12.荒れる村
盗賊たちの突然の襲撃に広場は混乱に包まれた。ある人は泣き叫びながら逃げ出し、ある人は逃げ遅れて盗賊たちに襲われている。
「ヴォルホークさん!」
「ああ!まずは村人の安全確保、盗賊はそれからだ!
エクセトラとか言ったな、お前もって……あれ?どこだ?」
いつの間にか姿を消したエクセトラを見つけようと二人が辺りを見渡すと、芽実が「こっち」と言って建物の陰に隠れていたエクセトラを引きずり出した。
「お前、大層なこと言って一目散に逃げてんじゃねえよ!」
「アンタこそ馬鹿なの!?
体格差ってわかる?脳みそある?どう見たって勝てるわけないでしょ、あの大きいのが盗賊を纏め上げてる首領、アッガスなのよ!?」
芽実に腰を引かれながらもテラスの柱にしがみ付いて抵抗する。
「駄目だこいつ、口だけで使えねえ!」
「とにかく村の人達を逃がしましょう!芽実隠れておけ、襲われそうになったらこれ投げて逃げろ。あとその子も頼んだぞ」
持っていた包みを芽実に預け、芽実も不安げに頷いた。
達巳はヴォルホークを肩に乗せて走り出すと、広場に倒れ逃げ遅れた老人に肩を貸した。
それを見た魔人の一人が棍棒をもって襲い掛かる。
まずいと焦った達巳にヴォルホークがすかさず「右に跳べ!」と叫ぶ。反射的に言葉に従うと、老人を抱えているにもかかわらず達巳の体は簡単に跳ね、魔人の棍棒を避けた。
「お前に肉体強化と感覚強化の魔法を掛けた。魔人の動きにも付いて行けるはずだ」
肩の上からヴォルホークが言う。確かに体が軽いし、老人に肩を貸してもあまり重さを感じない。達巳は視力があまり良くないが、視界も鮮明で、襲い来る魔人も良く見える。
「達巳さん!」
聞き覚えのある声が背後から投げかけられた。
振り返ると、シエルがこちらに駆けてきていた。しかも彼女に襲い来る魔人を手早く二人、三人と返り討ちにしている。
流石勇者一行のひとりだ、達巳とヴォルホークは思った。
「大丈夫ですか?」
「うん、俺たちは。でも村の人達を安全な所へ逃がさないと」
「私が囮になります、その隙に逃げ遅れた人を避難させてください。
他の盗賊も村の警備を兼ねている狩猟会の方々が対処しています」
「わかった」そう言って頷くと達巳とシエルは素早く分かれた。シエルは言った通り盗賊の魔人達の注意を引くために走り回り、これを退治してゆく。
見事な盾捌きに思わず見惚れそうになるが、自分の為すべき事へ走り出す。アルタの村には足腰の弱い年寄りが多く、どうしても避難に時間が掛かってしまう。
達巳が懸命に村人の避難に勤しんでいるものの、時間が掛かっているのを見てシエルは少し焦り始めていた。
(ミレアさんに言われていたけれど、体が重い!)
