13.奮い立つ小心者
「あーもう何やってんのよ危なっかしいわね!
あ、ほらもう!もっと距離取らないと!あー!言わんこっちゃない!」
「物陰で悪態ついてるなら自分も行けばいいのに」
建物に隠れてシエルとアッガスの様子を窺うエクセトラに芽実が言う。
自分もシエルの奮戦を覗きながら、また同時に達巳とヴォルホークの様子を追った。危なっかしいが問題なく村人の避難を進めているようだ。ここならヴォルホークが離れすぎないよう念押した距離にギリギリ届いているだろうか。
場合によっては自分も移動して達巳たちに近づく必要があるかもしれない。
「あのさ、私ももしかしたらここから出ていかないといけないんだけど、一人で隠れていられる?」
「な!ば、馬鹿にするんじゃないわよ!大体、あんな魔人なんて私が本気を出したら瞬殺よ、瞬殺!
今回はシエルとアンタたちに花を持たせてあげてるだけよ!」
「ほーん」
芽実は話し半分で背負っていた槍を構える魔人の少女を眺めた。
一見威勢は良いが膝と声は震え、顔色は青ざめ、表情は強張っている。
そこへ、広場から子供の泣き声が響いてきた。二人が急いで建物から顔を出すと、避難の途中で母とはぐれたのか、先程エクセトラが慰めていた少女が一人、小さな頭部をアッガスに鷲掴みにされていた。
「あの子さっきの……」
芽実が声を漏らす。黙っているがエクセトラもさっきの少女だと理解しているようで、唇を噛んで身を乗り出そうとした。
しかし、足が竦んでそこから踏み出せない。
アッガスは強靭な魔人だ。性格は荒々しく横暴。自分に逆らった者には容赦しない。もしエクセトラが立ち向かったとして、簡単に捻り潰されてしまうだろうことは、エクセトラ本人が予想できた。
故に少女を助けたいと思っても、建物から飛び出す勇気が持てない。
エクセトラは子供の鳴き声と、それを人質に痛めつけられるシエルを見ていられず顔を背けた。
「おいあんた、戻っちゃだめだ!」
この騒ぎの中、広場に走る人影が現れた。子供の母親だ。
その母親を追って村の狩猟会の男性が彼女を追って走り、その腕を掴む。
「戻ったら子供だけでなくあんたまで捕まっちまうぞ!」
「子を放っておくぐらいなら、捕まろうが死のうが構わないの!あの子のところへ行かなくちゃいけないのっ」
我が子を捜して広場に戻ってきた母親は、男の制止を振り払おうと泣いて足掻いた。
その様子を芽実とエクセトラが伺っていると、盗賊の魔人がつられてやってくる。芽実は急いでエクセトラを両腕の中に抱き、見つからぬよう隠れた。
「おお?
