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後日譚1・先に生まれたもの

投稿シフトがずれて読むのも手間がかかるだろうし管理も手間がかかるので、後日譚を新規として移しました。

教師、という選択肢は聖職者ととらえられることが多い。

不用意な発言は避け。

模範となるべき言動を心掛け。

自分の知り得ることを出来る限り次代に伝えていく。

そういう仕事が求められるものだ。

しかし、この三つの条件には誤解が多い。

「ダメね」

目新しさの見当たらない作品を見て、一言。

切って捨てた事は申し訳ないと思うが、そんな甘ったれた事で通用するほどやさしくはない。

評価を求めてやってくる者に、どうしてそんな生ぬるい事が出来ようか。

「昨日言ったことが出来ていないわ、やり直して」

出来るまで何度でも見せに来なさい、とフォローはしておく。

がっくりとうなだれた生徒にはすまないが、それなりの評価を求めてここにきている以上はつけこませない。

美術準備室からしょんぼりしたまま出ていく彼の姿を見送って、ひっそりとため息をつく。

「望月先生」

声がかかる、副顧問の木綱先生だ。

美術への造詣が深く、経験豊富なベテランであるこの先生にはいつも助けられている。

「もう少し優しい言葉をかけてあげてはいかがですか?」

「彼についてそれは考えてはいません」

彼自身からコンテストを目標にしている事を告げられている。

ここで妥協してもし落選した時、無責任に「賞はもらえなかったけど頑張ったからえらい」などとは言えたものではない。

「やる気がある子に教える事と、やる気がない」

言いかけて、飲み込んだ。

これは訂正しなくてはなるまい。

「楽しむ子に教える事は別だと思っていますので」

意図は上手く伝わったらしい。

木綱先生はうんうんと頷いていた。

「親御さんからちょっと電話でね」

またか、とは思わないでもない。

指導が厳しすぎる、うちの子をなんだと思っていると騒ぐ親御さんがいるのは事実だ。

やる気がなくとも楽しく描きたいという子には、とりあえず好きなようにしたらいいし困ったことがあれば相談に乗っている。

しかし、技術や名誉を求めて絵を描く子については別だ。

才能だけでも努力だけでも届かない遥かな高みに到達しなくては、勝ちの目すら見えてこない。

自然と厳しくもなるものだ。

フォローは忘れないが、結果の出ない努力には暖かい言葉は投げかけないと心に誓っている。

「努力さえすればそれでいいだなんて」

結果が出ない事こそもどかしく、評価してもらえない事こそ辛い事なのは理解した上で言っている。

「努力のない結果も無意味、という事ですね」

それはわかります、と木綱先生も同意してくれる。

努力と結果はあくまでもワンセットであるのが理で、それをすっ飛ばせるような人間というのは一部だけだ。

それでも、やっぱり辛口に過ぎるとお小言をもらってしまった。

この指導が間違っているとも思っていないが、正しいと慢心するつもりもない。

どうすれば私が意図していることが伝わるのだろうか、と内心で頭を抱える羽目になった。


「先週よりは進歩がみられます、言わんとすることが伝わりましたか」

翌週、どうするのか迷ったままだったがその子は僅かながらに進歩がみられる状態にまで持っていった。

彼もほっと胸をなでおろしていたし、私も教えようとしていた内容がちゃんと伝わって安堵した。

美術、とは。

結局のところ言葉で表せるものではない。

ニュアンスや感覚というものにほど近く、的確に伝えようとするとどうしても「完成したもの」を見せるほかないのが実情であった。

しかし、完成したものをただ見るだけではわからない。

どうすればいいのか、どういった技法を用いれば完成するのかのステップを目撃していかねばならない。

しかしそれを能動的にこなすような人間は、そうした技法を正確には語らない。

「なんとなくでやっていたらこうなった」

えてしてこう言うのが天才という物だ。

しかし、教師という職業はそれを何とかできる形まで補助していく存在である。

そんなあやふやな言葉で済ませてはいけない。

どうやれば、技法からその先が伝えられるのか。

感覚的な部分は自分にないものが求められるとさすがに教えようもない。

好きで書いているだけ、という生徒にそうしたズバぬけた物を持つ子がいたりするとそれもまた教える事が出来ない非常に困った事態になる。

私は天才ではない。

まして秀才でもない。

自分にないものは教えられないが、先天的なものは私にもどうすることも出来ないのだ。


さらに翌週の事、ついに問題が起きた。

例の電話をかけてきた親御さんが職員出入り口にまで怒鳴り込んできてしまったのだ。

何を言っても収まらないし、謝っても余計に怒るだけだと言う。

なんでもっと早く呼ばなかったのかとあきれながら急いで現場に向かった。

案の定のおかんむりで、私の顔を見るや否やこれでもかと言うほど罵声を浴びせ続けてきた。

気にくわない事は片っ端から口にして、あらん限りの罵詈雑言を投げかけてくる。

この人はきっと、自分が口にしている内容が最初へループしているのも。

また、矛盾したことを言っているのも自覚していないだろう。

後ろを見れば、彼が申し訳なさそうにして立っている。

これでいいのか、と思った。

子供に見せるべき大人の背中が、ただただ申し訳ないから頭を下げろと言う理不尽でいいものか。

そう思ったら、頭を下げるのが社会人だとわかっていても怒りが先に来た。

「言いたい事は以上ですか」

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