専用の布を被せてある物と暫くの食費と迷惑料を手渡され、気付けば実家の畳の上に正座の自分と件の鳥籠が置かれていた。


「見てからのお楽しみ」

「初見は驚くかもだけど慣れると凄く可愛いから」

「しばらく面倒見れないのは寂しい」

などなど

別れ際の彼の怒涛の如くたたみかけてきた言葉が頭の上によぎる。


さて、問題の物であるが、現在の所うんともすんとも言わない。光に敏感なのだろうか、鳥籠の上に暗幕なのか黒い布が被さっているわけだが、歪な五芒星の様なマークが描かれており、少しファンタジックな雰囲気を醸し出しているのがいっそう畳の上に置いてある現在の姿をシュールにしている。少し気を利かせて照明の明かりを二段落とす。


一つ大きく息を整えて。

「南無三」


正座で構えていても仕方ない、ぶっちゃけ足が痺れて来たのでさっさと対面を終えてこれからを考えた方が良いと思った。

勢いよく布を取り払い、鳥籠の中を観る。


最初に目にした時、私の思考は空白に満たされた。一気にパッと真っ白になるのではない、[侵食]そう、じわじわと植物が根を張らせるように、あるいは平な地面に水が広がっていくように、常識が断末魔をあげて侵される感覚。

ふと、耳の奥深くその先の脳髄から、何かを転がすカラコロと言う幻聴が聞こえてきた。


今、神が私の失う正気度の値を決めたのを確信した。


赤ん坊の頭くらいの大きさと形、水餅のような膜の中にさらに一回り小さな球体があり、三分の二はビー玉程の穴が無数にあいている、その中から線状の何かがちらちらと出たり入ったりを繰り返しいる、蓮コラの酷いバージョンそっくり。

もう三分の一は火傷の様な爛れた表面をしており、二本の縦筋の切れ目が走り、全体的な脈動が体をゆらしている、あと前面には用途不明の30センチ程の触手?のような物が二本ついている。鳥籠の中央には通常の仕様のように棒がぶら下がっていて、その棒を人間の指にそっくりな物が掴んでいて、それで身体を支えているらしい。


咄嗟に口を覆ったのは我ながら良い判断だったと思う、その後近くにあったマットに顔を隠したのは特殊な訓練が実を結んだのではと思う程だ。


悲鳴をマットに吸収させ、近隣住人からの通報という可能性を排除した後に、パニックになった頭でなんとか処理をしはじめる。


(いやいやいやいやいや。なにあの生物、え?佐々木いいいいい!私を騙したな!?)

爽やかな笑顔と共に親指を立てるクソ野郎の笑顔が脳裏に過ぎる。

(なに?私ここで死ぬの?命を狙われるような事した?はっ!?)


唐突に周囲の気配が変化し、視線を感じた。まるで暗闇の中から薄い息遣いと共に、生き物がいるとは思えない所から見られているような、見えない筈なのに確実にその存在を認識できる、生物の根源に付する被食者の勘が警鐘を鳴らす。


恐る恐る例の生物の方を見ると、大きく潤んだ瞳と視線が合う

「キュイ」

「ひいっ!?」

思わず小さく悲鳴を上げ、再度マットに顔を押し付ける。

思ったより穏健な反応だった。

(あっあの筋は目だったのか!でももう一本は開いて無かったけど、そっちは目じゃ無いのかな?