広場の騒ぎに飛び出してきたシエルは、その際ミレアに危険なので屋内に隠れているように言って駆けつけてきた。
同時に今生気を吸い取られた自分は、思っている以上に疲労している状態なので無理をしてはいけないと忠告されていた。
「でも、村の人達が避難するまで頑張らないとっ」
魔人の棍棒を大きな盾で受け止め受け流すと、その勢いのまま盾で魔人を打撃する。呻き声をあげ魔人が吹き飛ばされる。
シエルが息を整える暇なく大きな棍棒が振り下ろされる。
「っくぅ!」
盾で受け止めるも、体勢が不安定だったために衝撃を捌き切れずに体勢を崩したまま数歩後退りする。
「お前もいたのかよ。
でもなーんか疲れてるみてえだなあ?このまま叩き潰してほぐして肉団子にしてやるぜぇ!」
「それ……悪趣味だってヴォルホークさんが言ってました!気持ち悪いって!」
「マジで食うかよ、言葉のあやだっての!真面目に捉えてるんじゃねえよ!」
棍棒の連打をシエルは必死に防ぐが、遂には盾を弾かれてそのまま殴打を受けて打ち飛ばされてしまう。
大柄の魔人は長い舌で舌なめずりしながら、地に伏せるシエルに一歩ずつ近づいて行く。
と、突然に大柄の魔人、アッガスは歩みを止めて視線をシエルから離す。そこには先程泣いてエクセトラに慰められていた少女が、テラスの柱の陰で震えていた。
アッガスは不気味に笑うと少女に向かって歩き出す。一歩、また一歩近づく足音に少女は泣きながら震えている。
「やめ……っ」
シエルが立ち上がろうとしたとき、横腹に激痛が走る。もしかしたら骨が折れたのだろうか?シエルは一瞬、痛みに苦悶する。
「お前みたいな馬鹿真面目で、けらけらと笑って、善意の塊で出来ているような正義感持った奴ってめちゃくちゃムカつくんだよなぁ!
だからさぁ、直接痛めつけるより、こっちの方が効くだろ!!」
魔人は大きな右の掌で子供の頭を鷲掴みにして持ち上げる。恐怖と子供は吊り上げられる痛みでパニックを起こしながら泣き喚く。
シエルは激しい痛みを堪えて立ち上がると、盾も無しにアッガスへ走り出した。
しかしアッガスが子供を前方に突き出し盾にすると、シエルは戸惑い、動きを止めてしまう。
「おらぁあ!」
アッガスが思惑通りシエルが躊躇したのを見ると棍棒で思いきり殴打する。
シエルはふたたび地に転がる。すかさず立ち上がろうとするが、体に力が入らない。そこでミレアの忠告を思い出す。
自分で思っている以上に、シエルの体は疲労している。無理をしてはならない。
「……ッ。それでも」
シエルは地に顔を付けたままに子供を見上げた。
大粒の涙が次々と地面に落ちてゆく。あの苦しくて辛そうで、助けを求める声をきいた。
これ以上、あの子を悲しませたくない!
「心の奮え、ここで止まってなるものかあ!!」
シエルが限界に近い体を持ち上げる。
彼女の体は疲労に加え、殴打によるダメージで四肢に力が伝わらない。何とか立ち上がり向き直るが、膝が地面を離れない。
魔人アッガスが子を盾にしたままシエルに近づいて棍棒を振り上げる。
避ける力も残っていないシエルは目を細めて何か方法は無いかと希望を探る。
「頭蓋骨から砕け散れ!」
振り上げた棍棒を叩き下ろそうとしたその瞬間、アッガスの背中に激痛が走る。
思わず子供を手放すと、シエルが見事に受け止める。アッガスが振り返るとその背中を容赦なく蹴り入れた張本人、達巳の姿が映った。
怒りに任せて棍棒を達巳に振り下ろすが、ヴォルホークから補助魔法を受けた達巳はどうにかこの直撃を免れる。
「シエル、子供を!」
シエルが全身の力を振り絞って立ち上がり、子供を抱きかかえて走り出す。
アッガスは余興に水を差され激怒して達巳を睨みつける。
「てんめぇえ!!」
「ひぃっ、怖っ!」
2メートルを超える大男に真っすぐ睨みつけられて達巳は気が竦む。
シエルと子供が危険だったから、なりふり構わず走って蹴りを入れたが、こんな化け物に挑発を入れて、生きていられるのだろうか。
「怖気づくな達巳!お前はやれる!」
全身が力んで思考が恐怖と焦りに侵され始めた時、肩に乗った魔王が達巳を鼓舞してアッガスを強く睨み返した。
「気合を入れろ。コイツはお前と儂の二人で倒すぞ!!」