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 俺たちの高校は十一月の第一土曜日から二日間文化祭が( もよお )される。九月の下旬に差し掛かりあと一ヶ月ちょいとなった。高校はじめての文化祭というのもあって、クラスメイト達は何かと楽しみにしているが、授業が減るわけではないので、勉強と文化祭の準備を両立しなくてはならない日々を過ごすことになる。


「出し物の候補を出す前に( あらかじ )め言っておきますね。模擬店はクラスの出し物としては基本的に出せません。衛生上の問題があるので、毎年模擬店をやってノウハウのある部活動以外には原則認められていません。調理を行わない場合、喫茶店であれば認められるとのことです。この点、よろしくお願いしますね?」


 放課後、文化祭の出し物をどうするか相談すると言うことでクラスメイト達は全員残された。今教室には天辰先生はおらず、クラス委員長のリサが司会を務めているが、彼女のその言葉に男子生徒の一部から「えー」と残念がるような声が聞こえてきた。


 けれどもリサはそんな声に気にすることなく


「何か出し物の候補はありますか?」


と尋ねる。


「メイド喫茶!」


 テッペイが迷いなく大きな声で言った。


「執事喫茶!」


 今度は女子生徒の湘南( しょうなん )アヤカが口を開く。


「聞いたことあるけど、なんだ?メイド喫茶とか執事喫茶って……?」


 近くの席に座るアキミツに尋ねると


「喫茶店の店員がメイド服とか執事服着るんだよ」


と返ってきた。イメージが付かない。


「専用の服があるのか?それ( そろ )えられんの?」


「さあ?誰かが買ってきてくる必要があるんじゃね?」


 俺たちがヒソヒソと話している( かたわ )ら、クラスメイト達は出し物の候補として、演劇、お化け屋敷、展示会、合唱などをあげていた。


「展示会ったって何やんだよ?」


「調べもの学習して壁新聞作って発表とかどうかしら?小学生の頃にやったみたいに」


「調べもの学習って何を調べんだ?」


「地元の歴史とか?」


「それ一ヶ月で調べられるの?」


 何やら展示会に物凄い注目が集まっているようだった。( なか )ばそれはやりたくないとの雰囲気を( お )びているが。


 教室内が盛り上がっているなか、三島レイジをはじめ、幾人( いくにん )かの生徒たちは興味なさげに参考書を開いているのが目に映る。中学生の頃もそうだったが、クラス内での文化祭に対する熱意には温度差があった。高校に行っても変わらないんだな、なんてことを考えていたところで


「ジュンくん」


と声がかかり現実に呼び戻される。


「ジュンくんは何か候補ある?」


 リサに話題を振られ、周囲から視線を浴びた。ほんの一瞬何が起きたのか理解できていないかのようにしどろもどろになってしまった。


「食レポ」


 なんの脈絡もなくそんな言葉が出てきた。


「食レポ……。どこかのお店でご飯を食べてその感想を発表するってことかな?」


 リサの問いに機械的に首を縦に振っていた。途端に教室内が湧いた。


「飯食って感想書くってだけならだれでもできそうだな」


「俺、うまいラーメン屋知ってるー!」


「それジャンクフードの店でもいいのか?」


「クレープとかアイスクリームのお店もいいの?」


 一気に色々な意見が飛び交い、俺は目が回った。


 パンパンとリサが両手を叩いて教室内を( しず )める。それからいつの間に用意したのか小さなサイズの紙きれを教室内に配り始めた。


「いくつか候補出たから一回投票してみましょう。一人二つまでやってみたいもの書いてね」


 一人二つ?こういうのは一人一つなのではないだろうか?