あっ声は少し可愛かったかも。

とにかく、少しずつあの姿になれきゃ。)


冷静に、しかしがむしゃらにやけっぱちに自分にできるであろう事を考えて覚悟を決めようとした時。


「キュクルククク」


カチャン


・・・


(ええええええええええ)


覚悟を決めようとした瞬間、横から可愛らしい鳴き声と共に不穏な音が聞こえた。


その時の心情は(そんなのありかよ!?)としかいえない。ホラー物の映画で布団の中に隠れてたら、布団の中から攻撃されたような、掟破りだろそれは!的な感想が頭によぎる。


キイと微かな金属音を立て、その中に水の揺れるような音が混ざっている。


(移動してる)


遅すぎる確信を持ったのと、頬に何かが触れたのは同時だった。意識の隙を突かれて。


ーーーーーーーーーーーーーーー


結論から言うと


めっちゃ懐かれた。


今も頭の上でゆらゆらと体を揺らしながら、頭の上にタシタシという感じのリズムを感じる。

(ステップ踏んでる・・・)


見た目グロテスクな生物ではあるが、視界に入らなければその仕草は佐々木の言う通りに可愛らしい物を感じる・・・。

(視界に入れなければね!。)


硬直していると何かが右手に巻きつく感覚がして自由が奪われ、そのまま頭部へと誘導される。

(ひいいなんか冷たい感触がああ)


想像するにあの水餅の膜の中に御招待されたのだろう、こんなに嬉しくない御誘いは引っ越しの手伝い要員で親戚の家に騙されて招待された事がわかった時以来だ。思いのほかサラッとした感触が手を包みこみ、ついで指先に何か生暖かい物質に行き当たる。


(ひいいいいいなんか生あったかい!脈

うってる!擦り寄ってきてるううううう)


撫でて欲しいのだろうか、自ら身体を擦り寄せ、火傷したような表面は硬いような柔らかいような、所々筋が走っている所に指が引っ掛かる感触がする。


反抗するとどうなるかもわからない為、望まれるがままに撫で付ける。


「キュクルルル」


鳴き声だけは可愛いのは認める、そのほかが精神をクラッシュさせるレベルで壊滅的なのだブルスク状態なのだ。

しかし触った事で精神的な大きな壁を一つ越したのか、いつの間にかパニック状態からは抜け出せていた。


(害が無いのなら何とかなるかな)


遠くを見つめながら何となくその不思議生物の面倒を見ることに決めた私は、なんだかんだで生き物が好きなのだろう。


・・・精神汚染されたとかは考えてはいけない。


肉塊生物の生態

その1 食べ物は肉

牛肉よりも豚肉が好きらしい


その2 糞はする

が、その物質が金である

錬金術師真っ青。常識というか物質的な法則を無視してやがる。


その3 戦闘力は低い

先住のゴールデンハムスターに追いかけ回されるのをみて思わず保護。


その4 性格は穏健で臆病

見た目に沿わず平和主義者。

うちのタイラント(ゴールデンハムスター)にキャベツで和平に持ち込もうとして失敗


その5 結構賢い

日常的な会話は理解できるようで、大抵は従ってくれる。

仮の名として[ブレちゃん]と呼んでいる。

脳味噌みたいなのでブレインからとっている。


ここまでノートにまとめたところで頬に鉛筆を添えながら椅子の背もたれに寄りかかる。


急な動きに対して頭の上の重みはバランスを崩す様子はない。


その6にバランス感覚◎と付け足す。


(でも困ったなあ)


この生き物に対して何がストレスになるのかさっぱり見当がつかないのである。

籠に掛かっていた暗幕から光に敏感なのかもと思い、照明は気持ち暗めにしているが。これだって予測の範囲に過ぎない。


あの野郎は注意書の一つくらい用意しておくべきだろう。いや、あとでネット調べれば良いと軽く考えていた自分にも非がなとは言い切れないが。

まさかこんな怪生物渡される何て誰が予測できようか。


SNSで写真とって質問するか?とも考えたが、初見のSAN値チェックを思い出し取り止める。精神耐性の無い人が見たら大変な事になる。


(それにどう考えてもなんか一悶着どころじゃない事が起きそうだし)


