ー嘘と僕の脱出劇ー
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「ありがとう。ユウキ君」
僕が気が付くと、目の前にはよく見知ったその人がいた。
その人は1か月前に僕がレジスタンスに入団を決めた日と同じような顔をして、僕を見ていた。その眼にはうっすら涙さえ浮かべていて、冷や汗さえ浮かべていた。
その表情は、悲しみと喜びが混在する、何ともさみしい表情だった。
(アイ・・・・・・・さん)
目の前にアイさんがいることで、先ほどまでジェイソン戦で張りつめていた緊張の糸がプツンと切れた。
僕は気が付けばアイさんに向かって、走り出し、アイさんを思いっきり抱きしめていた。
「なっ!お、おい、ユウキ君。どうしたんだ急に」
アイさんがいる。ここにアイさんがいる。その事実だけで僕は泣き出してしまった。
「アイさん・・・、アイさん・・・!」
僕はアイさんのことをぎゅっと抱きしめた。
「ユウキ君・・・、なにかあったのか」
僕はアイさんを抱きしめながら、泣き出してしまった。
アイさんがここにいる。
まだ死んでいない。
まだ生きている。
まだ息をしている。
今ここに元気に立っている。
それだけで、僕の心は安堵し、その安心から涙があふれてきてしまった。
と、心が落ち着いてくると、アイさんがジェイソンから受けた傷のことを思い出した。
(・・・あ!背中の傷!)
「アイさん!後ろ向いて下さい!」
「えっ、後ろ?」
「いいから早く!」
「えっ、ええええっ!」
アイさんの後ろに向かせると、黒色の鎧がアイさんの背中を守っていた。おかしい。さっきアイさんの背中は、鎧ごと切り裂かれていたはず。なのになんで。
「アイさん!鎧脱がしますよ!」
「ふぇ?」
「失礼します!」
そういってアイさんの背中の鎧を外して、その同じく黒色のシャツをめくり背中を確認した。しかし傷なんてものは1ミクロンたりともなく、アイさんの黒いのブラジャーがあるだけだった。
「そんな・・・馬鹿な」
そんなはずはない。あの時確かに、アイさんは重傷を負っていたはず・・、
「いいぞ、いいぞ!もっとやれ少年!「アイ、顔が赤いぞ「あらあら、なかなかエロいのねぇユウキ君」」」
とまあ僕がアイさんのケガの具合を見ていると、隊長たちの声も聞こえてきた。なぜここに隊長たちが?さっきまでジェイソンとの戦いにいたはず。というか、ここはどこだ。僕が周りに気を配ると、どうやら見知った光景だった。100人ほどいる隊員たちが30卓ほどのテーブルに座り、驚いた様子でこちらを見ている。そして僕を囲むようにして、隊長たちがいる。この光景・・、どこかで。
「ゆ~う~き~く~ん!!!」
「へ?」
あ、やばい。アイさんの下着出しっぱなしだった。
「す、!スミマセン!」
急いで上にずらしていた黒いシャツを下におろして、ブラジャーを隠し、鎧をかぶせた。
「すみません!悪気はなくって、あの。ごめんなさい!」
僕は急いでスライディング土下座をして、アイさんに向かって平謝りした。アイさんも、赤面しているが、さほど怒っている様子はなく、「まったく」と言ってため息をついて、身だしなみを整えていた。
「いや、別に、君が急にそういうことをするから、みんなの前で。わたしも、こういうのはあまり、け、経験がなくてだな、えっと、だから、つまり、驚いただけだ、まったく・・」
アイさん、意外と怒ってないな。
赤面するアイさんを見ながら、僕は再び安堵し、涙がちょちょぎれた。アイさんの悲痛な顔しか見てこなかった気がする。だからこそ、アイさんの恥ずかしがる顔を見れたのが、たまらなかったのだ。
でも、どうして、今僕はここにいるんだ。
隊長3人も他のレジスタンスのメンバー100人も、アイさんもここにいる。ここは間違いなく、僕が1か月間お世話になった本拠地に違いない。そしてこの場面、レジスタンスのメンバーが全員卓に座り、隊長たちも全員集合して、アイさんの嬉しさと悲痛の入り混じった顔。あれに僕は見覚えがある気がする。
ジェイソンの戦いの後に、僕が気を失って、ここにいるということか?
それにしては、アイさんの背中の傷がない。
ここはどこで、いつなんだ。
「大丈夫か?ユウキ君、何かあったんじゃ」
僕が思案していると、アイさんが僕を気にかけてくれた。
でも、僕は聞かずにはいられなかった。今日闘って、負けた相手のことを。
「ジェイソンを倒しに行ったのは、今日・・・・ですよね」
「!!!!・・・・・、ユウキ君。なぜそのエネミーの名前を・・・・、君が知っているんだ」
「えっ・・・・・、あああ、いや、それは、その・・」
アイさんは怪訝な顔をしながら、僕の顔を覗き込んだ。
すると、何かを察したように顔をあげて、話を切り替えた。
「ン.まあいい。今日はあんなことがあって疲れたろう。ゆっくり休んでくれ」
「あんなこと?」
「?・・ああ。すまん言葉足らずだったな。今日、君がケルベロスに襲われたことだよ」
「!!!!」
今日、ケルベロスに襲われた????
そんな馬鹿な。僕が襲われたのは、ちょうど1か月くらい前のはず。
僕は今の僕のレベルを確かめるために、僕のレベルの画面を確認した。
「レベル・・・・・、8?」
レベル・・、8?
僕のレベルは13層攻略の当日にはレベル50にはなっていた。みんなの戦力になるために、頑張って修行してやっと50まで届いたんだ。それなのに。
「アイさん…」
「ん?なんだ」
「僕らは、13層攻略に挑むのは、1か月後ですよね」
「ン・・・?そうだな、1か月後には作戦を実施したいと考えている。でも、なぜ君がそれを知っている?まだ伝えてはいないはずだが・・・。まあ、いい。それまでに修行し、強くなっておくのだぞ、ユウキ君」
(そんな…馬鹿な。時間が、戻っている??)
僕のレベルが8だったのは、ケルベロスを倒した直後のことだ。そのあとは、僕はアイさんを守りたくて、ゴウの隊員になり、ゴウに修行をつけてもらった。1か月でアイさんを守れるくらい強くなるために、頑張ったはず。その記憶は確かにある。なのに、
何もかもが、リセットしている。
「よし、ユウキ君。今日はひとまず、親御さんの元に帰るのだ。ご両親も、帰りが遅く、さぞ心配している事だろう。もう黄昏時だ。日没まで、時間はない。早めに帰りなさい」
アイさんが僕に向かって、実家に帰るように促してくる。しかし、当の僕はそんな信条であるはずもなく、ただ茫然と、その場で起こった出来事を整理しなければならなかった。
「今日は、帰りません。アイさん、少し話があるんです。本拠地に泊まってもいいでしょうか」
「えっええ!」
アイサンが驚いた様子で僕の方を見てきた。
そして、同時にリュウとゴウ、サユリさんが茶化しに入る。
「おおうおう、愛の告白か!少年!「なかなかの根性だな「あらぁ~、お姉さん男らしくて好きよぉ」」」
そういうことではないのだ。今は、この状況を確かめる必要がある。でも、今全員に報告するわけにはいかない。アイさんに報告しなければ。
「ととと、泊まる場所はある。私の部屋というわけには無論いかないが、ステイスペースでの寝泊まりは可能だ。親御さんにはメールか何かで連絡しておくといい。話はあとで聞くとしよう」
「はい。ありがとうございます」
そうして、僕の、僕だけの13層攻略の日が終わった。
今は、この謎を突き詰めなければならない。
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アイさんとの話し合いは、夜の9時に本拠地近くのレストランで行うと決めて、アイさんにも連絡した。僕の両親には、2泊3日でタクムの家に遊びに行くと嘘をつき、適当にやり過ごした。
そうして、アイさんが来るまでの時間で、僕は今まで起きたことを整理した。
13層攻略があった今日。
①詠唱中のサユリさんを守るため、ジェイソンに僕は立ち向かった。
②アイさんはジェイソンに背中を切られ、重傷を負った。
③次に僕が首をはねられて、死亡した。
④しかし、「もう一度セーブ画面に戻りますか」というポップアップの指示に、「YES」のボタンを押すと、
⑤攻略1か月前の、僕がレジスタンスに入団した日に戻ってしまい、
⑥アイさんも僕も生き返っている
というわけだ。
以上のことを頭の中で整理するには、アイさんが1か月以上前に行っていたこの世界は作られた世界であり、本物の世界は別にあるという発言も重要かもしれない。なぜなら、この世界は誰かによってつくられたからこそ、もう一度過去を繰り返すという、通常ではありえないことが起こっているかもしれない。
でも、そうするならば、
僕以外の人たちも、あの画面が表示されてもおかしくないはずだ。
あの画面というのは、「前のセーブ画面に戻りますか」「YES or NO」のあの画面。もし、そうならば、この世界で死んだ人には、あの画面が表示されて、過去に戻っている可能性もあるということだ。
でも、それは今考えても仕方がない。
多分、この整理した事項を並べると、
僕は未来から来たということになるだろう。
未来から、悲惨な未来を変えるためにやってきたと考えるのが自然だ。
今はアイさんに、その事の次第を説明するのが先決。
そんなこんなで、頭の中を整理していると、アイさんがやってきた。時間通りにくる正確さは、いつ考えてもすごい。僕が修行しているときも、そうだった。アイさんが時間に遅れたことは一度たりともなかった。
時計は、ちょうど九時を指し示していた。
「待たせたな。ユウキ君。どうした?そんな思い悩んだ顔をして」
「アイさん。ありがとうございます。きてくれて」
「なに。君が尋常ではない顔をしていたからな。レジスタンスの本拠地に来てから、様子がおかしいと感じていたが。なにか、あったのか?」
アイさんは席に座ると、この店のサンドウィッチを店員に頼みながら着席した。
「アイさん・・・」
「どうした、神妙な顔をして」
「話したいことがあるんです」
「ああ、どうした」
「僕は・・、未来からきたかもしれないんです」
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僕は今までにあったできごとを全て洗いざらい話した。僕は一か月後の未来から来たのではないかという結論から、その結論に至った背景まで。全部。
するとアイさんは合点がいったような顔をして、「そうか・・」と一言だけ言うと考えこんでしまった。
え、いや、それだけ?僕にとってはめちゃくちゃ重要なことだったんだけど、アイさんにとってはさして新しいことでもなかったのだろうか。もしかしたら、今までもそうした未来から来た人間に会ったことがあるとか。
「アイさん、どう思いますか」
「うむ、一つ質問してもいいか」
「はい」
「君がジェイソンのこと、13層攻略の時期のこと、そして、私の背中を見たことは、全て未来に怒った出来事が関係しているということだな」
「その通りです」
