第61話 セルリアスとレン
イベントがいよいよ近づいてきたある日、セルリアスはイベントの準備を進めていた。メンバーはさらに増え、パーティーとしての上限である30人に達していた。それを3つの組に分けて参加させる。
「今回のイベントの後は、ギルド制度も解放されるからな。また余裕も出てくるだろう」
「ビーチ」は、「常に最強でいる」という理念を掲げている。生半可な実力では門前払いを食わされて加入すら許されず、仮に入れたとしてもそこは弱肉強食の世界。シビアな環境を生き抜くスペックと精神力が、メンバーには求められている。手ひどく追い返されたのは、何もサクラに限った話ではない。さすがに彼女のようにだまされて強敵にけしかけられるような羽目になることはほとんどないが。ちなみに先日まで在籍していたおっさんことダスは、一般のパーティーでもやっていくのが難しいレベルのスペックであるが、なぜか初期メンバーとしてセルリアスと共にずっとやってきている。なぜつい最近になるまで、こんなハードなパーティー内に残っていられたのかは、メンバーの誰も知らない。また、パーティーを去ったメンバーについて話題にするのはタブーなので、事情を知っていそうなセルリアスに尋ねることもかなわない。
ストレアとジンジャーは、またセルリアスと一緒のグループになり、浮かない顔をしていた。
「やれやれ、またボスとか……。」
「スペックに文句ありとか、そういう問題じゃないんだけどな。他も、強いメンバーがバランスよく揃ってるし。でもなぁ……。」
「部活の大会とかで、めちゃくちゃ怖いエースの先輩とダブルス組まされてひえーってなる感じと似てるよな。」
「それなっ!俺中学高校文化部だったから、そういうことリアルじゃ体験してないんだけど、さぞかし大変だっただろうな……。」
「そもそもわざわざ後輩と組むのかっていう。」
「おい、もうちょい声抑えろ。」
そこをもっと突き詰めれば、セルリアスの魂胆が見えただろうに……、彼らはそうはしなかった。
アサが、双眼鏡のようなものを手で示し、問いかけた。
「セルリアス様。こちらの装備、お借りしてもよろしいでしょうか。」
「ああ、それは持って行け。我々はあっちのものを使うからな。」
「かしこまりました。」
「オーガ、お前はこれを使え。」
セルリアスは、望遠鏡から三脚を取ったようなものを、オーガに投げた。
「了解でさぁ。ナイスボール!」
鮮やかにキャッチした彼は、きゅっと親指を立てた。
「『暗殺臣』と『青鬼』が、それぞれのグループのボスだったよな。」
「ああ。本来なら『金風』と『弓取り』にやらせるんだろうが……。」
ストレアはそこで、小屋の片隅にチロリと視線を向けた。視線の先では、ぽつねんと座って武器の手入れをする「金色の風」と「海岸一の弓取り」がいる。
「まぁ、当分はないだろうな。」
「しかも今日は、『弓取り』の機嫌が芳しくないようで。」
二人はそこで、くくくっと笑った。
「全員、テーブルにつけ!イベント前の最終確認だ。」
セルリアスの号令で、彼らはどちらからともなく椅子についた。
「……確認事項は以上。普段なら、全員で士気上げといくところなのだが……。」
セルリアスは、氷のように青い目で、明るい茶髪の少年を見やった。
「こんな辛気臭い顔がいたら、士気も何も、あったものではないな。」
その場が凍り付く。
「……この場から出ていけ、レン。」
レンは固まったまま、動かない。
「出ていけ、と、言っているだろう!!」
「……うっ、うっ、」
うつむいた細い方が震えだした。
「うわあぁぁぁ!」
子供のような泣き声を上げだしたレンは、自前の弓矢をさっと取ると、ドアを開けて走り出ていった。
ドアが乱暴な音を立てて閉まるまで、セルリアスは前を向いたままじっと動かなかった。その残響が消えたころ、彼は手をパンパンと二度叩いた。
「さあ、仕切り直しだ。」
「セルリアス様、恐縮ですが進言したいことがございます。」
「どうした、アサ。言ってみろ。」
アサは軽く礼をして続けた。
「あの者は現在、あの場所に行けないという罰を受けています。このどさくさに紛れてそこへ行かないとも限りません。よって、私に追跡監視をお申し付けください。妙な行動を取りだしたら、始末する準備もできております。」
「確かにそうだな。例の場所に行くことが間違いないようだったら、始末していい。」
「かしこまりました。では、見失わないうちに失礼いたします。」
「うむ。」
アサは、音もなくドアを開け、朧のようにそっと立ち去った。
(レンが整体院に行くようだったら始末してもいいって、そりゃ味方を始末していいってことじゃねぇか……!)
