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弓道場を離れて時計を見るとまだ四時前で一時間以上残っていた。
「次はどこ行くんだ?」
と尋ねると
「ついてきて」
と小さく微笑んで手招きする。
言われるがままにリサの後を追いかけたが、なにやら彼女は何かを楽しみにしているかのようだった。一体どこに連れて行くつもりなんだろうと疑問に思いながらも素直についていくと、美術部の部室の前に到着した。
「そっか。美術部だったな」
と思い出したように呟くと
「あれ?忘れてたの?」
といじわるそうに笑みを浮かべる。その振る舞いになぜだかほんの少しだけ不安を覚え、ばつの悪い思いをする。それを察したリサは
「別に責めてないよ」
といってくすくすと笑った。
「九月くらいから描きたした絵を展示してるの。修正とか必要でちょっと時間かかったけど間に合ってよかったぁ」
なんとなく安堵の表情も浮かべているリサに手を引かれて中に入る。
美術室の中には部員以外の人たちもおり、展示されている絵を鑑賞していた。絵画、陶芸、粘土工作など色々な作品が展示されている。
みんな手先が器用なんだなとの感想を抱きながら一つ一つ眺めている途中で、リサから「こっちこっち」と呼ばれたので、彼女の後を追いかけた。
リサは一つの絵の前に立った。見た感じ油絵だろうか?絵はあまり詳しくないのでスタイルとか技法とかについてはよく分からなかったが少なくとも肖像画だとは分かった。
真ん中に男が立っていて、右横に別の男の姿が、左横には女の姿があった。作品タイトルを見ると「わたしの家族」と書かれてあって、作者は「西陣リサ」となっていた。
「おまえが描いたのか?」
「おまえじゃないよ?」
思わず吐露した言葉にツッコまれてしまい「リサが描いたのか」と言い直すとコクリと首肯した。それを知ってなんとなく書かれた人物にイメージが付く。
「真ん中がノボルさんで、右が俺で、左が母さんか?」
「正解!」と満面の笑みで返された。
「おいおい……。この二ヶ月、どちらかというと塾とクラス委員長の仕事ばかり目立ってたんだけど……。いつ描く暇あったんだ?俺モデルにされた記憶ないんだけど……」
困惑気味に応えると
「塾がある日は美術部で居残りしてから行ってたんだよ。モデルは以前スマホで取った二人の写真だよ」
と答えが返ってきた。それでも二ヶ月で描きあげられるものなのだろうか?彼女の絵画のセンスのようなものを見た気がして開いた口が塞がらない。その様子に
「そんな驚くこと?」
と言われる。
「いや、本当に何でもできるんだなって思って……」
そうとしか答えられなかった。
俺の知っているリサは、学年で一番勉強ができて、家では料理ができて、たまにだけれどもピアノを弾く姿も見せて、クラス委員長の仕事もこなして、最近は文化祭の裏方もこなしている多才な女の子だった。そこにさらに絵画までくわえられたのだ。部員として所属していることは知っていても、どれほどの実力なのかはこれまで関心がなかった。今目の前で彼女の作品を見せつけられて、天は二物を与えずという諺は嘘だとなお一層感じさせられた。
放心している俺にリサは
「私は私ができることをやっただけだよ」
とほんの少しだけ不満そうに呟く。
「おまえが……。リサができることは、俺にはできねえよ……」
絵にくぎ付けになっているとリサは呆れたように一言
「ジュンくんは分かってないことがあるよ」
と小さく呟いた。その声に釣られて彼女の顔を見る。
「上には上が居るんだよ?」
その言葉にはなんとなく重みを感じさせられた。リサの表情は真剣さと諦めの両方が含まれているようで、なぜかいたたまれなく感じてしまう。
「こんなの落書きだよ。まだ落書き。本当に絵の上手い人たちってね、もう感想が本当に言えなくなるの。知ったかぶりの人たちがなんとか足りない頭でひねり出そうとするんだけどね、固まっちゃうんだよ。そういう絵を見ると。そんな絵を見たことのある私からするとね……。私って本当にまだまだだなってよく分かる」
そしてリサは
「そんな言葉よりも言ってほしいことがあったのになぁ」
と残念そうに呟く。
「なんて言えばいいんだ?」
と戸惑いながら尋ねると
「それをジュンくん自身が感じてジュンくんの口から自然に出なきゃ意味ないでしょ」
と苦笑を浮かべた。
それからリサはまっすぐと俺の目を見て一言呟いた。
「私にとってジュンくんもサチコさんも家族なんだよ?」
まっすぐ見つめる彼女の瞳に俺は吸い込まれそうになる。呆然とリサを見る俺に彼女はとびっきりの一撃を加えてきた。
「愛してるよ、ジュンお兄ちゃん」




