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 高校生にとっては夏休みでも、社会人のノボルさんと母にとって土日以外は仕事のある平日だ。晴れて俺たちは家族になったが、旧姓( きゅうせい )尼崎家が住んでいたアパートから西陣宅への引っ越しについて考える必要が出てくる。共用の家電などは西陣宅の物で事足りるがさすがに洋服とか食器とか、自分の物は自分の家から持ち出すしかない。そして引っ越し後に必要としなくなる自前の冷蔵庫や洗濯機は粗大ごみとして出す必要がある。


 また、旧姓( きゅうせい )尼崎家はアパートの六畳一間なので、自分の勉強机やベッドを置く場所はない。ちゃぶ台で勉強し、布団を並べて同じ場所で母と寝ていたのだ。ノボルさんからそのことを指摘され、俺用の勉強机とベッドを取りそろえようと提案された。最初はちゃぶ台と布団で事足りますと言ったのだが、ノボルさんからは


「フローリングに布団は床冷えするよ」


と忠告され、西陣改めリサからは


「連れ子かどうかで差をつけているみたいに見えるから」


と苦言を( てい )され、母に( いた )っては


「子供部屋にちゃぶ台と布団はシュールよ」


と言われたので、ノボルさんと母と一緒に次の休みに買い物することが決まった。


 あとはアパートの引き払いだ。アパートから持って出るものと言っても、食器や洋服、あとは高校で使う教科書類と母のお化粧道具くらいで六畳一間の家に入りきる範囲で収まっている。なのでノボルさんの車で持ち運べば事足りるだろうと考えている。しかし、アパートの引き払いについては、本来ならば引っ越し予定日の一ヶ月以上前に告知をする必要がある。違約金をとられるだろうと踏んでいた。ただ再婚による引っ越しと言うことで大家からは違約金を全額とは言わないまでもそれなりにまけてもらえたそうだ。


 引っ越しに際して実はノボルさんから


「もし気を遣うのが辛いならアパートで独り暮らしをするのもいいんじゃない?」


と言ってもらっている。しかし、久しぶりに“父”という存在と触れ合うのだ。人柄もよさそうだし、一緒に暮らさないのはもったいないと感じていた。どちらかというとリサとの関係の方が心配で、改めて妹になってしまった彼女との距離感が難しい。つい先日までは住む世界の違うクラス委員長と言うことで気にすら留めていなかった相手なのだ。それが突然同じ屋根の下で暮らすとなれば、落ち着けるわけがない。向こうは平然としているようだけれども、実際のところどう考えているのか分からないし、男同士ならともかく異性と言うこともあるので数多( あまた )ある共用場所でどのようなトラブルが生じるのか想像すらつかず、それを避けるためにはどうすればいいのか悩ましい。小学生であれば


「妹ができた!」


と大喜びできるかもしれないが、お互いにあと五年くらいで成人するのだ。そういう者同士が


「兄妹になりました」


と大手を振って大喜びしあえるわけもない。全く知らない人同士でも戸惑うのだ。ましてやクラスメイトという中途半端に知り合っている者同士となると、もはや気まずさしかない。お互いがクラスメイトということは自分たち以外のクラスメイト全員が共通の知り合いということになるのだ。夏休みが終われば二学期が始まってしまうが、その時俺はどうふるまえばいいのかと悩んでいた。考えることが多そうだ。


「まぁ、それも西陣と相談していくしかないか」


 引っ越しぎりぎりまで必要となるもの、例えば布団とか食器とかそういったもの以外を段ボールに詰める作業をしている途中で、アパートのインターホンが鳴った。宅配便かと思い、ドアスコープを( のぞ )くとリサが紙袋を手に( さ )げて私服姿で立っていた。


