38
入ったお店はイタリアンで、見るからにお高いんじゃないかと感じた。母と二人暮らしをしていた頃、こんなお店に寄ることなんてまずない。いまだに腕を放さないリサに対してよりも、こんなお高いお店で食事をすることに緊張した。先を歩くノボルさんと母はさも当然のようにお店に入り、隣にいるリサもまるで慣れているかのようだった。この中で敷居を高く感じているのは俺だけみたいだ。
店の中も店員も上品な雰囲気を醸し出していて、なぜだか俺だけが場違いに感じてしまう。その様子を察したノボルさんはテーブルに着くなり
「遠慮しなくていいんだよ?」
と微笑みかけた。
「遠慮しなくていいんだよ?」
俺の隣の席に座るリサも追従して同じことを言う。俺はリサに対して
「緊張してるんだよ」
と言い返すと、何を言ってるのか分からないとでもいうような顔を浮かべて俺を見た。
「こういう店、来たことないから緊張するんだよ」
というと納得したように
「何事も初めては緊張するよね」
と賛同してくれた。
「でも、これから先はこれが当たり前になるはずだから緊張しなくてもいいんだよ?もちろん毎回ここってのはありえないけどね」
くすくすと笑みを浮かべるリサに、そういうものなのかな、と心の中で感じた。
イタリアンのお店と言っても、ドラマとかで見たことがあるようなコース料理を主に扱うような堅苦しいお店ではないことに気づいた。単品メニューやセットメニューを自分の好みに合わせて自由に頼めるタイプのお店らしい。
その点にほんの少しだけ安堵をして、食べたい料理を選んでいく。
ウェイターに注文をし、先に飲み物が運ばれ、ノボルさんと母にはグラスワインが、俺とリサにはアップルジュースが置かれた。
「お父さんたち、明日も仕事なのにお酒飲んで大丈夫なの?」
リサが心配するような非難するような顔をして、ノボルさんに尋ねる。
「一杯だけだから大丈夫だよ。食事も早めに終わらせれば早く帰って早く寝れば、明日に響かなくて済むからね」
それからみんなで「乾杯」と言ってグラスをぶつけた。
ノボルさんは一口飲んだ後、俺に顔を向けて
「もう二ヶ月経つけどさすがになれたかな?」
と聞いてきた。
「そうですね……。自室をもらえたのが大きいですね。落ち着ける場所がちゃんとあるので、あまり気を張らなくていいというのはあります」
「でも気を遣うのはやめないよね」
リサは横から若干不満そうにぼやいた。そのボヤキに応えたのは俺ではなくて、ノボルさんだった。
「リサはずっとあの家に住んでるから緊張しないだろうけど、ジュンくんは最近あの家に引っ越してきたんだ。慣れない環境で気を遣うのも仕方ないよ」
「むぅ。まるで私が神経図太いみたいに言わないでよ、お父さん」
「実際そうだろ?」
「女の子にそういうのは失礼だよ!」
ノボルさんとリサとの会話を母は楽しそうにくすくすと笑みを浮かべて眺めていた。俺は二人が会話しているところをあまり見たことがないし、見たとしても何か事務的な連絡のように済ませているものだから、目の前の会話が新鮮に見えて仕方がなかった。
「でもジュンくんが来てくれて本当によかったよ。お母さんの代わりをしなくていいよって言っておきながら、結局のところリサに家事全般を任せっきりだったからね。リサにこれまで任せていたことをジュンくんがやってくれるようになったから、リサの負担も減らせたと安心してるんだ」
「いえ、大したことはしてません」
と返すと、今まで沈黙していた母がノボルさんに
「ごめんなさい」
と呟いた。
「私が専業主婦になればリサちゃんの負担も減らせたんですけど……」
「いや。サチコさんはサチコさんで、今の企画を楽しんでるのだから、それでいいんじゃないかな?仕事に飽きたときに家事にでも切り替えればいいさ」
「でも、それってお父さんは私とジュンくんに家事をまるっきり依存するってことだよね?なんかお父さんが言うと胡散臭く聞こえる」
俺に対するよりも遠慮なしにぶつける本音に、俺は驚いてしまった。彼女の口ぶりは、まさに家族に対して向けているもので、その差異に俺とノボルさんそれぞれに対する距離が彼女にとって違うのだと言うことに感づいてしまった。
一家団欒とでもいうように食事を進めるなか、笑みを崩さないまま俺はリサの口ぶりに意識が向いていた。