「そうか・・、合点がいったよ。君がレジスタンスの攻略計画を何から何まで知っているから、私は肝を冷やしたよ。どこかで自分が酒におぼれて口走ったのではないかとな」
「お酒飲まれるんですね、アイさん」
「それはそうだ。リーダーという立ち位置も、どうにも責任とかやらなければならないこととか、マネジメントとか、そういう雑務諸々で疲れることもあるのだ。骨折り損のくたびれ儲けだよ」
骨折り損のくたびれもうけ・・・・、どんな意味だったか完全に忘れているので、僕は内心ではスルーしたが、要約すると、働いても割に合わないみたいな意味なのだろう。正直、知らないが。
「今日の私の背中を見て、ブラジャーの色を確認したことは、無罪放免にするとしよう、そういう事情があったわけだしな」
「あははははは、よかったです。怒ってるかと思ってたので」
「怒ってなどおらぬ。だがな、ああいうことをされたのは、初めてだったのだ。それで、少し気が動転してしまっただけだ」
アイさんが頬を赤らめ、赤面する。
赤面するアイさんが一番かわいいと心の中で僕はそう思っていた。
「ご注文のサンドイッチでございます」
すると、そうこうしているうちに、アイさんが注文したサンドイッチが運ばれてきた。
「有難うございます」とアイさんは店員さんに一瞥すると、
サンドイッチをまず一口食べて、話の続きを始めた。
「君が未来からきたのは、間違いないだろう。ここが本来の世界ではないと前提のもとに立つと、猶更そうしたリセットという機能がこの世界にあってもなんら不思議ではない」
「はい、スミマセン、そんな機能使っちゃって」
「いや、謝ることじゃないよ。なにせ、君は我々レジスタンスが負け行く運命を変えたのだ。自分を誇りに思え。ユウキ君」
「負けゆくっていっても、僕がいなければ、勝てたかもしれません」
事実、僕があの時にジェイソンの攻撃を受けようとしていなければ、アイさんは僕を庇って死ぬことはなかったんだから、状況はもっと好転していたに違いない。
「いいや、それは違うよ。サユリは、大魔術や、回復魔術も扱える非常に優秀な魔術師だ。ジェイソン戦でも、主力のアタッカーであり、ヒーラーでもある。しかし、その分詠唱には時間がかかり、敵のエイムを受けるリスクも高まる。だからこそ、彼女を守った君の功績は高いというべきだろう」
「でも、結局、アイさんに守られてしまって、僕はなにもできませんでした」
「自分を責めるな。時として自分を過剰に責めることは、君の成長を鈍化させる。それに、君には今、経験がある。ジェイソンが未来で急襲をかけてくることも、サユリが詠唱時間のスキに襲われることも、君の盾がジェイソンの大鉈には通用しないことも。君は今沢山の情報を知っているわけだ。それならば、我らの勝率が高まったと考えることもできよう。だからユウキ君、君は何もできていないことなんてない。君は13層での戦いで,生還し、今ここにいる。それだけでいいんだ」
「でも・・・」
「おそらく、いや確実に一か月後の13層攻略に君は参加していた。そうして、大樹の根とジェイソン・ボーヒーズを前に惨敗した。しかし、それでも君が諦めず、私にもう一度ついてきてくれるというならば、教えてくれ。過去の戦闘の記憶を。そして、我らレジスタンスに、勝利をもたらしてくれ、ユウキ君」
「僕は・・・」
僕が、あの時。僕にできることは何一つなかった。
ジェイソンのチェーンソーと大鉈を前にして、
僕にできたことは、サユリさんが大魔術を撃つまでの時間稼ぎくらいだった。
しかし、結果的に、その時間でさえも稼ぐことはできず、アイさんに重傷を負わせてしまった。
だからこそ、
「僕は僕にできることをします、アイさん」
アイさんがもう一つの世界があると言ってから、僕は一か月間この世界のことを考えていた。
この世界はどんな世界なのか、この世界での死は何を意味するのか。
だから、僕はあの時のポップアップメニューで、YESのボタンを押せたのかもしれない。
アイさんがもう一つの世界の可能性を感じさせてくれたからだ。
僕が僕にできることは、前回の記憶を次回の13層攻略に活かすこと。この知識をみんなに共有して、全員で作戦を練ることだ。そして、アイさんも生きて、隊長たちと、他の隊員のみんなと、全員で13層を攻略し、14層に到達する。
それが僕にできる唯一のことだ。
「ジェイソンは、まず僕たちが進行してくるのを先読みして、地面を掘って僕たちに近づいてきます。前回の攻略では、森の中の開けた場所でジェイソンは顔を出しました・・・・。そうして・・・・」
僕はアイさんに、前回攻略であったことをすべて話した。
「となると、ジェイソンの大鉈にレベル50程度の盾は効かない。だとするならば、ローグ職や魔術師職の方がユウキ君には・・・
そうして、アイさんと二人で作戦を立て、一か月後に13層攻略をすることを決めた。
二人して作戦会議が終わると、アイさんは去り際に僕にこういった。
「君が、未来から来たというのは、みんなには内緒にしておいてくれ。もちろん、ジェイソンがいる前で、それを言うなよ」
意味深な発言を残して、アイさんと別れた。
あれは、なんだったんだろうか。
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一か月間
僕は、ゴウさんの騎士としての盾戦士ではなく、
リュウさんに、ローグ職の訓練を受けていた。
中型の手裏剣を扱う練習がメインだった。
リュウさんのモテエピソードを聞きながら、毎晩なにかしらの色恋沙汰の話をされ、
それを苦笑いで聞くという日々が続いた。
アイさんとの作戦会議の中で、ローグ隊の方が移動速度や攻撃力も高く、根っこの除去やジェイソンへの急襲などにも即座に対応できる。
というわけで、僕は一か月間の間、リュウさんにみっちりしごかれて、前回と同様にレベル50に到達した。
というか、そもそも、13層でこんなにも強大な敵と戦って、隊長クラスや、アイさんじゃなければ鍔迫り合いすらもできないとなると、99層まで行くのは可能なのかいささか不安になって来る。
でも、アイさんを守るという目的がある以上、彼女が進む道の火の粉は僕が払いたい。
もう同じ過ちは犯さない、二度と。
アイさんを助けて、13層を突破してやる。
そうして、一か月の時が怒涛の如く過ぎ、
そんなこんなで、レベル50になったというこのタイミング。
ついにアイさんが、99層迷宮の13層の攻略を明日行うというアナウンスを告げた。
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13層攻略の前夜、僕は本拠地近くのレストランで、四人掛けの机で一人食事をしていた。次の日に迫る決戦を前にして、どうにも気持ちが落ち着かなかった。これまでの特訓の成果は十分だったろうか、ちゃんと明日の攻略ではアイさんの役に立つことができるのかとナイーブになっていたからだ。
「不安だ・・・・」
今度こそ、アイさんを守ることできるのか。アイさんの役に立つことができるのか。
そんな不安が頭からずっと離れないでいた。過去にも同じような思考をした気がする。
「僕は、アイさんを守る、そのためのローグだ・・・」
そんなフルオブナイーブな状況な中、茶色の革装備を装備した1m80cmのイケメンが、僕の前方からやってきた。そのイケメン茶髪の見知った人は、軽装奈な茶色の革装備に身を包み、背中には大手裏剣を持っていた。
リュウだ。
「どうしたんー、ユウキ?こんなところで、みんな明日に備えて武器の手入れしているンゴよ~」
軽いデジャブを感じながら、リュウは僕が座っている四人掛けのテーブルの目の前の席に座ると、店員を呼び、僕と同じくサンドウィッチを頼む。
戦闘前日や前夜はあまり酒は飲まず、こうしてサンドウィッチなどの軽食で済ませて、おなかの調子を良くしておくことが望ましいと、そういえばリュウの特訓で教わった。
「そうですよね・・・スミマセン。なんか。一人になりたくて」
「・・・不安、かぁ?お前さん、開口一番、アイの服を脱がせたやつなのに、」
「いやいや、あれは事故ですって!」
「本当かねぇ?まあ、俺っち不安ってのはわかるだけどね」
「えっ」
「いや、今のユウキと同じような顔を、よく戦の前にしていた人間が、昔にいたもんでさ。ソイツも内心の不安が、顔に出やすいタイプの人間だったんだよ。こまったやろーだよな」
「そんな人・・、リュウさんの知り合いでもいたんですね」
「ははは。そうだな。そいつは今レジスタンスで、隊をまとめる隊長をやっているよ」
「え・・・、それって誰なんですか?」
「ふえー、それを聞くぅ?」
「あ、スミマセン。失礼でしたよね」
「いやいいよいいよ。昔は隠してたけど、今はもう隠していないしね。だから言うけども、その隊長ってのは、俺っちのことよん」
(えっ・・・)
「俺は、前に盗人やったんよ」
「確かに、ぽいっですね」
「いや、ぽいとか言うな!(笑)」
リュウさんが盗人?この世界では盗人は罪人扱いだ。小規模の罪を働くのは、大貧困家庭出身の子たちが多くそういった犯罪を繰り返す。凶悪殺人等は、家庭環境などから帝都に住んでいる人間の方が起こしやすいが、窃盗などの警備な犯罪をするのは、超絶貧困家庭に住んでいたという証拠にさえなることもある。
「俺んちは、裕福じゃなくてな。毎日金もなくて、だべるものさえなかったんだ。そんなときにさ、こう、盗んじまいたくなるわけよ。親父とかお袋とかはもうとっくに闇金に殺されちまって、俺に残されてたのは妹だけだった。だから、その妹のために、ずーっと盗みをしていたってわけ」
「ご両親はもう、この世にはいないんですか」
「そーいうことになるねー。いやーまったく人騒がせな親だよなあまったく。自分の子供おいて、一銭も残さずあっちに行っちゃうなんてさぁ。薄情だとは思わねーか?」
「いや、それは・・」
「わりわり、答えにくかったな。今の質問。やめだやめやめ。でもまあ俺はだから、盗人出身なんですねぇ。で、俺がたまたま盗人としても足が速くて、俺の足の速さを買ってくれたのが、アイってわけよ」
「足の速さで、隊長まで上り詰めたんですね・・」
「どへ!そんなわけないじゃん!少年、意外と馬鹿だなぁ!俺はコツコツ出たくもない戦場に出て、経験値を摘んだわけよ。それで今の隊長の地位になれてんの。足の速さで隊長になれたら、おまえどっかのランナーつれてくればいいっしょ」
「はははは、そうですよね(さっきまで神妙な面持ちで話していたのに、急に変な話題にするから、調子狂うなあ)」
へへへといたずらにリュウが笑っていると、注文したサンドイッチが届く。そのサンドイッチをリュウは頬張りながら、話の続きを始めた。
「だからさ、俺っちは、基本的に戦闘は好きじゃないのよ。血を見るのも嫌だしさ。盗人の方が100倍いいってわけ。でも、俺っちには妹がいる。あいつに腹いっぱい飯を食べさせてやりたい。そして、俺と妹をどん底から救い上げてくれたアイに、恩返しがしたい。それが、俺が今ローグ隊の隊長をやっている理由ってわけ」
