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 お盆休みの最終日、朝起きると母が綺麗な格好をして俺が起きるのを待っていた。


「一緒に行かなきゃいけない場所があるから、ご飯食べたらすぐに制服に着替えなさい」


 起きて早々そのようなことを言われるものだから眉間( みけん )( しわ )を寄せて


「どこ行くの?」


と尋ねるも


「そう遠いところじゃないわ。電車で三駅くらいよ」


としか返ってこなかった。単に場所を聞いているのではなく、“何をしに”どこへ行くのかを聞こうとしたのだけれども、


「急いで急いで」


( せ )かす母の言葉にしっかりと聞くことができず、朝食のパンを急いで胃に詰め込んだ後、歯を磨いて制服に着替え、すぐさま一緒にアパートを飛び出した。


 電車の中でも改めて目的地を聞いてみたけれど、まるで出し( お )しみをするかのように中々答えてくれず、結局そのまま目的の場所に到着してしまう。目的地は一軒家で、到着次第母の口から出てきた言葉は


「会社の同僚のおうちなの」


だった。


 頭を抱えずにはいられなかった。もったいぶって答えない理由はどこにもないはずだった。元々の母の悪い癖で、大事な話を僕に報連相( ほうれんそう )してくれないのだ。


 そしてよりにもよって会社の同僚の家ときた。礼儀や作法など俺が身に着けていければならない諸々( もろもろ )所作( しょさ )が必要になるかもしれないけれども、突然訪れることになってしまっては何一つ準備のしようがない。仕事の話で訪れたのか、それとも会社絡みの懇親会で訪れたのか、皆目( かいもく )見当がつかず、身体が強張ってしまった。


 そんな俺をよそに母はというとにこやかにインターホンを押す。スピーカーからは若い女性の声が聞こえてきた。


「はい。どちら様ですか?」


「サチコです。息子と一緒にきました」


 苗字を名乗らなかったことに違和感を覚えながらふと家の表札を見てみると『西陣』という文字が目に映った。


 西陣?この間、会社の同僚で西陣何某( なにがし )かが居るみたいなことを言っていた気がするが……。


 そう思い出そうとしたところでドアがガチャリと開き、見覚えのある制服を着た、そして見覚えのある女の子が現れた。


「お待たせしました。父は少し準備をしてまして……。先にリビングに上がって構わないと言ってます」


 声の主を見て思わず眉間に皺を寄せてしまう。対する彼女も僕の顔を見て唖然( あぜん )としていた。


 当事者であるはずの母はというと、僕らの表情に特段気にも( と )めずさも当然のように家の中へと入ってしまう。俺は慌てて母の後を追いかけると玄関先で西陣が口を開いた。


尼崎( あまがさき )君、こんにちは」


「お、おう……」


「サチコさんって尼崎君のお母様だったんだね……」


 何やら気まずげに目を横に( そ )らしているのだけれども、なぜ逸らすのかも理解できず、( いぶか )しげな表情を浮かべることしかできなかった。


 彼女に案内されるがままに母にお後を追いかけてリビングに入る。リビングは広く、真ん中に大きなテーブルが置かれ、( すみ )の方にはテレビが、その反対側にはピアノが置かれていた。西陣はピアノが弾けるとの噂は本当なのかもしれない。


「ほら、早く座りなさい」


と我が物顔のように座る母に急かされ、急いで隣に座る。西陣はキッチンへと向かいガチャガチャと音を立て始めた。


「サチコさんはいつもの緑茶でいいですか?」


「いいわよ」


「尼崎君は何にする?緑茶?紅茶?コーヒー?」


「俺も緑茶でいいよ」


「冷たいのでいい?」


「ああ」


 西陣が冷たいお茶の用意をしている間、俺は母に気になったことを尋ねてみた。


「なんだか二人とも知り合いみたいな口ぶりだけど、何度も会ってるの?」


「そうよ」


と即答。あまりにも堂々と言うものだから、次の質問をすぐに思い浮かべることができず、思考が止まり固まってしまった。


「西陣のお父さんだかお母さんだかと会社の同僚だってのは聞いたけど、家族ぐるみで会ってるまでは聞いてないんだけど……」


「そりゃあ聞かれてないからね」


と笑顔で答える母に再び固まるしかなかった。そのあと母は真剣な表情で俺に耳打ちをする。


「リサちゃんのお母様はもう亡くなられているからね、そこのところよろしくね」


 思わぬ地雷の存在に身体が強張( こわば )る。結構重要な話がポンポンと出てくるのにどれ一つをとっても事前に知らされていないことにいら立ちを通り越して焦りを感じてしまう。俺は何か粗相( そそう )をしでかすのではないかと。


「はい。冷たいお茶です」


 西陣がテーブルまでお茶を運んできてテーブルに四つ並べる。そして俺の向かい側に座ってから


「どうぞ召し上がりください」


とすすめた。


「ありがとうねリサちゃん」


 母の言葉に追従して俺も


「ありがとう」


と一言述べ、母に( なら )ってお茶に口をつけた。夏場の暑い中に冷たいお茶はとても助かる。思わずごくごくと飲んでしまい、さっそく空っぽにしてしまった。すると西陣は俺のグラスを手に取ってキッチンへと向かう。


「お代わり入れるね」


「あ、わりぃ……」


 女の子に気を( つか )われていると自覚して、居心地の悪さを感じた。

 本日、計五話を掲載いたします。


第一話:7時

第二話:10時

第三話:13時

第四話:16時

第五話:19時


 御関心がございましたら、ぜひとも継続して閲覧ください。


次回は5/6に掲載いたします!


 本作は水土の7時に掲載いたします。

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