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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第三章 新時代編 全41話
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第95話 『巨木炎上』

 漆黒の闇に変化が起き始めて来たのは、大地に六日ぶりに立ってから二時間くらいは経った頃だった。

 時計がまともに機能していないため、体内時計での判断である。

 巨木林の内部にいるので空は一部しか見えず、深い森の中のように薄暗さは変わらないものの、それでも輪郭が見えるくらいには光がき始めていた。


 自分の手を見てもうっすらと見え、Nichiのバックライトを使わなくても腰の高さまである草の揺らめきが視認できた。

 これなら分単位で明るくなっていき、目的の木を見つけやすくしてくれるだろう。

 左腕と鼻はまだ強い痛みを持っているが、腕も鼻も血は止まっている。

 鼻血は右手で摘まみ続け、腕は服と包帯が止血をしてくれた。一切処置がされなければ貧血で動けなくなってしまったかもしれない。

 幸い疲労困憊の中でも足はまだ動いてくれて、羽熊は起き上がった。

 同時に舟をこいていたトムが羽熊が座っていた場所に倒れた。


「あタっ」

「トムさん、朝が来ました。移動を始めましょう」

「朝……にシテは暗いデすね」

「二百メートルもある巨木の根元にいますからね。葉っぱが重なり合ってこう暗いんですよ」


 しかし上ではなく水平に目を向けると、数百メートルほど先にはここより明るくなっているところがある。

 巨木林に入って数分後に脱出したから外までの距離は近いのだ。


「ならこのマま外に出タら……」

「出れてもイルフォルンまで二、三百キロはありますし、敵が近くにいたら味方より先に捕まってしまいます」

「……狼煙を上げるしかありませんね」


 水無し、食料無し、周囲は大自然。肉食の動物がいても不思議ではなく、近くには拉致犯の仲間がいるかもしれない。

 その上所有物はスマートウォッチとライター二つにタバコひと箱のみ。

 サバイバルをするにしても明日の夜まで生きれれば十分な状況だ。

 唯一助かる道は、狼煙を上げてイルフォルンに異変を伝えるしかない。

 すでに喉はカラカラで、腹の虫も鳴り続けているが食べるものはない。


「博士、本当にこの巨大ナ木を燃やスンですか」


 トムは見上げながら呟く。

 暗闇だったので気づかなかったが十メートル離れた所に一本巨木が生えていて、巨木の中心を見ると視界は全て幹で満たされる。

 建物に加工されたものは今回の観光で見ていても、生きている巨木は初めてでその威圧感に圧倒される。


「この種類のは燃えないです。探すのは松ぼっくりのように幹が反り返った巨木ですね」

「巨木ッて種類があルンですカ?」

「あります。日本の広葉樹のような普通の木に、耐水性や耐火性に優れたのもありまして、探すのは耐水性の巨木です」

「そレが幹が反り返った巨木?」

「油と空気が程よいバランスで含んでいて火が付きやすいそうなんです。もちろんライター程度じゃ点かないので、火付け用の焚火をしないといけませんが」


 耐水性に優れた木。名前を『ペレスト』と言い、主に飛行船など乗り物に使われる。

 油分を木全体で持っていて、水が内部に浸透せず腐食もしないそうだ。さらに空洞もあって断熱材にも使えるので重宝しているらしい。

 逆に火には弱く、耐火性に優れた木である『ラミスト』を内側に設置した複合装甲にしている。

 なので近くの木を燃やすよりペレストを探して燃やす方がいいのだ。


「異地には便利な木がアルんですネ」

「地球だってゴムの樹液を出す木とか色々と違いがあるじゃないですか」

「あア、確かにソウですね」

 納得した様子で二人は歩を進める。

「博士、焚火を火付けに使うナら折れた細めの枝があッタら拾ってください。あと乾いタ枯れた植物があれば拾えルだけお願いシマす」

「分かりました」


 キャンプをしたことがない羽熊は経験者の意見に従う選択肢しかない。

 目的の巨木であるペレストを探しつつ、下にも目を向けて小枝や枯れた植物を探す。

 分単位で明るくなっていく巨木林の内部。そこで羽熊はあることに気付く。

 見渡す限り腰まで伸びる草が生い茂っていて、背後を見ると二人が踏み荒らされた道が見える。