この子を持っていた野郎が何者かは取り敢えず置いといて、今は野郎に無事返す事を念頭に考えなければ、なによりこの子が可哀想という物だ。


ちなみに既に携帯への電話には掛けているが、まあ当然反応は無い。腹いせにRINEにリアルなウサギが包丁を持ったスタンプを無言で連打しておいた。


「仕方無いかあ、よっこいしょ」


おやじくさく立ち上がり、ブレちゃんホームの付近に落ちていた、[何かあったときの連絡先]が書かれた紙を手にとる。


なんの変哲も無い固定電話の電話番号だが、ネットで調べてもなにも情報が無いというのは不気味である。

(市外局番は東京か。)


意を決して携帯からコールしてみると、あっさりとつながり、若い男性の声が耳に入る。


「はい、こちらペットショップルルイエでございます。」


(え?やっぱりそっち系の生き物なの?)


聞き覚えのある店名に色々言いたいが、グッと飲みこみ、よそ行きの声を出しながらブレちゃんの事に関して聞いてみる。


「すいません、今日なんですけど、友人からとある子を預かりまして。名前もわからず少し難義してまして。」


「ああ、それでしたらおおよその外見を言ってもらえればわかると思いますよ。おそらく専門ですので。」


はきはきと答えてくれるのは良いけど(なんの専門だよ)と思わずにはいられない。しかし話が早いのは大変助かる。


「ありがとうございます。ええっとですね、大きさは人の頭くらいの大きさで、ぱっと見水餅みたいな見た目です。」


ここまで話したところで向こうから少しむせたような音が聞こえてきた。電話しながら飲み物飲むなよ。


しかし、こんないかにもな店名の店員がむせるとは・・・嫌な予感がする。


「ええっと、もしかしてですけど、半分は穴ボコだらけで半分は人の皮膚を火傷させたような感じですか?」


「凄いですね!そうなんですよ!。結構人懐っこいので気にしてなかったんですが、何かあるんですか?」


もしかしてで的中するとか、ブレちゃん一体何物なのよ。


「ひ、人懐っこいですか?」


「ええ、今も頭の上に乗ったりして、撫でろとせがまれたりしてます。」


「・・・」


絶句という間はこういう物を言うんだろうなと思わせる時間が少々流れた後に。


「ええっと、お客さん、取り敢えず、余計な事を《今は》言うわけにはいかないので、その子が籠に入った後にご連絡をいただけますか?。

それで掛ける電話番号ですが、今から言う所にお願いします。」


籠がある事を知っているとは、さすが専門家だ。

不穏過ぎる会話内容なんですが、泣いて良いですか?。


他に頼る先も無いので短く了承し、通話を切る。


溜息を吐きつつ、ブレちゃんを撫でていると、階下から「たっだいまー!」という声と共に階段を駆け上がる音が聞こえてくる。


「やっば!」


慌てたところで時既に遅し、扉を開け放つ音と共に「お姉ちゃん!電子辞書貸して!みよちゃんちで・・」


「・・・・・」


「キュイ?」


固まる姉妹に困惑したような鳴き声を上げるブレちゃん。


「何その子!?可愛い!」


いや、可愛いか?これ、というかSAN値チェックはどうした妹よ。

諸々頭に浮かんだ台詞はあったがひとまず「手洗いとうがいをしてきなさい」

いつも言っている定型分が口をついて出た。


妹はたいそうブレちゃんと相性が良いらしく、手洗い等が終わって早々に触れ合い始めた。


まあ手元から離れていることだし丁度良いかと考え、ペットショップに指定された番号に電話を掛ける。

「はい、ルルイエのだごんです。」

ワンコールもせずに電話がつながり、先程の男性の声が聞こえてきた。


そしてここで、先程自分が名前を名乗っていなかったことを思い出し少し慌てる。


「すいません、先程連絡先を教えてもらった者ですが。」


「ああ、先程の。」


「私、結城と申します。それで今丁度手元からあの子が離れましたので、お電話させていただきましたが・・・はやすぎましたかね?。」


「大丈夫ですよ、むしろ早く掛けていただいてこちらも安心しました。」


その安心という単語に深い意味がない事を祈りたい。


「では早速本題に入りますが、その子と呼んでいる子ですが、名前らしい名前は無いんですよ、我々でいう界隈の通り名だけで認知されていてですね。」ここで彼は一息吸って「【害意に報う者】と呼ばれています。」