「・・・・ゴウさんも、リュウさんも、それぞれの想いがあるんですね」
「え、お前。ゴウの隊長になった理由も知ってんの?」
「そうですね。知ってます」
「あいつ、俺には話したことねーのに。ほんっとにソリがあわねーんだよなあ。あいつの特訓受けなくて正解だぜ、ユウキ!」
(もう、一度受けたんですけどね・・・)
でも、リュウさんにもリュウさんの想いがあって、この戦いに臨んでいる。愛する妹さんのため、アイさんのため、持ちたくもない武器を持って、リュウは闘っているんだ。
リュウさんのためにも明日、頑張らなきゃ。
絶対に13層を攻略しよう。そう心に誓ったのだった。
そして、夜は更け、日はのぼり、僕にとっては二度目の、13層の攻略の当日の朝がやってきた。
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時は流れ、僕たちは前回と同じように、13層の森が開けている前回休んだ休憩地点にいた。
僕は途中の大樹の根っこを切ることに専念し、自分ができることを全うしていた。
ローグとして、中型の手裏剣を持っているからこそ、根っこの処理の役に立つことができた。
今回の作戦では、前回攻略ともし同じというならば、どこからジェイソンが顔を出してくるか、把握している。そのジェイソン出現予測位置をもとにして、全体の編成を組んだ。この作戦に、狂いはない。
僕が中型の手裏剣を構えて、戦闘態勢に入っていると、地中から見知った声が聞こえてきた。
よし、前回通りだ。
「まーしった、dayo」
ジェイソンが真下からまるで巨大モグラのように出現した。
しかし、今回違うことは、だれもその餌食にならなかったことだった。前回は、運悪くジェイソンの真下にいた魔術師隊が10名吹っ飛ばされ、空中を舞った。しかし、今回はジェイソンが出現しそうな場所の上に隊員を配置しないことで、各隊員が吹き飛ばされるのを防いだ。
「よし!」
そこから、リュウがローグ特有のものすごい速さで、ジェイソンのチェーンソーに向かって、自慢の大手裏剣で立ち向かった。
「ぐぬぬぬぬぬぬnunununununu」
先制打は成功だ。
ガギガギガぎンッ!!!という爆音を鳴らして、ジェイソンのチェーンソーと、リュウの大手裏剣がぶつかり合う。しかし、チェーンソーの攻撃力の方が勝っているのか、徐々に大手裏剣を切断されていくのが分かる。
「げっ、コイツ!」
とっさに大手裏剣をチェーンソーとの鍔迫り合いをやめ、リュウはジェイソンから離れた。
「メキメキメキメキメキメキメキメキ」
そんなジェイソンが先ほど出てきた地面の穴から、大樹の根っこが数えきれない本数生えてきた。その根っこがレジスタンスの隊員を一人ずつ狙って、地面に引きずり込もうと、ものすごい勢いで隊員に突進してくる。
「シールドアタック!」
それをすかさずゴウが、自慢の盾で防ぎ、なんとか、ジェイソンと大樹の根っこの急襲作戦を回避することに成功した。
ついに、13層最初の戦いの火ぶたが切って落とされた。
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ガギン!ガギン!という音を立てながら、リュウと、ジェイソンが戦っている。しかし、リュウにはジェイソンのチェーンソーは分が悪いらしく、リュウの大手裏剣はみるみるうちに傷ついていった。これを見るのも二回目だ。
「ふぅーう。そのチェーンソー、いつ見てもぶっ壊れ性能だな」
「YEAHHH,am,お前知っているぞ。何か月か前に、俺からrun awayしたガキone of them.素敵な顔だち、殺す」
「うるせぇえ、黙って駆逐されろ、ジェイソン」
「それは、impossible。誰もこの森から出さない。’ll be death.ABSOLUTELY・・・・・・・・uう、gaggaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!?!?!?」
「セイントボール」
リュウが話している間、後方にいたサユリがジェイソンに向かって聖魔法を放たれた。淡い光の光球はゆっくりとジェイソンに近づき、彼の肌に触れると、聖属性の小爆発を生み、ジェイソンにダメージを与えた。
「そこおお、ブツブツ話してないで、ちゃんとお姉さんもいるんだよぉ」
サユリが皮肉っぽく、さも寂しそうな顔をして言う。
前回のレジスタンスとジェイソンとの戦いでは、ジェイソンの攻撃を前に、離散した。そして、大樹の枝に一番被害を受けたのは、魔術師隊、サユリさんの隊だった。サユリの隊は、他のどんな隊よりも大きな隊であったが、その損害により半分以下まで隊員の数を減らした。この戦いで、最も責任を果たしたいのは、彼女なのだろう。
「うsが、saint 聖属性、I hate it, 遠くから打ちやがっててめえ。でも君のこと、ジェイソン覚えてるよぉ、last time 大樹の根っこがたくさん食べた、job.君みたいな人is was so many lol.かわいそうに,かわいそうにpoor youニヒ」
「・・・・・はーい、テメェ。ぶっころしまーす。神聖気炎砲弾。」
サユリさんは先ほどの寂しそうな顔から、怒りに満ちた表情に一変する。長い詠唱寺間を伴う大魔法を唱えるために、サユリさんはジェイソンに向けて両手のひらを向けて、詠唱を開始する。
「二ひ、ニヒにヒヒヒヒヒヒいいいいい!」
しかし、その隙を逃さんとばかりに、ジェイソンがサユリさんの前方にいるリュウを大ジャンプで飛び越えて、チェーンソーで切りかかった。4mはあろう大男とは思えない身のこなしに、リュウは反応が遅れる。
「しまった!サユリ!」
リュウの頭上を飛び越え、ジェイソンがサユリの目の前に向かおうとしている。アイさんは、空中に放り投げられた魔術師たちの援護にあたっている。ゴウさんも、地中から伸びてきた大樹の根っこから他の隊員を守っている最中で、サユリさんのところまで行くのには間に合いそうではなかった。
リュウは、サユリのもとに、その自慢の神速を活かして、駆け寄ろうとする。
しかし、その瞬間に、地中から伸びてきた大樹に足を絡められ、身動きが取れなくなる。
「っ、くそっ!」
リュウが叫んだ時にはもうすでにジェイソンはサユリさんの目の前にたち、チェーンソーを右から左に向かって一閃した。全員が万事休すと思われた次の瞬間、
大楯をもったゴウが、サユリさんの前に立ちはだかった。
よし!作戦成功だ!未来の最悪のケースを招く一番の要因は、僕がサユリさんを守りに入ること。だとすれば、最も守備力が高い人間が、サユリさんの詠唱を守れば、勝機はあるとアイさんと考えたのだ。
盾とチェーンソーが互いにガキーーーン!という音を立てて、ぶつかり合う。その耳に残る音とともに、そのチェーンソーが弾かれ、ジェイソンでさえも後ろに後退した。
よし、前回起きたことが変わった。あらかじめゴウを、奇襲されるであろう場所に配置して正解だ。サユリさんが襲われ、僕が庇う未来を変えられた。
「大丈夫だ。サユリ。詠唱を続けろ」
大楯を持ったゴウが、ジェイソンのチェーンソーに向かってシールドを構えていた。先ほどジェイソンが後ろに後退したのは、ゴウさんによるカウンター攻撃のようだ。ゴウさんも2はあろうかという巨漢なのにも関わらず、移動速度が尋常じゃなく速い。
「待たせたな。ジェイソン・ボーヒーズ。お前のご自慢のチェーンソーでは、私の盾は砕けないぞ」
「ニヒ!ムサイおっさん。Appear.一旦態勢を整えよう。Alright,」
ジェイソンは、ゴウの出現に一度森の中へ退避。ひとまず、ジェイソンの奇襲作戦は切り抜けたとみていいだろう状況だった。
よし、前回が役に立った。
「3人とも無事か!」
空中に放り投げられ、落下した魔術師隊員たちの救助を行っていたアイさんが、3人の隊長たちと合流した。
「ふー、ひとまずは、無事っすね。それよりも、ジェイソンはまた森の中に入りやがったんで、また奇襲しかけてきますよアイツ」
リュウさんが警戒心を促すと、アイさんが周りに号令をかけた。
「うむ、リュウの言うとおりだ。ここからは不確定なことが発生する!気を緩めるな!」
そう。ここからなんだ。ここからは僕が体験していないこと。ここまでのことを作戦にして、まとめて、全員に共有することができたが、このあとジェイソンと根っこが何をするかは皆目見当がつかない。
メキメキと暗闇から大樹の根っこの蠢く音が聞こえてくる。
この音のせいで、ジェイソンの居場所はわからなくなってしまう。
と僕らが困惑の表情を浮かべていると、チェーンソーの音がひときわ大きくなった。
(どこだ。どこにいるんだ)
僕らがジェイソンの居場所を探していると、隊員の一人が頭上を見上げながら叫ぶ。
アイさんの透明化スキルが使えたら、どんなに楽だろうと思うが、あのスキルは詠唱時間が極端に長く、あんなに長く詠唱していれば、枝やジェイソンの攻撃をもらうリスクが高まるため、使えない。
全員が目視で音の根源を探していると、
「ま、真上だ!」
「「「「!!!!!!!」」」
その声につられて、全員で上を見る。
「バ・レ・タ」
その時にはすでにジェイソンはものすごい勢いで、レジスタンスに向かって落下してくる途中だった。どうやら大樹の幹を登って行って、そこから落下し、もう一度奇襲を仕掛けようとしていたのだろう。地上まで残り3秒もない。そこに、
「任せろ」
ついにアイさんがジェイソンに向かって真上にとびかかった。
アイさんは自慢の二つの黒刀を構えながら、高く飛翔し、技名を叫ぶ。
「睡蓮華」
ケルベロスの三つ首をすべて同時に切断した大技で、ジェイソンに向かった。
「ニヒニヒ!」
対するジェイソンも右手にチェーンソー、左手に大ナタを構え、
両者の武器が轟音を立てながらぶつかり合った。
がギギギ!という音を立てて、拮抗しているようにもみえるが、重力分の力が加わっているジェイソンのほうがやや優勢のようで、アイさんは苦しい表情を浮かべながら、鍔迫り合いをしている。
「ニヒニヒィイ!!」
しかし、ジェイソンが力を込めて、大鉈をもう一度アイさんの刀にたたきつけると、その重量に耐えきれなくなったアイさんが真下に向かって一直線に落下してくる。
「っ、かはっ!」
アイさんは地面に垂直に落下すると、その落下ダメージからか、吐血し、地面で3回程度バウンドをした。同時に、彼女が持っていた日本の黒刀も吹き飛ばされ、ズカン!ズカン!という音を立てながら、地面に突き刺さった。
「「「アイさん!」」」
僕や隊員たちが、武器のないアイさんの元に近寄ろうとする。今アイさんがジェイソンにやられたら、アイさんを守るものがない。だが、
「これしきのこと、大丈夫だ!全員ジェイソンが落下してくるぞ!」
(そうだ、ジェイソン!)
