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後日譚肆・ラムネ

「凡人はどこまでいったって凡人です」

なら、相応しいところで生きていくぐらいがちょうどいいと言う。

そうだろうか。

「天才は天才らしく生きなければならないと」

それではまるで呪いではないか、と思う。

占いひとつで一喜一憂するような女の子らしい青春を送ってこなかった私にはわからない感覚だ。

わからないが、それゆえに分かることもある。

「不格好ね」

青年はむすっとした顔をこちらに向けてくる。

自覚はあるのだろうか。

「才能なんてあやふやな物に振り回されているようにしか見えないわ」

「デキるやつはほっといたって出来るじゃないですか」

僕には出来なかったと俯いてしまった。

やっぱり、私にはかける言葉がない。

夕暮れに染まっていく景色をぼうっと眺めて、迎えの車を待つ。

ぐるぐる、ぐるぐると考え続けて。

まとまらないから諦めるかとため息をついた時。

「イジけてるだけだって、わかってるんです」

努力しても届かないけど、努力しなければもっともっと遠ざかることはわかっていたから。

才能のあるなしにかかわらず、ままならない事でもあがいて続ける以外に手立てがなかった。

彼の話はそれだけだった。

「私の後輩に」

何と声をかけるのが正しかったのかはわからない。

あえて何も言わずに立ち去るのも選択肢だったのかもしれない。

けれど、心の裡に一人の男の子の姿が浮かんできて。

それではきっとダメなんだろうと思った。

「絵が好きで好きでどうしようもないのが居てね」

彼の方を見ずに、言葉をつづけた。

「コンクールでも騒然とするようなまばゆい才能の持ち主だったのだけど」

覚えている。

卒業した後だって、気にしていた。

私にとって唯一の学生時代の心残り、しこり、後悔。

「自分はそんな才能はないって言っていたわ」

あるとすればたったひとつ。

「絵を好きな事が才能だったって、そう解釈しているけれど」

誰にも負けない気持ちは、ひとつの才能なのではないだろうか。

好きな事をするのが才能によるものではなく。

才能に揺さぶられない自分の姿が、好きな事ではないだろうか。

「僕もそういう人を知っています」

間近で見て、感じて、及ばないと知らされてしまったから。

「それでもどうにか長年あがいてきたけど、気づけば相手は遥か雲の上に行っちゃったんですよ」

彼に苦痛はなさそうだし、私に向かって卑屈な言葉を投げかけてこないのは彼なりに整理がついているからだと思えた。

「比べる相手が間違っているとは、よく言ったものかもしれないわね」

それでも、と思う。

「番号を教えてちょうだい」


『何があったのかと思ってビックリしましたよ』

矢も楯もたまらず屋敷に帰ってすぐ件の後輩に電話をかけてしまった。

聞けば奥さんと住んでいるアパートで作業中だという。

「たまにはいいでしょう、ビジネスパートナーだけど先輩後輩だもの」

こういう強権を使うのはあまり好きではない。

好きではないのだが。

『かまいませんよ、お相手は先輩なんですから』

「口が上手くなったね」

『それはもう』

さらっと軽口が叩ける気安さに、自然と笑みがこぼれる。

でも、聞きたい事があるから無駄話はこれまで。

「絵を描いているのに憮然としていたから」

今日起きた事を告げる。

絵を描くこと自体が嫌いだとは思えなかった。

だからこそ、降ってわいた疑問。

「やるべき事とやりたい事が乖離したまま生きていくのって、そんなに辛いものかしら」

私にはやりたい事がない。

あるとすれば、それは柊家の次期当主として裁定を下す事だろうが。

それは趣味じゃない。

『そりゃ辛いですけど、そんな事ですか』

意外にも返答はすぐ、疑問は一刀両断にされた。

『簡単ですよ、先輩はいつも僕に言っていたじゃないですか』

それが答えですと言われて、考える。

そういえばどうしたいかを必ず聞いていた。

実務と書類だらけの部屋の中、たったひとつだけの調度品を見る。

「そうだね、いつも尋ねていたよ」

『生きたいところに行けばいい、それだけです』

なんでこんな簡単な事を忘れてしまっていたのか。

思わず漏れた苦笑を読み取られてしまった。

『今度こそ、先輩を描かせてくださいね』

その言葉にどれだけの意味があるのか、私には計り知れない。

とても重い言葉である事はわかる。

「必ず」

奥様にもよろしくと答えて、電話を切った。

電源は切らず、よく見知っているもうひとつの番号にも電話をかける。

「お爺様、夜分に申し訳ありません」

思い立ったら吉日と言うのが私の行動原理だったはずだ。

だったら、これは意地でも通さなくてはならない。

と、思っていたのに。

願いはあっさり通ってしまった。

最初から何もかも任せるだなんて、そんな冷酷な爺と思われるのも心外だと電話口で大笑い。

財産を継がせるための名目だから、今後は気負うなと言って貰えた。

胸をなでおろして、ソレを手に取る。

目の前に持ってくれば、歪んだ景色が見える。

ぼやっとしていて輪郭はない。

けれど。

「これでいい」

あの暑い夏の日に、後輩とわかちあった時間。

ソレに入っていたたっぷりの炭酸と、口の中で弾ける感覚を思い出す。

今も悩んでいるであろう、彼に向けて電話をかけた。

私だけが答えを得たのはきっと、()()()()()()()

ただただ、あの頃の私と同じように。

彼のように、自由に筆をとってもらうならこれしかないと。

胸に秘めた言葉を喉に込めた。

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