第5話 『報告』
「レーゲンめ、こんな時に領土侵犯して来るなんて」
ルィルは浮遊高機動艇で歯ぎしりさせながら愚痴をこぼした。
レーゲンは月に一度のペースで円形山脈に領空侵犯をしている。国として抗議をしても向こうは向こうで自らの領土として反論し、イルリハランの浮遊駆逐艦が来ると自国へと戻っていく常態化が進んでいた。
その常態化が、せっかくの異星人との邂逅を邪魔された要因となりルィルは苛立つ。
手にはハグマから渡されたニホン製の腕時計が握られている。話をしてわかったが、ニホンとイルリハランの科学水準はそう離れていない。地を走る乗り物には驚愕だが、電子機器や液晶画面などは微妙な差異はあってもほとんど同じと言える。
この腕時計も、見たことない文字が文字盤の外周に沿うように十二文字並べられ、秒針と短針が動くことで時間を表している。
この世界と同じ数学を持っているなら頂点を0として時計回りで1、2、3とあるのだろう。ひとまず時計とニホンの数字十二文字を入手して、偵察隊としての任務は上々だ。
「リィア隊長、このまま帰投するんですか?」
レーゲンの狙いは間違いなくニホンの偵察隊だ。彼らからにしてみては聖地に不当にやってきた侵略者。殲滅するだけの理由はあり、その殲滅するためにも原住民の拿捕は厳命だろう。
逆にイルリハランはユーストルを無人の国立自然公園にしているため、可及的速やかな調査は同じでも外交のレベルはレーゲンより穏やかだ。もちろん侵略目的で来たのなら話は別だが。
「相手は浮遊駆逐艦四隻だぞ。こっちの武装でどうにかなるか」
浮遊艇、浮遊巡視船、浮遊駆逐艦、浮遊戦艦、浮遊特務艦の順で軍艦の強さが分かれる。浮遊高機動艇は浮遊艇に割り当てられ、領土侵犯したのは戦艦よりは劣るが戦術によっては戦艦も落とせる駆逐艦だ。防御力も高く偵察隊程度の戦力ではまず太刀打ちできない。
「八百キロ北の地域に巡回中の三隻の巡視艇がいるが戦力不足で、ラッサロン浮遊基地から浮遊戦艦〝イラストリ〟と浮遊駆逐艦二隻を出発させるらしい。けど俺たちが合流する頃にはもう終わってる」
レーゲンの駆逐艦と日本の偵察隊はおよそ三十分から四十分で接触する。ラッサロン浮遊基地はここから千八百キロの山脈付近にあり、最大戦速で向かおうと三時間以上は掛かる。
あの小規模の部隊では数分もかからず拿捕されその場を離れられてしまうだろう。
「上の判断は?」
「ニホンの部隊の保護はナシだ。どんな経緯でユーストルに来たのか分からない上に敵味方も分からないんだ。万が一敵だったらどうするってさ。国民も突然の島国に不安がってるらしい」
ルィルはニホン製の腕時計を眺め、おそらく軍人ではないハグマのことを思い浮かべる。
彼の後方にいた人物たちは武器を携えていたから軍人で間違いないが、ハグマは明らかに一般市民な風貌だった。武器も持たず軽装で、こちらのことを知ろうと必死だった。
イルリハランやレーゲンを侵略する目的なら言語も調べずに来るだろうか。もし自分が主導で侵略をするなら一気呵成で畳みかける。相手の国を、世界を調べ、軍事拠点を一気に攻め、体勢を整える前に政府と軍を掌握する。国潰しは最低でもその二つを落としてしまえばあとは楽なものだ。ゲリラやレジスタンスとの戦いはあってもだ。
なのにニホンはそれをしない。突発的な国土の出現は脅威だったが、二日間も国を出ず、出てきてもそれは十数人の偵察部隊で対話をしたのはおそらく民間人。侵略の意図が全く感じられなかった。
無理やり理由づけをするなら、ニホンは不本意にこの地に来てしまい、この世界を調べることを急きょ決めた。
それならニホンの行動は説明がつく。
「ルィル、お前の考えは分かってる。巡視艇を急行させてレーゲンの足止めをさせるつもりだろ。やつらもこちらの巡視艇に攻撃は出来ないからな」
レーゲンがニホンを拿捕しようとしているのは法的な庇護がないから、人権問題も起きないためだ。だがイルリハラン籍の軍船を攻撃してしまえばイルリハランとの戦争になり、それだけは向こうも避けたいだろう。
「しかしここであのニホンを助けたとしよう。俺たちは実際に会ったから危険な人種ではないことは分かっているが、国民や周辺国はまだそれを知らない。そんな国の原住民をイルリハランが守ってしまえば、ニホンとイルリハランはなにかしらの密約でもかわしているのかと国際社会に不安を与えかねん。地に足を下ろすニホン人をうまく使って莫大な利益を得られるとしても、世界から敵視されてはむしろ損害の方が大きい」
