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中間試験後のリサは物凄い働き者だ。いつものように学校に通い、定期的に塾に通い、美術部の活動にも参加して、クラスの出し物について率先して指示を回し、文化祭が近づいてきたのでクラス委員長として生徒会の手伝いにも回る。よくまあこれだけ時間をうまく配分できるものだと感心した。
対する俺はというと、リサについて行くように学校に通い、リサとは違って塾には通わず、部活動など所属してないから参加のしようもなく、クラスの出し物についてはリサの指示を待ち、クラス委員長でもないから生徒会の仕事を手伝うでもなし。
「これだけ時間が有り余ってるのになんでリサちゃんに勉強で負けるの」
と比べられては母から苦言を呈された。俺は俺で
「そんなこと言われても」
と言い返すが、それ以上の言葉が思い浮かばない。
俺とリサは本当に別世界の人間なんだなぁっと他人事のように考え、彼女の仕事ぶりを後ろから眺めていた。
文化祭三日前の水曜日、いつもより早めに仕事が切り上がったノボルさんからの提案で、四人で外食をすることになった。集合場所はリサが通っている塾が所在する繁華街。美術部の出し物の準備で帰りが遅くなったリサを家で待ち、一緒にその繁華街へと向かった。
待ち合わせ場所にはノボルさんと母が既に待っていて、その姿を見かけた俺たちは速足で二人の下へと向かい、遅れてごめんなさいという。
「いや。急に仕事が早く終わらせることができるって決まったからね。こっちこそ急に呼び出して悪いね」
ノボルさんは主に俺に向けて話しているかのような言葉遣いで応える。母は特に何も言わず、ノボルさんに腕を組んでニコリと俺たちの顔を見ていた。
「それじゃ、行こうか」
二人の後を追うように俺とリサが追いかける。腕を組んでる二人を見て、リサが
「私たちも腕を組む?」
と聞いてきた。なんだかデジャヴを感じる。
「いや、いいよ。ここら辺になるとクラスメイト絶対いる筈だから。気づかないうちに見られて後々恥ずかしい思いするぞ?」
俺の言葉に
「恥ずかしい思いをするのはジュンお兄ちゃんの方じゃない」
と応える。最近滅多に聞かなかったジュンお兄ちゃんとの言葉になぜだか懐かしさを感じた。
「馬鹿言え。メイド服着てたってのを廣松たちに知られたくらいで顔真っ赤にしたそっちに言われたかねえ」
それを言うとリサはほんの少しだけぷくっとなって
「今言うことなの?」
と抗議する。俺としてはまさに今言うことだと思っているのだけれど。
「何?クラスメイトに見られても?兄妹だから問題ないだろって堂々と言えんの?」
「勿論言えるよ?だって本当の兄妹なんだから腕組んだってなんにも問題ないじゃない?むしろ兄妹なのに遠慮してると、むしろ変な方向に誤解されそうだし」
「変な方向ってなんだよ」
「変な方向は変な方向だよ?」
売り言葉に買い言葉とでもいうような言い合いが始まった。
「本当に後悔しないって自信があるなら腕でも掴んでみろよ」
と大見得をきって言うと、リサは久しぶりに悪だくみを考えているかのような笑みを浮かべてガシリと腕をつかんだ。勿論洋服越しだけれども、それでも自分の腕に彼女の腕と身体の感触が伝わり、思わずドキリとしてしまう。
「ふふ。鼓動が早くなったね?」
「馬鹿言え、気のせいだ」
なんとか言い返すが、脈動が早くなったのは事実だ。同時に変な汗までかきはじめた。対するリサは平静そのものなのか、彼女の心臓の鼓動が早くなったようには感じられなかった。なんだか彼女はずるいと思ってしまう。なんで自分だけがこうも恥ずかしい思いをしなくてはいけないのか?出し物のクラス内ミーティングの時にあったように、どうしたら彼女の方も恥ずかしさを感じさせられるのかと対抗意識を燃やしそうになる。
俺たちがちゃんとついてきているかどうかを確認するかのようにノボルさんが顔をこちらに向けたとき、俺の心臓はほんの少しだけ跳ね上がった。
「おや?仲良さげだね」
ノボルさんは特に怒るでもなくけなすでも責めるでもなく、ニコリとした表情を崩さずに優しい声を投げかけた。
「兄妹なんだから腕くらい組むもんねー」
とリサが楽しげにノボルさんに応える。俺はどう反応すればいいのか分からず、申し訳なさそうな表情を浮かべてノボルさんに頭を下げた。
「リサに振り回されてるみたいで申し訳ないね」
ノボルさんはノボルさんで苦笑いを浮かべてそう応えた。なんとなく俺の心情を察してくれているような気がしてほんの少しだけ気が楽になった。
「妹はお兄ちゃんを振り回すもんだもんねー」
幼い女の子が口にするような喋り方でノボルさんに対抗するリサ。なぜここで張り合うのか分からず、俺も苦笑いしか浮かべられない。
「ここだよ」と言ってデパートの中に連れられる。デパートに入ってもリサは腕を組むのを止めなかった。ただ、ほんの少しだけ気づいたことがあって、ノボルさんが視線をこちらに向けたとき、リサの鼓動がほんの一瞬だけ早くなっていた。
その理由が分からず、思わず彼女の顔を見るが、けれども彼女は今後も悪戯をやめるつもりはないとでもいうような笑みを浮かべて俺に
「すぐそばに甘えてくれる妹が居てうれしい?」
とからかうのだった。




