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 その日は使用人ホールでの昼食の前にキャボットから連絡事項があった。


「かねてより予定していた使用人のガーデンパーティーの日取りが正式に決まりました」


 彼女の口調はいつもと変わらず淡々としていたが、それを聞いたほとんどの人間の表情に軽い驚きと喜びが浮かんでいた。誰も口は開かなかったが、何人かが目配せをし合い、そわそわした空気が流れる。


「来週の木曜日です。各自、仕事に支障をきたさない範囲で準備を進めなさい。いつものように旦那様は何を使っても構わないと仰っていますが、普段は使用しない高価な備品や食材は必ず私かミスター・ブランソンかミセス・ノックスの判断を仰ぐこと。それから各自知人を一人まで、もしくは家族なら二人まで招待してもよいとします。ただし羽目を外しすぎないように注意なさい。問題を起こした者は次のパーティーから参加不可となります」


 キャボットが最低限必要な項目だけを伝えると、その後はいつものように静寂に包まれた食事が始まった。ところがキャボットとブランソンが出て行くと、直後にワッと歓声が上がる。

 皆が親しい仕事仲間と嬉しそうに会話している。そんな中で状況が把握できずに取り残されている人物が二人。アメリアとデーヴィットはわけがわからず周囲の様子を眺めていた。


「ちょっと、アメリア、少しは嬉しそうにしなさい。そりゃ、中止になることはないだろうけど、正式に決まったんだから」


 ジェーンがアメリアの肩をパシッと叩きながら笑顔で言った。戸惑いながらアメリアは尋ねる。


「使用人のガーデンパーティーなの? 旦那様がお客様をお招きするのではなくて?」


 この発言にジェーンだけではなく、近くにいたファニーやメグまで目を丸くした。


「ジェーン、言ってなかったの?」

「あたしは……言ってなかったわね」


 彼女たちは誰かが既にアメリアに説明していると思い込んでいたらしい。同じように理解していなさそうだったデーヴィットのほうはフットマンたちにそのことについてからかわれているらしく、ショウに何やら訴えていた。


「仕事じゃなくて、あたしたちのティーパーティーだよ、アメリア。このお屋敷じゃあ、年に数回、使用人のためのパーティーを開いてくれるんだ。秋にはダンスパーティーもあるよ」

「そんなものがあるの!?」


 メグの説明にかなり驚いたアメリアは大きな声を出してしまった。幸い周りが騒がしいので誰も気にしてはいない。


「気前のいい旦那様がいる屋敷じゃあ、そんなに珍しくもないわよ。使用人が主人たちの悪い噂を流さないようにって理由でやるところもあるけど」


 続いて加えられたジェーンの言葉に、アメリアは更に衝撃を受けた。

 この屋敷の主人が特別使用人に優しいからというわけではないのだ。アメリアは元から他の屋敷の使用人の待遇がどういったものなのか詳しくは知らないし、もちろん父親は一度もそんなことはしなかった。


「いつもより豪華なお菓子やサンドイッチが食べられるのよ。ムースやマカロンなんか。さすがにアイスクリームは無理だけどね。それに友達を連れて来てもいいから、いい男がいたら仲良くなるチャンスよ!」


 力を込めてファニーが言った。とても楽しそうな彼女に反してアメリアは気が重くなる。


「知らない人がたくさん来るのね……」


 それでは楽しむどころか緊張しそうだ。この屋敷の使用人ですらまだ慣れない人がたくさんいるのに。

 人見知りが激しいわけではないとアメリアは思うのだが、世間知らずという自覚があるので、あまり気軽に人に話しかけられないし、異性に声をかけられたらどうすればいいのかわからない時がある。


「いいのよ、話しかけられても適当にあしらっていれば。庭園でおいしいものを食べられるだけで結構楽しいわよ。毎日屋敷の中で同じような仕事ばっかりしているんだから、たまには騒いで憂さ晴らししなきゃ」


 ジェーンの目的はまさに外でおいしいものを食べて騒ぐということらしく、言いながら頬を弛ませている。


「そうそう。その日は気を使う必要なんてないんだよ。好きなように楽しめばいいんだからさ。それよりもあたしはアメリアのデザートを楽しみにしているからね。おいしいものを作ってちょうだい」

「あっ、そうね。わたしが作るのよね。えっ、何を作ればいいの?」


 途端にアメリアは混乱した。晩餐の食後のデザートなら作ったことがあるがパーティーはない。スティルルームメイドとしてまだ未熟なので、もし近々パーティーが催されるとしても、臨時のパティシエを雇うと言われていたのだ。


「でっかいブリオッシュとかマカロンとかよ。あたしも手伝うし、軽食はキッチンが担当するからそんなに焦らなくてもいいわよ。それにミセス・キャボットがちゃんと指示を出してくれるから心配いらないわ」