大仰に言われたわりにそこまでおどろおどろしい名前に思えず、首を傾げる。


「その様子ですと、ご存知は無いようですね。

彼等は本来特別人や他の生物に対し友好的ではありません。しかも見た目が見た目ですので、特に人間から攻撃をされてしまう事が大半で、その経験から人間に対しては逆に攻撃的な個体も多くいいます。」


初っ端の接触を除けば、まあそうだろうなと納得できる内容、妹と戯れるブレちゃんをチラとみる。直視しながらも水餅に手を突っ込むとは猛者が居よる。


「で、ここが肝心なのですが、名前の通りその子に対して害意を持って接触すると、死にます」


あーそれで害意に報う者なるほどねー・・・。

「なんですと!?」


一瞬の現実逃避から即座に帰還して悲鳴に近い声が漏れ出る。


「今一瞬、警戒心を持たれたかと思いますが、その感情もグレーな所です。ある程度の信頼関係があればそうそう問題は起きないのですが、預かりとのことでしたので。」


それで鳥籠の中に戻ってから連絡してくれと言っていたのか。


「まあ最初の接触が順調で、直接本体に触れることも出来ているようですので、そこまで不安に思うことは無いと思いますよ。

彼等は特殊な生き物ですが、懐けば可愛い物です。まあ懐くまでのハードルが中々高いというのも有りますが。」


なんで安心させるような事を言った後に不安になるようなワードを入れるのか。口調は丁寧だが、少し弄ばれている感じがする。


まああんな生物を扱う様な職業なら、多少変わり者なのかもしれない、と自分を納得させ、そこから他に注意する点を幾つか聞きだして電話を切った。


「それにしても、なんで毎回終わり際に次に掛ける電話番号を指定するんだろう」


映画などに出てくる秘密結社かよと内心思いつつひとりごちる。

横では妹がアイスをブレちゃんと分け合って食べ始めている。

(それ私の・・・というか大層楽しそうだがみよちゃんとの約束は良いのか妹よ)


目が合った妹がおずおずと食べ掛けのアイスをこちらに差し出してくる。こいつ、確信犯だったか。

にっこりと笑顔をみせてこめかみに梅干しを見まう。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「行ってきます!」


梅干しショック療法により用事を思い出した妹は元気に家から出発した。アイスの恨みを恐れて逃げ出したとも言える。


「やれやれ、さて、これからどうしようかね」


再び頭の上の定位置に戻ったブレちゃんの重みを感じながら思案する。

相談事も一段落した事だし、ひとまずお風呂掃除と部屋掃除を片付けてしまうか。見計ったように母さんからリアルなゴリラがめっちゃ笑顔で米を研ぐスタンプが送られてきた。いや、毛が入るだろ。というツッコミを返しつつ了解のスタンプを返す。


母さんが帰ってくるのは7時位かな。それまでにはブレちゃんを籠に戻さないといけないな。


一応珍しい動物を預かった旨と、あまり構わないようにしないといけないという適当な言い訳をして、暗幕で隠して置こう。


ーーーーーーーーーーーーーーー


おかしい


なにがおかしいと言われれば、妹の帰宅が遅い。

時刻は7時、母さんもまだ帰ってこないが、きっと駅前のスーパーで時間をとってるのだろうからそっちは気にしてない。


流石に不安になったので電話をしてみる事にしたが、電話に出る気配は無い。


みよちゃん家に行くと言っていた、確か名字は佐伯だったか。親ぐるみで仲が良かったので家の固定電話に登録してるのを覚えていた。

心拍数が妙に高い、嫌な予感がして迷わず電話を掛ける。


暫くの呼び出し音の後、佐伯家の奥さんが出てくれたが

「ええ、確かに5時ちょっと過ぎには帰った筈でしたけど。」

血の気が失せる。(寄り道にしたって長過ぎる)

