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魔王様の右腕 ーwithディアボロスー  作者: 餅の上
アルタの村
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1.感動的でもない出会い

 『――警察は捜索人数を増やし、市橋さんの行方を探ると発表しました。

続いてはお天気のコーナーです、今日は昨日までの荒れた天気と打って変わり、ギラギラと照り付けるように晴れ――』


 誰もいない居間からテレビの朝の情報番組の音が流れている。

それを聞きながら、木瀬達巳(きせたつみ)は強く雑巾をひねった。搾り出された水がバケツの中に落ちる。

ふぅ、とため息をつき達巳は雲一つない晴天を見上あげた。


「あっつ……」


 まだ本格的な夏も迎えていない五月にも関わらず、太陽が強く照っている。毎年、この時期にここまで暑かっただろうか。

 達巳は朝からため息を吐き出して、庭の脇にひっそり佇む石碑の前に座っていた。小さな社の中にある、読めない文字が刻まれた石碑。これがどうような物かは知らないが、祖父が毎日生真面目に掃除を続けてきた石碑だった。


「じいさんにも読めないって言ってたっけ、何なんだろこれ」


 一昨年に亡くなった祖父が手入れしていた石碑と社は今やすっかり汚れている。自分が大学に入学して実家を出てから、誰にも面倒を見てもらえなくなった社はひどく汚れていた。

 五月の大型連休に実家に戻ってきた達巳は今朝、ふとこの石碑のことを思い出し掃除を始めた。

昨日は酷い雨と風だったせいで、社には木の葉が積もり、泥が乾いて張り付いている。軽い気持ちで始めた掃除だったが、中々時間が掛かると共に、強い日差しのせいで汗がにじむ。

達巳は今朝の思い付きを軽く後悔した。


「お兄ちゃーん、あと15分くらい経ったら車、お願いしていいー?」


「おー、茅翔(ちかげ)にも言っとけー」


「おけおけーー!」


 二階の自室の窓から身を乗り出し、妹の梳翔(とかげ)が話しかけてくる。今日も朝から元気が有り余ってるようで微笑ましい。

梳翔は今年から高校生に進学した達巳の妹である。その下の茅翔はまだ小学5年生で、この連休中は達巳が学校の送迎をすることになっている。

 達巳の実家がある黄支町(おうしまち)は一言でいえば田舎だ。町内にコンビニエンスストアなど無く、一番近いスーパーマーケットは約10キロメートル先にある。

 春から梳翔が通っている高校も同様に片道10㎞を超えている。

親があまり家に帰ってこられない都合上、纏まった休みが取れるときは達巳が面倒を見に実家に帰ることにしていた。


「茅翔ちゃーん、お姉ちゃんが服をコーディネートしてあげよーう!」


「いらない、出てって」


「ああ、酷いっ」


「また何やってるんだアイツ……」


 二階から聞こえる妹たちの戯れに苦笑しながら、達巳はせっせと雑巾を握った手を動かす。出したばかりのまっさらな雑巾が、土汚れに染まってゆく。

拭いても拭いても汚れが落ちきらず、ジワリと額に滲んだ汗を思わず腕で拭き取る。


「ここでやめても、薄情だしな。まぁ、相手は石ころだけど」


 独り言で気を紛らわせて掃除を進めていると、突然に石碑が淡く輝きだした。はじめは目の錯覚かと思い、一度瞼を閉じて開いてみるが、石碑の輝きは増し続ける。どうやら錯覚ではないようだ。

光の強さは増して、遂には目を開けていられない輝きを放つ。

 思わず閉じた瞼をゆっくりと開くと、社の上の空間に穴が開いていた。夢でないかと疑い目をこすってみるが、相変わらず空間にぽっかりと開いた穴がそこにあった。穴の中から小さく声が聞こえ、人影がぼんやりと見え始めた。その声と影は徐々に大きくなり、こちらに迫ってくる。

 減速もせずに二つの影が穴から飛び出し、達巳を下敷きに着地する。


「んぐ!?」


「おお、どうやらちゃんと渡れたみたいだぞ、ミレア」


 見た印象は達巳とたいして変わらないだろう年齢の青年が、達巳を座布団代わりにして辺りを見回している。

少し経って下敷きになった達巳に気付き、ゆっくりと降りて、同じく達巳に乗っかった女性の手を引いた。

女性は酷く具合が悪い様子で、顔色も真っ青で見ているこちらが心配になるほどだった。


「えっと、どちらさまで?」


 地面がすでに乾いていて良かったと思いながら、服に着いた砂を払って達巳がおどおどと質問する。

状況に混乱しながら、何とか言葉を絞り出す。


「おう。儂はこことは違う世界の者だ。名をヴォルホークという。こちらの女性は夢魔のミレアだ」


「初めまして……ミレアです」


「はあ……、えっとぉ……はぁ……」


 返ってきた答えに軽い頭痛がする。

 違う世界とは一体どういうことなのか、今開いていた穴の先がその違う世界に続いているとでもいうのだろうか?

 とても常識的には信じられないが、今目の前にいる人間と似ていながらも、角や紋様のある風貌の二人を見ると有無を言わせない説得力があった。

 自らを魔王と語るヴォルホークは頭部に角を持ち、肌の所々に刺青のような黒い紋様が走っている。狼のような鋭い眼をして、睨まれていなくとも眺めているだけで思わずゾッとしてしまう威圧感を放っている。

 ミレアと名乗る女性もヴォルホーク同様に、長い髪に隠れて見にくいが角が生え、刺青のような紋様が見てとれる。加えてコートの上からでも隠し切れないスタイルの良さに思わず目が行ってしまう。

しかし今はその容姿よりも、酷く悪い顔色が気になる。唇までも青紫に染まり呼吸も荒い。


「えー……っと、それで我が家に何か用でしょうか?」


「おお、真面目に聞いてくれるのか?意外と順応早くて助かるな!普通は儂らの頭の出来を疑ったりするもんだと思ってたわ!」


「信じられないけどこの目で穴から出てくるの見ちゃいましたし……って穴閉じてる?」


「こっちに来るための通過用の穴だからな。魔力維持する必要もないしもう閉じたぞ」


「はぁ、そうなんですか……」


 達巳は心ここに在らずにという状態でヴォルホークと名乗る男の会話を聞く。


「ところでお前名前は?」


「あ、達巳です。木瀬達巳」


「達巳か。んじゃ達巳、ひとつ頼みがあるのだが」


「は、はいっ」


 ヴォルホークの険しい表情に思わず緊張が走り、背筋が伸びる。

 底が見えない暗闇のような深みある二つの眼は鋭く、達巳は体が貫かれるように感じた。緊張で呼吸も上手く出来ない中、ヴォルホークが静かに口を開く。


「お手洗いを貸してくれ」


「…………は?」


 拍子抜けして脱力した達巳の口から、気の抜けた声が溢れだした。


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