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後日譚参・赤の他人

中学を卒業してからの日々は怒涛だったと言えるだろう。

名前も知らない親族。

覚えてもいない親戚。

取り入る関係者たち。

誰も彼もまるで有象無象だった。

「私の好みではないわ」

あがいたものにこそ意味がある。

結果なんて放っておいても出るものだ。

努力したかしなかったかを成果で判断するのも些か短慮に過ぎる。

それは、参年かけて彼が出した答えと同じ事だろう。

じっくりやってみればいい。

そのうえでダメだと思ったら方向転換する必要性はあるかもしれないが。

貰った資料をため息をつきながら机に放る。

「桐生」

「はい」

「これは必要ないわ」

「それは、次期ご当主としての判断ですか」

「二度は言わない」

親戚から回ってきた事業のプランだったが、正直お遊戯も同然だ。

まだ当主としての仕事について日が浅い私にさえ、稚拙と判断せざるを得ないほどの。

「僭越ながら」

「二度は言わないと言ったのだけれど」

「雇用を勧めて経済を回すことも持つものの義務ですので」

「能あるものを活かせる場所へ導く方が重要だわ」

全く。

有能な部下をつけると言われてみてはいたが、実態は身内びいきの烏合の衆だ。

「しかし」

「娘を重要なポストにつかせたいのなら相応に努力させなさい」

私は知っている。

軌道に乗り次第、ハコ入りの成人したばかりの娘をそこの頭に据えるつもりだと。

しかし、出来ないようなら無意味だと言外に斬って捨てた。

彼の顔が目に見えて歪み始めた。

「家名の体裁を保ってこそでしょうに」

「重要なポストに無能なものがついても有能な部下が使い潰されるだけと知りなさい」

どうなっても知りませんよと吐き捨てて帰っていった。

「香月」

「はい、お嬢様」

「不正の資料、お爺さまに届けておいて」

机の下から分厚い封書を取り出して、侍女を呼びつける。

「よろしいのですか」

「潮時だわ」

ある程度上り詰めた人間というのはプライドで食っていこうとする。

そんなものでありついたおまんまにいかほどの価値があろうか。

「お嬢様は大人になられましたね」

「よしてちょうだい、非情で無関心なだけの子供よ」

棚に飾られたガラス細工を見る。

一点だけ、気に入って飾ってあるものだ。

「大変気に入られておられますね」

「ただの感傷よ」

情けない、と自ら口にするところだ。

そろそろいい年であるのに浮いた話がないのは、お爺さまも把握しているからだろう。

「孫の失恋話なんて漁らないでほしいのだけれどね」

未練がましく引き留めている。

次期当主としてなんと女々しいものかと自分では嘆いている部分だが。

「お嬢様がお年頃であると再確認できます」

美化していない思い出には代えがたい価値があると、傍付きの侍女は笑っていた。


事業計画書がひとつ取り潰しになる、というのは大きな意味がある。

そのために動いていた人間の働きがすべて無意味になるのだ。

予定していたことが崩れるというのは、大きな会社であればあるほど労働力の無駄となり。

また、大きな会社であればあるほど徒労を嫌う。

「浅ましい事ね」

あの男、どうも強引に推し進めるつもりだったらしい。

雇用も決めて後には引けない事を盾にしてきたが、不正を暴かれて本人のクビが決定した。

そうなると事業の解体と、あまった人手と労働力の再分配が求められる。

大きな家に生まれた事を呪わなかったわけではない。

しかし、私でなくともよかったではないかとは常々思っていた。

あれも、これもと書類と執務がどっちゃりと増やされていく。

無心でそれを捌いてこなして、どうにか一件落着までは済んだ。

休憩が必要だろうなとは思ったが、多分休まらない。

そういう自覚はあった。

あったが、時間を取らないわけにもいかない。

美術館でも行くかと思ったら口に出ていたらしく、侍女が車を用意してくれていた。

あれよあれよという間に着いて、迎えの時間を聞かれて適当にと答えておく。

いざ入れば館長がなにやら案内させるとか何とか言っていたが、言いくるめて独りにさせてもらった。

「モノの価値とは何ぞや」

ここ数年で、急速に人らしい部分を失っていったように思える。

当主と言うよりこれでは判別する機械だ。

プロの作品と説明文を見ても、いまひとつピンとこない。

歴史的な価値をもつ絵画も美術品も、いまいち心に響いてくるものがない。

何故だろうとは考えてみるものの、心当たりはなかった。

「本当に、浅ましい事ね」

美術館を出る。

迎えが来るにはまだ早いので、周辺を歩き回ってみた。

ぶらぶらと無計画に歩き回ってみて。

ふと、すぐそばで似顔絵を描いている青年がいた。

「ずいぶんと不服そうね」

「やりたい事と違っていたからですかね」

私より、いや彼よりもう少し年若いであろう似顔絵描きの青年は。

私が話しかけるよりも前から憮然とした顔をそのままに答えた。

「客商売でしょうに」

「それをもってしてなお不満って事ですよ」

世の中やりたい事を仕事に出来る人間なんて一握りだと言う。

それを『努力が足らないから』と笑う事は私には出来なかった。

私のやりたかったことは、何だったのだろうか。

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