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「あなた、もう少し勉強したらどうなの?」
土曜日の朝、ノボルさんとリサは久しぶりに親子二人だけで出かけており、俺も俺で久しぶりに母と一緒にリビングで遅い朝食をとっていた。普段朝食は俺かリサが作っていたけれど、今日は母がわざわざ作ってくれた。おふくろの味といっても、目玉焼き、ソーセージ、パンにサラダと洋食メニューだが、前のアパートでは基本的に節約していて食パンだけだったから、これまでは食べられなかった贅沢品に感じられる。
その贅沢品を満喫しているさなかでのその質問に意図が分からず「なんで?」と聞き返した。
「リサちゃん、模試の成績がかなり良かったのよ?」
模試と言ったらやはり最近話題になった東大模試のことだろう。彼女の成績を聞いて、それに比べて俺は、と言う感覚に陥ったに違いない。
「リサは別格だよ。住む世界が違う」
と思ったことをそのまま伝えると
「生まれた年も国も同じなのに何が違うのよ?」
と言い返されてしまう。
俺にとっては住む世界の違う住人同士だけれども、母から見れば、同じ高校の同級生にしか見えていないのだろう。彼女がたどったようになぜ俺が同じ成績をたどることができないのか不思議に思えて仕方がないのかもしれない。
「リサは天才の類なんだよ。ああも簡単に成績なんて上げられない」
「それって勉強サボるためのいいわけなんじゃないの?」
さすがにそれは心外だった。サボってるつもりなんかない。これでも必死にやってる。むっとなって
「ちゃんとやってる」
とぶっきら棒に返す。
「だったらなんで成績上がらないのよ?」
「他の奴らも勉強してるからな」
「だったら他の子達よりも勉強しなきゃダメじゃない」
そんなことは分かっている。
母が気にしている成績は絶対的なものなんかじゃない。相対的なものだ。周りの勉強量よりも多くやらなければ成績が上がらないなんて当たり前のこと。けれども量とは別に効率の問題がある。一度見たものを忘れられないタイプの人間であればその分人よりも多くのことを学べるだろう。けれども何度やっても覚えるのに苦労するタイプの人間であれば、同じ分量の内容を理解するのに他の人よりも何倍も時間かかる。集中力の問題も確かにあるかもしれないけれども、やはり最後は地頭の問題だ。
「塾通ってみたらどう?」
母の突然の提案に理解が追い付かず顔に皺ができてしまう。
「塾よ塾。リサちゃんも通ってるし、あなたのクラスメイトたちも通ってるって話聞くわよ?あなたの成績が上がらないの塾通ってないからじゃないの?」
その言葉になお一層、眉間に皺を寄せた。塾と成績との関係がよく分からなかった。
「塾通ったからって成績上がるもんじゃないだろ?」
中学時代、同じ中学校で塾に通ってる同級生は周囲に何人もいた。その中で、俺よりも成績のいい奴もいたけれども、同じ塾に通って俺よりも成績の悪い奴もいた。そういうのを目の当たりにしたとき、塾と言う箱モノが信用できなかった。
「でも塾通わなかったら今のままよ?塾通って今より悪くなるわけじゃないんだし、あなたより成績のいい人たちとの距離を詰めることだってできる筈よ?」
正直そのロジックに違和感を覚えた。もし塾に通って今よりも成績が悪くなったとしたら、それは当人の努力不足と言うことになるだろう。だとしたら成績が上がるかどうかも当人の努力の問題と言うことになる。そこに塾なんてあってもなくてもいいはずだ。
そもそも学校の勉強でも手一杯なのだ。そこに塾で授業を受ける時間を割かれ、塾の予習復習に時間を割かれる。家事手伝いの時間だって必要なのに、勉強で圧迫されてしまえば、正直息苦しさを感じる。趣味がないからと言って勉強以外の時間が失われるのはさすがに心に堪えるものがある。
「これ以上、時間取れないよ」
俺は俺にとっての事実を母に伝えた。
母は俺の回答を聞いて額を抑えて小さく溜息を吐き、「そう」と小さく呟いた。それから話が終わる。
「じゃ、俺は部屋で勉強するから」
食べ終えたお皿を洗い場に運んでそれらを洗い、そのまま自室へと戻った。
母は特に俺を止めることなく、目配せもせずにテーブルの上に放置されている新聞に手を取った。




