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あっという間に文化祭前日になり、どの教室も机の運び出しや内装替えに一生懸命になっていた。部活動での出し物も掛け持ちをしているような生徒はクラスに訪れたり部室の方に戻ったりと移動が何やら忙しい。その最たる例がリサで、クラスの出し物、美術部の出し物、生徒会の手伝いとあっち行ったりこっち行ったりしていた。リサがいない時は本来であればテッペイや湘南が頑張るべきなのだけれども、言い出しっぺのわりにあまり仕事をやらないせいで、しびれを切らした廣松が指示を出している。
「尼崎くんたちは飲み物とお菓子の買い出しに行って!予算は……。一万円くらい。どうせ利益なんて出せないから赤字にならない程度でいいよ。買いすぎたらその時はクラスで飲めばいいからね」
廣松から買い物リストと書くクラスメイト達から五百円ずつ集めた予算の合計のうち、その半分を渡されて男五、六人くらいで買い出しに行こうとする。ただ、男だけだと何をやらかすのか分からないと心配した廣松は、監視役にと女子を三人付けた。
全く会話しないわけではないが、普段会話しない面々に囲まれて出かけることに、俺は正直不安しか感じなかった。特に、ほとんど会話しない代表的人物の一人、学年二位の三島が隣に立っていては特にうしろめたいことはなくとも、背筋を張って緊張してしまう。そんな俺の心情など露知らず、三島は参考書を片手に近くのホームセンターへの道を歩いていた。
ホームセンターでは、リストにかかれていた必要なものを片っ端から買い物かごに放り込んでいく。飲み物やお菓子の他、それらを入れるために必要なコップやお皿などの紙の容器も放り込んでいく。
「こんなに買って、使い切れるのか?」
俺のボヤキに一緒に買い出しに来た関口ヒロキが
「二日分を想定してじゃない?」
という。
「初日でこれ全部使い切れるとは思わないな。余ったらそのまま使いまわせるだろうし。開封済みの飲み物については、その日のうちに処理しないといけないだろうが」
ヒロキの言葉になるほどなぁと呟く。二日分と考えれば使い切れるかもしれない。
二リットルのペットボトルジュース十五本と色々なお菓子を詰め込んで、会計をする。渡された予算よりも安く、八千円ほどで済んだ。スーパーやコンビニで見かけるよりも商品の値段が安かったため、お菓子については買いこんでしまったが、結構量がある。男で六人でもぎりぎりで、女子が三人来てもらえたことには助かった。
帰り道、一番後ろをのんびり歩いていると、参考書を丸めてポケットに突っ込む三島が不意に声をかけてきた。
「なんで、食レポで押し切らなかったんだ?」
その言葉はメイド執事喫茶で準備を手伝わされていることに対する不満から来るもののように見えた。
「俺は別にどちらでもよかったから」
普段喋らない相手に緊張しつつも、何とか答える。三島は何やら不満を隠さず、
「明らかに食レポの方が楽だっただろ?」
と言った。
「そうはいってもあの空気で食レポだって押し切る理由もなかったからな。あの時点でみんながメイド喫茶だって言ったら、そうなるだろ?それとも俺が押し切らなきゃいけなかったのか?」
三島の口調になんとなく不満を覚え、俺も言い返していた。三島は俺の口調の微妙な変化を察し、けれどもこれ以上は何も言わずに黙り込んだ。
中学の時でもそうだったが、文化祭というイベントに対して、全員が全員楽しめるかと言えばそうではない。昔の俺もそうだったし、目の前の三島もそうで、準備も片付けも面倒くさいと感じてしまうのだ。けれども、それを理解したうえで、俺が三島に対して抱く不満は、そんなにメイド執事喫茶とやらが嫌だったのなら、三島自身がもっと抵抗すればよかったのだということ。押し切らなかったのは三島の方で、その責任をまるで俺に押し付けていることに苛立ちを隠せなかった。