いつもなら「お腹減ったあああ!」と騒ぎ立てながら直ぐに家に帰って来るから、何かがあったに違いない。


パニック寸前の感情を何とか抑えてまだ帰って来ていない現状を伝えると、どうやらこれから一緒に探してくれるらしい。

ひとまず冷静でない私では無く、佐伯さんが警察に行ってくれるらしい。

母にはこちらから言葉では無く、短くメッセージで

[妹がまだ帰ってこない。これから探します。

佐伯さんに警察お願いしました。]

とだけ送った。


直ぐに既読がつき

[妹なら一緒にいるよ]

という返信では無く

[了解、暗いから気をつけて、私も探します]

一縷の望みも絶たれ、直ぐに玄関の靴を履き、扉を開いた。


開いて外に出た時、何故か二階の自室の窓が開く音がした。(今は誰も居ないはず、まさか妹?)と、そちらを見ると、何かが赤い光跡を残して飛び出す姿が目に入った。

見間違えかと思ったが、窓が空いたままなのを見て慌てて家に入って自室に向かう。


自室が荒れた様子は無い、ただ一点だけ出る時と様子が違う物がある。


「ブレちゃん?」


鳥籠が開いていた。

中には何も居ない。

窓が開いている。

何が起きているかは分からない。


ふと、鳥籠に入れた覚えの無い物を見つける。

妹と一緒に食べたアイスの木の棒。

大事そうに止まり木の上に器用に置いてある。

カタンと、開いていた鳥籠の音が部屋の中に響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「へぇ、お兄さんパソコン得意なんだ」


雑多に撒き散らされた書類の中、不自然に開けてある空間の中に、これまた不自然に配置された洋物の机。

その上ではかなりの肥満体質だが、白いスーツを着て身なりを整えた20代の男が嬉しそうにコップにリンゴジュースをいれている。


本日の特別なゲストである結城美陽に褒められてご満悦といった感情を隠そうともせずに、彼女の前にコップに置くと照れ臭そうに頭を掻く。


「いやぁ、まぁぼ、私にはこれしか得意な事が無いからね。」


取り繕うように一人称を変えて、壁に掛けてあるデジタル時計に目をチラリと送る。

時刻は18時30分、ここまでで自己紹介を終え、軽い談笑を交える事ができた。

男としてはそれは大変満足の行く時間であった。わざわざ禁忌を侵してまで半ば強引にここに招待した価値はあった。

ここいらでこの天使を解放するのが良いだろう。これ以上この子に負担を掛けるのはこの男の最後の矜持が許しそうに無い。

何というエゴ、不意に自分の行いの罪深さを意識してしまい、頭を壁に打ち付けたくなる。


「お兄さんどうしたの?」


その言葉にハッと現実に戻され、頭を振って気を持ち直す。今はこの時を楽しまねば天使に失礼という物だ。

ここまでの事をしておいて更に気にかけて貰う等

烏滸がましい。


「チッ何してんだかあの変態やろう。さっさとやっちまえばいいのに」


そんな2人の様子を、カメラのモニター越しに苛立ちを隠そうともせずに文句をたれる。


「まぁいいじゃないですか、これさえ終わっちまえば後は積極的に協力する話ですから、それにしても確かにあれは結構見ないレベルっすね。東京に行けばその手の雑誌のスカウト来る事間違い無しっす。」


品定をするように顎に手を当てて、こんな地方には珍しい程の器量の良さに関心を持っていた。


「何だよお前もそっちの気があんのか?」


昔からの付き合いとはいえそんな趣味があるとは思っていなかったので、思わず訝しげに弟分を見る。


「まさか、商売の話ですよ、今のうちに脅しを掛けて後に収穫するのも有りじゃないっすか?

