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 期末試験は体育や家庭課などの実技科目の筆記試験を含めるのだけれども、中間試験はいわゆる受験科目に( しぼ )られるので、試験対策の負担は比較的軽い方だ。ただ、西陣ジュンとして初めての試験だったので、名前を書き間違えないようにとかなり気を( つか )った。


 テストのできについては、俺自身は授業を真面目に受けている方なので、悪い点数を取ることはないだろうと思っている。それでも成績優秀者が集まる俺のクラスでは、相対的にどうしても低い方に位置されてしまう。学年全体で上位に居たとしても……。


 そしてみんなが頭を悩ます学校イベントの一つ、中間試験が終わった。結果が出るのは文化祭明けらしいが、どうせリサが学年一位で、俺はクラスで下の方というのは分かりきっている。半年も過ぎれば一喜一憂( いっきいちゆう )する理由も焦る理由もなくなり、とりあえず一つのヤマを乗り越えたという安堵( あんど )が勝った。そして中間試験の終了と同時に、文化祭が生徒たちの主な関心ごとになり、クラスに限らず学校全体が文化祭に向けた準備で一色になった。


 我らがクラスも小野塚プラスアルファ提案のメイド執事喫茶なるものの準備に向けて動き出した。( さいわ )いにも過去にメイド喫茶も執事喫茶も開催した実績があり、衣装も学内に保管してあるそうで、改めて衣装を買いに行く必要はなさそうだ。文化祭の定番らしいとの話を耳に入れたことはあるが、他のクラスの出し物と( かぶ )らなかったのだろうか?


「二年と三年にメイド喫茶を( もよお )すクラスはありました。それでも衣装が足りなくなるわけではないのと、私たちのクラスの場合、執事喫茶でもあるので、メイド服が足りなかったら代わりに執事服で注文を取れば人数は補えるんじゃないのかって話になってます。万が一の時は、小野塚くんがメイド服を湘南さんが執事服を持ってきてくださるみたいです。他にも……、漫画研究会がコスプレ喫茶とよばれるものをやるそうですけど、あちらはあちらで勝手に衣装をそろえるみたいなのであまり気にする必要はないですよ?」


 俺の疑問をぶつけると、リサが資料に目を通しながら答えてくれた。なぜ男が女性服を、女が男性服を持っているのか疑問に思ったのだけれども、アキミツ曰くそういう服を集める趣味の人がいるだけだと言われてしまった。そういうものなのだろうか?


「で、俺は何すりゃいいんだ?」


 中学時代の文化祭の準備は先生から言われたことをこなすだけでよかったため、今更( いまさら )自分たちで云々と言われても自分からどう動けばいいのか分からない。典型的な指示待ち人間になっていた。それを察したのだろうか?リサは何やら考え込むそぶりを見せて、周囲を見渡した。


 一クラス四十人ほどいるが、文化祭の準備に向けて何をどうするのか話し合っているのは十人もいない。三島を代表に机の上に参考書を広げている者もいれば、リョウヘイやアキミツのように仲のいい者同士で集まって他の話題に耽っている者もいる。


「喫茶店となると本来であれば、飲み物と食べ物については場合によってはケーキを要することがあるのですが、今回、ケーキの用意を失念していたので、今から注文って難しそうなんですよね……。そういったときはお菓子を用意して補えばいいみたいなんですけど、当然買い出しってことになりますから……。ジュンくんには男手として飲み物とお菓子の買い出しを頼むかもしれませんね」


「いつ買いに行けばいい?」


「文化祭前日とかでもいいかな?」


 それを聞いて今度は


「それ以外の準備とかはどうするんだ?」


と聞くと物凄い困った顔で笑みを浮かべながら


「どうしよっか」


( つぶや )いていた。


 メイド執事喫茶の責任者であるテッペイと副責任者の湘南は何やらアニメ談議に( ふけ )っているみたいで、一週間ちょいしかない準備期間のうちにクラスメイトにどう仕事を割り振るか、みたいな話を進められずにいる。というか、当人たちの趣味を実現できたことに満足したみたいで、あとは丸投げのようだった。こうなると仕切はクラス委員長のリサにと自然と向くのだけれども、さすがのリサも慣れないメイド執事喫茶をどう切り盛りするのかで頭を悩ませているみたいだ。


 話し合いに参加している女子のメンバーは彼女の会話友達の廣松と三上、そしてピアノをやっている鮫島の三人。男子は俺を除くと剣道をやっている宇賀田のみでこの六人で準備を進めることになりそうだ。もしかすると誰かは途中で飽きて減ってしまうかもしれないけれども。


 教壇の前で集まり五人にリサは机の上に写真を並べて見せる。その写真は過去の文化祭で催されたメイド喫茶の写真だった。


「内装はこんな感じです。机をうまく並べてその上にテーブルクロスを敷いて一つのテーブルのように見せます。一つのテーブルを四人席として扱います。衝立( ついたて )がありますけど、この裏側が飲み物とかお菓子とかを保管する場所で、いわゆる厨房と思えばいいですね。飾りつけを行うこともあれば、行わないこともあるそうですが、行う場合にはクラス全員の負担にならないようにしたいですけど、どうしましょう?」


 リサの問いかけに宇賀田が迷わず「なしの方がいいんじゃないか?」と答えた。


「責任者も含めて今クラス内はこんな感じだ。これから内装のレイアウトまで考えて準備するとして、何もかもが粗削( あらけず )りになる。それよりかは最低限必要となる備品とか飲み物とかのリストを作って買い出しを頼んだ方がトラブルなくことは進むと思うが?」