ジョーは、内心かなりの憤りを覚えた。しかし、自分が何を言ったところで、この状況は絶対に好転しない。自分の発言の持つ権力は、それほどまでに落ちている。素知らぬ顔の仮面をかぶり、ジョーはそこに座ってセルリアスの言葉を聞いていた。
レンは、あの裏道横丁のところまで来ていた。R15モードでは、そこにいる怪しげなモブは彼に干渉できない。ここにたむろするようなレベルのプレイヤーには、レンの走る姿は速すぎて捕捉できない。
そんなこんなで、建物と建物の細い隙間に座り込んだ彼は、背中に引っ掛けていた大弓と矢を下ろした。両手で弓を持ち、ぐっと力を込める。
「こんなものっ……こんだぼどっ……!」
力を入れて曲げても、強くてよくしなる高品質の弓は、なかなか折れてはくれない。それだって、セルリアスが自らの金で買ってくれたものだ。
走るうちに引っ込みかけていた涙は、弓を見るごとにまた勢いを盛り返してあふれ出る。さらに力を入れて弓を曲げる。
こんなもの、壊れてしまえ。壊れてしまえ。
「蓮斗!何をしてるんだ!」
このゲームの世界に、自分のことを蓮斗と呼ぶ者は二人しかいない。追手ではないことを瞬時に理解したレンは、涙だらけの顔を上げた。
「晴斗にーぢゃん……」
「いいか蓮斗、いくら今うまくいかなくたって、投げ出すことはないんだぞ。お前には素晴らしい才能も技術もあるんだから、努力すれば絶対今より高いところに行けるんだから。」
「……にーぢゃんは何もわがっでない!ぞーゆーの自体がブレッシャーだんだよ!もー、嫌だんだ!」
レンは即座に立ち上がると、バルトが止めるのも聞かずに走り出していった。
アサは、裏道横丁の人混みでレンを見失っていたが、飛び出していくレンを再び捕捉し、追跡を再開した。
レンは、走りに走りに走った。曲がり角があれば適当な方を選び、広場もパーティーも商店街も知ったこっちゃなく走り続けた。
その進路が、大幅な迂回を経ながらもある場所に近づいているのを見たアサは、左右の腰に付けた二枚の革袋から、くないをひとつずつ取り出した。バレないよう、念のため伝って移動していた屋根から飛び降りようとしたとき、その肩に手が置かれた。
「!?」
「アサさん。弟に手出しをするのは、どうかおやめ願えますか。」
その手の主は、バルトだった。彼もまた、レンが心配で、後をつけていたのだ。
「……知らん。いくら兄弟だろうが、パーティー内の問題に干渉しないでいただきたい。」
「同じパーティーのメンバーを、くないでもって襲おうとするのですか?」
アサはぐっと言葉に詰まった。
「……うるさい。そこまで不満なら、拳で決着をつけようか?」
「アサさんがそれでいいのなら、僕は構いませんよ。」
「ふん、ならばそうしよう。せいぜいが8位、しかも弓使いのお前が、一対一で近接特化のオレに勝てるとは思わんがな。」
「あ、そうそう、戦うのは僕じゃありませんよ。」
「ほう、では、お前のボスの『男の娘』にでも泣きつくつもりか?」
「いいえ、途中で事態を見かけてご一緒してくれた、この方です。」
「何!?」
レンの暴走とその追跡劇は、常人には誰が何だかわからないほどの高速で行われている。それを見てバルトに同行を申し出るのは、相当な実力者だ。
その実力者の、リボンを巻かれた華奢な足が、屋根の上に軽やかに着いた。
「この兄弟愛、感動した!ランキング5位の『暗殺臣』、この私、ショウブと勝負せよ!」
「お、お前はっ……『戦闘狂』ショウブ!……チッ、覚えていろ!」
アサは、音もなく飛び去り、音もなくログアウトしていった。
「ありがとうございます、ショウブさん。」
「いや、いいってことよ、今度共闘する仲っしょ!じゃ、これで。」
ショウブは、来た時と同じように、軽やかに飛び去って行った。
ログアウトして現実に引き戻されたアサは、ため息をひとつついた。
不満の一つは先ほどのバルトとの邂逅。レンを取り逃してしまった。後でセルリアスには注意されるだろう。そうしてもうひとつは……現実に戻ることで直面する、自分の体のことだった。
二つ、大きくはないが無でもないふくらみがついたその身体では、上半身をさらして歩くことはできない。下半身はどうトレーニングを重ねたところで脂肪がつき、ゲームと同じように思った通りには動いてくれない。
またため息をひとつつき、アサこと椿朝子は立ち上がった。
一方、がむしゃらに走り続けていたレンは、ある建物の前で立ち止まった。
「あれ……どうして……?」
完全に無作為に道を選んでいたはずなのに、着いた先はなぜか、「コユキ整体院」だった。