ありゃ将来的にも間違いないっすよ。」


そう言われると確かにこのまま逃すのも惜しい様な気がしてきた。手元に[それ]用の手帳を引き寄せ、連絡先の一覧をみながら思案を始めようとしたが。


「はあ!?まだ何もしてねえじゃねえか!」


モニターを見ていた弟分から驚愕とも怒りとも判断のつかない声音に思案を取りやめモニターを見る。

モニターの中で例の変態はこちらに終了合図を送っていた。


色々と言いたい事があるが、仕方あるまい。

(直前で臆したか。)

とことん根性の座っていない変態野郎に舌打ちをしつつ、撤収の準備を始める。


「ったく、苦労した末にこんな事に付き合わされるなんて、冗談じゃねえ。」


愚痴りつつ席を立った弟分に短く「まったくだ」と返す。


ーーーーーーーーーーーーーーー


少し太り気味のお兄さんとお話をしていたのだが、時計を見るともう帰らないといけない時間が迫っていたので、正直にその事を伝えると、お兄さんは「それはごめんね、すぐお家に帰ろうか」と優しい笑顔を浮かべ快諾してくれた。


「少し怖いだろうけど、また目隠しさせて貰うね」


アイマスクを手渡されたので、素直にそれを付ける。

間を置かずに扉が開かれる音が聞こえ、少し怖い人の声とお兄さんが軽いやり取りをした後に、抱き抱えられた。


車の排気ガスの臭いが近いので、恐らく来た時と同じように車に乗せられるのであろう。お兄さんの気配が離れていくのが少し不安。

気持ちを入れ替えて家に帰ったらお姉ちゃんにどう言い訳をしようかと考えていた時だった。


「で、このガキ何処に売っ払おうか」


一層に冷え切った声音で、そんな言葉がきこえてきた。


「売るってなあに?」


言っている事が理解できなかったら素直に聞きなさいというお姉ちゃんの言葉を思い出した。


「は?いや、聞こえて、うーん。」


「おい、余計な事言うなよ。」


何か迷っているような言葉の後に、教えないようにと止める人の声。

この人!いじわるな人だ!。

瞬時に見抜いた頭の良い私は1秒もかからずに逃げよう!と判断した。

車はまだ出ていない。目隠しの隙間から扉の位置を確認。

すぐに目隠しを取り扉に手を伸ばす。


「あっ!こらまてこのガキ!」


「アホか!なんで手を縛ってねえんだ!」


ふふふ、しっている、こういうのを油断大敵というのだよ悪い人達。

心で勝ちを確信しながら扉を押したが…開かない。


「スライド式だこれ!?」


驚いている間に襟首を掴まれ座席に戻される。


「馬鹿で助かった」

「いや、まあどうせまだ組の敷地なんでそうそう逃げられませんけどね」


「ぐぬぬ、なんという策士」


これは現代のコウメイと呼ばれた私でも読めなかった。今度は手をぐるぐる巻きにされて身動きが取れない。


「バンジサンキュウか」


「何に感謝してんだよ。このガキ、想像以上にアホっぽいぞ。」


「アホって言った人がアホってお姉ちゃんが言ってた」


しかし!私は悪い人には屈しない!

睨んで言い返したそんな時だった。


ドン!という音と共に車が大きく揺れた。


「おわっ!?」

「なんだなんだ!?」


2人が騒いでいると言うことはこの2人が揺らしたわけではない。

「きゅう」

どこからともなくそんな声が聞こえてきた。

(もしかしてブレちゃん?)