 この巨木林には野生動物がいないのだ。腰まで伸びる草を踏み荒らす動物がいないから、巨木を除いて変なスペースが出来ることなく生い茂っている。


「博士、ズボンのすそを靴下の中に入れてクださイ」

 上と下と視線を動かしながら歩いていると、後ろにいるトムがそう指示してきた。

「え?」

「私も今気づいタンですが、もしマダニとかヒルみタいな生き物がイタラ大変です。足元は特に気づかナイので、ズボンの裾を靴下の下に入れテ皮膚の露出を減らスンです」


 説明で羽熊はハッとする。

 森の中は野生動物の宝庫だ。それも対象に寄生して血を吸う生物もいて、その過程で体内の細菌を主に送り付ける場合がある。

 地球でもマダニを媒介した細菌で重症化することがあり、もし移されると生き残れたとしても死んでしまう。

 羽熊とトムはすぐさま足首の皮膚に生き物がくっついていないか確認し、靴下を広げてズボンの裾を巻き込ませた。感触は慣れず気持ち悪いが、病原菌を移されなくなるなら我慢する。


「腕も気を付けテくだサイ」


 さすがに吸血動物が持つ病原菌への治療法は確立されているだろうが、生活習慣から被害を受ける可能性は低い。ましてや免疫が一切ない異星人が掛かれば、不治の病として死にかねないから十分気を付けなければならない。

 特に羽熊は鼻を怪我し、左腕の包帯は血で真っ赤に染まっている。

 二人の中で危険なのは羽熊だ。

 転移当初に警戒していた検疫が再び起こるとは想像していなかった。

 日本では絶対に見れない壮大な風景であっても、異星人である羽熊達にとってここはかなり危険な場所だ。

 けれど移動しなければこれまた死んでしまうので、危険を承知で歩み続けるしかない。

 歩きにくい道なき草だらけの巨木林の中を歩むこと数百メートル。

 目の前に高さ五メートル、横は目測できないほどの壁が現れた。


「……枝、でスね」

「これだけで普通に木ですよね。でも、枝ですね」


 巨木は当然円形なので左右を見渡しても曲線を描いているものだが、目の前の壁は直線で左右に伸び続けていることから、これが巨木から直接生えていた枝だと分かる。そしていたるところから直径数十センチの枝が伸び、その枝からさらに数センチの枝と細かく分岐した枝が伸び、そこから無数の枯れた葉が生えている。葉は手のひらサイズと大きいが形は街路樹の葉と同じだ。

 日本人感覚で言えば、壁のような枝はそのまま高木である。

 改めて巨木の凄さが分かった。


「どうしてこの星の木はこンナに大きく育つんデすか?」

「リーアンと同じでレヴィロン機関を持ってるんですよ。持ってない木もあって、そっちは日本と同じ高さらしいですね。なんでも発熱出来る機関を持っていて、その熱で重力に縛られずに巨大化が出来るようになったんです。巨大生物も同じですね。黒い甲殻を持ってるのも、太陽熱を利用してレヴィロン機関を働かして自重を支えてるんです」

「ああ、だからココの人達も長身なんデスね」


 異地の生態系はレヴィロン機関ありきで成り立っている。スーパーアースでありながら重力が地球とほぼ同じだから、レヴィロン機関がなければその大きさは地球と似通う。なのに巨大なのはレヴィロン機関で重力の縛りを逃れたからだ。

 リーアンが日本人より少し大きいのは、生体レヴィロン機関を取得してから今日まで時間がそう経っていないから。

 もし数千万年も前に取得していたら、巨大動物並みの体格になっていたかもしれない。


「じゃあ巨大昆虫とかもイルんでしょウか」

「いえ、昆虫は変温なので巨大化はしないみたいですね」

「よかった。映画みタイな巨大昆虫に会ッたら卒倒しマす」


 虫には悪いが、あのグロテスクの顔が目の前に来たら例え食べないと分かっていても気を失う自信がある。

 このままでは枝が邪魔で進めないので、距離の短い方へと方角を変える。


「……この折れた枝は使エマすね。幹の皮と指かラ腕くらいの枝を折れタら折って持ってイきましョう」

「焚火に使えますか?」

「折れてカラ数年は経っていルと思うので、乾燥具合は十分ト思います」


 なら使わない理由はない。

 羽熊とトムは大枝の側を歩きながら、小枝や木の皮を怪我をしない範囲で拾う。

 両手で抱えきれなくなったところで、羽熊とトムは来ている上着のジャケットを脱いで袋として使った。気温は十数℃と春先の気温でワイシャツは寒いが、もうじきビル火災規模の火を焚くことを考えて我慢をする。

