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一時前、何とかギリギリ教室の前に到着する。
リサは受付をしている鮫島と話しており、俺の姿を認めた鮫島に突っつかれてはじめてこちらを見た。彼女は鮫島に会釈をしてからこっちに来る。
「お疲れ様、ジュンくん」
そうは言われても、俺は特に仕事はしてないし、そもそも高校に居なかった。むしろ朝から裏方の仕事をこなしている彼女こそ「お疲れ様」と言われるべきだ。
けれどもリサは午前中の仕事は疲れたうちに入らないとでもいうかのように人ごみのなかを鼻歌交じりに俺の先を歩く。俺は「お疲れ様」を言う間も持てず、慌てて彼女の後を追いかけるだけだった。
「何見て回るんだ?」
と聞いてみると
「適当」
と楽しげに返される。
「何が楽しいんだ?」
って聞けば
「全部」
って返される。
「全然分かんねえ」
とぼやけば彼女は一度立ち止まり、振り返っては
「いつもと違う学校を散歩できるのって新鮮じゃない?」
と口にした。
その言葉を聞いただけで、彼女は心の底からこの文化祭を楽しんでいるのだと気付かされた。裏方として働いていて、自由時間はそれほど多くないはずなのにどうしてこうも楽しそうにできるのか分からない。それでも、兄心なるものだろうか、なぜだか彼女のその表情を見ているとホッとした。
リサはお化け屋敷を見つけて
「入ろう!」
と声を張り上げる。声を張り上げた少女を見た生徒や先生たちは、その声の主がリサであることに驚いた様子だった。いつものリサからは想像できないようなテンションの高さなのだから。
お化け屋敷に入れば、家でのリサからは想像できないような「キャー」や「こわーい」といった叫び声が響き渡った。その叫び声は恐怖から来るというよりも、明らかに叫ぶことを楽しんでいた。俺はむしろお化けよりも彼女のその様子に驚き、それもあってか、いつの間にやら腕を回されていたことにも気づかず、そのまま出口へと向かっていた。
「怖かったねー」
と尋ねるリサの口調は明らかに楽しそうにしているものだった。それを頭で理解していながらもそうとは思っていないのに自然と「ああ」と返事をしていた。彼女はその返事に満足したように
「次いこっか」
と手招きをする。
次に入った教室では上級生によるクラス演劇が催されていた。演目は耳にはよくするものの意外と見たことがない作品、『ロミオとジュリエット』だった。上演時間は二十分ほど。二人で隅っこの席で観覧した。大雑把なストーリーについては耳に挟んだことがあるけれども、演劇にするとこんな感じになるのかぁと感慨深く見る。
演劇が終わり、拍手を送って教室から出ると
「哀しいお話だったね」
と話を振られた。彼女の顔には涙はなかったけれども、なぜだか表情は悲しげだった。
「俺は演劇として見るのは初めてだったから新鮮だったな」
というと
「そういえば私もそうだね。先輩たち、演技上手かったなぁ」
と感慨深げに返す。
こうも感受性が豊かだったっけと首を傾げながら彼女の後姿を眺めた。
今度は校舎から出る。目の前には体育会系の部活動が主催している出店。
「何か食べていかない?」
と聞かれてコクリと頷くと
「綿菓子にしようよ」
とはしゃぐように指さした。綿菓子の出店は水泳部主催のようで、女子部員はさすがにジャージを着ていたけれども、なぜだか男子部員は水着を着ていた。もう十一月だぞ、寒くないのかと、おかしなものを見る目で彼らを見ていたのだけれども、リサは特に気にすることなく、俺の左手を掴んで引っ張る。引きずられるままに彼女の後をついて行った。
「もちろん出してくれるよね?」
リサは舌を小さくペロッと出してウィンクをして頼んできた。仕方なしに
「分かったよ」
というと何やら嬉しそうに
「やった」
と満面の笑みを浮かべる。彼女のセリフを文字に起こせば音符がつけ足されそうだ。
うちの高校の部活動だから同級生が店番をしていてもおかしくない。なにやらはしゃぐ様子のリサの姿を見て、水泳部所属のクラスメイトが目を点にさせてリサを見たのだけれども、その様子に気づいてないのか気にしてないのか、
「綿菓子二つ!会計はジュンお兄ちゃんが払うから!」
とはしゃぐ様子でリサが言うものだから押されたように
「あ、はい」
と注文を受け取って、綿菓子を作り出した。できた綿菓子を二つともリサが一度受け取り、俺は財布を取り出して四百円を渡す。それから背を向けてその場を離れた。
「異様にテンションが高いな」
リサの様子に思わず呟くと「そう?」と自覚していないかのように返された。思わず瞬きをしてしまうが、彼女は気にするそぶりを見せず、綿菓子をほおばる。俺はそれを見て、小さく溜息を吐いてから彼女に倣うように綿菓子を口に含めた。
やっぱり砂糖菓子だな、と心の中で呟きながら舌で甘さを感じる。砂糖菓子は苦手ではないが別段得意でもない。けれども隣で本当においしそうにほおばるリサの姿を見れば、まずそうに振舞うなんてする気も起らない。
俺は一言「おいしいな」と口にすれば「うん」と元気な声が返された。