偵察隊七〇三は出会い、三時間と短く言語の違いもあってスムーズとはいかなかったが暴力的ではないことを知った。互いに腕時計を手渡して科学水準が似通っている証拠も手にした。けれどそれを知っているのは偵察隊七〇三と上だけだ。国民はニホンがユーストルに現れ、海からフォロンがないことと衛星から得られる画像を公開しているだけで詳しい情報はまだ知られていない。
知らないと言うことは不安につながる。
イルリハランに住む七千八百万人はニホンのことを知らない。ルィルたちもほとんど知らないが、それ以上に国民は知らないのだ。そんな国の原住民をイルリハランが守ればニホンと密約があると疑われ、その不信は政府へと向けられる。
「……ではニホン人を助けずに助けては?」
「どういうことだ」
「結果的に助ける形になれば問題ないはずです。実効支配しているユーストルにレーゲンの艦船が入り込んでいるのを止める体なら、結果的にニホン人を助けても助けたことにはなりません」
むしろ『ニホン人を助けるためにレーゲンを止める』のではなく、『不法侵入しているレーゲンを止める』のはイルリハラン軍として当然の行動ではないだろうか。
「ルィル、お前はどうしてあの国にこだわるんだ?」
「もちろんイルリハランの国益のためです」
ルィルは根っからの愛国者だ。イルリハラン国を心から愛しており、幼いころからこの国のために死ねるのなら悔いはないと思っている。
その動機は三百年前に起きたイルリハラン最大の戦争のドキュメンタリー番組を見たからと他人から見ればそれだけと思われだが、その決意は今もゆるぎなく正しく思っており、軍人は天職とも思っている。ルィルの年齢は今年で二十七歳で、一般曹候補生から入隊して今の地位にいる。理想としては高卒から士官大学校に入ってより高い地位を目指したかった。しかし親がそれを許さず、結果大学を卒業する二十二歳までは軍事とは無縁の生活を強いられ、卒業すると同時に家を出て自ら過酷な世界へと身を投じて今に至る。
だからこそイルリハランにとって奇貨となるニホンに執着していた。もしニホンがイルリハランに利益をもたらすならそれに全力し、不利益になるなら排除することを、あの生き物に似ている島国を見た瞬間に直感として受けたのだ。
「ここでレーゲンに好き勝手されては、ユーストルはレーゲンの支配下と言う印象を与えてしまいます。それは軍として許容できることではないはずです。例えニホンが侵略目的で来たとしても、周辺国を襲わない限りこれは国際問題ではなく国内問題ではないでしょうか」
国際問題とは二ヵ国以上で共有する問題を指す。現在ニホンの出現を、便宜上ニホン問題とする場合、その問題に直面しているのは出現した円形山脈を領土とするイルリハランのみで、侵略の事実に関係なくこれは国内問題なのだ。
例え周辺国が不安感を持とうと、ニホンが何もしなければ対林の火事で終わり火の粉も掛からない。そしてニホンの実情を調べて公表すれば不安感も消え去る。
なのにレーゲンの傍若無人を止めなければ、この地の防衛はレーゲンが行った実績を残してしまい、これは非常に政治的にまずいことになる。
少なくとも軍を持つニホンは、身を守るためにレーゲンの駆逐艦を迎撃するだろう。そうなればレーゲンは本腰を入れて円形山脈に進行し、イルリハランも本腰を入れて師団や旅団を派遣。さらに他国も火の粉は浴びたくないと軍を派遣してたちまち大戦争へと発展してしまう。
「それで俺にどうしろと言うんだ。俺は上へのコネなんてないんだぞ」
「でも巡視船の艦長へ意見具申は出来るのでは? そこからさらに……」
「無茶言うな。俺のクビが飛んじまう」
巡視船の艦長は最低でも少佐からだ。大尉であるリィアでは一階級とはいえ違い、さらにただの少佐と艦長の少佐ではまたそれで地位が違う。
偵察隊の隊長と巡視船の艦長では意見具申も難しい。
「お前の言っていることは政治的にはもっともだが、これが国王陛下の決定なんだ。俺たちは軍人だ。最高指揮官の命令には逆らえん」
ルィルは歯をかみしめた。
いくら得体のしれない国が突如来てもここは母国だ。そして侵略の意図すら見せない相手になぜそこまで不安視し、他国の進駐を許容する判断は間違っている。
けれどリィアの言う通りこの場合に重要なのは人脈だ。上官へのホットラインがない以上、下士官であるルィルは手の出しようがない。
「なら」
「却下だ。三台で駆逐艦が止められるか。吹っ飛ばされて全滅か、無事に済んでも軍法会議に掛けられて書類か生身、どちらかのクビが飛ぶぞ」
ルィルが言いたいことを正論で覆されて苦虫をかみしめた。