 喉が渇いて唾も出ない。

 空腹も収縮しているのかキリキリして痛む。

 眠気もすごく、十秒と目を閉じれば寝てしまいそうだ。

 腕も鼻の痛みも刺激しなければマシでも、病院に行くほどの痛みはそのまま。


 トムの言う通り、昨日の夜までは健康そのものだったのに、どうして今こうなっているのだろう。

 タバコを吸い、運動不足からか息切れもする。

 死亡フラグを立てないために口には出さないが、日本に帰れたらタバコは止めよう。

 羽熊はそう心の中で誓った。

 サバイバルとしては決してしてはいけないことのオンパレードをしながら移動すること小一時間が過ぎた。


「羽熊博士、もしカシて、これでスか?」


 巨木の合間から日光が薄命光線として注がれる中、目的の巨木を見つける事が出来た。

 大きさは他の巨木と同じだが、明らかにシルエットで見ても巨木とは異なり、等間隔で五メートルほどの幹の傘が開いている。

「前に写真を見せてもらったのと同じです。耐水性に優れた巨木のペレスト。自生してるか分からなかったですけどあってよかったです」

 耐水性のペレストと耐火性のラミストは異地社会では重宝する資材なので、人の管理で安定供給をしているが、野生で自生していることもある。

 ただ、普通の巨木と違って性質が異なる巨木は数が少なく、確実にある保証はなかった。

 なければ先の折れた大枝を燃やすしかなく、これならイルフォルンにここに何かがあることを伝えられる。


「トムさん、火起こしお願いしていいですか?」

「分かりました。でも、本当に燃やしてイインデすか? これだケノ木が燃えたら他の木ニも燃え移りますよキッと」

「そこは……警備の不備への責任ってことで」

 意図的に森を焼けば犯罪だが、生き死にを考えると異星国家内で犯罪をしてでもするしかない。

「それでも責任を取らされるなら言い出しっぺの俺が取ります」

「いえ、それならキャンプ経験者であル私が取ります。私が取るベキです」


 そう責任の取り合いをするが、羽熊の考えの通りに両国が動いているなら責任自体起きたりはしないだろう。

 なんであれ選択肢がないのだから、四の五の言ってられない。

 最終的に責任は拉致犯に負ってもらうことで決着した。

 腹減った。

 トムはペレストの根元にしゃがみ込むと、腰まである草を引き抜き始めた。水分の多い生きた草木があると燃えないのだろう。抜いては放り投げ、抜いては放り投げを続ける。


 半畳ほどのスペースを確保すると、乾燥した葉っぱや剥ぎ取った木の皮を土の上に山なりに置いてその周囲に小枝をテントの形に組み木のように設置していく。

 前提としてペレストに密着するように、丁寧に燃えやすい物からだんだんと燃えにくい物へとしていった。

 キャンプ経験者だけあって焚火の準備に淀みがない。

 ものの数分で準備を終えてしまった。


「ペレストがどういう風に燃えるのか分かリマセんが、焚火ならコレで燃えると思いマす。あとは少しずつ大きイ薪を入れていケバ火は大きくナります」

 ここに来るまでに上着一杯の菜っ葉や枝に、片腕で持てるだけの大枝も持って来ている。

 トムの見立て通りの火付けをしてくれるなら、十分大きな炎となるそうだ。


「やりましょう」

 羽熊の指示にトムは頷くと、乾燥した木の皮の端に火を当てた。

「直接枯葉の山に点けないんですか?」

「火が弱くて効率が悪いんですヨ。それに点火棒と違ってライターでは火ニ近い分危ないです」

 次の瞬間、火を当てていた木の皮が暴れ出した。

「ひゃっ……」

 突然のことにトムは木の皮を離した。

 木の皮は草むらに落ちると、虫のような挙動で逃げ出して見えなくなった。


「……」

「……」


 羽熊とトムは唖然としてその木の皮だった生き物を見続けた。

「……木に、擬態していタンですかネ」

「さすがに知りませんでした」


 植物に擬態する昆虫は地球でも多くいるが、適当に拾った木の皮が擬態した虫とはさすがに想定していなかった。