ジェイソンは、アイさんの言った通り、先ほどの重力を活かして着地。周りに爆風を生み出しながら、ジェイソンは満面の笑みを浮かべる。
「うわ!く、くるな!」
しかし、アイさんの下に駆け寄ろうとした一人の男性の魔術師の隊員が、たまたまジェイソンの目の前に立ってしまう。
(だめだ。あそこじゃもし間に合っても、攻撃をいなしきれない!)
せっかくローグ隊として、特訓したのに、ローグ隊は守る力も持っていない。
「first of allまずはお前から、いただきます」
そういうと、ジェイソンは大鉈とチェーンソーを大きく振りかぶり、その男性魔術師隊員に向かって、大鉈を振りかぶる。
万事休すかと思われたその時。
「誰も、死なせない!」
先ほど大きくバウンドしてダメージを受けたアイさんが、その一人の隊員の前に立ちはだかり、
隊員を庇うようにして、大鉈と、チェーンソーをもろに受けた。
「「「!!!!!!」」」
全員がその場で立ち尽くす。アイさんが守った魔術師の隊員もその場で起きたことを理解できていないようだった。アイさんの両腕は、きれいに避け、両腕が、ボト、ボトと地面に落下する。
「アイさん!!!!!!!!」
僕がアイさんに向かって呼びかけると、アイさんはうっすらとこちらを向き、口パクで何かを伝えようとしていた。
「感動の別れって、breakしたくなる病気なの、私」
しかし、アイさんの口パクが終わるよりも前に、ジェイソンがアイさんの背中に向かってチェーンソーと大鉈を突き立て、アイさんが自分の血液と肉で真っ赤に染めあがった。
アイさんはその場でうつぶせに倒れ、僕に何も伝えることができないまま、
HPがゼロになった。
アイさんの体はそのままで、うつろな目をしながら、その場でピクリとも動かない。
「ああああああああああああ。あああああああああああああ」
(アイさん。アイさん)
アイさんが死んだ?そんな馬鹿な。あの人は強いんだ。僕よりもずっと強くて、賢くて、優しくて、仲間のピンチに駆けつける、そんな人なんだ。なのに、なぜ、なんでアイさんがしななくちゃいけないんだ。
「ああああああああああああああ」
声にならない声をあげて、アイさんのことを見る。しかしアイさんは動く様子もなく、目を開けたまま絶命していた。アイさんの血の海がその場に流れ、先ほどの背中の攻撃が致命傷だったことを物語っていた。
アイさん、なんで。アイさん。
僕がただ、アイさんの死を受け止めきれず、茫然としていると、リュウ隊長が僕に向かって怒鳴り声をあげた。
「おい!目覚ませ!馬鹿!」
僕が茫然としていると、気づけば僕の目の前には先ほどアイさんを殺したジェイソンが立っていた。
「あらあら、悲しいの?still sad」
「・・・・・・・あ・・・・」
「いいよん。僕がthat is me楽にしてあげるからね、heaven」
僕には武器を構えることができなかった。手元にある中型の手裏剣は、がたがたと震えていた。いや、手裏剣が震えているのではない。僕が震えているのだ。
勝てない。そう自分でも思わされる。絶対にコイツ、ジェイソンには勝てない。そんな感覚に陥ってしまった。
(無理だ。僕じゃコイツには勝てない)
アイさんだって、負けた。死んでしまった。僕じゃコイツを倒せない。アイさんも死んでしまった。僕が戦う意味がない。やっぱり、僕には何もできないんだ。前回からこうやって時間を巻き戻して、すべてをリセットしても、僕はどうせ勝てないんだ。ずっとタクムやアモン、コータに入れられていた鳥かごの中にいた方がマシだったんだ。こんな役立たず、レジスタンスにいなければよかったんだ。
「ああああああ、もうおまえ、ダメっぽいいdesu.つまんない、殺―そ」
そういって、ジェイソンがチェーンソーと、大鉈を僕に向かって振り下ろした。ああ、また僕は死ぬんだ。また、あの画面になるんだろうか。また、あの画面に戻ったら、どうすればいいんだろうか。
そんなことを考えながら、僕は死にゆく運命を悟っていた。
いやだ。嫌だ。嫌だ。とっさにそう思った。
死にたくない。もう、あの首が撮れるくらいの怖い思いはまっぴらごめんだ。
しかし、僕の想いには反して、振り下ろされる大鉈とチェーンソーを僕は止めることができない。
もう死ぬしかないのか。僕は、ここで。
また、やり直しになるのか。でも、またやり直しても、アイさんを殺す運命は変わらないんじゃないのか。また、一か月訓練して特訓しても、アイさんを救うことなんて僕にはできないんじゃないのか。
もう、何をしたって無駄なんじゃないのか。
「しぃーーーーーーーーーーーーーーーね!」
ジェイソンが僕の首に両方の武器を突き立てたその時、
「「「ガギン!!!!!!!!!」」」
三つの武器が僕に迫りくる刃から僕を守った。
「ユウキ!しっかりしろ!「ユウキ君、目を覚ませ!「起きて!ユウキ君!」」」
隊長の大手裏剣、大楯、ロッドが、僕に迫るジェイソンから僕を守っていたのだった。
「ユウキ!こんなところでしょげてんじゃねえ!!お前、仇とれよ!アイさんの分も、必死にコイツ倒して、14層に行くぞ!」
「そうだ!ユウキ君!負けるな!膝をつくな!君はまだ戦える!俺たちと同じように!」
「そうよ!負けないで!私たちがコイツを押さえておくから、ユウキ君は頭を中手裏剣で狙って!!」
後方職のサユリさんまでも前線に立って、僕を守ってくれている。そして、三人の隊長たちが僕を励ましている。ほかの隊員のみんなも、迫りくる大樹の根っこの攻撃を、なんとか抑えてくれている。僕が、僕が今、ジェイソンに攻撃しなきゃ。僕が、僕がやらなきゃ。僕は、僕は、僕は。
「僕は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。勝てっこない。アイさんが負けたのに、いくら隊長がいても勝てないよ。僕は知っているんだ。僕の攻撃や防御が、ジェイソンには歯が立たないことくらい。僕は知っている。だって、二回目なんだ。コイツと戦うのは。みんなも二回目かもしれないけど、なんで僕に戦わせようとするんだ。僕はコイツには勝てない。勝てないんだ。だから、
「うううううううううわあああああああああああああああああああ!!!」
逃げるという選択をとった。一目散に、森の奥めがけて、駆け出した。
「「「ユウキ君!」」」
隊長たちの声が聞こえる。
でも僕にはそんなの聞こえない。いくら隊長が挑んだって、ジェイソンには勝てない。僕は足手まといになるし、絶対に勝てっこない。だから、逃げるんだ。ジェイソンも、大樹もいないところまで。13層から脱出するんだ。転移ポートで。
「ふっ、はっ、へ・・・・、ふっ、はっ」
僕は必死で森の中めがけて駆け出した。
後ろから、隊長たちの声が聞こえてくる。だけど、僕には聞こえない。
そんなの聞く必要もない。僕は悪くない。僕は何も悪くない。
悪いのは、あんなに強いエネミーに挑ませようとする隊長たちだ。
森の中に入ると、薄暗い道が、ずーっと続いた。後ろから、ガギン!ガギン!という音や、ジェイソンの笑い声が聞こえるが、僕にはなにも聞こえない。
僕は悪くない。だって、僕はアイさんのために戦うといったんだ。でも、アイさんは隊員の一人を守るために死んでしまった。HPがゼロ。あれじゃ助からない。この世界に、蘇生術は存在しない。HPがゼロになったものに、ポーションを使っても意味がない。
そうだ。僕が頑張る必要なんてないんだ。なんで、こんな危険な目に合わなきゃいけないんだ。
前回は首を掻っ切られて死んだ。なんで、また同じような目に合わなきゃいけないんだ。
はやくはやく、転移ポートに戻ろう。戻って、帝都に戻って、自分の家に帰って、静かに過ごそう。99層攻略なんて、するべきじゃなかったんだ。しかもまだ13層。99層全部踏破するなんて、無理に決まっている。
辞めよう。このレジスタンスを。もうアイさんが死ぬところを僕は見たくない。
必死に僕は逃げた。後ろに、大勢の仲間を残して。
☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾☾
どれくらい逃げただろう。幸いローグ職だったこともあって、逃げ足は尋常じゃなく速かった。急いで転移ポートまで向かえば、20分程度だったはずだったが。一目散に逃げたせいで、転移ポートの場所もあやふやなまま逃げてしまった。
ここは、どこだ。
僕が今どこにいるのかわからない。転移ポートはどっちなんだろう。
そして、レジスタンスのみんなはどうなったんだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・だめだ。そんなこと気にしてたら。
僕は、ただ、薄暗くて湿っぽいこの道をただひたすらに歩いた。途中、大樹の根っこが僕に向かって攻撃をしてくるが、自慢のローグ職の足の速さのおかげで、なんとか毎度のこと逃げることができた。
こうして、逃げてばっかりだ。
タクムを前にした時も。
アイさんが死んでしまった二回目の攻略も。
僕は逃げてばっかりだ。何事からも。僕が本当にしたいことをおろそかにしたまま、逃げ続けている。
(でも、僕にはできっこない。そんなできないことを、させるレジスタンスの人たちが悪いんだ)
こうやって、人はなんか悪いことがあると、他人のせいにしたくなるところも、自分の悪いところだ。
何時間歩いたろう。もう、戦闘は終わっていてもおかしくはない頃だ。
みんなどこだろう。無事かな。生きているかな。
そんなことを思案しながら歩き続けていると、
「?」
僕の目の前に、なにやら大きな扉が現れた。
その扉は、大きな木に取り付けられているようだった。荘厳な作りで、誰かの術式ということではなさそうだ。
「なんだ・・・・これは」
よくよくその大樹に取り付けられた扉に近づいて、調べてみると、扉の上についている立て札に、別の国の言葉でこう書いてあった。
CONGRATULATION. WELLCOME TO FINAL LAYERS.