 ふと違和感を覚えながら言われた通りに二つ書く。一つは自分が挙げた食レポ。もう一つは展示会と。


 ( しばら )くしてから紙が回収される。それからリサは一枚一枚確認して集計をとっていった。


 そして集計結果が黒板に書かれる。


 最も多かったのはなぜだか食レポだった。そして次に多かったのはメイド喫茶だった。ちなみにビリは執事喫茶で一票しか入ってない。


「食レポの展示会とメイド喫茶ですか……。楽しみたいって思いと女の子のメイド姿見てみたいっていう雑念が混じった感じでしょうか?」


 リサがそう( つぶや )くと笑い声が出て、女の子たちからはなぜだか「男子最低!」との声が聞こえてきた。その様子を見てリサはくすくすと笑う。


「どちらがいいのか一度相談してもらいましょうか。時間をあげるので自由に相談してください」


 そういうと食レポがいいかメイド喫茶がいいかで教室内が湧いた。


 リサはというと一度教壇から降りる。誰と相談するのかと思いきや、まっすぐと俺の方へと歩いてきた。


「ジュンくん、流石( さすが )ですね。食レポは私も思いつきませんでした。こっちであれば負担も少ないので、みんな手伝ってくれるかもしれませんね」


「いや。偶然だよ……」


 なぜ食レポなんて思い浮かんだのか、自分でも分からない。意識してでた言葉ではなかった。けれどもリサはなぜだか( お )しみなく賛辞を贈った。


「思いついたのはジュンくんの功績です。誇っていいと思いますよ?あ。ただ、言い出しっぺではあるので、もし食レポになったらジュンくんに責任者になってもらうかもしれません」


 その言葉に思わず顔をしかめてしまう。


「リサが仕切った方がうまく回らないか?」


「委員長の仕事の都合上、文化祭期間中、生徒会の方にも出払わなければならないので……。それに美術部の方の出し物の準備もしないとですし、文化祭が近いからといって塾をお休みできるわけでもないですからね」


 なるほど。それなら確かに他の人に任せたいだろう。他の候補ならともかく食レポに関しては俺が言い出しっぺなのは間違いなので引き受けるのが義理だ。リサの負担が軽減されるならそれでいいか。


 そう思って


「分かった」


と答えた。


「もちろん、食レポの場合はです。メイド喫茶の場合は小野塚君に責任者になってもらいますから」


 相談時間中に誰に何を任せるのかすでに彼女の頭の中では整理がついているようだった。頭のいい奴は違うなとふと感じてしまう。


「ところで」


とリサが話を切り替えるように口を開いた。


「ジュンくんはメイド喫茶についてはどう考えてますか?」


「どうって言われても、そもそもどんな店なのかも分かんねえし、メイドの衣装とか必要になるんだろ?( そろ )えられるのかって疑問に思った」


 思ったことを述べたのだが、リサは意外そうに呟いた。


「ジュンくんは女の子のメイド姿を見てみたいとか思わないんですか?」


「見てみたいも何もそもそもメイドってどんな服着てるのか知らねえし……」


 するとリサは自分の席に戻って鞄の中をガサゴソと漁った。そして( かばん )からスマートフォンを取り出して俺のところへと戻ってきた。さも当然のようにスマートフォンを手に取っているが、俺たちの高校はスマートフォンの持ち込みが禁止されている。天辰先生がいないとはいえ優等生のリサが堂々とそれを教室内で持ち歩くものだから皆が驚いてリサの後ろ姿を追っていた。


 俺も驚いた人間の一人なのだけれども、肝心のリサはそんなこと気にも留めずスマートフォンをいじってそれから画面を俺に見せた。


「これがメイド服」


 時折ファミレスとかで見かけるウェイトレス服だなというのが感想だった。わざわざメイド服と言わずにウェイトレス服と言えばいいのにと心の中で感じていた。


「かわいいと思います?」


「は?え?何が?」


 質問の意図が分からず首を( かし )げる。


「メイド服、かわいいと思いますか?」


「服だろ……?かわいいとかあるのか?」


 すると小さく溜息を吐いて


「分かってないですね」


とさも( あき )れたように言われてしまった。


「服にだって可愛いとかあるに決まってるじゃないですか。小さい子供には『かわいいお洋服』を着させてあげたいって思うでしょ?それがメイド服に変わったってだけの話です」