 急いで扉を開けて中へと招き入れる。


「急にどうしたんだ?というか、俺んち知ってんだな」


「サチコさんに聞いたの。引っ越しの手伝いをしに来たの。色々と大変だと思って」


 リサは部屋に入るときょろきょろと周囲を見渡す。


「……思ったよりも荷物が少ないんだね」


「まぁな。元々狭い部屋だからあまりものを置く余裕がなくてな」


「じゃあうちに引っ越したらいっぱい物が置けるね」


 リサはふふっと小さく笑みを浮かべながら可愛く言った。


「そうだ。お昼ご飯とかもう食べた?」


「いや、まだ。片付けが一段落してから作ろうと思ってた」


 そう答えるとリサは手提げの紙袋をがさがさとさせ、中から青色の弁当箱を取り出した。


「作ってみたの。よかったら食べてみて」


 恐る恐る手に取り


「いいのか?」


と確認をとる。


「うん。もう家族なんだし、これからはお互いに料理の分担をすると思うの。今まではお父さんの好みにだけ合わせればよかったけど、これからはサチコさんと尼崎くん……、じゃなくてジュンくんの好みについても知らないといけないから。素直な感想を聞かせてくれたらなって。濃い味の方が好きとか薄い味の方が好きとか好き嫌いがあるとかね」


 さりげなく俺をジュンくんと呼んでいた。まあそれも当然だ。俺は尼崎ではなくなったのだから。とはいえ、いきなり下の名前で、特に女の子に呼ばれると不思議とドキッとするものがある。恥ずかしながら耳が赤くなるが、まあ最初のうちだけだ。そのうちその呼ばれ方に慣れてくるだろう。


「だったら遠慮なくいただくよ。ちょっと汚れてるけど座布団の上、自由に座っていいから」


「うん、分かった」


 俺とリサはちゃぶ台をはさんで向き合って座った。リサも自分の弁当を持ってきたみたいで、紙袋からピンク色の弁当箱を取り出した。


「じゃ、食べよっか?」


「ああ。いただきます」


 ふたを開けてみると、ふりかけのかかった白米、ウィンナーソーセージ、ブロッコリーやニンジンなどの野菜が詰まっていた。凝った料理ではなく、お弁当の定番メニュー。量としてはそれほど多くはないが、運動していないので、小腹を満たすには十分な量だと思った。


 口に入れてみると、流石に西陣宅からここまで運んできたと言うのもあって冷えてはいたが、お弁当らしい味を直に感じた。


 手作り弁当に手を付けるのはいつぶりだろうか?夜遅くまで仕事に出ている母の手料理を食べる機会は多くない。そのうえ小中は公立だったので昼食は給食で、運動会などのイベントでもなければ弁当を持って行って食べる機会はない。そういったイベントがあったとしても、仕事で忙しい母が俺のために弁当を作る時間を確保することはできなかったから、前日にスーパーのお総菜コーナーで買ってきた弁当を朝温めて持って行って食べていた。


 パクパクもぐもぐと口に入れていく途中、リサが右手を休めてチラリとこちらを見ている。食べてすぐに何も感想を言わないのはまずいかと思い、


「おいしいよ」


( こた )えた。


「よかった。苦手なものとかある?」


「少なくとも今すぐには思い浮かばないなぁ」


 俺が手を休めることなく口に運んでいるのを見て


「口に合ってるみたいで何より」


とクスリと笑みを浮かべた。


「ジュンくんもサチコさんに料理とか作ってるみたいだね」


「まあな。さすがに夜遅くまで働いてる母さんに料理を作らせるのは酷だからな。そっちだって同じだろ?」


「そうだね。お父さん、仕事で大変だから。せめて家事くらいは私がやらないと」


「すげえな西陣は」


 思わず言葉が漏れた。その言葉に


「何が?」


と当然ながら問いが投げかけられる。


「勉強やって部活もやって家の手伝いもやってるじゃん。よく両立できるなぁって」


 俺の賛辞をけれどもリサは正面からは受け止めず


「そんなすごいことでもなんでもないと思うよ」


と流した。


「私にとっては当たり前だからね。そういうジュンくんの方がすごいと思うけど?」


 思わぬ返しに


「どこが?」


と眉間に皺を寄せて聞き返す。


「ジュンくんだって学校通いながら家事やってるじゃない?男の子は家事をやらないものだって印象が強いけど、ジュンくんはそのイメージをはねのけてるんだからさすがだと思うの」