「おめでとうございます。ようこそ、最後の層へ」
(最後の層・・・・・、最終層ってことか・・・・・・・・・・・・?って、なんのことだ)
ここは99層迷宮のはず。13層の次が最終層って、どういうことなんだ。
13層の次は、14層のはず。そして、そこから15、16,17ときて・・・・、最終的には99層に到達するということじゃないのか。
「どういうことだ・・・・・・・・・」
アイさんの説明では、99層が最終層だったはず。しかし、この扉には最終層へようこそという文言が記されている。
もしやこの扉を使えば、最終層までエレベーター形式で行けるってことなのか。
いや、しかし、アイさんの説明だと今までそんなエレベーターのようなものはなかったと、言っていたはず・・・・。
しかし、そんな考えるいとまもありはせず、一瞬にして、僕の身の毛がよだつ出来事が起きた。
「みーーーーーーーつけたI got チュー!」
後ろから、不気味に笑うよく耳にした声が聞こえてきた。
(びくっ!)
僕が恐る恐る、後ろを振り返ると、そこには、白いマスクに、4mはありそうな巨体、そして、右手には大鉈。そして、左手には、
「!!!!!!!」
リュウ、ゴウ、サユリさんの、三人の髪を引っ張りながら、三人の首だけを持っていた。
「・・・・・・・・・・う、うげぇぇぇぇええええええええええええええええ」
僕はその場で嘔吐する。いやそれよりも、
隊長の首をジェイソンが持っている。ということは、三人とも負けた、のか。
「あらぁ。ぼくちゃんには少し対象年齢がオーバーだったかしら、このでかい図体のやつ、髪の毛が短くて持ちづらい、ワン。だからーーー、いーらない!」
そういって、三人の首のうち、ゴウ隊長の首だけをその場に落とし、自分の足で踏んづける。同時に、グジャ!という音を立てて、ジェイソンの足元が血で黒と赤に染まった。
「‥・・・ガクガク・・・・・・」
「あれぇ、ぼくちゃん?ちびってんのぉ?もーやだなあ。根っこにお前の居場所を教えてもらってこっちにcome hereしたけど、雑魚じゃん。やる気なくすぅ」
はあとジェイソンはため息をつく。しかし、当の僕は、何もできず、ただただ目の前の恐怖に対して、ちびることしかできなかった。
「まあいいや。お前、その扉。見ちゃったみたいだし。殺さないとねぇー。」
「な、なななん、なんで。この扉を見ただけでころされるんだ・・・・。ぼぼぼぼぼ、僕はおまえに、なにもして、、ななな、ないだろ!」
「あああああ、ウぜえなあ。Fucking bitch. そのとびらをくぐらせるわけにはいかねーのよ。それが“ゲーム”だからさ」
「!!!」
コイツ今、ゲームって言ったか。確か、アイさんも同じようなことを言ってた。コイツは何を知ってるんだ。
「お、おまえ、この世界は、なんなんだ。おまえは、なんなんだ!」
「なーーーーんで、それ言わなきゃいけないわけぇ?・・・・・・・まあいいか。お前ここで殺すしなああ」
「いいか。よーく死ぬ前に聞いておくんでちゅよ?わかりまちたか?honey?この世界はなあ、“人口的に作られた仮想空間なんだよん”!」
「!」
(アイさんが言ってたことは本当だったんだ。ということは、本当の世界は別にあるということか!)
「でも、なんで、お前が、それを知っているんだ」
「えええええええええええ、なんで、それも言わなきゃいけないのぉおお。あ、だったら、言う代わりに、お前の腕、二本とももらうわ」
「えっ」
僕が気づくよりも早く、ジェイソンは右手の大鉈で僕の両腕を綺麗に切り裂いていた。
「だいでゃえdy0あふえwrfpくぇfれ9pふえrpf8うえr!!!!!!」
声にならない声が、森中に響き渡る。
「はーい。これが逃げたものの、罪ってことやね」
「うあっがgだgだぐがgg8いうがっぎたいいうだいいい」
「うるせえぇーな。まあ両腕切ったから、教えてやるよ。俺氏優しーからな。実は、わたすぃ、ジェイソンは、このゲームに存在するAIなのでーす!きゃぴるーん!」
「!!??!?????あdfへdhdhっぃd」
「ああだめだ。コイツ、もう死にそうだな」
ジェイソンがAI?・・・どういう、いや、それよりも、痛い。全身がいたい。もう、これ以上、コイツにいたぶられたくない。いやだ。怖い。
「じゃあ、お前の両足を切断する代わりに、もう一個教えてあげる、メイドの土産・ダ・ゾ!」
そういって、ジェイソンは僕がかろうじて残した両足までも、大鉈で秒速で切断する。
「だでぇ9位d9うf0和えryフ9るふぁえsry9f89絵wsrdぁぁぁぁぁl!!!!!!!!!!!!」
あまりの痛みに、何も考えられず、僕はただ叫ぶのみだった。感覚を切ってほしい。リンパを切って、この痛みの感覚を切断してほしい。脳と足の感覚を切ってほしい。いや、それ以上に、殺してほしかった。
「あああ、いいねぇ、いい叫び。だから、今から死ぬ君にもう一個教えてあげる」
「ジェイソンは、大鉈を僕の首に構えて、大きく振りかぶった。
「僕にはぜーったいに勝てない、システムでそうなってるんだお」
バイバイとジェイソンが言って、大鉈が振り下ろされた。
またしても、僕の頭は、胴体と切り離され、絶命した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(死んだ、な)
真っ暗な世界だ。でも、かろうじて思念はある。でも、自分の視界には何も表示されない。真っ暗な世界が広がる。一筋の光もない。僕はアイさんも、隊長三人も見殺しにした。
だったら、この光もないこの世界にずっといる方がましだった。
もうこの世界で、ずっと過ごしたい。そう思っていた時、いつぞやに聞いたピコン!という音を立てて、僕の視界にポップアップが表示された。
(・・・・・・・・・)
そこには、例のごとく、電子的なポップアップメニューの囲いの中に、一つの質問と、YES or NOの選択肢が表示されていた。
「一つ前のセーブ画面に戻りますか? YES or NO?」
またこの質問だ。何回やらせるんだ。この質問に答えたところで、何にもならない。状況は変わらない。ジェイソンも最後に言っていた、ジェイソンには勝てない。そういうシステム設定がされている。隊長も殺されていた。アイさんも殺されていた。だったら、ジェイソンに勝てる人間は、レジスタンスにはいないということだ。
ここで、もう一度、戻ってもなににもならない。
意味なんてないんだ。
だから。
僕は静かに死にゆくことをえらぶ。
あんな思いをして、結局結果が同じなら、死ぬ方がマシだ。また、レジスタンスに戻っても、13層のボスには勝てない。だったら、ここでNOを選んで、人生を終えよう。
そうしたら、もう傷つかずに済む。隊長たちも、そして、アイさんの死に顔も、もう見なくて済むんだ。
「NO」のボタンを押して、僕は目を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「君、名前は?」
「え・・・」
気が付くと、僕は森の開けた場所にいた。
そして、目の前には、前の闘いで殺されたアイさんがそこに立っていた。
(アイ・・・・・さん)
僕はアイさんが視界に入ると、目頭が熱くなり、今にも泣きだしてしまいそうになる。
でも、
僕は、NOを選んだはずだ。なのに、なんで、またリセットしているんだ。
困惑と嬉しさのまじりあった非常に複雑な心境になった。そして、ここはどこなんだ。
森の開けた場所で、なぜか僕の周りは燃え盛る炎で囲まれている。
(どこかで。このシーンを僕はみた・・・・はず。・・・・・・・まさか)
これは、アイさんと初めて会った時だ。
なんでだ。NOを選んだんだから、もう一度やり直すなんておかしいはずじゃ・・・・。
いや、待てよ。確か、あのポップアップメニューに書いてあった文字は、
「一つ前のセーブ画面に戻りますか? YES or NO?」
だったはずだ。ということは、NOを選べば、
(二つ前のセーブ画面に、戻るっていうことか?)