 とはいえトムの言う通り、火をつけるにはライターから直接ではなく火口として別の燃えやすい物に燃やしてからでないとうまく着火しない。

 幸い目の前には燃えやすいペレストがあるので、そこから剥がれかけている木の皮を剥ぎ取った。

 虫が擬態していないことを確認して、改めてライターの火を当てる。


 すると燃えやすい木もあってすぐさま火が点いた。

 木の皮の火はライターの火によって大きくなり、組んだ木の枝の中心の落ち葉の山に空間を作るようにいれた。

 すぐにその火口に向けて口で息を吹きかける。

 白煙が立ち上り、吹きかけた息に合わせて白煙の量は大きくなる。

 それを数回続けると、枯葉の山から火が出た。火口の何倍も大きな火は炎として燃え盛り、山の周囲に組んだ小枝へと燃え広がる。

 羽熊は腕の幅の大枝を入れようとしたが、トムは手を伸ばして制止する。


「もう少し待ってくダサい」

 数十秒待つと炎は数割大きくなり、そこで大枝をペレストに寄りかかるように立てかけた。

「火が小さいうちに大きい薪を入れてモ燃え移る前に消えてシマいます。空気の通り道も確保するノも大事です」


 素人の考えでは適当に入れていけばいいのだと考えてしまう。焚火をするにしても色々と考えなければならないようだ。

 トムは再び口で息を吹きかけ、空気を送りつつペレストに炎を押し付ける。

 パチパチと焚火特有の音と、暖かさが伝わって来た。

 気温が十数℃しかないので、この暖かさは疲労困憊の羽熊達の救いの温もりとなる。


「暖かい……」

「はい。でも直に熱くなリマすよ」


 その言葉の通り炎は消えることなく燃え続け、炎の先端は大枝に当たる程度だったが大枝からも炎が出て一層大きく、熱くなった。

 と、ペレストの表面でも炎が燃え移りだしたのか、焚火とは違う位置から炎が上がりだす。


「トムさん、これ、燃え移ってませんか?」

「博士、離れてクダサい」


 ペレストの表面を覆う炎は見る見るうちに上へ上へと昇っていく。上だけでなく横にも微動ながら広がり、強い焦げ臭いにおいが満ちて来た。


「本当に燃えやすい木でスね。これならいケルかもしレマせん」


 一酸化炭素中毒や、焼けた物が落ちてきたらそれだけで命はない。

 焚火のような小さな火ではなく、ビル一棟を燃やすのだから矮小な人間がそばにいては危険だ。

 煙も周囲に漂い始め、煙くなってせき込んでしまう。

 ペレストに延焼した炎は、開いた幹の傘に当たると左右に炎は広がり、一部は傘を乗り越えて上の幹を燃やす。炎の前ではネズミ返しは意味をなさないらしい。

 炎は順調に成長して行く。

 炎はすでに二十メートルを超えてなお成長し、大量の煙を空と森中にまき散らす。ここまで大きくなればもう消えることはないだろう。

 ただ、このままでは呼吸困難で死んでしまうので、出来る限り身を屈めて巨木林の外へと移動を始めた。


「博士、これ、他の巨木にも延焼しマセンか?」


 巨木と巨木は百メートル間隔で離れてはいるが、巨大である分伸びる枝も長いため、巨木同士の枝や葉が触れ合ってしまっている。

 いくらペレスト以外の木は生きている分燃えにくいとしても燃えないわけではないのだ。

 今更ながら、選択の余地がなかったとはいえ早まったかと心配になる。


「したとしても拉致犯の責任ですよ。拉致されなければ燃えることはなかったんですから」


 そう自分に言い聞かせて背後の惨事を正当化する。

 犯罪はこうした身勝手な正当化によってしているのではと、移動しながらふと思う。

 炎は秒単位で大きくなる。テレビで大規模な火災が起きたニュースを見ると「あっという間だった」と言う証言を聞くが、まさにその証言通りに炎は拡大を続ける。

 折り重なった枝と葉っぱによって空は見えなくても、大量の煙が空に伸びているだろう。

 拉致事件が起きて警戒を厳にしているなら確実に気づいてくれているはずだ。

 ひょっとしたらもう向かっているかもしれない。

