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今日から悪者

作者: 星川 創士

 

「おいっ! 斉藤!」


 タイピングの音とコピー機の印刷音と人の僅かな声で、オフィスは機械的な音楽をBGMとして、意図せず奏でていた。


「おいっ! 斉藤!」


「斉藤、呼ばれてるで」


「えっ?……あっ、はい!」


 隣の坂本に声をかけられて顔を上げ、急いで課長のもとへ走った。


 廊下で走ってはいけないのは高校生までらしい。


「なんでしょうか?」


「これ! この書類! 不備だらけじゃないか! 何やってるんだ! 気が抜けてるにも程があるだろ!」


「はぁ……すいません」


「大体お前は、最近仕事も雑になってきてるしなーーーー」


 それからの課長の話は一切覚えていない。


 ただそれでも体はやはり疲れていたようで、俺は今日行きつけの居酒屋に行くことを決めた。



「ーーーーわかったてんのか斉藤!」



「はい!」



 課長はよく禿げてる。絶対に触りたくない。きっと今飛ばした唾よりも汚い。



「何を笑ってる斉藤!」


「お前の禿頭見たからや」




 ーーーーーーーーーーーーーーー




「サラリーマンというよりも、僕は会社という組織に属することに向いていないのかもしれない」


「向いとる向いてない、そんなんは些末な問題やろ」


「それでもついつい本心がポロッと出てきてしまった」


「で、やっぱクビ?」


「いや、課長にそんな権限はないよ」


「じゃあ良かったやん」


「左遷が決まった」


「まじ? どこ?」


「新潟」


「ごっつい(めっちや)遠いな」


「なんでこんなことになるかな」


「お前それは明白やろ」


「あーーーー、そんなん分かってるわ!」


「はいアウト〜」


「うっっわぁ! やってもうた!」


「はーーい、生二杯あざーーす」


「いやむずいで意外と!」


「関東人サラーリン生活作り話ゲーム。これ思いついたわい天才ちゃう?」


「おい、天才って言葉の重みを理解しろよ?」


「ミスった奴が何言うてんねん。標準語以外で話したらアウトっていう縛りやけど、そんな失敗せんやろ」


「で、何がおもろいんこれ?」


「ん? 哲学か?」


「いつ俺がそんな話した!」


「佐藤君、佐藤君、おもしろいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「河本! お前の話の脱線は慣れっこやけど、なかなか深いこというやないか」


「でしょ」


「その標準語マジできもいからやめろ」


「じゃあ次何ついて話すか佐藤君」


「俺は斉藤や。ベタな間違いせんでええねん」



「こちら生二つでーーす」



 美女店員さんが生を二つ持ってきてくれた。


「すいません。ピーマンと……あとひねポン」


「かしこまりました」


 トタトタ


「じゃああの人の年齢当てるゲームでもするか?」


「いや、それよりももっと重大な話がある」


「なんや? あのケツでかくてエロい店員さんよりも話すことあるか?」


「俺会社で悪者になったねん」


「ほーーん。そういえば、とうとう言ったんやったけ? 課長に「禿や」って」


「ほんま、静かにキレてたな」


「こわっ」


「そっからえらい量の書類の処理とか雑務流されるようになったな」


「社会のいじめかぁ〜。今どき中々ないけどな」


「だから俺もうこのまま思っとること色んな奴に言ったら思ってな」


「おん」


「いっつもつまらん上司数人との飲み会も今日きっぱり断ったねん」


「あのいつも断る時に『それノリ悪いぞ』とかいうあいつらけ?」


「そうそう。『あなたたちと飲む酒はおもんない!』って言ってきた。ごっつい怖かったけどな」



「ピーマンとひねポンです」


「どうも」



「それで斉藤。とうとう会社連中から嫌われたんか?」


「ついでにいうと隣におった同期の何人かと坂本のクソしょーもない旅行もドタキャンしたな。今日」


「その旅行っていつ行く予定やったん?」


「三日後」


「うわぁ……おまやったな」


「費用五万円は出せませんって言って。すっかり嫌われ者です」


「なんでまた、そういうことしようと思ったん?」



 斉藤は逡巡して、生ビールを一口深く飲んだあと、


「悪って一番自由やと思ったから」


「へいBOY kwsk(くわしく)