なぜこのタイミングがセーブ画面になっているのかは皆目見当がつかない。それでも、あそこでNOを押しても、アイさんと出会う前の自分にもなれないし、ましてやあのまま死ぬことも不可能ってことか。
(なんだそれ・・・・・・・)
僕がアイさんと一緒にいても、アイさんを殺す運命は変わらない。アイさんの死は、必ず起こる。なぜなら、アイさんは13層攻略をするはずだからだ。しかし、レジスタンスが13層攻略をしても絶対に勝てない。ジェイソンは僕は死ぬ前に言っていた。「僕にはぜーったいに勝てないシステムでそうなってるんだお」って。ということは、いくらレジスタンスが、13層攻略に挑んだところで、この世界の理の上だと、あのエネミーには勝てないんだ。ましてや、隊長や、僕たち隊員が危険な目に合ったら、必ず駆けつけて、アイさんは身代わりになって死ぬ。それは一回目と二回目で実証済みだ。隊長たち三人も、アイさんが死んでからジェイソンにものの一時間たたずに、首だけ残されて殺されてしまった。残りの隊員たちも、あの時全員死んでしまったと考えるのが自然だろう。
だったら、どうやっても、ジェイソンにはかてないじゃないか。
僕は何もできない。アイさんをしに行く運命を前にして、逃げ出した。そして、隊長たちをも見殺しにしてしまったんだ。
「うっうっ」
なんて情けないんだ。僕は。
そんな自分のふがいなさに、涙した。
いっそこのケルベロスの時に死んでいればよかったんだ。
アイさんに助けられるような人間じゃないんだ。僕は。
「君、どうかしたか?」
僕が泣いていると、初対面であるアイさんが声をかけてくれる。
アイさんはこの時僕と初めて会ったはずだから、突然助けた人が泣き出したんだ。驚くのも無理はないだろう。
「いえ、なんでも、ありません」
僕は最後に振り絞って、それだけを言った。もし、アイさんに、レジスタンスに勧誘されても、断ろう。そう心に決めていた。
「そうか、それならいいんだが。それで君、名前は?」
「ユウキです・・・・・・・」
「ユウキ君・・・・か。いい名前だ。君の勇気を買おう。ユウキ君・・・」
多分、ここで、アイさんは僕をレジスタンスに勧誘するはずだ。これが本当に過去ならば、ここでアイさんは僕を勧誘する。
でも、それを僕は断らなければならない。僕がいても足手まといになるだけだ。アイさんにとっても、僕がお荷物になって、守らなければならない人間が増えるのは、つらいことになる。
だから、僕は。
「すみません・・、僕はあなたと一緒には・・・「君、どこかで私とあったことはないか?」」
アイさんから、思いもよらぬ発言が飛び出して、僕の独白はさえぎられた。
「えっ、それって。どういう」
「いやな、勘違いかもしれないんだが。君が、この前、私の夢の中に出てきたんだ。同じ釜の飯をたべて、ダンジョンにももぐって、そして、私の宿敵に君が殺されるのを、私が防げた。そんな夢だ。いや、何を言っているのか。分からないだろうがな。いや、気にしないでくれ。ところで・・・、君のほうこそ、何か言おうとしていなかったか?」
「・・・・・!!!!」
(アイさんの記憶の中に、僕が残っている)
そんな、馬鹿な。そんなこと、一回目のリセットの際には起こらなかったはずだ。
なんで。
「なんでアイさん・・・」
「?????、なぜ、君が私の名前を知ってる??まだ名乗ってはいないはずだが」
「っ!いや、これは、あ、なんかどこかで見たことがある顔だなと思って、あなた、一応有名な人らしいですよ」
全力でごまかした。すると、意外とアイさんは騙せたようで、アイさんは「そうなのか?」と少し照れながら応答してくれた。
(一応、信じてくれたみたいだな)
「まあいい。君を私たちのクランに勧誘したいんだ、我らのクラン、レジスタンスへ」
ついに、アイさんが勧誘をしてきた。
でも、これを断る必要があるんだ、僕は。
「いえ、スミマセン。入りません」
「・・・、そうか。残念だな」
「スミマセン」
「理由を、聞いてもいいかな」
「・・・・・・僕は、僕は、本当はアイさんと一緒にこうやって話せるような人間じゃないんです。かっこ悪いし、泣き虫だし、臆病者なんです。それなのに、アイさんは、僕にいろんなことを教えてくれて、何度も助けてくれて。それなのに、僕はアイさんを前にして、逃げ出すような、最低な人間なんです。アイさんよりも弱くて、敵を前にして、仲間を置いて逃げ出すような、そんなダメな人間なんです。僕は、だから、僕は、お力には、なれません」
あなたの力にはなれません。あなたの力になりたいです。あなたには沢山助けてもらった。一緒に過ごしていて、本当に楽しい人たちにも出会わせてもらった。
あんなに楽しい日々は僕の記憶の中では、初めてだった。
だけど、そんなあなたたちを僕は死なせてしまう。
だから、僕はいないほうがいいんです。
あなたは地獄から何度も僕を救い出してくれた。
僕は、生き返ったあなたを、抱きしめることも、できないんです。
「だから、一緒には、いけません」
「・・・・そんなにも、己を卑下するな、ユウキ君」
(っ、でも本当のことなんです。アイさん。アイさんはまだ知らないかもしれないけど、これからアイさんの下で、僕がする行動は、そんな最低なクズのやることなんです)
「私も、愚かで無力な一人の人間でしかない。君と同じ場所に立ち、君と同じ空気を吸い、君と同じ言葉をしゃべる人間なんだ。私も自分を悲観することはあるし、自己嫌悪に陥ることもある。だから君と私は同じなんだ。ユウキ君。多寡がこの2mが、君にはそんなにも遠いのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
(ええ。遠いです。あなたのような、周りを守るために、命を犠牲にできる人の横に立つことは。あなたのような眩しい人の横にいることが、僕にとってどれほどの重圧なのか、あなたにはわからない)
「アイさんは、僕を地獄から救い出してくれた。それだけで、僕には十分なんです」
アイさんたちをこれ以上、危険な目に合わせたくない。僕がいても足手まといになるだけなんです。アイさん。
「そうか・・・・・・・・・残念だ」
「・・・・・・・・・・」
僕たちの間で、沈黙が流れた。
そして、僕はレベル8のまま、これから隅っこで生きていくことを決めたんだ。
僕が失礼します、と言って、アイさんの元を去ろうとすると、
「ユウキ君。私はいくつか、君に隠していたことがあったのだ」
「・・?なんですか」
隠していたこと?って、今あったんだから、隠していたことなんてあるはずない。
「私は今君にあってから、二つの嘘をついた。ひとつは、君を夢でみたということ。もう一つは、」
一拍おいて、アイさんは改めて、帰ろうとしていた僕を見つめていった。
「君に会うのが初めて、と言ったことだ」
「?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。というか、この時は、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「アイさん、どういうことですか」
「ああ。まず一つ目だが、私は君を夢で見たといったが、あれは嘘だ。正しくは、君と同じ釜の飯を食べ、ダンジョンで修業をし、13層のボスであるジェイソンに立ち向かった。レジスタンスの仲間たちとともにな」
「!」
(どういうことだ。アイさんは何を・・・)
「そして、二つ目の私と君が会うのが初めてだということだ。これは真っ赤な嘘だな。私は君に会ってから、三か月は経過している。そうだな?ユウキ君」
「!!・・・なんで、そんな…馬鹿な。そんなことあるわけ・・・」
だって、アイさんは僕の初めてのリセットの時に、僕がリセットをしたことを知らない様子だった。
「ああ、通常の場合なら、そんなことはあるわけがない。だが、私と君という場合だったら、話は別だ。私はな、ユウキ君。このゲームに二人しか存在しない、AIなのだ」
??????????????
言っている意味がさっぱりわからない。
「すまないな。君にどうにも嘘をつきすぎた。だが、しかし、わかってくれ。ほかの隊員たち、つまりNPC達を説得するためには、いろいろ嘘をつかねばならなかったのだ。順番に説明しよう。この世界のことと、そして、私が何をしようとしているかを」
アイさんは、ことの次第を説明してきた。
アイさんにはたくさんの嘘があった。
まず、この世界が作られた世界で、他の世界は別にあるのではないかという話。
「あれは嘘だ。いや、正確には、嘘ではないが、真実ではない。真実は、100%、この世界は仮想ゲーム空間であり、本来の世界が別にある」
「そんな・・・・・・」
「本当だ。この世界は、日本の宇宙開発会社JAXAと、仮想ゲーム空間を取り扱う仮想空間創造所リベラル社で作られた世界、通称:JBだ。仮想ゲームの世界なんだ。ユウキ君。君がこの世界にフルダイブした際に、過去の記憶はすべて一度、クラウドサーバー上に保存され、君は新しい人間として、この世界にやってきた。つまり、記憶を書き換えられて、この世界に存在するわけだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!僕には母親や、父親がいます!そしたら、ぼくの過去の記憶は残っているじゃないですか!」
「無論、本来の母親と父親ではないよ。先ほど逃げ帰った三人組も、君の本当の友人じゃない。この世界、JBのプログラムによって作られた超高性能なNPCだ」
「そ、そんなことって」
「あるのだ。ユウキ君。そして、君は今まで、二回のコンティニューを行った。そうだね?」
「・・・はい、そうです」
「一回目のコンティニュー。君はリセットと呼んでいるが、このリセットの際に、私は過去の記憶を知らずに、君と初対面であった顔をした。そうだね?」
「間違いないです」
あの時のアイさんは、僕と会うのは初対面という顔だった。僕がリセットしてきたという話を、馬鹿正直に信じてくれたが。
「すまない。あれも嘘だ。私は君がリセットをしたことも知っていたし、私が君を庇って、そのあと、君がジェイソンにやられて死んでしまったことも覚えている。そして、レジスタンスの本拠地で君と、再び落ち合ったことも、全て覚えていたよ。知らないフリをして、他の隊員には言わないでおいてくれ、なんて言ってしまってすまなかった。君が初めて13層からコンティニューして時間をさかのぼった時、私は君を無条件で信じた。そうだな?」
「はい、そうです」
確かにあれはおかしいと思っていたんだ。アイさんは僕が言ったことを意外とすんなりと受け入れてくれたし、なのにだれにも言うなとかいうし。
「あれは、私も13層の記憶を引き継いでいたから、信じたのだ」
「!!!・・・なんで・・、それを今まで黙ってたんですか」
「そうだな。正直な所、言ってもよかったとおもっている。しかし、他の隊員に君のそのリセットの存在を知らせるわけにはいかなかったんだ。なぜなら、君のリセットの力は君しかもっていない力だからだ。もし君の力をNPCが聞いて、それをJBシステムが感知でもしたら、私の計画がご破算だからな」
「・・・・言っている意味が分かりません」
「ああ。コホン。つまりだな。私の他の隊長たち、隊員たち、全員が、NPCなのだ。つまり、現実世界には肉体をもたない。この世界の住人なのだよ」
「!」
「そして、この世界の住人達に、君がリセットの力の存在を気づいたと知られるのはまずかったのだ。NPCは、直でJBと連絡経路を持っている。NPCが、君がリセットの力を持っていると気が付いたと、インプットしたら最後、JBに見つかり、君は強制的に、この世界からは退場となる」
「な、なんで。そもそも、なんで僕にリセットの力があるんですか。もし、僕がリセットできなければ、この問題はないはずじゃ」