 そう言われても、そもそもその感性が分からなかったので


「分からん」


と返す。リサは再び小さく溜息を吐いた。


「だったらジュンくん。私がこの服を着たとしてジュンくんはどう思います?」


 スマートフォンのメイド服の画像とリサの姿を見比べた。目を( つむ )ってメイド服を着ているリサの姿を思い浮かべようとするが、イメージが湧かず眉間( みけん )( しわ )を寄せたまま首を傾げてしまう。


「やっぱ分かんねえ……」


「そうですか……。もういいです……」


 リサはなんだか諦めたようにその場を後にした。なんのこっちゃと思いアキミツに顔を向ける。


「いや。俺を見るなよ」


となぜだか拒絶された。


「はい。相談時間おしまいです。皆さん、どっちがいいか熱弁してくれる人は居ませんか?」


 リサの問いに真っ先に手を挙げたのは意外にも三島だった。


「食レポ。準備にも片付けにもエネルギー注がなくって済む」


 そして黙った。熱弁も何もあったものじゃない。何人ものクラスメイト達が失笑し、一部の男子生徒は「女の子のメイド姿見たくないのか!」と声を張っていたが、気にする素振も見せず参考書に目を落としていた。


「三島、メンタル強いな」


とアキミツが漏らしていた。その点については同意する。リサもそうだが成績上位の人間はもしかすると強靭( きょうじん )な精神を持ってる人間なのかもしれない。


 今度はテッペイが対抗するように


「文化祭と言ったらメイド喫茶だよ!」


と声を張り上げた。何を言っているのか正直分からず、思わずアキミツに


「そうなの?」


と聞いてしまう。


「アイツみたいにメイド服着てる女の子を見たいってやつがいるってだけだよ」


 そんなもんなのか?と思っていたところでふと気づいたことがありアキミツに聞いてみた。


「メイド喫茶だと接客全部女子に任せることにならねえか?女子の負担大きくね?」


「確かに」


とアキミツもうなずいた。


 同じことを考えている女子生徒が居たようで


「私たちにだけ接客させるつもり」


との非難の声が出始める。すると


「男子もメイド服着たら」


とか


「単なる女装じゃん」


とあっちこっちから声が飛び交いはじめ騒がしくなった。


 収拾つかなくなるんじゃないかと思ったところで廣松が


「西陣さんはどっちがいいの?」


と聞く。


「んー。かわいい服、着てみたいなって思いますけど、乗り気じゃない人もいますから……。ジュンくんみたいに関心のない人もいるみたいですし、それだったら食レポ展示会でいいかなって。三島くんの言う通り準備も後片付けも大変じゃないですからね」


 リサの言葉になんとなく引っかかるものを感じた。なぜか俺の名前が挙がったのだ。そのことを不思議に思ったところで


「尼崎のせいで委員長がメイド服着てくれないじゃないか!」


と大きな叫び声が聞こえてきた。それから追従するように男女関係なしにリサのメイド姿を見たくないのかと問い詰められる。俺は何が起こったのか理解できず目を白黒させるしかなかった。


「西陣さんのためにメイド喫茶にしようよ」


と廣松が言うと別の女子生徒が


「でもそれだと男子が働かないじゃん」


と不満をぶつけた。するとその言葉を待っていたかのように湘南が口を開く。


「女子がメイド服着て男子が執事服着たら男子も働かせられるんじゃない!」


 その言葉が決め手となってそうしようそうしようと同意の声が湧き立ち、俺たちのクラスの出し物は、メイド執事喫茶となった。


 ただ俺としては終盤の方で非難を向けられた理由が理解できず、アキミツに


「なんで俺、非難されたの?」


と聞いたけれども、


「そういう流れだったんだよ」


としか返ってこなかった。

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