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クレープを買ってから人の邪魔にならない場所へと移動し、道端で見知らぬビルに寄りかかりながら頼んだクレープを食べる。トッピングのアイスクリームが度々歯にあたり、キーンとする。せめてアイスクリームくらいはトッピングから外せばよかったか?チラリと横を見るとリサが何やら幸せそうにクレープをほおばっていた。
「クレープ食べたいだけだったら一人で食べにいきゃあいいのに」
「一人できたら奢ってもらえないでしょ」
とさも当然のように返答がきた。
「それに少し話したいことがあったし」
「話したいこと?」
俺の顔を見ずに小さくコクリと頷いた。
「この間の土曜日、サチコさんから塾に通わないのって言われてない?」
「言われた」と言いながら頷いた。
「なんで通いたいって言わなかったの?」
「え?通う気がないから……」
「なんで?」
「なんでって言われても……」
なぜそんなことを聞くのかと戸惑った。リサは真剣なまなざしを向け、それは彼女が納得するまで追及を緩める気はないという意思の表れでもあると言うことに感づいてしまった。これはもう逃げられない。
しかし逃げられないのが分かっているからと言って彼女の納得のできる回答をすぐに思い浮かべられるかと言われたらさすがに無理がある。
「俺が母さんに喋ったこと母さんから聞いてないの?」
「聞いたよ?これ以上時間は取れないって」
「だったら……」
「なんかその回答、納得できなかったから」
半ば怒っているようだった。
「時間ってね。自分で作るもんだよ?」
よく聞く話だけれども、それを今彼女から聞かされるとは思わなかった。
「ねえ、ジュンくん」
とリサがいかに真剣であるかを示す合図が送られる。
「まさかだけどさ。塾通うお金さえもお父さんから出してもらうの申し訳ないとか考えてないよね?」
「……」
その問いに俺は何も答えることができなかった。母と会話をしたときには俎上にのせなかったけれども、その問題を全く意識していなかったのかと言えばうそになる。塾だって金はかかる。金がかかると言うことは誰かが支払うと言うことだ。そして今の西陣家の中で塾代を払える人の中に俺は含まれていない。つまり俺以外の人間が支払うことになる。塾に通うという時間的負担は俺に直接のしかかるが、費用的負担は俺以外の人間にのしかかるのだ。以前までは母子家庭であったため、払ってもらって当たり前と言う感覚はどうしても持てなかった。
「言ったよね?家族で遠慮しないでって」
リサの目には不思議と怒気が籠っているかのようだった。
彼女は決して支払う立場の人間じゃない。支払うのはあくまでも彼女の父。それでも彼女の言葉は軽くは聞こえなかった。
「ジュンくん。どうなの?」
リサの詰問に俺は
「分からないよ」
としか言えなかった。すると彼女は口調がほんの少しきつくなって
「何が分からないの?どうして分からないの?」
と矢継ぎ早に聞いてくる。そんな彼女にどうしても俺は強く出れないらしい。鼓動が早くなる中、思わず後ずさる。
「ねえ?ジュンくん。私が君に何をしてあげたら君は遠慮しないでいてくれるの?」
なぜだかその言葉だけは哀しさをにじませているように感じた。
それ以降なぜだかリサとの関係はそれ以上悪くはならず、かえって以前通りとまではいかないまでも、比較的以前に戻った感じだ。そもそも、元々学内で交流がなかったわけだし、母の再婚後も学内でべったりと言うわけではなかったから、多少交流が増えたり減ったりしたくらいで気にすることもない気はする。
それでも彼女の気遣いに関する監視のような視線にはかいくぐることを苦労させられている。彼女のその視線には、怒る準備をしているのではないかと感じることがある。同時に哀しさを感じることもある。けれども、理解できなかったのは、その視線の中になぜだか怯えが混じっていたことだ。




