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勉強机もベッドも無事に届き、アパートも引き払い、無事に引っ越しを済ませることができた。運び入れた荷物のうち、自分用の物を順次自室に運んで、クローゼットの中へと仕舞っていく。改めて、あの住み慣れたアパートが自分の家ではなくなり、この部屋が自分の部屋となることにある種の感慨深さを感じた。
アパートで暮らしていたころは六畳一間を母と共用で使っていたのだ。母との間にプライベートな空間の区別など何一つなかった。けれども、今日からは同じ六畳一間を自分一人で自分の為だけに使うことができる。母との間でプライベートな空間の区別ができるようになった。物凄い大きな環境変化だ。その代わり、今までほぼ他人だった西陣親子との間にあったプライベートの区別はなくなったのだけれども。
引っ越しの初日、リサから
「ジュンお兄ちゃん」
とのからかいを受けた後、ちょっとしたというか大きな事件が起きた。二階建ての西陣宅には一階と二階でトイレが別々にある。一軒家だとトイレを二つ持てるのかと誤った先入観を持ちかけていたのだが、二階のトイレを使おうと扉を開けたところで、先に入っていた人が居たため、慌てて扉を閉めた。
先着者がもしノボルさんであれば
「すみません」
とすぐ言って済ませられるし、母であれば
「鍵くらい閉めろ」
と文句の一つぶつけていたのだが、よりによってリサだった。相当ヤバいことをしでかしたと感じ、逃げるように自室へと飛び込む。暫くして、トイレの水が流れる音が聞こえてきたと思うと、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。上ずった声で
「どうぞ」
と言うとほんの少し顔を赤くしたリサが部屋へと入ってきた。
「先ほどはごめんなさい」
すぐ素直に謝ると
「ちゃんと伝えなかった私も悪いから」
と顔を赤くしたままの様子。
「うち、トイレ二つあるけど、今まではお父さんが一階、私が二階って使い分けてたの。その名残で鍵をかけ忘れてたんだけど……。ジュンお兄ちゃんもトイレくらい使うよね……。なんでそんな当たり前のこと失念してたんだろう」
ものすごく恥ずかしそうに目を逸らされる。対する俺は、いまだに心の中で怯えている状態だ。そのため当然のようにジュンお兄ちゃんと呼んでいることには反応できなかった。
「あとでサチコさんにも伝えるけど基本的には一階が男子トイレで二階が女子トイレってことでよろしくね?」
「あ、うん……」
素直に返事をしたら
「それだけだから」
と言ってくるりと背を向けて部屋を出ようとした。
ただ部屋を出た後すぐには扉を閉めず、締めかけの扉から顔をちょこんと出して俺の顔を見る。その時、彼女の顔には先ほどの赤みなど一切なく、ニヤリと口角を上げていた。
「ジュンお兄ちゃんのエッチ」
「……」
ぱたりと扉が閉じた後、頭を抱えた。
これまで交流がなかった男と女が同じ屋根の下で過ごすことになったとき、気恥ずかしさを覚えたり、困惑したりするのはどちらかと言えば女の方だという先入観があったけれども、リサの前だと精神をすり減らされるのはどうやら俺の方みたいだと確信した。
本日、計五話を掲載いたします。
第六話:7時
第七話:10時
第八話:13時
第九話:16時
第十話:19時
御関心がございましたら、ぜひとも継続して閲覧ください。
次回は5/9に掲載いたします!
次回以降から水土の7時に一話ずつ掲載いたします!