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後日譚2・教え導く事

啖呵を切ったのは何回目であろうか。

有無を言わさぬよう、それほど強い語気で遮った。

さらに顔を真っ赤にする相手に、何かを言わせる前に詰めていく。

「彼は高みに上りたくて指導を受けています、甘ったれた言葉で届くほどやさしくありません」

それがプロという物で、職人の世界だ。

「オンリーワンであればいいなんて幻想じみた言葉で食っていけるほど甘っちょろいのが貴方の仕事ですか」

そういう仕事もあるだろう。

けれど、仕事に就いた事があれば大なり小なり自分の仕事に責任を自覚する。

その大小に貴賤があるとも思えないが、それに伴った結果を求められることはある。

彼が目指したいと口にしたものは、ずっとずっと高みにあるものだ。

だったら、やり方はともかく甘さは捨ててかからなくてはならない。

「誰よりも上手くなることを目指して精進する彼に、粗末な出来上がりを猫なで声でよくできましたなんて評価しろと仰るのですか」

そんな事を求めて彼が部室の門戸を叩いたとは思っていない。

でなければ厳しい寸評に対して何度もめげずに作品を持ってくるなんて熱意があるはずもないのだ。

「彼にやる気がないなんて微塵も思ったことはありません、ましてや才能がないと口にした覚えもありません」

それはきっと、凡人たる私にはきっと一生かかってもわからない事だろう。

最後まで、あの人の背中の大きさがよくわからなかったのと同じように。

「だから私は彼を評価するのです、その上で技術の向上がなかなか目に見えていない事には謝罪致します」

ここでようやく申し訳ありませんと頭を下げる。

理詰めしかできない不器用な私には、こんなやり方しかできない。

「ただ、わが子可愛さに彼が望んで挑戦する事までは否定しないでください」

私のやり方が上手くない事は確かだろうが、それを丸ごとひっくり返すのは同時に彼の趣味すら否定することにつながっていく。

誤解したまま続けたところで、彼にとって何の得にもならない。

それだけは、私が教師という職に就いた上で絶対に譲ってはいけない部分だ。

親御さんは思うところがあったのか、二言ほど吐き捨てて憤懣やるかたなしといった様子のまま出て行ってしまった。

おろおろしたまま、とにもかくにもと下げようとした彼の頭をむんずとつかむ。

「今、君が頭を下げるべきは私ではありません」

意図は伝わったのだろうかと思うが、直接言っても彼の身にはならない。

「意味は、わかりますね」

真面目な顔で頷いた彼をよしと離して、見送っていく。

上手く大人である事の意味が伝わればいいなと思う。

「大変でしたね」

「事務員さんもさっさと私を突き出していいのに」

自力で何とかしようとするからこうなる、というあべこべな責任感の行き違いが原因だった。

「胃薬でもお持ちしますから、少し休んでください」

キリキリすると腹をさする事務員さんに、そもそも私が突っぱねた態度をとらなければこうはならなかったと思ってしまって。

ねぎらいの言葉が口を突いて出ていた。

しかし、根本的な改善案がないのも事実だ。

彼に何をどうやって教えてあげれば上達するのだろうか。

私では限界なのだろうか。

色々考えてみるが、答えは出ない。

「望月先生、お電話です」

考えるヒマもありゃしない、とラフな口調が喉から出かかるのを押しとどめて出た電話口の相手は親友でも知人でも他人でもない。

微妙な距離感だけに、電話がかかってきた相手の名前を聞いて開口一番に警戒したのはやむを得ないと思う。

相手からの提案自体は渡りに船だったので、ぐうの音も出なかったのが悔しい話だった。


「すごいですね」

さらに翌週、先日の事で校長や教頭に形だけ怒られてこれまた格好だけの始末書を片付けたあくる日の事。

車で一時間ほどかけて彼を連れてきた喫茶店は、細かいところは記憶と違うものの。

華美すぎず、洒落た雰囲気を保ったままだった。

目の前には新作のオムライスメニューが湯気を立てている。

「当たり前だ、何年かけたと思っている」

相手はと言えば、この喫茶店の店長。

あの人の身内で、ここを切り盛りするオーナーでもある。

新しい味に挑戦したが、身内ばかりに聞いてもしょうがないから試食に来いと言う話だった。

代わりに悩んでいる生徒の話をしたら、そいつにも食わせてやるから連れて来いとまで。

正直何の説明もないので困っている。

「おいしいですし、綺麗なものが沢山あってすごいですね」

ところでと彼が指さしたものは、有名なゲームキャラの一点モノのイラストだった。

「あれ、版権的に大丈夫なんですか」

「描いた本人が大丈夫っつってんだから大丈夫だろ」

彼曰くキャラクター自体は有名だが、あんなポーズのイラストは見覚えがないという。

それだけでは説明不足なので、混乱する彼に私が補足した。

「描いた人、というのは模写した人の話ではないわ」

飛び上がるほど驚いた彼が思わずスプーンを取り落とした。

彼の口から出た名前は、私もよく知る人物が名乗るハンドルネーム。

今やその名前は業界問わず衝撃的なデビューを飾って話題沸騰の人気イラストレーターで、そんな人物が無造作に作品をブン投げてくるこの喫茶店はなんなのだと混乱するのも無理はない。

しょうがねぇなといった様子の店長が、代わりのスプーンを持ちながら言う。

「甥っ子に何か目玉になるもの寄越せって言ったら『じゃあこれどうぞ、そのうち公開予定のイラストですけど』ってさ」

色もつけますか、ああついでに引き延ばしてもいいように解像度バリバリにして寄越しましょうかと。

とんでもない事をさらりと口にするのは相変わらずらしい。

「ガキンチョ」

赤の他人で名前も聞いていないとはいえあんまりな呼び方だとは思ったが、ここは任せるほかない。

「何に悩んでるのか私は知らん、知らないが」

カウンター席にどっかりと座りながら彼に視線をやる。

たぶん、今この人が思い描く背中と私が思い出す背中は同じ人の物だろう。

「好きな事をするのに辛い事はしなくていい」

意味は分かるな、と促された彼は少しだけ晴れやかな顔をしていたと思う。


彼が後日、教えたことを十全に活かした絵を完成させてきたのは別の話。

また、その一点モノのイラストの噂でもちきりになった喫茶店が繁盛するのも別の話だろう。

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