それはつい数時間前お姉ちゃんが連れてきた不思議なペットだ。アイスを食べ合った仲なので忘れようもない。


慌てた悪い人がすぐに車の外に出た

「な!?マサキ!?だれがこんな!おい!」


その慌てようが気になったのは私だけではなく、もう1人の悪い人も外に出る。


「これはまたとないチャンスなのでは?」


頭の良い私は、この隙に2人が出た方の逆からこっそり脱出することにした。

スライド式の扉を開けると、出てすぐの地面にブレちゃんが居た。


「あ!」


大声を上げそうになったが、咄嗟に口を塞ぐ。

息を我慢しつつ、ぶれちゃんを頭の上に載せてその場を離れる。

載せる時に気づいたけど、ぐるぐる巻きの手がいつの間にか解放されている。


車から離れた茂みに隠れると、ブレちゃんに小声で話しかける。

「助けにきてくれたの?」

「キュ」

なんとなく「そうだよ」って言っているような気がしてる。


「おい!あのガキ何処にいった!?」


「むう、どこに行けばいいかわからない」

「キュイ」


私の迷いを感じてか、ブレちゃんが手で道を教えてくれた。


「さすが!ブレちゃん賢い!私の次に!」


疑う事も無く従うとあっという間に道路にでる。途中に大きな家の門を潜ったようなような気がするので、多分あそこはどこかのお家の庭みたいな所だったらしい。


「あっ!お姉ちゃん!」


外には咳き込むように両膝に手を付いたお姉ちゃんの姿があった。真っ赤な顔をしているのは怒っているのではなく運動したからのようだ。


「運動不足じゃない?お姉ちゃん」

あっしまった、怒りの赤に変わった。某アニメの芋虫さんみたいだね。

「あっあんたどこに行ってたのよ、みんな探してたのよ」

息も絶え絶えに聴かれては答えねばなるまい!。

「うーん、怖い人がね私のこと売るって言ってたよ」


うわっ今度は真っ青に。


「仮装大賞に信号機で出れるね」


つい思った事が口に出てしまった。

うめぼしはやめてええ。


「それにしてもお馬鹿なあんたが良く逃げれたね。」


「ううっバカって言った方がカバなんだよ。

ブレちゃんが助けてくれたの」


「あっその返し懐かしい。

え?ブレちゃん?ブレちゃんなら確かに少し外に出て暫く何処行ったかわからなかったけど、途中から私の道案内してくれたよ?」


「え?」


頭に手をやるとその上には何も載っていない。

ブレちゃんがいるのはお姉ちゃんの頭の上だ。

いつ移動したのかサッパリわからない。


「まあ兎に角家に帰ろう。ここまで結構遠かったんだから。ブレちゃん居るから車も使えないし。」


「あれ?自転車は?」


「途中でブレちゃんが壊した。連絡だけ入れとかないとなあ。」


そうぼやいているところに、赤色灯を灯したパトカーが通りかかろうとして、急ブレーキでその場に止まった。


「ヤバッ」


悪い事してないのにそれはどうなのお姉ちゃん。

ああ、ブレちゃんかな?。

扉が開き慌てた様子でお巡りさんが駆け寄ってくる。ブレちゃんを隠す余裕は無かった。


「もしかして通報されていたお嬢さんですか?」


が、しかし、ブレちゃんを気にする事なくお巡りさんが聞いてきた。

困惑しながらもお姉ちゃんは「はい、そうです」と返答している。

不思議に思ってお姉ちゃんの頭の上を見ると、ブレちゃんがいなくなっている。

「お姉ちゃんブレちゃん居なくなってるよ」

伝えるとお姉ちゃんも今気づいたのか頭の上に手をやり空中を撫でている。


「まあ大丈夫でしょう」


何となく諦めた感じで一息吐く。


どうやらお巡りさんはパトカーに載せてくれるみたいだ。少し警察署に寄って話しをする必要があるみたい。

「おなかすいたんだけどなあ」

私の呟きにお姉ちゃんが苦笑いしている。

「今日は外で食べようか」

「やった!お寿司がいい!」

急にはしゃぎ始めた私に警察の人が笑っている。


「まあ結果何事もなく、めでたしめでたしかな。」


お姉ちゃんが溜息混じりに呟き私の頭に手を置く。

すわ梅干しの刑かと身構えたが、普通に撫でられただけだった。でも、なんだかそれはこれまでにない程に心地よく感じられた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「こちら〇〇町◯丁目◯番◯号にて通報あり、大里組の敷地内にて多数の死体を発見。全て首から上がない状態の為、身元の確認が今の所不可能です。しかし、所持品からここの組員であろうと推察できます。