 彼の言葉に反論したのは鮫島だった。


「でも、それだと本当に陳腐な文化祭になるよ?色々と( も )めるかもしれないけど内装にもこだわってみたりしてもいいんじゃない?すべてが終わったらきっといい思い出になるだろうし」


「一ヶ月前から準備を始めていればそれでもいいだろうが、もう後残り一週間だぞ?間に合わないだろ?」


「それでも間に合わせるように動けばいいじゃない。折角のはじめての文化祭なんだから、気合入れて色々と準備しようよ」


 宇賀田と鮫島の議論に他の面々は口をはさまなかった。


 片や優秀な剣道部員、片やピアニストの卵。ガチの天才が並んでいるところを目の当たりにして、間に割って入ろうなどという無粋なことを考えられる凡人はいない。不思議なもので、ガチの天才を目の当たりにすれば自然と固まってしまうのだ。固まらないやつがいるとすれば、そいつもまた天才か、或いは凡人の風上にも置けないやつだといっていいと思う。


 一言で述べると、話に割って入るのが怖いのだ。


 誰も割って入らない中、唯一このメンバーの中で話に割って入れそうなリサが口を開いた。


「おおよその意見が分かりました。大雑把に言えば確実な営業を優先するか、思い出作りを優先するか、ということになりますね。この辺はあとで他の人達にも意見を聞いてみましょう。他に、何か疑問点とか意見とかあります?」


「衣装って結局いくつ( そろ )うんだ?」


 一番重要な部分を確認する。これが分からないことには配属をどうするのかとか進んで決められないだろう。


「えぇっと……。現時点でメイド服が四着、執事服が六着、学校から提供されるみたいです」


「で、それって二日間同じ人が着まわすの?それとも初日と二日目で着る人分けるの?もっと言うと午前と午後みたいな感じで時間帯で分けるの?」


「そうですね。どの方法でもありかと思いますよ?衣装を着てみたい人もいるかもしれませんからそういった人たちが着用できるようにシフトを組むといいと思います。他方で、やりたがらない人が多かった場合は……。罰ゲームみたいな感じで全員が着れるようにシフトを組みましょう」


 くすくすと笑みを浮かべるリサに人手の少ない子の話し合いをなんだかんだ楽しんでいるんだなと感じる。


 リサの発言のあとに今度は廣松が質問をする。


「リサもメイド服着たいよね?いつ着たい?」


 これまで西陣さんと呼んでいた彼女だったが、文化祭が近づくにつれて役に立たないテッペイの代わりに色々と仕事を手伝っており、いつしかリサを下の名前で呼ぶくらいにまでさらに仲が良くなったらしい。


 リサの意見を尋ねるものだったみたいだが、対するリサは


「私は裏方の方に回るので、多分シフトに入る時間なんてないですよ?」


という。


「えぇ!?リサが着たいって言ったからメイド喫茶に入れたのにぃ!」


 廣松と三上が不満げに文句を言った。鮫島もまたぽかんと彼女を見てそれから苦笑いを浮かべる。その様子を見てリサもまた苦笑していた。


「ごめんなさい。でもクラス委員長として生徒会の仕事のお手伝いもしなくてはいけませんから。見回りとか案内とか。もしかすると、クラスの出し物に出させてもらえる時間が見つかるかもしれませんが、何分私も初めてですからね。正直勝手が分からないし、美術部の方の出し物にも顔を出さないとなので」


 すると廣松は一層不満を強め、( ほお )( ふく )らませた。


「ちょっと!リサ、私たちにだけ恥ずかしい格好させるつもり?」


 その言葉を聞いて初めて、メイド服とか執事服を着ることは恥ずかしいと感じる人がいることを知った。思わずリサの顔を驚いた顔で見てしまう?


 その視線に気づき、リサが


「どうしました?」


と聞いてきた。


「いや、前にメイド服着てた時、恥ずかしがってなかったなぁって思って」


 俺の( つぶや )きに( しばら )くの間リサは固まっていたが、みるみる顔が赤くなり


「なんでここで言うの!」


と大きな声を出した。彼女の突然の大声にクラス中が教壇付近に目をやったため、視線が集まり、リサは縮こまる。


 俺の言葉を一言一句聞き逃さなかった廣松はニヤリとほくそ笑んでリサに聞いた。


「なに、リサ。もう尼崎くんにメイド服のお披露目でもやったの?それもノリノリで?」


「の、ノリノリなんかじゃないですよ!」


とリサは必死に否定した。その様子に関心を持った女子生徒たちが教壇の周りに集まる。


 その隙間を縫って三上は俺に


「リサのメイド姿どうだった」


と尋ねてきた。


「どうだったって言われても特にいうものないぞ?」


 当時思ったことを言ったら、三上は何やら半目になって


「それじゃあ恥ずかしがる理由ないね」


と詰まらなそうに呟いた。


 そんな俺と三上の会話をよそにリサが俺の前でメイド服を着たらしいとの話に釣られて女子生徒たちが盛り上がっている。対するリサは詰問されて相当焦っており、顔はますます赤くなっていた。


 こうも混乱しているリサは初めてみる。いつも振り回されてばかりだったが、今ばかりはなぜだか彼女に勝った気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言]  章の始めは布石がいっぱいですね!  やっぱり義妹は良いものですね!  ありがとうございました!
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