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傘をさして校舎から飛び出すと、バケツをひっくり返したかのような雨とはこのことなのか、その重さに思わず腰が低くなってしまう。傘の骨組みを自分の肩で支えるように固定する。
一度建物の中に避難したらもう一度外に出たいとは思えないような強さだった。チラリと横に目配せをする。横に立つ人の目はなんとなくうつろに見えた。一緒に登校していた時にはなかったはずの重い空気がのしかかる。プールの中にもぐっているときに鼓膜にかかる圧迫感を思い出す。隣の人に釣られてか、自分もなんとなく憂鬱な気分にさせられた。
周囲の人はどうしているのかと見渡してみるが、誰もかれもこの雨を潜り抜けることに精一杯で、俺たちに意識を向けている人は少なくとも俺の視界には映らない。同時にまるで車の中にいるときに水を被ったフロントガラスのように視界がそもそもはっきりしない。
リサは大丈夫なのか?すぐ近くに居るけれども、心の中までは覗けないから、心配で仕方がなかった。彼女の反応を確かめるために、とりあえずといった具合に
「駅まで歩くぞ」
と声をかけてみる。言葉による反応はなかったが頷く弾みで傘を揺らしたのが目に入った。
いつもよりも遅いペースで駅へと向かう。普段だったら校門から駅まで徒歩二十分ほどなのに、今日はその倍近くかかりそうな勢いだった。雨ってこんなに重かったっけとふと感じてしまう。俺の右横を男子生徒たちが傘を差しながら慌てたように走って通り過ぎていく。左横には「うう」と呻き声を上げて傘にしがみつくリサの姿がある。リサも俺と同じように雨の重さにやられたのか、肩を丸めていた。今この状態で風が吹いてしまえば身動きすら取れなくなってしまうのではないかと感じてしまう。
やっとの思いで駅に辿り着くが、今度は改札前に人だかりができており、すぐに改札をくぐることができなかった。何とか屋根の下に入ることはできたので、傘を閉じて行列に並ぶ。
「ノボルさんから連絡は来た?」
「ちょっと待って」
と言って鞄をあさりスマホを取り出す。
「……。まだみたい」
小さな溜息が聞こえた。彼女の表情はどこか懸念に満ちており、その表情は仮に塾に行ってしまった場合、帰りはどうなるんだろうとの不安から来るものであるのは明らかだった。
今日の分の勉強は俺が見てやるから安心して休め、なんて俺が言えたら、彼女は安心するだろうか?そんな言葉を吐けるほど彼女よりも賢くないことを思い出し、俺もまた小さく溜息を吐いた。
「冬服でよかった」
ポツリと呟くリサに「どうして」と尋ねる。
「夏服だったら絶対に下着が透けて見えてたから」
笑みを浮かべながら応えているが、力の入った笑みなどではなく、傍から見て疲れ切っているのが分かった。高校から駅までくるのにこうなのだ。塾に行って勉強するだけの体力が残っているだろうか?
そう考えていると、今度は俺まで不安になってしまう。




