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小悪魔な義妹を演じる義妹 [こあくまないもうとをえんじるいもうと] 【第一部】(全49話)
一年生の中で最も優秀な生徒は誰かと聞かれれば、皆が揃って西陣リサの名前を挙げる。
俺の高校では新入生代表挨拶は入学試験のトップが務めると専ら噂されるのだけれども、今年の新入生代表は彼女だった。出だしだけ良くて躓くタイプの人間が数多くいる中で、彼女はそういうタイプではなく、五月末の中間試験では堂々と学年一位に躍り出て、先生の指示で受けさせられた六月の高校三年生向けの模擬試験では、名前まで載せている。こうも結果を出せているのだから、次の期末試験でもきっと一番をとるだろう。先生たちの間では八月に開かれる東大模試も受けさせてみてはどうだとの意見まで出ているらしい。
そんな西陣はいわゆるガリ勉タイプではない。塾に通いながら美術部にも所属しており、絵もかなりうまいとか。他にも音楽にも精通しているそうで、彼女と小学校中学校が同じだった生徒によると、ピアノも弾けるらしい。そしてクラス委員長も務め、クラスメイト達をうまく束ねている。体育が男女別々に行われているので、運動能力についてはあまりよくわからないが、少なくともだめだという話は全く聞かない。
女性に対して容姿の評価はご法度かもしれないが、とても美人だとは言えなくとも、可愛くない、という言葉は彼女に似つかわしくない。この点は誰もが同意しているといえる。もし西陣に対してブサイクだの言う人間が居たならきっと皆が総じてその人間に対してこういうだろう。
「おまえの目は生まれつきモザイクでもかかってるのか?」
と。
成績優秀文武両道才色兼備。そんな人間実際に居るものか、と以前だったら鼻で笑っていたのに、彼女の存在を知ってから案外いるものなんだなと実感させられた。彼女よりも優秀な人間は日本全国探せばかなりの人数いるかもしれないが、少なくとも俺の高校だと上級生も含めていないだろう。勉強もでき、習い事にも精力を注ぎ、部活動も手を抜かず、クラス委員長の仕事もこなす。傍から見ても両立が大変そうなのは明らかなのに、その状態でトップを維持している。もし勉強に全振りしたら圧倒的な差をつけられてもう誰も勝てないだろうと予想するのは容易だった。
対する俺はというと、まぁ目立たない目立たない。地味というよりもリサ以外も含めて純粋にトップの連中が輝き過ぎなのだ。
例えば、学年二位の三島レイジは成績全体では西陣には劣るものの理系の化け物みたいな人間で、理系科目がほぼ満点なのだ。大学受験生向けの数学講師のバイトをやっているのではないかとの噂も流れている。数学関係のイベントにもたびたび出ているそうで、そのうち新聞に名前が載るんじゃないかと予想する者までいる。
スポーツ推薦で入学した宇賀田シュウイチは中学生時代に剣道の全国大会で一位をとったそうで、警察学校などからすでにお声がかかっているとか。そうでいながら勉強が全くできないかと思えば、上位三十人の中におさまっている。
ほかにも音楽大学への進学を目指している鮫島ライカという女の子が居て、ピアノコンクールで賞をとったことがあるそうだ。音楽一筋で他はダメかと思えば、成績は宇賀田よりもいい。
もはや彼ら彼女らの名前が肩書なんじゃないかと言いたくなるような人間たちだ。その中で自分が目立てるかと言ったら無理に決まってる。得意なものがないわけではないし、全てにおいてまったく不得手というわけでもないけれども、彼ら彼女らのような人間と比べてしまうと俺のはできるうちに入らないんだなぁって思う。笑いがこみ上がりそうなほどだ。幸か不幸か皆と同じクラスに居るのだけれども、目の当たりにして思い浮かんだ一言といえば、
「住む世界が違うな」
だった。クラスメイトだけれども住む世界が違う。この奇妙な感覚はきっと貴重な経験で、目の当たりにしたことがなければ共有することなどできないだろうと感じている。
塾も通ってない、習い事もしていない、部活にも所属していない、そんな俺は、彼ら彼女らと共通の話題など持ち合わせようがなく、彼ら彼女らを
「住む世界が違う人間だな」
と思っている者同士で集うのが常だった。
そしてコミュニティが重なることなく、期末試験を迎えた。案の定西陣が一番をとって三島が二番をとって夏休みに入った。このまま二学期以降もその繰り返しなんだろうなと考えるのも無理はないとおもう。意識的にせよ無意識的にせよ。
そう、その繰り返しになるはずだった。
夏休み後半、俺の部屋に西陣リサが訪れるなんて誰が想像つこうか?
