12
始業式が終わり、夏休みの宿題を出してからクラスは解散となった。俺はほんの少しだけ不機嫌な顔を浮かべて一人で帰路に就く。そんな俺をリサが後ろから走って追いかけてきた。
笑みを浮かべながら
「そんな怒らなくっていいじゃん」
と言う。ただ勘違いしないでほしいのは、俺は怒っているのではなく不機嫌なのだ。リサのいたずらにうまく切り返せない自分の不甲斐なさに苛立っていた。そんな俺を見て
「落ち着いて」
とやはり笑いながら言う。
「別に今日に始まったことじゃないんだから」
「……やっぱりわざとやってるって自覚があんのか」
半目で彼女を見るとペロっと舌を出してウィンクをした。
一ヶ月前だと想像だにしなかった彼女の姿が今目の前にあった。教室内ではあまりやらない仕草を俺に見せていた。半月近く顔をあわせるようになったとはいえ、まだギャップがある。特に彼女が高校の制服を着ているからこそなおのこと。
帰り道、周囲の生徒たちからチラチラと見られ、ヒソヒソと話される。てっきり恋人同士になったという誤解を話題にあげているのかとおもったのだけれども、見るからにそうではないみたいだ。どうやら俺とリサが兄妹になったと言うことに関心を持っているようだった。
高校の同級生が親の再婚で兄弟姉妹になるなんて話は物語なんかではよく聞くかもしれないが、実際にそういうことになるなんて話は中々聞かないだろう。少なくとも俺自身は自分たち以外の例を知らない。きっと周囲の生徒たちはそのことで気になっているに違いない。つまりわずか半日のうちに、有名人のリサが下の名前で呼ぶような相手がいる、という話以上に、親の再婚で同級生同士が突然兄妹になった、という話に関心ごとが移ったのだ。
その最たる例がクラスメイトの小野塚テッペイだった。彼はアニメやゲームを趣味に持っていて、時折彼がプレイしている恋愛シミュレーションゲームの話題を半ば無理やり聞かされるのだけれども、始業式を終えてクラスに戻るとき、彼からこう尋ねられた。
「リアル義妹ができるってどういう感じ?」
正直その質問の意図を理解しかねた。
「居心地が悪い」
というと
「初心な恋人同士みたいに恥ずかしがったりしなかったの?」
と聞かれる。
「いや。俺はともかくあっちは結構平常心だったぞ?」
「へぇ……。で、ジュンは攻略するつもりあるの?委員長のこと」
「は?攻略?」
この時ばかりは出てきた言葉の意味を疑った。攻略ってなんだ?と目を白黒させていると
「今の委員長、ゲームのヒロインみたいなんだよ」
とか言い始めた。
曰く、成績優秀文武両道才色兼備であり、クラスメイトであり、委員長であり、親の都合で突然義妹になっているのを見て、アニメやゲームにある“ヒロインの属性”なるものがふんだんに詰め込んだようなキャラクターだというのだ。理想の属性を持った人物だと熱弁するのだけれども、それ、ゲームの話だろ、と冷めた目を向けた。
今のはテッペイの話なのだけれども、似たようなことを考えるやつは別に他にいてもおかしくなはない。俺自身一番警戒しているのは、この話題にかこつけてリサに恋心を抱いたりしないのか、とか手を出さないのか、とからかう人間が出てきやしないかということ。リサのからかいでもかなり気恥ずかしさを感じるのに、ここでそんなからかいまで追加されたら気恥ずかしさを通り越して、いら立ちが募り、きっと心が折れてしまう。なんとかして周囲の人間がそんな話に持って行かないように目を光らせないといけないと考えていた。
「これから定期券、買いに行くよね?」
そんな俺の悩みなど露知らず、リサは普通に声をかける。慌てて彼女の顔を見ると
「住居変更、終えたでしょ?」
と聞かれた。
「ああ」
と言いながら、尼崎に二重線が引かれて西陣に変えられた学生証を取り出す。俺たちの高校では学生証の裏面に通学証明書がついている。住居変更届を学内事務に届け出た際、昔の住所に二重線が引かれ、新しい住所が記されて、その上に変更印として学校のハンコが押されている。
リサは俺から通学証明書を受け取り眺めると
「これで高校公認でジュンお兄ちゃんは私と一緒に暮らしてることが証明されちゃったね?」
とクスリと笑った。
「そうなんだろうけどさ、それが一体何だって言うんだよ」
またからかってくるのかと警戒し不満げに言うとリサはほんの少し考えるそぶりを見せてからポツリと小さな声で呟いた。
「これからは似てないって言われても兄妹だって言い張れるよね?」
彼女の小さな声はきっと周りの生徒たちには聞こえない。けれどもその声が耳に届いた俺はぽかんとしてしまいリサの顔をじっと見つめてしまった。
彼女は小さく笑みを浮かべていた。いつものからかうような笑みではなく、純粋な笑みを浮かべていて、それは心の底から嬉しさをにじませているように感じた。だからこそかえって気恥ずかしさを感じ、耳を赤くしてしまった
「あれ?どうしたの?ジュンお兄ちゃん?耳真っ赤だよ?」
近づきながらそういう彼女は口角をニヤリと上げていた。けれども俺はそんなリサの耳が赤くなっているのを見てからかうなとは言えなかった。