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 二学期が始まって二週間ほどたったある日の昼休み、校庭のベンチでクラスメイトの長良( ながら )リョウヘイと昼食をとっていた。風は多少吹いているが、砂埃が舞うほどではないので校庭には多くの生徒たちが食事をとっている。


「委員長と同じ家だと気を( つか )うんじゃないのか?」


 男のくせに食の細いリョウヘイの昼食はコンビニで買ってきたサンドイッチ一つだけで、俺が食べている途中にすべて平らげてしまっていた。俺は( はし )で弁当を突っつきながら


「遣うよ」


と答える。


「でも見た感じ委員長の方は意識していないよな?」


 その問いには反射的にコクリと頷き、


「余裕あるようにしか見えない」


と返した。


 一緒に暮らし始めてから一ヶ月近くが経つけれども、飽きないのか、いまでもリサからいじられている。リサとて四六時中いたずらを仕掛けてくるわけじゃない。ノボルさんや母が居る前ではあざといことなど一切しないし、俺の勉強の邪魔になるようなことも仕掛けてこない。学校でもからかいは仕掛けてくるものの、家に比べれば比較的落ち着いてる方だと思う。


 ただリサは決まって気が緩んでいるときに突然からかってくる。やるべきことも一段落終わっているときとか警戒心が途切れたときとか、いわば忘れたころに仕掛けてくるのだ。一息ついているときにそれなので、一度それをやられてしまうと休めていた気が休まらず、一気に緊張してしまう。


 それでもなぜだか苛立( いらだ )ちは感じても腹立たしさまでは感じられず、苛立ちも彼女に対してというよりも、うまく切り返せない自分に対して感じていた。


 この一ヶ月間で起こったことを思い出し、ムズムズとした思いでで( うな )っていると


「苦労してんだな」


と同情された。


「そういや、再婚してから弁当ってどうしてんだ?おふくろさんが作るようになったのか?それとも今でもお前が作ってんの?」


「再婚したけど寿( ことぶき )退社したわけじゃないからな。出勤前の母さんに弁当作らせるのはさすがに酷だから今でも俺が作ってるよ。まぁ、リサと交互だけれども」


 一ヶ月近く過ぎてやっとリサと呼ぶことに抵抗が薄れ、自然と口に出せるようになった。勿論( もちろん )気恥ずかしさとかむずがゆさは残っているが。


 リョウヘイは呼び捨てにしていることに気づきつつもからかうようなことはせず、素通りして


「今日の弁当はどっちが作ったんだ?」


と聞いてくる。


「今日は俺。今日の夕飯と明日の弁当はリサに作ってもらう」


「委員長が今食ってる弁当もジュンが作ってるってわけか」


 コクリと頷いた。


 もちろん毎日きっかり交互に作ってるわけじゃない。特にリサが何かと忙しいときには俺が代わりに料理に入るし、人手が足りない時はお互いに手伝うときもある。それにノボルさんと母が作る時だってある。


 ちなみに弁当作りのスタイルは面白いことに俺とリサとで異なっていた。俺の場合は夕飯を少し多めに作り、その残り物を一晩保存し、翌朝温めてから弁当に詰め込んでいる。対照的にリサは夕飯は夕飯、弁当は弁当で別々に作り、彼女が弁当担当の時には朝早くに起きて四人分の準備をしている。俺が一回で済ませているところを彼女は二回別々にわけてこなしているのだから、手間暇かけているのは明らかにリサの方だと思う。なのに先日、料理中のリサによく続けられるなと言ってみたところ


「ジュンくんが来てから負担減ったから」


と笑って( こた )えてくれた。そう言われることに悪い気はせず、それもあってかなおのことからかいについてきつく苦言を( てい )せなくなってしまう。俺はリサに甘いらしい。


「委員長の料理とかどうなの?うまいの?」


「やっぱ女の子なんだなって思ったよ。俺より全然うまい」


 俺と違ってヴァリエーションが豊富で、その日その日の家族のコンディションに合わせて味付けを変えられるのだ。彼女のバランスの取れた調理を見てこれは敵わないとつくづく感じた。そのことを指摘したら


「お父さんはもっと上手だよ」


と返された。実際にその通りで、西陣親子の多彩さには感服したものだ。


「おまえ貴重な体験してんな。( とし )の近い女の子の手料理食う機会があるなんて」


 リョウヘイの言葉に冷やかしが入って来たかと思い身構えたのだけれども、当の本人はそのつもりが無いらしく、予想していたのとは違う言葉が出てきた。


「姉貴が料理してるところなんて見たことねえ。いつもおふくろに作らせてたよ。まぁ、俺も料理しねえんだけどよ」


 リョウヘイの苦笑に釣られて俺も笑ってしまう。


「二人ともすげえよな。きっと委員長だって顔に出してないだけで実はかなり気を遣ってるかもしれないぜ?ギスギスしないよう互いにうまくよくやれてるよ」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。一緒に暮らすようになったからといってリサのすべてを把握できているわけじゃない。俺の知らないところで相当気を遣わせているのかもしれない。その中でも互いに喧嘩なく過ごせているのはもしかすると彼女が上手く距離を測ってくれているからかもしれないのだ。スマートフォンをはじめて買ったあの日、彼女から送られてきた一通のメールを思い出す。からかいつつもきっとあれは俺に気を遣っていることの表れなのかもしれないと内心感じていた。


 弁当を食べ終えてリョウヘイと共に教室へと戻る。次の授業の話をしながら教室の扉を開けると、弁当を既に片付けてクラスメイトの女の子たちと談笑していたリサが俺に気づき、手招きをしてきた。何かと思い彼女の( そば )に寄り


「どうした?」


と尋ねる。すると彼女は優しい笑みを浮かべて言うのだった。


「お弁当、おいしかったよ。ご馳走様」


 今それを言われるとは思わなかったので、身体が固まってしまう。続けざまに


「夕飯は私も頑張るから楽しみにしててね」


なんていうものだから、傍にいた女の子たちがなぜだか「キャー」なんていいはじめ、聞き耳を立てていた男たちから指笛を吹かれ、教室内は喧騒( けんそう )にわいた。俺はただただ


「ああ」


と言うことしかできず、逃げるように後ろの自席へと向かった。その後を追ってきたリョウヘイが戸惑ったように( つぶや )く。


「委員長、天然なの?それともおまえがからかわれてんの?」


 察しの良いクラスメイトが少なくとも一人いるのは救いだと感じてしまった。でもきっとクラスメイトたちは予想すらできてないだろう。周りに人が居ない時は小悪魔な笑みを浮かべて「ジュンお兄ちゃん」なんて呼んで俺をからかうリサの姿を。

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