まだ逃げ遅れた奴がいるじゃんかよ。金になるモン寄越せよ、無いならクケケ、遊び相手になってくれよぉ!」
棍棒を素振りして、魔人の男が不敵に笑う。
狩猟会の男が母親を守るため前に立つが、男の手が離れた瞬間、母親は我が子の元へ走り出してしまう。
それに気を取られた男の隙をついて魔人の棍棒が男へ振り下ろされる。母親は立ち止まり、頭部から血を流して倒れる男を見て、自分の身勝手に気付く。
魔人が逃げる間もなく母親の腕を掴むと、彼女の腕を背中に回す。捕まった母親は我が子と倒れた男を交互に見て、つらそうに涙を流す。
「んんん。よく見たら結構な美人さんじゃんか。俺と付き合ってくれよ、楽しい事しようぜ?な、なっ、なっ!」
盗賊は掴む力を次第に強める。母親に顔を近づけ耳元で囁くたびに、母親は恐怖で肩を震わせた。
「……もう無理だわ」
隠れていた芽実がぼそり、呟いた。
「え?」と抱き寄せられたエクセトラが顔を見上げると、冷たく怒りを宿す牡丹色の瞳が見えた。
「一発お見舞いしてくる」
芽実はエクセトラを放すと、達巳から渡された包みを持ちあげて走り出した。全力疾走で魔人に駆け寄り、包みを持ちあげて顔面に叩きつけた。
芽実の存在に気が付かなかった盗賊の魔人は完全に不意を突かれ、大きく体勢を崩して母親から手を放してしまう。芽実はすかさず母親の手を引いて逃げ出した。
「このっ……こ、殺してやる!」
強打して血が滲む顔面を右手で押さえ、魔人は怒号した。
すぐに起き上がり芽実と母親を追い始める。
魔人の手が母親を捉えるかと思われたその瞬間、魔人は咄嗟にその手を引いた。
エクセトラの槍が空を突く。
「カルムの連れのガキかっ」
「間違いよ。カルムがアタシの連れなの。
アタシはエクセトラ・シガレット。未来の魔王よ、覚えておきなさい」
魔人を指差し豪語する。
虚勢を張ったエクセトラの背中を冷や汗が滲む。酷い焦燥感に喉は乾き、心拍は急加速して止まらない。
子を思う母、その母を守ろうとした村人、母を逃がそうと奮起する芽実の姿を見て、エクセトラは自分が情けない奴に思えた。
これではいけない。自分は未来の魔王、王なのだ。
妄言でも冗談でもなく、未来の魔王になるとは彼女にとっての宣誓であった。
魔王にふさわしい器を持つ者とが情けない奴であるわけがない。エクセトラは奮い立って魔人の前に堂々とした虚勢で立ちはだかる。
そして身の丈程の槍を構え、息を飲んだ。
「何が未来の魔王だ、コラ!
魔王が勇者に討伐されて以来、お前みたいに小物が我こそは新たなる魔王だ~、なんてほざくヤツはいくらでもいる。そんなの脅しにもならないってんだよ!」
魔人が怯むことなくエクセトラに飛び掛かり、棍棒を振り回す。
エクセトラは槍で牽制しながらこれを捌くが、大人と子供の力量さゆえか、徐々に追い詰められてしまう。
棍棒の強烈な打撃に弾かれぬよう、エクセトラは必死に槍を握りしめ応戦するが、数打の連撃を受け、体勢を崩して膝が地面につく。
「終わりだ!夢見がちなガキィ!!」
棍棒が高く振り上げられ、追い詰められたエクセトラは目を細める。
魔人が棍棒を振り下ろそうとしたその瞬間、風を切る音と共に、魔人の腕が一瞬にして氷結する。
男の表情は一瞬にして青ざめ、悟った。
「カルムッ!」
銀色の体で空を切り、氷狼カルムが駆けつける。エクセトラの弾んだ声と魔人の畏怖の声が、同時に狼の名を呼んだ。
カルムの放つ氷結魔法は一瞬にして魔人の腕を凍りつかせ、自由を奪った。
「すまない、村の周りで怪しい動きをしていた者達は囮だった。そいつらを捕らえてやっと囮だと気付いて戻ってきたのだが――この有様になってしまって。
私がいればこのようなことにはならなかったろうに」
「何言ってんの、危ないところで助かったわよ。
アンタが来たからには全部終わり。そうでしょ?」
カルムはふふ、と笑うと「そうだな」と同意する。
そして、優しい表情から一変、冷ややかに鋭い目つきで魔人を睨みつける。魔人は「ヒッ」と竦みあがると先程までの威勢はどこへやら、体を震わせて怯えだす。
カルムは尾に冷気を纏わせ長い氷の尻尾を形成すると、目にも止まらぬ速さで魔人に叩きつけた。氷の尾が直撃した魔人は建物の壁まで一気に吹き飛ばされ、そのまま気絶した。
「すごっ……」
その圧倒的な力量に、芽実は感嘆の言葉を零すばかりだった。