11.新魔王?のエクセトラ・シガレット
銀色に煌めく毛並みと蒼い瞳をした狼は瞬く間に魔人達を撃退すると、達巳たちの方へゆっくりと振り返り、口を開いた。
「無事かい?」
喋った……。それが達巳と芽実の率直な感想だった。
紳士的な口調の狼は三人の元に寄ると、芽実が身に付けていた鈴に視線を下ろした。
「この鈴の音がしたから来てみたのだけれど、君たちはアルタの村の者ではないようだね。
村の人達が持たせたのかな。 私はカルム、氷狼の獣人、よろしく」
「もふもふワンちゃん……」
「こ、こら」
カルムの輝かしい雪色の毛並みに魅せられた芽実が、半ば無意識に言葉を零すと達巳がこれを叱った。
カルムはふふふと柔らかに笑う。
「カルム……その名前シエルが喋っていたな、村を案内してくれた者の名だと」
「おや、彼女を知っているのか。
ふふ、明るい子だろう?見つけた時は雪の中で小さく震えていたのに、次の日の朝には外を駆け回るほど元気な子なんだよ彼女」
カルムは紳士的に笑うと、自分はこのまま村の周囲を巡回するから、早く戻った方が良いと三人に告げた。
「盗賊たちの動きが怪しくてね、目が離せそうにないんだ。
村に戻ったらまた話そう。よければエクセトラという子が悪さしないか見ておいてくれると助かる」
言い終わるとカルムはその美しい銀色の体を翻して風を切った。
森の中に消える後姿を見送って、達巳とヴォルホークが互いに頷くと村に向け歩き出す。
「わんちゃんモフりたかった……」
「カルムさんな。助けてくれた恩人に失礼なこと言ってるとばち当たるぞ」
うなだれる芽実を叱りながら三人が村に戻ると、中央広場近くに人だかりができていた。
村人の視線は小屋の上、屋根の上に立つ少女に向けられていた。
「ハーハッハッハッハ!!
この未来の魔王であるアタシの言う通り、家に帰って大人しくしている事ね!
もしアタシのいうことを聞けないようなヤツは揃って食べてやるわ!ハーハッハッハッハ!!」
「なんだあのチビガキ」
三人は屋根の上で高笑いする少女を呆けながら見上げた。
村人たちも話半分にしか聞いていないようで、集まった村人たちも「危ないから降りておいで」と少女を心配するばかりで誰一人恐れていない。
「わたしも、おねーちゃんみたいに屋根登りたーい!」
母親と歩いていた子供が屋根の上の少女を見つけると、自分も登りたいと駄々を捏ね始めた。母親は困った顔で少女に危ないから駄目だと言うが、子供は言うことを聞かない。
「やだやだやだ!のーぼーりーたーいー!」
「危ないからダメって言ってるでしょう!」
母親に叱りつけられた子供は服をぎゅっと握りしめ耐えようとしたが、耐えきれず泣き出してしまった。
それを見て、高らかに笑っていた少女は一転、後ろめたそう屋根を下りて子供の元に歩いて行く。
子供の目線まで腰を下ろして、自分の額をゆっくりと子供の額にあわせる。そして離すと目線を合わせたまま子供を諭す。
「アタシはね、お母さんの言うことをちゃんと聞いてお手伝いもちゃんとしたからあそこに登ってもいいの。悪い子は登っちゃいけないのよ。
まずはおうちに帰って晩御飯のお手伝いでもしてなさい。そのうち登っても良いって言ってもらえるわよ」
「ほんとぉ? ぐすっ」
子供が母親を見上げると、母親も「ええ」と言って微笑む。泣き止んだ子供は「じゃぁ、いっぱいお手伝いする!」と笑った。
子供は母に連れられて、少女に手を振りながら帰っていった。
「まったく、未来の魔王たるアタシにご機嫌取りをさせるなんて、なんて子供かしら。将来は悪女に違いないわね、あの子供」
手を振り返して少女が悪態をつく。
そして気を取り直して振り返ると、広場に集まった者達にさっさと家に帰るよう、傲慢な話し方で命令する。
達巳たちは少女の元に近づき話しかけた。
「そこの魔人の娘っ子。
未来の魔王だのなんだの、お前は何なんだ?見たところ村人とも友好な間柄のようだが」
ヴォルホークに問いかけられた少女は振り返ると、眉に皺を寄せてこちらを睨んできた。
「はあ?