「……ありがとう、ジェーン。わたししっかり覚えるわ。そうね。練習だと思えばいいわよね。今後の」


 アメリアはガーデンパーティーそのものよりも準備にやる気を出した。仕事ができるメイドになるという目標は変わらず持っているのだ。


「真面目ねぇ。舌の肥えた人たちが相手じゃないんだから、たくさん作ってりゃそれでいいのよ」

「ジェーンはこれだもん。アメリア、期待してるよ」

「いいのよ、これで。要領よくやらなきゃ出遅れちゃうんだから、参加できる頃になったら既にめぼしいデザートがなくなっているなんてことになるわよ。アメリア、さっさと終わらせてすぐに参加するからね」

「えーと……」


 ジェーンとメグの二人に反対のことを言われてアメリアはどちらに同意すべきか迷った。するとそれまで黙っていたファニーが、我慢できなくなったように声を荒げる。


「ちょっと! なんであんたたちは食べ物のことばっかりなのよ! 恋人ができるかもしれないチャンスだって言ってるじゃないの。ここはどうやったらいい男と親しくなれるか相談するところじゃないの?!」

「どうでもいいわ……」

「あたし恋人いるし」


 本気でどうでもよさそうなジェーンと、笑顔でその必要がないと言うメグ。ファニーは普段のメイドらしい行儀よさを一時捨て去り、口の中で悪態を呟くと、アメリアに標準を定めるかのごとく鋭い視線を向けた。

 まずいと思った時にはもう遅かった。


「アメリア、二人でがんばっていい男探しましょうね! 大丈夫よ、アメリアも美人なんだから、すぐに引っかけられるわ」

「いえ、いいわ! わたしはいいわ!」


 アメリアはぶんぶんと勢いよく首を振った。引っかけるが何のことかはわからなかったが、全力で許否を示す。


「ファニー! 初めてで気後れしている人間を無理やり巻き込むんじゃないわよ!」


 今まで誘われたことに大抵は応じていたアメリアが本気で嫌がったせいか、ジェーンが噛みつくように擁護する。


「そんなにたくさん来ないはずだし、いい男なんてそうそういないけどね……」


 これまでの経験からか、メグは呆れたように言った。


「本当にわたしはいいから! ファニーが引っかけるのは協力するから。そのほうがファニーは恋人を作りやすいでしょう?」

「アメリアが悪い言葉覚えちゃったよ」

「これくらいいいんじゃない? 間違って覚えていそうではあるけど」


 まだ不満顔であるファニーを説得しようとしているアメリアの背後で、ジェーンとメグは友人の庶民化について意見を交わす。


「あたしは一緒に騒ぎたいのよう」


 最早、恋人を作りたいというよりも、恋愛話をしたいだけのようにも聞こえることをファニーは言う。

 どうすれば諦めてくれるかと思案するアメリアに、この時あまりありがたくない助け船が出された。


「あなたたち……」


 低く静かなのに、よく通る声だった。

 四人はびくりと肩を震わせる。

 振り返ってみれば予想通り、腕を組み冷ややかな眼差し──ジェーンに言わせればキャボットの真似をした厳しい顔つきのサミーが立っていた。


「すみません、騒ぎすぎました」


 誰よりも早くファニーが謝った。


「申し訳ありません」


 アメリアも大声を出していたので、やってしまったと落ち込みながら謝る。ジェーンとメグも素直に謝ったのは、今回は確かに騒ぎすぎだったと思ったからだろう。

 サミーは小さくため息を吐いた。


「上の階に聞こえるような声だけは出さないでちょうだい。パーティーに参加禁止になっても知らないわよ」


 以前に比べればかなり棘が少ない怒り方だった。


「はい。気をつけます」


 四人がしおらしく反省すると、サミーはそれ以上は必要ないと感じたのか、踵を返そうとした。しかし何か気がかりなことでも思い出したかのように、途中で足を止める。彼女はアメリアを見た。


「アメリア」

「はい!」


 呼ばれたアメリアは怒られると思い背筋を伸ばして返事をする。心当たりがあったわけではなくて、サミーと世間話をしたことがないアメリアは、呼ばれれば大概注意を受けるか、仕事上の連絡を伝えられるかのどちらかなのだ。


「あなた……」


 サミーの表情は怒っている時ととても似ていた。しかし珍しく言い淀み、考え込むように眉間に皺を寄せている。

 次の言葉を緊張しながら待っていたアメリアだが、サミーは結局は何も言わなかった。


「いいえ、何でもないわ」


 首を振って自分の考えを否定するような仕草をすると、すぐに背を向けて早足で行ってしまった。

 取り残されたアメリアは呆然とする。


「……今日は機嫌がいいわね」


 ジェーンがそう言ったので、ただ怒ることをやめにしてくれたのだろうかと思う。

 気にはなったが、ガーデンパーティーの日取りが決まり、仕事の合間に準備をしなくてはいけなくなったので、忙しくなったアメリアはこのことをすぐに忘れてしまった。


 

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