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出し物が決まり、リサが報告しに職員室へと向かった。俺はさっきの出来事に引っかかりながら先に家に帰ることにした。今日の夕飯の当番は俺で冷蔵庫には白菜もキャベツも買い置きがなかったことを思い出し、スーパーへと寄ることにした。
家の近くのスーパーにより、店の中に入ったとき、ふと「地元のスーパー」という言葉が頭の中に降りてきた。
「そっか。こっちが地元になったのか」
引っ越してから一月半が経ち、まだ慣れていないながらもなんだかんだ言ってこの地域に馴染んできたようだった。
必要な野菜を籠に入れ、今日は焼き魚にしようと秋刀魚を四尾手に取る。他に日用品は必要ないかと考えて石鹸とか洗剤とかを籠に入れる。
秋刀魚はオーブンで焼けばいいか。野菜はどう料理しよう。
そう考えてスーパーを出たところ、リサが学校近くにあるディスカウントストアのビニール袋を提げながらスーパーの前を歩いているところだった。
「リサ」
自然とそう声が出てパッと振り返る。すると何やら嬉しそうに寄ってきた。
「どうした?」
と聞いてみると
「下の名前で呼んでくれたから」
とニコリと答えてくる。
「買い物行ってきてくれたんだ」
リサは俺が手に提げている買い物袋を見る。それから
「半分持とうか?」
と聞いてきた。
「いや。これくらいの量なら持てる。それにそっちも荷物あるんだろ?」
「さすがお兄ちゃん。男の子だねー」
茶化されながら一緒に帰路へと就いた。リサの抱えている手提げの中身を聞いてみたが、彼女ほんの少しだけふくれっ面をして、秘密と言われた。
道すがらリサの方から
「文化祭楽しみだね」
と言われる。けれどもクラスの出し物であるメイド執事喫茶なるものがどういう形で担われるのか全く見当がつかなかったので
「よく分かんねえ」
と答えていた。それを訝しげに思っているのか、
「もしかしてジュンくんってそもそも文化祭とか楽しまないタイプなの?」
と聞いてくる。
「騒ぎ立てるほど楽しみにはしてないな。中学時代はやれと言われた出し物をやっただけだし」
中一の時は美術の展示をし、中二の時は合唱をし、中三の時は修学旅行の思い出ノートを作って展示した。全部先生の指示でやらされていたことだから、今になって生徒主導でと言われても何をすればいいのか全然見当がつかなかった。そのことを伝えるとリサはむっとしたような表情を浮かべた。
「折角の、それも高校最初の文化祭なんだからもっと期待持って楽しまないと」
「どうやって楽しむんだ?」
俺の問いにリサはしばしば考え込んでから
「一生懸命準備してごらん」
と答える。
「準備にこだわってみるの。メイド執事喫茶だと、接客だったらメイドらしく、執事らしく振舞うことになるから、もしジュンくんが執事役になったらとことん執事を演じて接客してみたりとか。裏方だったらお茶とかケーキの保存とか配膳とかにこだわってみたりとか。あとはお店の内装にこだわってみたりとか。こだわろうと思えば色々とこだわれるよ?こんなムキになってこだわって何の意味があるのかな、なんて思うかもしれないけど、一生懸命やった後さ、頑張れたんだなとも思えるし、頑張れたってことがむしろ楽しかったんだなって感じられるようになるの」
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ?」
実感はわかないがとりあえず「分かった」とだけ答えておいた。
「そういえば美術部の方でも出し物やるんだよな?リサも何か出すのか?」
「そうだね……。絵を展示する予定」
「どんな絵なんだ?」
と聞いてみると、彼女ははにかんだ笑顔で
「内緒」
と言った。秘密にする理由が分からず、思わず首を傾げたが、答えたくないなら無理に聞かなくていいかと思い
「当日楽しみにする」
と言う。
「うん。当日楽しみにしてね」
なぜだか分からないが、リサの様子が心なしか上機嫌になった気がした。軽くスキップをするかのように俺の先を歩いて行く。その後ろ姿を見て、女の子の気分の変化は分からないものだなぁっと感じた。