上は上なりの考えをもって命令を下し、下士官が不服として無視すれば立派な規律違反だ。それはルィルの理念とも大きく反する。
「大丈夫、ちゃんと考えをもってやってるんだからそっちの任務は任せりゃいい。俺たちの任務は終わったんだ」
考えてみれば本来なら三日前にラッサロン浮遊基地に帰投して非番になるはずだった。それがニホンの出現によって警戒を厳に偵察活動を続け、さらにレーゲンの対応をしては偵察隊七〇三の能力をはるかに超えてしまう。
他の座席に目を向けると、同席するマンローとティアも疲弊の色を隠しきれないでいた。軍人たる以上予定以外の任務があるとはいえ、異星人の出現はさすがに過度なストレスだ。
「頼むから映画みたいな無謀なことをしようとするな。状況は映画さながらでもこれは現実なんだ。映画みたいなのがまかり通るわけがない」
「……了解」
「政府や防務省は俺たちが集めたニホンの情報も欲しがっていて、これ以上留まるわけにはいかないんだ。マンローたちも疲れていて休ませてやりたいしな。それにお前の言いたいことが伝われば明日またニホンはあの湖に来る。その役は俺たちになるから問題起こせば降ろされるぞ」
正論ばかりにルィルは抗う牙を抜かれてしまった。仮にここで武器を向けて無理やり向かわせたところで浮遊高機動艇三台では羽虫だし、巡視船に強行しようとあっという間に拘束されて終わりだ。
しかしレーゲンが迫っているのに明日、ニホンの部隊が湖に来てくれるだろうか。あの近くでは特徴的な場所がなかったのと、一考する時間もなかったから同じ場所を指定したが、レーゲンがニホンのことを知ろうとしているのに果たして出てこられるか。
ルィルはリィア隊長の矛盾に気づく。
リィアの話からするとレーゲンのことはたいして問題視していない。政府はレーゲン対策を後手に回しているのに、どうして明日ニホンはユーストルに出てこられるのだ。ニホンの偵察隊が捕まれば明日会う約束も無意味だと言うのに。
「隊長、信じていいんですね?」
「……心配するな。俺もあの国に少なからず興味があるからな、台無しにはしたくない。もうゆっくり休め。明日もまた苦労するぞ」
結果を他人に任せるのは正直なところ不安だ。目の届かぬところで自分が関わりを持っていたのに、一切干渉できないところで片が付くのは言葉に変えようがない不安感を覚える。
しかしそれを担うのは愛する国家だ。そこは愛の度数を信用へと置き換えて結果だけ見るしかない。
ここでルィルは肩の緊張を取り、背もたれに深く体重をかけた。
奇貨を取るのはどっちだ。
*
ユーストルを巡る諸外国との考察。
及びイルリハラン国ミュリーア州ユーストルに現れたニホンに関する報告書。
ユーストルはそのものを含め外周の七割がイルリハランの領土である。地図上で言えば円形の約三千五百キロが隣国であるレーゲン国に接触しており、その国境の山脈からレーゲンはユーストルに不法侵入してくる。
空を飛ぶ種族でも三千五百キロもの距離を完璧に防衛するのは困難だ。さらに国境沿いに軍事基地を設置するのは国際関係上問題であり、この領土問題を除いてレーゲンとは別段敵国関係ではないため門戸は開いた状態だ。
なら円形山脈内に浮遊基地を設置する案もあるが、国立自然公園の景観を壊したくないこと、軍事的圧力をレーゲンに向けたくないため総数五万人、三十隻以上の軍艦を収容するラッサロン軍事基地はレーゲンとの国境から真逆の山脈上にあり、衛星と定期巡回をすることで早期警戒を図っていた。
ニホンと言う国の出現によりその状況は大なり小なり変わった。全く未知の国家が突如ユーストルの中心地に出現し、当該国であるイルリハランと、ユーストルそのものを狙うレーゲンが動く。
レーゲンの政府報道官は国内外に向け、ニホン出現から数時間後にはこんな報道をした。
「我が国及びリーアン全ての聖地であるユーストルに現れた謎の島国は、可及的速やかな理解と解決を必要とする。これは一ヵ国が対処するには能力をはるかに超えた問題であり、現在不当に占有し続けるイルリハランだけでなく、我が国及び全世界も共有する問題だ。この解決のため島国の調査に軍の派遣を検討する」
この報道官の発言を機に、法的に見ても異星国家問題はイルリハラン一ヵ国の問題を国際問題に引き上げようとする。
イルリハラン自体はこの問題を国際問題にせず、国内問題として解決するつもりだ。基本国内で起きた問題は国内で解決するのは常識だからである。国際問題はその問題が国外に波及し、当該国の能力では対処できない場合に昇格される。現状、この問題はイルリハランのみで対処できた。
