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雨と風が校舎の窓ガラスを音をたてながら揺らす。音は大きく響き渡り、終業のホームルームでの先生たちの事務連絡が掻き消されるほどだった。十月中旬になり、西陣宅に移り住んでからもうじき二ヶ月を迎えるが、まるでそれに合わせるかのように今日の深夜から明け方にかけて台風が接近するようで、その斥候とでもいうような雨風が押し寄せていた。本体はまだ遠く離れているので風はまだそれほど強くないが、雨については土砂降りといえるほどの強さで、傘を差しても服を一切ぬらさずに帰るのはほぼ無理だった。もしかすると羽織っているブレザーどころかその下に着用しているワイシャツまで水を吸わせてしまうかもしれない。雨だけで傘が壊れることはないだろうが、風が強まる前には早く家に帰りたいと思っていたところで、天辰先生のお話しが終わり、解散となった。
席を立ち、さっさと帰ろうとするとリサが鞄を抱えて俺のところに寄ってきた。
「どうした?」
リサは天辰先生の視界から隠れる形でスマホを取り出し、メールを俺に見せる。
「今日の塾、予定通りやるみたいなの。それでどうしようかなって……」
スマホを鞄の奥へと隠し、困ったように俺の顔を見た。
「多分大丈夫だとは思うけど、突然電車が止まって帰れなくなったらどうしようって」
「その時はノボルさんか母さんに頼んで車を出してもらうしかないんじゃないか?電車が止まるほどの事態になったら俺ができることなんて全くないぞ?」
「そうだよね……」
リサは小さく溜息を吐いた。
「休むって手はないのか?」
聞いてはみたが、首を横に振る。
「わざわざ通わせてもらってるのに勝手には休めないよ」
律儀だと思ったが、確かに親がわざわざ稼いできたお金で通わせている場所をその日の気分で休むというのは抵抗感を覚える。真面目と言うよりも父親思いなのだと感じた。他方で、接近してくる台風に対して、仄かに不安を抱いているのも分かった。父親への思いと抱いている不安とを天秤にかけて悩んでいるようだった。
「とりあえずノボルさんに連絡してみたら?返信くれるかもよ?」
「そうする」
と言って再び鞄からスマホを取り出し、ノボルさんあてのメールを送信した。
「一度家に帰る」
と言ったので、一緒に帰宅することにした。
校舎の玄関に向かうと、生徒たちがひしめいていた。雨のあまりの強さに臆しているようで、行くか退くかで戸惑っているらしい。少しずつ少しずつと前に進むが、人だかりの隙間から外の景色を覗いてみると、雨が大気中を隙間なく埋めているかのように真下に降り注いでおり、叩きつけるような雨、と呼ぶにふさわしいほどだった。幸いにも風は吹いていないので、傘を壊すような生徒たちは今のところ見受けられないが、傘が役立つようには思えず、遠目で見てもブレザーもスラックスやスカートもびしょ濡れになっているのが分かった。これは駅に向かうのも一苦労だと感じる。
チラリとリサを見ると何やら戸惑いを隠せずにいるので
「どうした?」
と尋ねると
「これで風が強くなったらどうしよう」
と不安を吐露する。塾が終わった後のことが気になって仕方がないようだ。
「今はまだ風が吹いていないから今のうちに帰ろう。今だったらスカートが捲れる心配もないだろ?」
気を楽にさせるために半ば冗談で言ったのだけれども、彼女はそうだとは気づかなかったのか真面目に「うん」と返すものだから恥ずかしくなって頬を掻いてしまう。
「だったらさっさと帰ろう」
と慌てたように言って外に出る順番待ちをした。