「いや。俺にとっちゃこれが当たり前だから」


 そう応えるとリサは頬杖を突きながら満面の笑みで


「じゃあ私たち同じだね」


と言う。


「お互い片親で、お互い同じ高校通って、お互い親が負担にならないようにと思って同じように家の手伝いをして……。そしてそれが当たり前だって同じように思ってる」


「いや、全然違うだろ。そっちは学年一位で俺はそこそこの成績だぞ?西陣ほど勉強に努力向けられないし、才能もないし、部活と両立で成績維持するなんて無理だな」


 そう応えると


「違わないと思うけどなぁ」


と不満そうに( つぶや )いた。


「なんだかジュンくん、私のこと神聖視してるというか神格化してるというか……。私だって普通の女の子だよ?」


 普通の女の子は学年で一番なんてやすやすととらない、と心の中で反駁( はんばく )した。泥沼にはまるような気がしたので、口には出さなかったけれども。


「あ、それよりも」


とリサが話を切るように手をポンと叩く。


「ジュンくん、さっき私のこと、西陣って呼んだよね?もうお互いに西陣なんだから下の名前で呼んでよ」


 リサは突然の要求に思わず固まる。


「え、無理」


と反射的に応えてしまう。


「無理ってなんで?私は呼んでるよ?」


「いや。この間も言ったけど突然女の子を下の名前で呼ぶには抵抗があるんだって」


 お互いの苗字が同じになってからまだ数日と( た )っていない。母が報連相を守らなかったこともあって、いくら彼女と戸籍上の家族になったと頭では理解していても、心で納得できているかと言われるとまだ準備が足りていなかった。むしろ順応できているように見えるリサの方がすごいのだ。


 リサはというと俺の返答に不満そうな顔をあからさまに浮かべる。けれども何を思ったのか突然ピンときたかのような表情を浮かべ、それから頬杖( ほおづえ )をついて小さな笑みを浮かべた。その笑みはどこか悪戯( いたずら )を思いついた子供のようだった。


「じゃあ、呼ぶ練習してみようか。リサって」


「は……?」


「よほどのことがない限り、お互い一生家族なんだから、名前を呼べるようにならないと。ジュンくんの方がお兄ちゃんなんだから、私のこと、呼び捨てで読んでみよう。ね?」


 そうはいっても抵抗があるのにどうして呼べと?顔を引きつらせて黙っていると


「ほら、ジュンくん」


と何度も催促( さいそく )するものだから徐々に言わないといけないのかなと感じるようになり、(しま)いには


「えぇっと……。り、リサ……さん……」


となんとか口に出すことができた。


「んー……。呼び捨ての方がよかったんだけどねぇ」


 何がよかったというのだろうか?


 彼女の真意は一切分からず、満足をしているようには見えないが、


「とりあえずはいいかな」


と言いながら、食べ終わった弁当箱を片付けていった。


「片付けの続きしよっか。私は何をすればいい?」


「来てもらって悪いけど、もうだいたい済ませてあるから」


 段ボールを指さすと


「そっかぁ。お手伝いできると思ったのになぁ」


と残念そうに言った。


「引っ越したときに荷物の運び込みとか手伝ってもらうからあまり気にすんな」


「そうするね」


 リサは立ち上がり玄関へと向かうので俺も立ち上がって送り出す。リサが玄関で靴を履き終えたところで


「そうだ」


と呟き俺の方を見てそれから耳元に近づいてささやいた。


「私相手に恥ずかしがっちゃだめだよ?お兄ちゃん」


 ぽかんとしている俺にウィンクを投げる。


「また今度ね」


と言ってそのままドアの向こうへと消えて行ってしまった。


「……」


 沈黙し、呆然としたまま時間が過ぎていく。


 我に返ったときにやっとの思いで漏らした言葉は


「西陣ってああいうキャラだっけ?」


だった。

 本日、計五話を掲載いたします。


第一話:7時

第二話:10時

第三話:13時

第四話:16時

第五話:19時


 御関心がございましたら、ぜひとも継続して閲覧ください。


次回は5/6に掲載いたします!


 本作は水土の7時に掲載いたします。

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