この村にいてこのアタシ、未来の魔王エクセトラ・シガレットを知らないですって?
あんたみたいな低俗なチビっこい魔人が気安く話しかけないでくれるかしら」
表情筋を歪みにゆがませ、エクセトラと名乗る魔人の少女はヴォルホークを嘲笑った。
小馬鹿にされたヴォルホークは血眼になって血管が浮き立たせるが、達巳が慌てて間を取り持つ。
「エクセトラちゃんかー!
俺たちカルムさんからエクセトラちゃんのこと聞いていてさ。ほら、凄く頼りになるから、一度顔を見せておきなさいって忠告してもらって。
オーラが違うよねオーラが!流石未来の魔王って思ったよ!」
「ふふん。まぁ、そうでしょうね。こーんなチビとは生まれ持ったものが違うもの」
達巳が雑に褒めると少女は上機嫌になった。
右人差し指でヴォルホークを差しながら、左手で口元を抑え笑いを堪えている。
「あんまり生意気なこと言ってると瓶詰めにすんぞ乳臭ぇガキが」「魔王では無くて井の中の蛙では?」
(機嫌を取っている横で言いたい放題するの止めてくれ!)
達巳が切に願いながらエクセトラの機嫌を取りつつここで何をしていたのか尋ねると、上機嫌な魔人の少女は勿体に口角を上げて話し始めた。
「村の周りに盗賊が出るでしょ?
そいつ等の怪しい動きに気付いた聡慧なアタシは、奴らが村へ攻勢をかけると踏んで村の奴らを家に帰していたってわけ。
まぁこんな寂れた村でも、アタシが魔王への階段を駆け上る足掛かりにはなるもの。一応守ってあげようっていう親切心、上に立つ者の器ってところね!」
「端的に話せんのかこいつ?要らん情報が多いな」
完全にヴォルホークさんからの好感度ゼロだなこの子。達巳は乾いた笑いでやりすごす。
しかしエクセトラの試みは効果が薄かったのか、村人は未だ多く広場を行き交っている。
「おや、エクセトラちゃん。かぼちゃを煮たんだけど食べていかんかねえ」
それどころか道行く老人に孫の様に扱われている。子供が少なく、年寄りの多い村のせいだろうか。
「くすくすくす。可愛らしい魔王だわぁ」
「う、うるさいわね!
本当のカリスマは慕われ方を気にしたりしないのよッ!」
ヴォルホークはお返しとばかりに背伸びしたがりの少女を嘲笑する。それに対してエクセトラは顔を赤くしてヴォルホークを睨みつけた。
エクセトラが身を震わせてヴォルホークに大声をあげたその瞬間、広場の遠くから叫び声と破壊音が響いた。
次いで身長は2メートルを超えた魔人が闊歩して広場に現れる。肌は青紫で筋骨隆々、大きな二本の角を生やし、鋭い歯を見せて大笑いしながら意味も無く建物を次々薙ぎ倒してゆく。
「カルムの糞狼を村に引き離す囮作戦は上手くいったようだなあ!
今のうちに金になりそうな物全部、根こそぎかっぱらってこい!」
大きな魔人の号令で周りにいた数人の魔人が気が狂ったように笑いながら走り出す。
魔人達は窓や扉を棍棒で壊しては屋内に侵入し、金品を強奪した。
それだけではなく、気ままに村人にまで手を出し始める。
突然の凶行に村全体が阿鼻叫喚し、広場は混乱に包まれた。