 斉藤はアメスピの煙草に火をつけ、河本はマルボロメンソールに火をつけた。二吸いほどしたあと灰皿に灰を落とす。


「ようさ、ジャンプとか見てても思うねん。ヒーローとヴィラン。対立するこの二つの存在って、互いに存在しないと、存在できないものやと思ってた」


「要はヒーローがおらなヴィランはおらんし、ヴィランがおらなヒーローはおらへんと」


「そんな感じ。でもちゃうねん。ヒーローはヴィランがおらな存在できんけど、ヴィランってヒーローがおらんでも存在できんねん」


「確かに、悪者は英雄がおらんでも、というかおらん方がええか」


「ヒーローはかっこいいけどな確かに。でもヴィランがおらな彼らは存在理由がないねん」


「でもヴィランは己がやりたいようにやる。秩序もなにもなく、ほとんど縛られてない」


「まさに自由やと思わんか?」


「河本的にも同感やけど、でも自由ってそんなええもんちゃうやろ?」


「もち(ろん)! "自由は責任を取る"ということでもあるからな。人のせいにできない。全て自分が悪くて、自分に責任がある。やけどそれが自由やから」


「だから悪者になって自由を手に入れに行ったと? でも、わざわざ断るのにそんな喧嘩腰というか、争いの種を撒く必要はなかったんちゃう?」


「ごもっとも! 嘘つくなり、誠心誠意謝れば、所謂(いわゆる)"大人の対応"をすれば、しこりを残すことはなかったな」


「やろ? 流石にそれは馬鹿な真似したな」


「待てや。俺偏差値49の高校出やで。賢いわけがないやん。まあ偏差値49分の脳みそフル回転させてはいるけど」


「何いうてんねん」


「でもな、それじゃあ悪には……悪者にはなれへん」


「なんか拍車かけてきたな」


「大人の対応とはつまり、調和を維持しつつ荒れそうになる場をおさめるということやろ? 簡単に言えば、流すって感じか」


「一概にそうとはいえんけどな」


「それって、悪から遠い行動やと俺は思う。大人の対応は事態への変化を仕掛けるんじゃなくて、事態を何事もないように、平和へと流すものやん。悪っていうのは、思いのままに行動するし、むしろ平和を壊すもんや」


 酒を飲み切った斉藤は、二杯目にライムのチューハイを頼んだ。


「それにな。大人の対応って、自分の意見を言ってるわけじゃないからな。自分の意見言うってめちゃくちゃ怖いねん」


「お待たせしました。ライムのチューハイです」


 手に取った大きめのグラスの中身は、斉藤の口へ一気に流し込まれる。


「斉藤、飲み過ぎちゃうか?」


「それめな! 思うねん! あの芸術家も言うてた! 自分をな! まず、先に、危険に晒さないと! 闘う意志が湧いてこーへんねん! 大人の対応ばっかしとったら! いつまで経っても勇気なんて出てこーへんねん!」


「でもなーーー、周りから嫌われるやろそれ」


「俺らはヒーローちゃうねん。嫌われたくないって思うの人間のシステム的に正しいで。でもそのシステムで苦しむなら、嫌われてもええやん。むしろ特徴があってええわ! 世の悪者共に乾杯!」


「お前グラス空やないか」



 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 頭がまだ痛い。昨日は本当に飲み過ぎてしまったらようだ。



「おい! 斉藤!」


「あっ、はーーい」


「この書類だがな」


「不備はないと思うんですけど」


「不備はないが、読みにくい。やり直してこい!」


「読みにくくは……」


「うっさい! ここでは会社が正義だ! さっさと直してこい!」


 会社が正義というのは意味がまったくわからなかったが、とにかくこの禿頭に正義もクソもないことはわかった。


 俺はいちゃもんにも程あると思いつつも、自分のデスクに戻ると、そこにはいつの間にやら山積みにされた青と黒のファイルがあった。


 きっと色々な雑務を俺のとこに流すよう指示があったんだろう。



 悪は常に孤独だ。

 闘わない選択は選ばない。故に、自由だ。



悪者、見参!

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