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第4話 深淵、もしくは暗黒 1

「あらお姉ちゃん、珍しいところで会うのね。こんなところに何の御用?」


 目を開けると少し湿っぽい暗闇の中、スポットライトに照らされるように少女が岩に腰掛けていた。


 少女はニコニコとオトハに笑いかけている。

くたびれたローブに木靴というみすぼらしい格好だが、綺麗な金髪と青い瞳をした顔立ちには高貴な雰囲気がある。


 少女に敵意のようなものはなく、むしろ友好的にすら感じられる。


 だがここは何処だろう、村の家の中にしては余りに暗すぎる。

それにジーンやタマナもどうやらいないようだ。

まるで洞窟のように冷たく暗い。


「こんにちは、はじめまして、私はオトハ。ごめんなさい、ここが何処かわかる?」


「こんにちは、私はサリィ。ここは深淵、もしくは暗黒と呼ばれるところよ。こんなところで人に会うなんて思っていなかったわ。お姉ちゃん、魔法の素養もあるようには見えないし、不思議なこともあるものね。」


(深淵?暗黒?それは場所を指す言葉なのかしら。しかし、この様子ではどうやらまた別の世界に来てしまったような気配もある。間違いなくジーンもタマナもここにはいない。私は気を失ってからどうしてしまったのだろう。)


 考え込んでいるとサリィが声をかける。


「オトハお姉ちゃんは迷子になったのかな。意図してここに来た人には見えないものね。」


「そう、頭痛がして気を失って、気付いたらここにいたから、何もわからないの。サリィちゃん、もし迷惑でなければここを案内してくれない?」


「ふふ、ここを案内ね。ちょっとそれはやめておきましょう。ここは案内すべきところじゃないもの。それよりも帰る方法を教えてあげるわ。」


「!!帰れるの?それは願ってもないわ!お願いできる?」


「いいよ。そのかわり私の手を絶対に離さないでね。」


 そう言うとサリィは左手を差し出してきた。

オトハはそれを右手で握り頷ずく。


 サリィはぴょんと可愛らしく岩から飛び降りると、ニコリとオトハに笑いかけ手を引いた。


「暗闇の中では無理に目を凝らさなくていいからね、足元だけ気をつけて付いてきて。」


 スポッチライトで照らされていた岩場を除けば、辺りは真っ暗で少し先も見通せそうにない。

それでもサリィは淀みなく一方向へとオトハの手を引き導いていく。


 足音の反響具合からかなり広い空間で、近くに壁の気配もない。

しかし、暗闇の向こうではほんのかかすかにうめき声や叫び声が聞こえてくるような気がする。

もしかしたら風の流れでそう聞こえるだけかもしれないが。


「ここはね、人間の苦しみや憎しみ、恨み、苦痛、悔恨、嫉妬、恐怖、怒り、そういったネガティブな感情の吹き溜まり。負の感情の澱が沈殿して構築した夢と現の隙間の空間なの。」


「夢と現の隙間?私は夢を見ているの?」


「そう。でもこれは現実でもある。だから他人である私と会うこともできた。それに転んだら怪我をしてしまうし、虫に刺されたら痒くなってしまう。そういったものはすべて現実世界に持ち帰ることになるんだ。」


「なるほど、それならなおさら足元に気をつけなきゃね。」


「ふふ、そうね。お姉ちゃんは足元を気をつければいいよ。でも何度も言うけれど暗闇の中を覗いてはダメ。そこには人間の汚い部分がたくさん犇めいているわ。気が狂いたくなかったら興味を持たないことよ。」


 オトハはゾッとすると右手と足元に意識を集中することにした。

余計なものを見て恐ろしい思いをしたくない。

こんな恐ろしい場所にはいたくない、今は兎に角ここから帰ることができれば良い。


 しかしこの帰るとは、多分自分の世界のことではなくて、タマナやジーンのいるあの世界のことなのだろう。

それでもいい。

彼女らの顔を見て安心したいと思った。


「サリィちゃんはここのこと詳しそうだけれど、住んでいるの?」


 気を紛らわす為にオトハはサリィに話しかける。

サリィは明るく笑って答えた。


「あはは、違うよ。ここへはよく来るけれど、住んではいない。こんなところ、人は住めないわ。私は魔法使いの修行中なの。ここはね禁忌の力が眠っていると言われているわ。それを探しにここに潜っている。私は魔法使いのルールとかはクソ喰らえなの、例え禁じられていても、それが暗闇の恐怖や狂気の先でも、未知の力が眠っていると思うと心が踊るわ。」


「魔法使い、この世界には魔法があるのね……。ここへはどうやってくるの?」


「魔法を知らないなんて、お姉ちゃんは世間知らずなのね。ここへは澱人を使うのよ。」


「澱人?」


「見たことないかしら、大きな人影で気持ち悪いやつ。」


「ちょうど気絶する前にそいつに襲われたわ。」


「じゃあお姉ちゃんがここに迷い込んだのはそいつのせいかもね。襲われて生き残れた人にたまにあるようだから。私は澱人を捕まえて、そいつの頭の中に手を入れて瞑想するの。そうするとここに来れる。本当は禁止されていてやっちゃいけないんだけれど。」


 あの恐ろしい澱人をこの少女が捕まえる?

俄には信じられないが、そういうものが簡単にできる魔法があるのかもしれない。

だとしてもこの少女は常軌を逸しているようだ。

まるで澱人に臆するような様子がない。


「澱人は深淵、もしくは暗闇から生まれる。それがたまに現実に吹き出して徘徊するの。意思はなくてテリトリーに入ってきた"人間"を自動的に攻撃する危ないやつなんだけれど、煙があれば安全に近づけるのよ。」


「私は恐ろしくて全然身動きが取れなかったよ。サリィちゃんは凄いのね。」


「ふふ、私は凄いのよ。でもそれ以上に頑張ったのは深淵の核心に触れて澱人に弱点をつけたこと。彼らはね、よく燃えるの。彼らが熱と火に弱いのは私のおかげ。核心はスグに手を離れてしまったからそれ以上のことはできなかったけれど、次に触れることができたら深淵に眠る力を探す役に立てるつもりなの。」


 サリィの言葉はこの世界をよく知らないと理解が難しい箇所があるようだが、彼女がここに馴染み、多くを探索しているということがわかる。

では彼女はここに蔓延る狂気や恐怖を目にしてきたはずだ。

彼女は言っていた、それらを目の当たりにすると気が狂うと。

では彼女はどうなのだ、彼女は狂気に飲まれていないのだろうか。


「さあ、着いたわ。あとはここを越えれば元の世界に帰れるよ。」


 ハッと目を上げると目の前には扉があった。それは見慣れた自室の扉にそっくりだった。


「じゃあ、行きましょう。」


 オトハは深呼吸で気持ちを整えると、サリィに言われるままにその扉を開いた。

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