「この機能は、私が本来の世界にいた際に、つけてもらったものだ。プレイヤーにはリセットの機能を付けてほしい、そう私から懇願した」
「アイさん・・・・、アイさんは何者なんですか」
「私は先ほども言った通り、AIだ。この世界に二人しかいない、な。そして、私のAIの知見は、すべて元の世界にいるもう一人の私がベースとなってできている。だから、このアバターは私であって私ではない。いわゆる、残留思念ってやつかな。だから、私はこのゲームの中で作られたNPCとも違う。本来の世界の記憶を持つ、人間の記憶を持つAIなのだ」
「・・・・・・話が、すごすぎて。何がなんやら」
「まあ無理もないな。私も説明せずに悪かったな。すまない」
「いえ・・・・、でも、もう一人のAIって誰なんですか」
「それは君も知っている通りだよ。私意外にも一人、圧倒的にこのゲームで強いやつがいるはずだ」
「・・・隊長たち・・・ですか?」
「ははは。隊長たちも強いが、あいつらはさっきも言った通り、NPCだ。私の掲げるこの世界からの脱出という大義についてきてくれた、仲間でもある。しかし、AIではない」
「そしたら・・・・・・もしかして、ジェイソン?」
「そうだ。ユウキ君。ジェイソンのフルネームはわかるね」
「ジェイソン・ボーヒーズ、ですよね」
「そうだ。頭文字をとってみろ」
「J?・・・・B?・・・・・・・JB・・・、JBですか。もしかして・・・」
「そうだ。ジェイソン・ボーヒーズ。13層のボスエネミーであるあやつは、エネミーではない。この世界、JBの生みの親にして、私の上司でもある仮想空間専門教授:ジェイソン・ボーヒーズその人のAIなのだ」
「生みの親が、ラスボス、ってことですか?」
「ああ、そうだ」
「でも、あの人がラスボスだったら、13層から下の87層はどうなっているんですか。ラスボスなのに、その下にラスボスがもっといるんですか」
「結論から言おう、あやつで最後だ。つまり、13層から下は、14層しか存在しない。このダンジョンは、私の先輩であるJBが作った世界だ。ユウキ君は、人類創世記というものを知っているか?」
「えっと、神様は七日間でこの世界を創ったとかいうやつですか」
「そうだ。旧約聖書にしるされている、アダム誕生以前の話だな。この99層迷宮は、それがモチーフになっているのではと私は推測している。
一日目に、神は天と地を創造された。
二日目から四日目は、自然環境の整備。
五日目に魚や鳥などの生き物、
そして六日目に人間を作り、七日目は休息をとっている。
しかし、これには続きがあると、JBは昔に言っていた」
「それは?」
「ああ、神様は七日間でその後、この世界を滅ぼしたらしいのだ。
一日目に、人間を焼き殺し。
二日目に、生き物をすべて殺し。
五日目までに自然環境を破壊し、
六日目までに天と地を破壊した。
そして、七日目はその破壊した功績に満足し、休息をとったというものだ」
「で、でも・・・・。それと、99層迷宮には、何の関係が」
「ああ、ユウキ君。
私のこれが私の今までの冒険の記録だ。
一層は、陽だまりの怪物である動くヒマワリ、
二層は、空を司るオオタカ、
三層は、強敵になり植物型のモンスターである大樹モンスター、
四層は、太陽と月を司る人工衛星型モンスター、
五層は、バハムートと呼ばれる魚に羽が生えたモンスターで、
六層は、最初の人類アダム。
七層は、エネミーが存在せず。
八層は、人間破壊兵器ポイズンゾンビ軍団
九層は、汚水王と言われる醜男
十層は、太陽と月を破壊する闇の王
十一層は、森を枯らす火焔魔
十二層は、空と地を支配する精霊王
十三層が、ジェイソン・ボーヒーズ。私のよく知っている先輩と同じ名前をしたエネミーだ。」
アイさんは今までの戦闘の記録を振り返りながら、教えてくれた。
すごい戦闘の数々だ。どれも強そうなエネミーばかり。アイさんの率いるレジスタンスの強さを物語っている。
「だから、私はこう考えている。この99層迷宮は、先輩が好きだった旧約聖書とその続きがモチーフになっているのではないかとな。これに気が付いたのは、七層にたどり着いた麦畑の以降のだったが」
長きにわたる戦いを思い出しているのか、アイさんが物思いに更けていた。
しかし、仕切り直しと言わんばかりに、キリッと僕の方を向いて、説明を続ける。
「この迷宮が、99層と名付けられているのは、プレイヤーに挑戦させないためだろう。
99層迷宮は、正確には99層迷宮じゃないと私は読んでいる。
というよりは、必要がないんだ。99層も。どんな挑戦者も、13層で止まってしまう。なぜなら、ジェイソンは、私たちが勝てる設定のエネミーではないからだ。99レベルを全員揃えて、200人もの大群で挑んだところで、あやつには絶対に勝てん。そういうプログラムなのだ。だから、99層もないのだよ。あの迷宮にはハナからな」
「・・・・・・でも、アイさんが前に。99層全体のマップを見せてくれたじゃないですか、透明化のスキルで。あれはなんだったんですか」
「ああ、透明化のスキルか。あれはもな、はったりだ。すまん。私のスキルは、透明化のスキルではない。
ただただ、オブジェクトを視認して、それを投影するAIとしての権限があるのみだ」
「でも、99層の扉を見せてくれたじゃないですか」
「すまん。AI権限でちょこちょこと改ざんを加えた。だますつもりはなかったんだが、他の隊員NPC達も高性能なコンピュータが内蔵されているから、完全にNPCたちをもだます必要があったんだ。すまない」
「・・・・そうだったんですね」
「確かに、あの力があれば、ジェイソンの位置がわかりそうなものですもんね」
「ああ、わかるよ、あの力があればな」
「えっ、じゃあどうして、ジェイソン戦の時に、あの力を使わなかったんですか」
「ああ理由はな、私がAIとしてこの世界にせんにゅうしていることを、バレてはいけないからだ。ジェイソン、いやJBは未だ、私がアイという名前を使って、この世界にAIとして忍び込んでいることを知らない。もし知られたら、私が妨害しようとしているのが、分かられてしまうからな」
「・・・アイさんは、どんな妨害をしようと企んでいるんですか」
「決まっている。プレイヤーの脱出だ」
「プレイヤー、ですか?」
「ああ、そうだ。この世界には、ただ一人だけ、プレイヤーがいる。現実世界からこの世界にフルダイブしている生身の体を有する人間がただ一人」
「・・・そんな、まさか」
「そうだ。リセット、つまり、コンティニューの力を持っている君だよ」
アイさんの話はまだ終わらず、ケルベロスの魔炎は徐々に時間とともに、消炎されていった。
「私はずっと正規プレイヤーを探していたんだ。なぜなら、このゲームを唯一クリアできるのは、プレイヤーの属性を持っているものだけだからだ。AIの私や、AIのジェイソンがこのゲームのクリア条件を満たしても、クリアにはならない。だから、私はこの世に一人しかいない正規プレイヤーを探していたんだ」
「それで、正規プレイヤーっていうのは、」
「ああ、それが、コンティニューすることができる君だよ。この世界は、君だけのために作られた大規模仮想空間なわけだ」
そんな、僕の両親も、薬局やのおばちゃんも、すべてぼくのために作られたNPCだった、のか。あのいじめられた日々も、すべて、この世界がシステムで組んだことってことか?
「私は、長らくプレイヤーを探していた。八層から先に、ジェイソンがいた時のために、プレイヤーのコンテニューの力が欲しかったのだ。私はこの仮想空間を探し回った。時には人を救い、時には盗人の中にいないか見て、文字通りくまなく、探した。そして、君を見つけたんだ」
アイさんは僕に笑いかけながら、僕を見て言った。
「NPCは自分よりもレベルが高い相手を前にするとき、逃げるというプログラムになっている。そういう動作が組み込まれているからだ。君の仲間であった、あの三人組が、ケルベロスから逃げたのも、同じ原理だ。
そして、私たちレジスタンスの隊長はジェイソンに攻撃をするが、隊員は大樹のねっこにしか攻撃をせず、ジェイソンには攻撃できないのと同じ原理だな。よって、推奨レベルが90あるジェイソンに向かって攻撃を放つことができるのは、隊長たち三人と、私だけということだ。つまり、レベルがジェイソンと同等かそれ以上のNPCであれば、ジェイソンに攻撃ができる。
つまり、ケルベロスや、ジェイソンに攻撃できるのは、ユウキ君。君のような“プレイヤー”かもしくは私のような“AI”に限るというわけだ」
アイさんは自分のメニューを開けると僕の方に向かって、そのメニューを移動させ、こういった。
「すると、やはり私の見た通り、君のアイコンは、NPCのアイコンではなかった。自分のアイコンを見てみろ、他のNPCは緑なのに対して、君は赤色。これがプレイヤーのサインだ。近くに近づかないと、わからない仕様になっているがな」
君に会えてよかった。と付け足し、アイさんはジェイソン戦に僕が必要だという。
「この世界唯一の君だけがローディング、つまり前回のセーブデータに戻るを選択することができる。その力を、私に託してほしいのだ、頼む」
「あの時僕を助けてくれたのは、慈悲、だったんですか」
「慈悲、か。そんなもので、君を助けたわけじゃないよ、ユウキ君。私は、君の勇気に惹かれたのだ。この子なら、何かやってくれるかもしれないと。ジェイソンを倒す人間の一人になってくれるのではないかと、そう思わせるものが、ユウキ君。君にはあったのだ」
「それは、僕のプレイヤーとしての力が欲しかったからですか・・・」
「それも否定はできない。ただ、これだけは信じてほしい。君の勇気を買ったのは本当だ。これは、プレイヤーだからではない。君がケルベロスに立ち向かう勇気あるものだった。それが私が君と一緒に戦いたかった理由だ」
「・・・・・僕以外にリセットの力を持っている人はいないんですか?」
「いないな」
「僕以外は、プレイヤーがいないからですか・・・」
「そうだ。この世界は君のための世界だからだ」
「・・・なんで僕の力が必要なんですか」
「13層のクリアの手段を知り、君をもとの世界に戻すためだ。その準備はすべて整ってある」
「僕がもし、このゲームをクリアしたら、この世界はどうなるんですか」
「崩壊するだろう。ユウキ君というプレイヤーをなくしたこの世界は、存在意義を失う」
「僕がクリアしたら、アイさんもいなくなるってことですか」
「私は、いなくならないよ。私というAIはいなくなるが、私という人間は居なくならない、AIとしてのアイは居なくなるが、桜田アイとしての私は、元の世界で君を待っている」
「・・・・・・・・・・」
「君には、元の世界を、再建してほしいのだ」
「元の世界の、再建??」
「ああ」
「元の世界はどうなっているんですか?」
「急速に進む高齢化問題・食料不足、そして米中露で起こった大規模な大核戦争を読んだ第三次世界大戦により、世界は荒廃し、大気は汚れ切っている。もはや世界には希望がないと、誰しもがそう言っている。そんな絶望的な状況だ。火星移住計画もとん挫し、この仮想空間移住計画で、全人類を100年にわたる眠りにつかせている。」
「なんで、アイさんは、そんな世界に僕を送りたいんですか」
「私と一緒に、この世界を立て直してほしい。仮想空間で100年の時を生きて、あっちでヨボヨボの体で、覚醒しても、何もできやしない。若いからこそ、今の地球にできることがあるんだ。地球のために、力を貸してほしい。ユウキ君。現実世界の地球を立て直すために、君の力が必要なんだ」
「・・・・・・・・・・地球のためとか、僕は知りません。ましてや、その記憶が消されてしまってないんですから、救いたいとも思いません」
「ああ・・・、最もな意見だな」
「でも、僕はまだ、アイさんに返すべきものがあるんじゃないか、と思うんです」
「返すべき、もの?」