少なくともお盆休み前まではそんな前触れなど一切なかった。ほとんど突然のことでまだ整理がつかず、いまだに俺は落ち着かない様子で彼女に顔を向けている。
対する彼女はというと特に思うところがないかのようにキョトンとした顔で首を傾げながら
「どうしたの?」
と聞いてくる。
「いや。そっちは抵抗ないのかなぁって」
「どういう意味?」
「会話したことのないクラスメイトと今日から同じ屋根の下だぞ?ふつう戸惑うだろ?」
俺は今日から諸般の事情で彼女と暮らすことになった。彼女とは血のつながりもなければ遠い親戚でも友達でもない。これまでの共通点と言えば、高校で同じクラスであることの他に、親同士が会社の同僚であることくらいだった。その親同士が同僚だという話だって、お盆の時に聞かされたばかりで、正直親の同僚の娘、という印象すらまだ持てていない。住む世界が違うと考えていたわけだからお互いに会話らしい会話などしたことがない。精々、クラス委員長とクラスメイトの関係で学内の事務的なやりとりをしたことが数度あったくらいだろう。全く喋ったことが無いといえばうそになるけれども、正直どういうやりとりをしたのか全く憶えていない。
その程度の関係だったのだから、一緒に暮らすなどという可能性など微塵にも思い浮かぶわけがなかった。
それが突然一緒に暮らすことが決まったのだ。混乱しないなんてどうして言えようか?なのにリサの方はというと、表情が基本的に変わらず、戸惑いを抱いているどころかむしろ余裕があるように見えてしまう。
どうしてそんなに余裕があるのか気になり、その理由を聞こうとしたのだけれども、彼女はというと俺の指摘に対して眉間に皺を寄せて次のように応えた。
「そう見える?これでも結構悩んでるよ?これからどう向き合えばいいのかなって」
「だとしたら相当のポーカーフェイスだと思うぞ?」
唖然とした表情で指摘したけれども、彼女はほんの少しだけ苦笑いを浮かべて肩を竦めるにとどめた。それを見て一度溜息を吐く。
「それで、用件ってなんだ?」
話題を変えるように、そして思い出したように俺の部屋に訪れた理由を聞こうとする。すると彼女は真剣な表情を俺に向ける。
「私、ジュンくんのこと、ジュンくんって呼んだ方がいいかな?それともお兄ちゃんって呼んだ方がいいかな?どっちで呼んでほしい?」
その意味を理解しているからこそ、その質問には思わず固まってしまう。質問してきた彼女はというと恥ずかしさなど微塵も見せず、真剣な表情も崩さず、まっすぐと俺の顔を見る。恥ずかしがるわけにはいかないかと思い、頭を掻きながら
「どちらでもいいよ」
と答えた。すると、リサは小さく笑みを浮かべはじめた。それはまるでいたずらを思いついた子供の顔のようだった。
「じゃあジュンお兄ちゃんで」
どちらか一方だと思ったらどちらも選ぶとは……。
おれは一瞬唖然としてから苦笑いを浮かべて、乾いた声を発することしかできなかった。ハハと。
そして俺はこれから先、突然できたこの妹に振り回されるんだろうなと予感した。
※2020年4月20日掲載『【短編版】小悪魔な義妹を演じる義妹のお話』は本作とは独立した“スピンオフ作品”になります。一部描写が重なる部分がありますが、本作の展開とは一切関係ありません。プロローグは『【短編版】小悪魔な義妹を演じる義妹のお話』の冒頭と重なる部分がございますが、連載にあわせて加筆修正しております。第二話以降は展開が異なりますので、どうぞお楽しみください。
本日、計五話を掲載いたします。
第一話:7時
第二話:10時
第三話:13時
第四話:16時
第五話:19時
御関心がございましたら、ぜひとも継続して閲覧ください。
次回は5/6に掲載いたします!
本作は水土の7時に掲載いたします。