現場には争った後があり銃痕も多数。現状は問題ありませんが、念のため応援をお願いします。」


「妙だな」

「妙ですね神田さん」


「敷地内に居た奴皆殺しにしておいて金目の物に全く手を付けてないなんて。」


「それだけじゃねえ、弾痕見てみろ、上やら下やら、めちゃくちゃな方向に撃ちまくってやがる。こいつらは、何を狙ってうってやがったんだ?」


「薬でもやってたんですか?」


「こいつらは使う方じゃねえ、使わせる側だ、そこまで入れ込む事なんかそうそうねえよ」


「ですよねえ」


「死体も、道中にあった首なし死体と手口が似てる」


「同じ日にこんだけの事をして一体何が目的だったんでしょうか。」


「さあな、狂人のやる事はわからん。しかし、それらしい指紋も髪の毛も血も落ちてないとは、何もんなんだかわからんな」


「神田さん、犯行日時に拐われた女の子の話し聞きました?」


「ああ、確かここら辺で保護されたらしいな

くそ、怖い思いしただろうに、掘り返したく無いんだが。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「優吾、ちょっといいかい?」


「ん?何?」


「いやね?聞きたい事があって、例の脳味噌もどきって何処に預けてるんだい?」


「え?何の関係も無いクラスメイトに預けてるよ?できるだけそういった事に縁の無さそうな人に」


「そうかい」


「どうしたの?」


「増えてるよ」


「・・・はい?」


「数は23。あんた選択ミスったね」


「いや!?どんな数!?あれは好意を持った者に対して庇護の度合いが変わって・・・まさか!?」


「御愁傷様。まあ精々仲良くしてもらうこった。流石に母親を見つけたあれに手を出すなんて事はしないと思うだろうけどね。」


「よし、決めた、あの子が寿命で死ぬまで日本には帰らない。」


「それを許してくれるかどうかは母親次第だと思うよ。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「最近ここら辺でかいネズミだかタヌキだか増えて来たよな」


「え?タヌキ?いるの?」


「いや、夜中目の端になんか動いてるのが見えるんだよな」


「まじか、実は俺タヌキ好きなんだよ」


「いや、聞いてねえよ。しかもタヌキと決まったわけでもねえよ。」


「実はさ、結構調べててさこういう排水溝に、よっこらせ     「キュイ」」


「いや、その謎の行動力何!?・・・どうした?変に固まって」


「いぎゃあああああ!!!!???」


「どうした!?でっかいゲジゲジでもいたか!?」


「脳味噌!水に包まれた脳味噌が!目が!」


「はあ?何を言って、もう一回あげてみ?」


「無理無理っ無理!」


「何だよ一体。よっこらせ!・・・何もいないじゃん。」


「お前よくあの後で開ける気になったな!?頭おかしいんじゃねえの!?」


「お前にだけは言われたかねえよ!」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「ブレちゃん相変わらずご機嫌だねえ」


「最近この頭皮マッサージが癖になってきたよ。それよりあんた、友達との約束は?」


「今日はなーし。ブレちゃんと遊ぶと決めてるんだ。ねっブレちゃん」


「私のアイス食ったら処す」


「ぐっ

ブレちゃんもアイス食べたいよね?嘘ですすいませんその構えた手をおろしてください」


「全くあんたは、いいかげんってあれ?インターホンなった?」


「お母さんまだ仕事だったよね」


「仕方ないなあ」


「チャーンス」


「はいはーい、え?警察の方ですか?例の件で妹に?」


中途半端ですがここで終わりです。


続編気になった方が多ければ多分書くと思います。


最期の主人公がしらないところで増えた部分だけが描きたかったのです。

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