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「おい!尼崎!委員長と付き合ってるって本当か?」
早速誤解を拾ってきた人間が俺の下に訪れた。クラスメイトの瀬川アキミツだった。
「いや。全く以って本当じゃないぞ」
半ば呆れた表情を浮かべながら問いかけの主にそう答える。
「でも、女子生徒たちの間で結構話題になってるぞ。お前のこと下の名前で呼んだって」
それは事実だから否定できないや、と心に言葉が浮かんでしまう。
「それは別の理由だ」
「理由って?」
と尋ねられ、答えようとしたところで担任の天辰先生が始業時間までまだ時間があるにもかかわらず、教室に訪れた。
「尼崎。旧姓尼崎」
明らかに俺を呼んでいる。
「なんだ?きゅーせーって?」
俺は立ち上がりアキミツに答える。
「苗字変わったんだよ」
担任の下へと向かい、なんの用かと尋ねると、天辰先生はリサを指さしながら
「おまえら苗字一緒になっただろ」
と話を切り出した。
「今後おまえを西陣と呼ぶか尼崎と呼ぶかで教員室で少々議論になってるんだよ。西陣だと本家の方と混同するからな」
「一応俺も本家に組みこまれているんですが……」
「分かってるって。で、どっちを呼んでるのか混乱しそうってことで、おまえさえよければこれまで通り、尼崎って呼ぼうと思うんだが……。どうだ?」
言われてなるほどと思った。確かに、今の状態では同じクラスに西陣が二人いることになる。呼び出しのたびに一々西陣リサと西陣ジュンとを区別して言わなくてはならないのだろう。ただ多くの先生たちにとって、俺は尼崎ジュンだったわけだから、突然西陣ジュンと呼べ、と言われてもいろいろ困るものがある。なのでこれまで通り尼崎ジュンと扱わせてくれと言いたいのだ。
「尼崎の方が都合がいいのならそれで……。俺もまだ慣れてないんで」
そういうと
「分かった」
と言って教員室へと戻っていた。
「なに?尼崎くん?西陣って名前に変わったの?」
一番前に座るリサを囲むように集まった女友達の一人、三上ナナカが天辰先生との会話に聞き耳を立てていたそうで、質問を投げかけてきた。
「やっぱ二人付き合ってんの?」
「名前変わったって何?学生結婚?高一で出来たっけ?」
「付き合い始めたのいつから?」
三上に追従するように、男女問わず雪崩のようにあっちこっちから質問の矢が飛んできた。廣松から広まったであろうおかしな、きっと本人たちにとっては真剣な質問に頭を悩ませる。頭を掻きながらどう説明しようかと思っているところでリサが口を開いた。優しい笑みを浮かべて。
「お盆明けから一緒に暮らしてるんですよ?」
それは決してフォローなどではなかった。
「同棲してんのか?」
とクラスメイトの大きな声を皮切りに教室内が騒ぎ出し、あれこれとさらに矢やら槍やらが飛んでくる。これをどう落ち着かせて正しい情報を提供すればいいのかとパニックになっていたところでリサと目が合った。
彼女はペロっと舌を出し、微笑んでいた。
肝が据わってると感じずにはいられなかった。