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「気持ちよかったー」
ノックもすることなく、風呂上がりのリサが部屋にあがりこんだ。しばらく前の寝ぼけていた様子がまるで嘘のようで、意識がはっきりしている。やっぱり熱いお湯につかれば嫌でも目を覚ますのかと感じた。
「でも、なんでジュンくんの部屋に居たんだっけ?」
リサは不思議そうに言うのだけれども、それは正直俺が聞きたかった。彼女がその調子なら、その理由を聞くことは難しいだろう。俺は諦めて
「じゃ次、入るわ」
と言った。
下着とパジャマを取り出したところで
「今日、寝るときどうするの?」
と意味の分からない質問が飛んできたのでぽかんとしながらリサの顔を見つめる。何も答えることができずずっと彼女の顔を覗き込むと
「一緒に寝てみる?」
なんて言い出した。
「何言ってんだおまえ?」
素で声に出してしまった。
「おまえじゃなくってリサだよ」
と抗議の声を向けてくるが、
「いや、本当に何言ってんの」
と真顔で言うとほんの少しだけ傷ついたかのような表情を浮かべて戸惑っていた。正直困惑しているのは俺の方なのだけれども……。
「台風の夜に二人きりなら同じ布団で兄妹寝るものかなーって……」
「その発想が分かんねえ。そんなの小学生までだろ……」
呆れたように呟くと「そうかなぁ?そうなのかなぁ」と何度も呟いていた。
二ヶ月過ぎてなんとなく思いつつあるのは、リサはリサで微妙に家族観がズレているのではないのかと言うこと。思い当たる節はある。父子家庭が続いて、新しい母親が来ただけでなく、連れ子まで現れたのだ。リサもリサで接し方が分からないのかもしれない。だからと言って、やっぱり俺に対する向き合い方がズレているのではないだろうか?けれどもどうズレているのかはっきりとイメージがつかなかったので、言及せずに
「俺は風呂入るから部屋に戻れ」
と言って追い出した。
さっさと風呂を済ませ、寝間着姿になる。時間はもう十一時を回ろうとしていて、風が窓を叩く音が強くなっているのを感じた。
そろそろ寝た方がいいだろう。ただ風呂から上がったばかりなので、すぐに眠れる気がしなかった。勉強してから寝ようと思い、リビングの電気を消して自室へと戻る。
さすがに再びリサがベッドで待っていることはなかった。それを確認するとホッとして、勉強机へと向かう。一時間くらい勉強してから寝よう。吹き荒れる風の音を耳に入れながら勉強を続ける。テスト範囲になる場所をおさらいして、教科書の例題や章末問題を解いていく。
リサが後ろで寝ていた時と違ってかなり集中できた。時間はあっという間に過ぎて十二時を迎える。さすがにそろそろ寝ようと思い歯を磨きに洗面所へと向かった。
歯磨きを終え、つけっぱなしのリビングの電気を消し、二階へと上がる。途中リサの部屋の前を通ったが、部屋から漏れ出る明かりはなかった。先に寝たらしい。
部屋へと戻り、就寝前にスマートフォンをいじってみる。メールが二通来ていた。どちらもリサからだった。
寝る前に伝えたかったことでもあったのだろうか?不思議に思って一通目メールを開けてみた。
『私だって女の子なんだから。男の子と二人きりはドキドキするんだからね』
思わず固まってしまった。一体なんの意図で彼女はこんな文を書いたのかが分からなかった。字面だけ見ればまるで俺を意識しているかの文章だ。けれども俺のことを意識しているんじゃないかと自分が勝手に思い込んでそう解釈してしまっているのかもしれない。意味を尋ねてみたかったが、生憎リサはすでに寝てしまっている。
一体何なんだ?
どういう意味なんだ?
俺にどうしてほしいんだ?
混乱に混乱を重ねたが、結論が出ず、諦めて二通目を開いた。
『今日は気を遣ってくれてありがとね』
「……」
たった一文だった。無言でその一文を何度も読み返した。字面だけだとたった一言の謝辞だ。けれども今日一日、特に夕方以降の彼女の様子を傍でずっと見ていたものからすれば、この一言は俺に安堵をもたらした。
一通目のメールの内容なんてどうでもよくなった。彼女の性格から考えれば、本音は二通目のメールに集約されているのだから。きっと本音を漏らす前の照れ隠しに一通目を送ったに違いないと考えた。ほんの少しだけ救われた気がした。
台風は今晩真上を通る。夜明け前には通り過ぎるそうなので、通学路が冠水でもしていない限り、高校は普段通りあるだろう。明日から、リサが普段通り、それも機嫌が悪くなる前の普段通りに戻ることを祈って、彼女の居る部屋に向かって小さな声で歌を歌った。
「あーしたげんきになーれ」




