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リサの夏休みの宿題は問題集を書き写しておしまいだった。尤も書き写している途中で、俺の解答が変だと察すると問題文から読みなおしては正しい解答を導いており、正直俺の宿題を写す必要なんてなかったんじゃないかなと感じてしまう。ただ、流石に読書感想文については今から本を読んで書くには限界があった。昔リサが読んだことのある本をテーマにして思い出しながら書くという方法もあったけれども、リサ自身は最近文学関係の本に手を出していなかったそうで持ちネタがないとか。普段何を読んでるのかと聞いてみれば
「理工書」
と返ってきた。具体的にどんな本なのかと思って見せてもらったけれども、数式ばかりが並んでいて読書感想文のネタにするには限界があると直感した。仕方なしと思って、俺が過去に読んだことのある本を引っ張り出して、それをもとに俺が原稿を書き、さらにそれをリサが書き写すという荒業に出た。勿論リサ自身の文章の癖などもあるので、彼女自身所々書き直していたけれども、それでもなんとか完成させた。
二学期が始まり、リサと一緒に登校する。半月前まで住んでいたアパートからの定期券は持っているけれども、今の家からの定期券は持っていない。定期券の再購入にあたっては、住居変更の証明書なども必要になるので、定期券を買いに行く前にまずは高校に住居変更届を出す必要があり、今日それを提出することになっている。尤も今朝ばかりは現金を持ち歩き、ICカードにチャージをしてその場を凌ぐ必要があったのだけれども。
行きの電車の中でリサは家にいるときと打って変わって特に俺に話しかけることもなく、静かにしていた。その様子に気にはなるものの、深く尋ねる理由もないので、彼女の隣で黙って立ち尽くす。最寄り駅に着き、同じ制服を着た生徒たちに囲まれながら、目的地へと向かった。
「西陣さん!」
と大きな声が後ろから聞こえ、リサが立ち止まって振り向く。そんなリサの姿を追って俺も立ち止まり、彼女を見た。リサの視線の先を追うと、クラスメイトの廣松カナエの姿があった。
「お久しぶり!夏休みどうだった?」
「色々とありましたけど、楽しく過ごせましたよ?」
やっぱり家に居る時とは態度が違うようだ。きっと家での態度と区別するつもりなのだろう。
今俺が二人の会話に交じる理由もない。どのみち兄妹になったことはばれるだろうけれども、だからといって登校途中に色々と説明するのは面倒だったし、廣松とはクラスメイト以上の付き合いはなかったので、他人のふりをしてその場を立ち去ろうとした。
「あ。ジュンくん。またあとでね」
ところが彼女の方は俺を他人のように扱ってはくれなかった。飛び上がりそうになりながらも俺は仕方なしに振り返り、小さく彼女に手を上げる。
背中を見せて立ち去ろうとする傍ら、
「え?下の名前で呼ぶ間柄になったの!?」
との廣松の大きな声が俺の耳に入る。リサはリサで
「そうなんですよ」
と笑顔で肯定していた。言葉尻をそのまま受け取った場合、それを聞いた人間はきっと勘違いするだろう。その予感がひしひしと感じて頭が痛くなる。
夏休み後半、プライベートなリサばかりを見ていたのですっかり忘れてしまったが、元々リサ自身はかなりの有名人で学年が違ったりでもしない限りは顔を知らない人は少ない。周囲からすでに俺とリサの両方を見比べてヒソヒソ話をし始める集団が見え始め、多分誤解から先に広まるんだろうなと容易に想像がついた。
半ば呆れてチラリとリサの方を見ると、俺の視線に気づいたリサが俺の目を直視し、それからクスリと笑みを浮かべた。
なるほど。狙ってやったわけか。
予感はしていたが、今確信した。これからの高校生活も前途多難だ。
本日、計五話を掲載いたします。
第六話:7時
第七話:10時
第八話:13時
第九話:16時
第十話:19時
御関心がございましたら、ぜひとも継続して閲覧ください。
次回は5/9に掲載いたします!
次回以降から水土の7時に一話ずつ掲載いたします!