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 裏方の在庫管理の当番はそれほど大変ではない。受付がとってきた注文に従って、コップに飲み物を注ぎお菓子をお皿に並べてウェイター、ウェイトレスに手渡す。来客対応をする必要もないので、メイド服を着ている女子生徒や執事服を着ている男子生徒に比べれば、心理的負担はあまり大きくない。三島と一緒のシフトになっているのが正直気まずいのだけれども。


 幸か不幸かトラブルは特に起こらず順調に店は回った。客から注文を取り、注文通りに商品を提供すればいいのだから、注文ミスさえしない限りはトラブルにはならない。


 そしてそのまま午後の三時を回ったところでウェイトレスのシフトに入っていた三上から声がかかった。


「尼崎くん。親御( おやご )さんが来てるよ?」


 顔を上げて、一度三島の顔を見る。彼は関心なさそうに


「行ってこいよ」


と言ったので、バックヤードから出て客席に向かった。ノボルさんたちを見つけるのはそう難しくはなかった。見れば母の他になぜだかリサの姿もあった。リサは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて俺に手を合わせる。


「いらっしゃい」


「ジュンくんは裏方なんだね。大変?」


 ノボルさんの言葉に


「そうでもないですよ」


と返す。実際注文通りに動けばいいだけなのだから。


「注文ミスさえやらなければなんともないです」


「そっか」


 ちょうど横から三上がノボルさんたちの注文の品を持ってきた。三人の前にそれぞれオレンジジュースを置き、


「ごゆっくりどうぞ」


と言って立ち去った。


「ジュンくんは座らなくていいの?」


と椅子を引かれて聞かれたけれども


「一応仕事中ですから」


と言うと


「それもそうか」


と言って引き下がってくれた。


「邪魔してごめんね。文化祭楽しんで」


「はい。ありがとうございます」


 一礼をして再びバックヤードに戻る。


 戻ったときに


「すまん」


と一言( つぶや )くが、三島からは特に何も返ってこなかった。これ以上何も言うことはなかったので、黙々と裏方の仕事を進めた。


 ところが仕事の途中で三島から声をかけられた。


「来てた親御さんって、お前の母親か?」


 突然の質問に動かしてた手を止めて眉間( みけん )( しわ )を寄せて三島を見た。三島はこちらに顔を向けることなく淡々と仕事をこなしている。その様子を見て意図を勘ぐるのをやめて、止めた手を再開させて「ああ」とだけ答える。


「夫婦で来てたのか?」


「ああ、そうだよ。リサのお父さんも一緒だった」


 そういうと三島は「そうか」とだけ呟いて、それから何も言わなくなってしまった。


 結局彼の質問の意図は分からなかった。そして俺自身も理解しようとも思わなかった。


 俺が裏方で仕事をしながら思ったことはたった一言。つまらないな。それだけだった。


 文化祭初日が終わりよそへ出かけていたクラスメイト達が帰ってくる。戻って早々不満を漏らしていたのはテッペイだった。なんでも俺らのメイド執事喫茶ではウェイターもウェイトレスも「いらっしゃいませ、ご主人様」とか「いらっしゃいませ、お嬢様」と言っていなかったことに不満を持っているらしい。彼は上級生が開いているメイド喫茶では「その教育がちゃんと行き届いている!」とかなんとか言って引き合いに出して衣装を着てくれているメンバーに不満を漏らしていた。


 ただ、言い出しっぺテッペイがあまり役に立っていないこと、事実上の責任者が廣松に移っていることもあって


「偉そうに言わないで」


と彼女からきつく冷たく言われて黙り込んでしまった。まあ同情はしなかったし、する気もないけれども。


 文化祭の時は、自分たちのクラスの面倒以外に、部活動などの面倒も掛け持ちで見なくてはならない生徒がいる。そのため教室に全てのクラスメイト達が戻ってきているわけではなく、アキミツのように駄弁( だべ )って他のクラスメイトの帰りを待つ奴と三島のようにとっとと帰宅するやつとで分かれていた。


 リサはきっと生徒会の手伝いで忙しいのだろう。いつ教室に帰ってくるのか分からない。そう思い、今日はさっさと帰宅することに決めた。


 校舎を出ると、どの出店も洗い物のために鉄板を片付けていた。お昼に焼いたであろう肉の匂いがまだ周囲に残っていて、小腹を空かせた俺は早く家に帰ってご飯を食べたいと思わされた。


 高校最初の文化祭だったけれどもなんだか肩透( かたす )かしをくらった気分で、この感覚を味わってはじめて俺は本当はそこそこ期待してたんだなと自覚した。

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