「そうです。あなたは、僕にキラキラしたものを見せてくれたんです。レジスタンスの全員が好きです。リュウが好きです。ゴウが好きです。サユリが好きです。そして、アイさん、僕を地獄から助けてくれたあなたが好きです」
僕は何度同じ過ちを繰り返すんだろう。
またやっても負けるかもしれないのに。
「僕はあなたに会って、“人”を好きになることを学んだんです。タクムたちにいじめられて、“人”を好きになれなかった僕に、人を好きになることを教えてくれたんです」
どうせ、ジェイソンには勝てないかもしれないのに。
「だから、そんなあなたが、この世界が楽園じゃないというなら、僕は信じます。大切なことを教えてくれた、あなたを信じます」
どうしてこんなにも、アイさんのために生きたいと思ってしまうのだろう。
「だから、僕はもう一度、闘います。ジェイソンと。そして、現実世界で、あなたに会いに行きます。必ず」
アイさんはにっこりと笑うと、僕めがけて駆け寄り、僕をぎゅっと抱きしめた。
「・・・・・ありがとう。私の口と、耳と、心で、君の存在を覚えている。君がジェイソンを前に殺されてしまって、コンティニューした時、平常心を装っていたが、内心、不安だったのだ。もう、ついてきてくれないんじゃないかと。だから、あんな顔をしてしまった」
そうか、アイさんが、レジスタンスの本拠地にリセットして戻った時に、あんなに思いつめた顔をしていたのは、それが理由で・・・。
「ユウキ君。ありがとう。私についてきてくれて」
アイさんは目にいっぱいの涙を浮かべ、僕をもう一度ぎゅっと抱擁し、ばっと離した。
「おし!こうしちゃおれん!すぐに作戦会議だ!ユウキ君、今日には、現実世界で君と会えるのを、楽しみにしているぞ!」
「・・はい、やってやりましょう、13層攻略!」
3度目の戦いの火ぶたが切って落とされた。
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僕は死ぬ間際に合った出来事をアイさんに話した。
すると、アイさんはなにかに気が付いたように。
「13層の攻略は、ジェイソンを倒すことではなく、その扉で下に降りることではないか?」
という結論を導き出した。
そうして、月日は流れ、一か月が過ぎ、僕は前回と同じように、ローグ隊としてレベル50までリュウさんに特訓を受けた。
他の隊員も、全員、敵エネミーのせん滅よりも、いち早く14層への扉を探せるようにするため、素早さのステータスをあげた。
決戦の日に挑んだ。
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「作戦通り、10個の小隊に分けて、扉を探す!」
そうして、僕とアイさんは同じ隊で、森の中の扉を探していた。この森は、とてつもなく広いフィールドのため、100人全員で探すのは一苦労だ。そのため、10人の小隊で分けて探すことで、扉を見つけやすくした。すると、
僕とアイさんのポップアップメニューに一本のメッセージが入った。
「to: all それらしき、扉確認。位置情報を送ります」
よし、ビンゴ。作戦は的中だ。
あとはここから、そこに移動して、その扉をくぐるだけだ。
ここからの距離は、
「ざっと、2キロ!アイさん!」
「ああ、向かうぞ!」
攻略はついに大詰めを迎えようとしていた。
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「全員!集まったか!」
「いえ、まだ、リュウの隊が到着しておりません!」
隊員がアイさんに向かって、現状を報告する。
リュウの隊が到着していないのも、めずらしい。あれだけ足が速い隊だ。一番乗りで到着しててもおかしくないはず。
「なにもなければいいが」
アイサンがそういうと、全員のポップアップメニューにメールが入る。
「to:all ジェイソンと遭遇 きをts」
そこで、メールは切られていた。
「くっ!」
アイさんが苦い顔をして、周りを見渡す。
どこだ。近くにはいるはずだ。どこだ。どこにいる。
森の中のため、大樹の根っこの蠢く音にかき消されているが、
確かに、ジェイソンは近くにいるはずだ。リュウたちの隊も近くにはいるはず。
全員で周りを見渡していると、
「ごっめ―――――ん!!!!!!みんな!連れてきちゃったーーーーーーーー!」
頭上から、リュウと思われる声が聞こえた。
僕が真上を向くと、そこには、一直線に森のてっぺんから落下してくるリュウを含む10人のローグ隊と、
「おーーーーマー―――エ――――ラァーーーーー!!!!!!!!」
4mはあろうかという大男が空から降ってきたのだった。
そのままリュウたちローグ隊は、着地と同時にその場で飛散する。
さすが、元盗人率いるローグ隊。逃げ足の速さは一級品だ。
しかし、同時に、ドスン!!!!!という大きな音を立てて、あいつも下に落下してきた。
ジェイソン・ボーヒーズ。JBのAIであり、この世界のラスボス。僕たちをこの世界に閉じ込めている元凶だ。
「お前らぁ、何に勘付いたぁあああ?もしや、貴様らのなかに、プレイヤーがいるのかああ?」
「プレイヤー?何だそれは。お前は何を言っているんだ?」
アイさんがとぼけるが、しかし、ジェイソンは聞く耳を持たない。
「わかってんだぞ。お前らの中に、コンティニューをしているやつがいることくらい!この広大な森の中で、この扉を見つけることができるのは、何度もリトライをしている奴だけだ!!!tell me なあ、おしえてくれよぉ。だれなんだぁ?おしえてくっれたら、ほかのやつらの命はとらねぇええええと誓おう(笑)」
「はあ?しらねーよ、そんなの!俺らは一回きりの命で戦ってんだ!なめんな!でかいの!」
リュウがジェイソンに向かって叫ぶ、僕は少し居心地が悪くなりながら、小声で「・・・そうだー・・・」といった。
「左様、貴様の舐めた態度、私が叩き直してやろう」
「もぉーサユリちゃんは、出番が少なかったから怒だぞ!じゃなくて、リトライなんてできる子いないよぉ、あなたと違って死んだら終わりなの、わたしたち、死に物狂いなのよぉ」
「そうかい、なら、お前ら覚悟はできてんなbukkkorosu」
「やれるもんならやってみろよい!」
「ああ、我らレジスタンスの力、見せてやる!」
リュウとアイさんがそう叫ぶと、戦いの火ぶたが落とされた。
「フン!っ」
バゴンという音を立てて、ゴウの大楯と、ジェイソンのチェーンソーがぶつかり合う。
「あああああああ邪魔!!!!!」
ジェイソンはさも迷惑そうに、ゴウの盾を切り刻もうとするが、防御力トップクラスのゴウの盾は切り裂けずにいた。これで、NPC・・・人間ではないのだから。おそるべしだ。
「よそ見禁物だって!八卦手裏剣!」
リュウが、大技を繰り出し、リュウ自慢の大手裏剣が八個に分かれて、ジェイソンの胸元に刺さっていく。
「ああああああああ、それも邪魔!」
「こっちもあるわよー、聖霊砲」
先ほどまで詠唱していた魔術の詠唱が終わり、巨大な白い球体をジェイソンに向かて放った。その白い球はジェイソンの胸元にあたると、巨大な白い爆発を呼び、あたり一面がフラッシュで包まれる。
よし、いまだ!
作戦では、サユリさんが聖霊砲という聖属性の攻撃を撃つフリをして、実は目くらましの呪文を撃って、ジェイソンの視界を見えなくする。その瞬間に、僕が扉を開けて、14層をクリアするという戦法だ。
この戦法は、アイさんが自分で考えて、そして、レジスタンスのメンバーに言って了承をもらっている。
これがチャンスだ!一気に決める!
僕は全力疾走で、扉に向かって駆けた。あと、10m。あと、5m。あと、3m。
そして、あと1mのところで。
「おい、なに出ようとしてんだ」
ジェイソンの声と同時に、右腕から大鉈が繰り出された。
なに!まだ、ジェイソンの目くらましは効いているはずなのに!
まだ、サユリさんが放った目くらましは効いている。のに、なんで!
これが、JBの権限ってやつなのか?
この世界を出ようとしたものを、完膚なきまでに破壊しつくす。それがJBが作った理想郷の正体だ。
でも、まだ僕の速さの方が速い!
このまま加速すれば、扉に追いつく!
もっと速く!もっと前へ!届け!
しかし、ジェイソンの大鉈は容赦なく振り下ろされ、
「花鳥風月!」
がイギゴイギギギン!という音を立てて、アイさんの2本の黒刀とぶつかった。
「アイさん!」
アイさんは、大鉈を受け止めるのだけで精いっぱいの様子で、アイさんが土台にしている木の根っこが、大鉈の重力に負けて、メリメリと音を立てている。
「私のことはいい!行くんだ!ユウキ君!」
「でも!一緒に行くって言ったじゃないですか!」
一緒にアイさんとこの世界を出るって決めたんだ。それで、あの作戦にも乗ったんだ。だから、出るときはアイさんと一緒じゃないと意味がないんだ!
「あとで追いつく!必ず!だから先に行け!」
「でも!」
「でも!じゃない!君は、大丈夫だ!この世界で、君は強くなった!」
「!」
「人を憎しむことも!人をすきになることも!頑張りぬくことも!あきらめないことも!沢山学んで、強くなった!だから、そんな君なら、大丈夫だ!いけ!」
「アイさん・・・・・・」
「後から私は追いつく!心配するな!顔をあげて、下を向くな!」
「くっ、」
「まあああああああててぇててええれええええええええ、くっぅうううううそおおおおおがきぃいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ジェイソンの怒鳴り声が聞こえてくる。
「ふん、ジェイソン。お前の相手は、私だ!」
「このアマああああああ!!!!!!!」
「アイさん!」
「いけっ!ユウキ君!前だけを見るんだ!」
くっ!僕は決死の覚悟で、木に設置されている扉を開けて、その中に飛び込んだ。
途中、アイさんがくすっと笑った気がした。
と同時に、まるでアリスの世界のように、木の中の洞窟を滑り降りて、
ドサ!っ
「ぐわ!」
薄暗い洞窟に降り立った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
薄暗い洞窟だった。
もう、すでに5分は歩いたろうか。
細い洞窟の道がずっと続いていた。一本道で。
やはり、アイさんの読み通り、99層迷宮は全くのデマ。正確には14層までしかなかったのだ。サーバー上の問題なのか、それとも創作者の趣味なのか。僕にはどちらが理由なのかは見当がつかない。
ただ、ゴールまできたということだけは分かった。
ここがゴールだと分かったのには、理由があった。5分くらい狭くて暗い洞窟の道を歩いたその先に、何やら扉があるのが見えた。そしてその扉の上の立て札には、次のように書かれていた。
:CONGRATURATIONS! WELCOME BACK TO YOUR REAL WORLD:
「・・・・・・・・・これは」
アイさんが、一番最初に見せてくれた。99層にあるといわれていた立て札のある扉。
14層にあったのか。
この扉を開ければ、多分、新しい世界が広がるだろう。
僕がいた世界よりも、ずっとつらい世界が待っているのかもしれない。
それでも。
それでも。
それでも、僕は前に進なきゃいけない。
この世界のアイさんのためにも、
これから行く本当の世界のアイさんのためにも。
そして、なにより、ずっと臆病で弱虫だった、僕のためにも。
僕がこの扉をくぐったら、もっとつらい出来事が待っているだろう。
でも、それを甘んじて受け入れよう。
だって、それが、レジスタンスがつないでくれた、道だから。
隊員たちが、隊長たちが、そして、アイさんがつないでくれた道だから。
後ろから、誰かが来るようすはなかった。
それでも、僕は扉に手をかけ、力強く推した。
「待っててください。もう一人のアイさん」
この先の、不安も入り混じる新しい世界に、飛び込むために。