2-2勘違い
突然体を密着させてきたミレアの唇が達巳の唇に触れ掛かる。
動揺しつつ体を離そうとするが、体は押さえつけられたように硬直し、夢魔から逃げ出せない。そのまま二人の唇が重なる―――とはならなかった。
開けたままだった玄関と戸の方から物が地面に落ちる音がしたからだ。
二人が揃って振り向くと、ジャージ姿の女の子が震えながら立っていた。
それは達巳が小さい頃からの知り合いでご近所の家の少女、青井芽実であった。
体を密着して唇を交わそうとする二人に、わなわなと震える黒髪の少女は、一歩、また一歩とゆっくり後退する。
「あ、ぁああ朝からよろしくやってんじゃねぇえーー!!」
芽実は涙声で捨て台詞を叫ぶと身を翻し走り出す。
「待って!」
追って達巳も走り出した。
無論、芽実が誤解しているだろう達巳とミレアの関係を解くためだ。
自分だって今さっき会ったばかりの美貌の女性にいきなり迫られてパニックになっていたのだ。その上、幼馴染に目撃され事実無根の勘違いをされたのでは堪ったものではない。
達巳が玄関を飛び出すと、丁度手洗い場からヴォルホークが戻ってきた。
「なんで達巳の奴は走っとるんだ?」
小さくなる後姿目で追いながらミレアに疑問を投げると、支えを失ってうなだれているミレアが、掠れた声を絞りだして答えた。
「あの、わ……私が原因みたいで……」
「どういうことだ?」
一方、芽実を追いかける達巳は、想定以上に芽実の足が速い芽実を必死に追いかけていた。
「あいつこんなに足速かったか?」
何度声を掛けても聞く耳持たずに走る芽実を必死に追う。このまま大通りを挟んだ向こうの青井家まで追いかけてしまうことになりそうだ。
(でも、その前に通りの前で止まるはず……!変な噂にされる前に誤解を解かないと!)
芽実の誤解を解くことが第一だが、田舎で変な噂が立つと瞬く間に広がる。
達巳は世間体を気にする質なので、無い事で周りから奇怪な目で見られたくないという思いが、半ば強迫観念のように背中を押した。
朝から女性を家に連れ込んでよろしくやっている奴だと噂されたら、もう実家には帰ってこられない。
「よし、もうすぐ通りだ!」
大通りで一旦止まってしまえば、芽実に追いつくのは容易だ。
しかし予想に反して、芽実は走る速度を緩めることなく車道へ飛び出した。
左右の確認もせずに闇雲に車道へ飛び出した芽実に、大型トラックが近づいていることに達巳は気付いた。
「うっそだろ……っ!」
達巳の背中に嫌な汗がブワッと湧く。
ようやく芽実もトラックに気付いたようだが、あろうことかその場で止まってしまった。
どうやら咄嗟の事で体が硬直してしまったようだ。
トラックのクラクションと、急ブレーキでタイヤが地面に抵抗する音が達巳の耳をつんざく。
「このっ―――――、間に合え!」
達巳はスピードを上げて車道へ勢いよく飛び出した。硬直する芽実の胴に背後から腕を回し、走ってきた勢いに任せて芽実を抱き上げた。無理に芽実を持ち上げようとした負担で肩と太ももが悲鳴を上げるが、それを全く意に返さずに空中へ全力で踏み出した。
キィィィイイイ!!!!
小さな町にトラックのブレーキ音が響き渡った。