 そんな期待と楽観が心を満たしつつある中。

 一発の銃声が白煙が揺らめく森の中で響いた。

 緊張が瞬時に走り、自分に異常がないことをすぐに確認してトムを見る。

 トムの体に異常は見られず、崩れ落ちることもない。

 二人とも特に問題はなかった。


「ゴホッ……オ前ラ、ヨクモヤッテクレタナ」


 エルデロー語の話し声が聞こえ、空を見上げると十メートルほどの高さでリーアンが一人浮いていた。

 銃を持っていることから、羽熊と取っ組み合いをした銃の男だ。

 車内では髪の発光を抑えるために覆面かニットキャップでも被っていたのだろうが、夜が明ければ関係ないのか何も被らず短髪の髪を露出させていた。

 右手で銃を構え、左手で脇腹を抑えている。そのことから察するに、飛行車が巨木にぶつかる前に脱出したはいいが、巨木か枝に殴打したのかもしれない。

 怪我を負っているなら俊敏な動きは出来なくても、引き金を引くだけでいい銃を持つと厄介だ。


「ドウシテ俺タチヲ狙ウ!」


 羽熊はマルターニ語で問いかけた。フィクションのように駆け引きが出来るか分からないが、とにかく時間稼ぎをする。


「知ルカ。上カラノ命令ダ」


 よほど抑える脇腹が重傷なのだろう。銃を持つ右手が震えている。

 兵法に於いて、上から攻めるのと下から攻めるのとでは勝率が大きく異なる。

 攻めるにしろ守るにしろ、上を取った方が断然有利だ。

 そういう意味では空を自在に飛べるリーアンと、重力に縛られる地球人では生態的に大きなアドバンテージがある。


「コンナコトヲシタラ、アンタノ国ハ異星人ヲ拉致シタトシテ非難サレルゾ」

「侵略シテキタ下等人種ガ、ナニ上カラ目線デ言イヤガル」


 生態的に空に浮く人種、地に立つ人種。

 転移当初、羽熊が自分で抱いた懸念だ。

 どんな意味であれ、『上』にいる者が偉く、『下』にいる者がつまらなくなる。

 リーアンと地球人はまさに分かりやすく上下で区別され、連動して印象でも上下で区別されるのだ。

 イルリハランは転移してすぐに深く関わっているから政府レベルでは対等でも、それ以外では地に立つ地球人は下と見てしまうのだろう。


「大人シクシテロ。今ノハわざト外シタ。次ハ当テルゾ」


 生きていてもらわなければならないから撃つとは考えにくい。水平ならまだ手足に当てられるとしても、十メートル近くで四十五度と角度があれば胴体ならともかく四肢に当てるのは困難なはずだ。

 雨宮に以前聞いた話だと拳銃の命中率はあまり高くない。当たらないことはないが、逃げ惑う人を狙うのは困難だと聞いたことがある。

 次は当てるは動かさないための脅しだろう。負傷したリーアンが抵抗する羽熊達を抱えて運ぶ発想はないから、同じく時間稼ぎをして仲間が来るのを待っているはずだ。


 味方と敵、どちらが先に到着するか分からないが、このままでは正確な居場所が分からない羽熊たちより場所が伝えられる敵の方が有利である。

 羽熊たちが発見したペレストは巨木林の端にあり、数百メートル走れば巨木林を抜けることは出来るだろう。

 位置関係からリーアンの背後にあるペレストを燃やす炎は勢いを増し続け、枝や葉を容赦なく燃やし、隣接する木々の葉や枝をも燃やしだしていた。

 バキ、バキバキ。

 水分がはじけ飛ぶ火事の音と共に、何かが折れる音が聞こえる。


「ソノママジットシテロ」


 やはり時間稼ぎをして仲間が来るまで待つつもりだ。

 同じ時間稼ぎを必要としても、相手有利な方に持っていくつもりはない。


「トムさん、二手に分かれて森の外に」

「え?」

「一人しかいないなら一人しか追えません。多分俺を追いかけに来ます」


 羽熊とトム、異星人として確保するなら十中八九羽熊だ。

 なぜなら知名度なら異地社会では佐々木総理よりメディア出演しているし、交流でも抜群の出席率を誇っている。なによりファーストコンタクターだ。なら日本の情報収集ができる羽熊以外にない。


「そンな……」

「捕まる気はないですし、銃も脅しでしか使えません」

「ナニ喋ッテル!」


 一発銃が放たれる。二人とも当たらない。

 やはり殺すなと厳命されているのだ。

 バキバキバキ。

 折れる音が大きくなる。


「走って!」

 羽熊の叫びで二人は反対方向へと走り出した。

「コイツラ!」

 激しく炎上を続けるペレストの、一番低い位置にある一番太い枝が折れた。

「ヒギッ!」

 その折れた大枝の小枝にリーアンが巻き込まれた。


「ビルが丸ごと燃えてるんだ。注意しないと駄目だろ!」

 大枝は左右に離れた羽熊とトムを遮る形で倒れ、轟音と人を吹き飛ばすかのような熱波が羽熊とトムの背中を押した。

「あつっ!」

 数百度の炎が作り出す風だ。服を着ていても熱は凶器となって人の肌を焼く。

 それでも逃げ出していたことと、そもそも距離があったこともあって熱くはあっても火傷を負うほどではなかった。


「トムさん! 外に!」

 視界の端で男が大枝に巻き込まれたのは見えたが、死んでいるとは考えない。生きている前提で急がなければと、羽熊は大声で叫んだ。

 大枝の壁と燃え盛る炎の先から「yeah!」の返事を聞いて、巨木林の外へと向きを変える。

 元々巨木林の外まで数百メートルの距離。疲労困憊の中でも、それだけの距離を走り抜ける体力はまだ残っていた。

 燃える大枝を超えると走るトムと合流し、数時間ぶりに晴天の空の下へと飛び出た。


「はぁ……はぁ……はぁ……博士、生き残りマシたネ」

「……でもないですよ。まだ」


 喜ぶもつかの間。五十メートルほど空には四台の飛行車に十人以上のリーアンがいたのだ。

 サブマシンガンらしき物を持っていることから民間人ではない。

 そして空にいるリーアンの奥にはイルフォルンは見えず、背後を見ると小さな浮遊する建造物が見える。おそらくあれがイルフォルンだ。予想通り、地平線の下へは行っていなかった。

 そして方角からして空にいるリーアンは味方でもない。

 そう、味方より先に敵が来てしまったのだ。


「一難去って、また一難でスか」

「さすがに万策尽きました……」


 背後を見ても味方が来ている様子はない。

 いくら地上に近づけない生態でも一瞬なら我慢は出来るから、生態を利用して逃げるならグイボラのように地中に逃げなければ無理だ。

 もちろんそんなことは出来ないし、巨木林に逃げても浮遊できるリーアンに速さで負けてしまう。

 もう妙案も思い浮かばず、諦めの文字が頭をよぎる。

 それと合わせて、鍬田美子の顔も浮かんだ。


「最後になんて声かけたっけ……」


 次があるのが当たり前だったばかりに、鍬田と話した最後の言葉が思い出せない。

 こんな事であればもっと意味あることを話しておくべきだった。

 空に浮く一人のリーアンがハンドサインを送ると、それ以外のリーアンが降りてきた。

 人数差でどれだけ暴れても無意味だろう。数人はロープスタンガンまで持っている。

 目に見える絶望から来る虚無感が心を満たす。

 一番先頭にいるリーアンが、残り五メートルまで差し迫ってきた時。

 目の前に一台の飛行車が白煙で満ちる巨木林から飛び出し、リーアンを弾き飛ばした。

 それを見た瞬間、羽熊とトムは表情を輝かせた。


「は、はは。ヒーローはピンチに駆けつケルですカ」

「たまには十分余裕をもって来てほしいですよ」


 どうしていつもギリギリ来るのだ。フィクションなら来ると分かっているからまだ見れても、現実で起こると不安で仕方ない。

 けれど、羽熊たちがしていたことは間違いではなかった。


「お待たせ」

 ドアが開くと、そこには一人ルィルが乗っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 羽熊の異地の知識とトムのキャンプ知識の融合で見事狼煙上げ^^ ただ最速は拉致犯&その増援(><) 再びのピンチに颯爽とルィル登場!! 果たして形勢逆転となるか? トム…
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