レーゲンはユーストルを自国の領土としているため対処しようとするが、連携のとれない国家同士は互いの足を引っ張り合うだけで無駄骨になってしまう。
しかし今回ばかりは常識外であるため常識外の考えが通ってしまった。島国が突然出現するなど歴史上初、空前絶後の事態でそこをレーゲンは利用したのだ。
聖地に現れた島国問題を解決した実績を作り、レーゲンこそユーストルを実効支配するにふさわしいと伝えるために。
イルリハランにとってとても許容できる問題ではない。自国の問題を他国に解決されては国としてのプライドが傷つけられるだけでなく、自らの領土に入り込む地域を他国に譲り渡すことになるのだ。誰だって自分の敷地内に特に親しくもない隣家の敷地を入れたくはない。
島国出現から三日目。ラッサロン浮遊基地所属、円形山脈巡回偵察隊七〇三は無言を貫く島国の偵察隊と思われる軍隊と接触。一触即発と警戒を厳としたが、ニホンと名乗る国の偵察隊は武力ではなく対話を主な外交を志しており、互いに銃口を向けあったがすぐにおろす運びとなった。容姿は添付写真1を参考。
事前の情報からニホンは我々と同等の科学力を有していることは知られ、実際に接触したことでそれは確信した。戦闘服は相違なく、防弾ジャケットにヘルメットを装備し、小銃は銃身が短いが構造的には同じく弾丸を発射をする武器と見て間違いない。
乗り物は、レヴィロン機関を用いらない大地を疾走する乗り物を所有していた。我々が空に立つ上で欠かせないフォロンが一切海よりないため、先述のような乗り物を利用していると推測される。
しかし、ニホンもまた浮遊機を所持している。残虐的、非効率的、事故率の高さから研究段階で止まっているプロペラを利用した航空力学の非浮遊機を実用化しており、接近の際は注意されたし。非浮遊機は添付写真2を参考。
ニホンはマルターニ大陸共通言語であるマルターニ語を習得しておらず、しかし我々に意図を伝えようと自らの言語を片言で話し、特徴的にニホンを名乗ることで偵察隊の国家がニホンと知る。偵察隊の中には学者であろう民間人と見られる男性原住民もおり、主に彼と対話をして証拠物件1である腕時計を入手。さらに翌日午後十四時に再び接触する約束を得た。
ルィル・ビ・ティレナーの個人的な見解だが、ニホンは侵略をするためにユーストルに現れたのではなく、ニホン自体意図せずに来たものではないかと思われる。
その根拠とし、ニホンは定石である奇襲攻撃を行わなかった。さらに三日もの間ニホンは軍隊をユーストルに派遣せず、したのはわずか十数名の隊が十隊のみ。これは事前にユーストル及びイルリハラン、さらにはマルターニ大陸やこの世界を調べていないことになる。
最大の根拠として、イルリハラン自体物体転送技術を有しておらず、同レベルの科学力を持つニホンが自らの意思で来るとは考え難い。例え科学力に誤差があったとしても同様だ。
以上のことからニホンは意図せずこの世界に来たものと推測する。
人種的性格は我々と同じく道徳心を強く持ち、力より話を重んじる。彼らにとって異星人である我々に対して、銃口を向けてもすぐにおろしたのが根拠だ。おそらく法と規律がしっかりとされた国政と軍事組織なのだろう。
そして特記するのが、ニホンは我々と違い高度な地下資源の採掘技術を持ち、大地・地下への抵抗感が少ないことである。我々の都市は巨木森林そのものと耐火加工した木材を用いての浮遊都市だが、ニホンの都市はガラスや鉄、石材を大量に利用した作りを主としている。先述の乗り物はおそらく内燃機関によって動いており、石油からガソリン等の精製技術は高いと見られる。
同様に純度の高い軍事力を有している可能性があり、軍事衝突は相当の危険がある。以上。
*
ラッサロン浮遊基地所属、ギルバラ級浮遊巡視船ソルトロン、ハルア・ミザルト船長。
レーゲン籍ドーパ型駆逐艦によるユーストル侵攻妨害及び、ニホン軍中・大規模部隊との接触に関する報告。
八月二十二日。レーゲン国が保有するドーパ型四隻が無許可でユーストルに侵入をした。侵入の理由として、偵察隊七〇三よりニホンと呼ばれる国の部隊がユーストルに不当に進行している情報を得て、拿捕し聴取するためとした。
我が国固有の領土であるユーストルへの無許可の侵入により、ユーストル11‐17ポイントにいた巡視船ソルトロンと僚艦、デンバ、モルトリンは対応のため急行する。
任務はラッサロン基地より出航した戦艦イラストリが到着するまでの時間稼ぎであるが、場合によっては現場判断での交戦の許可を言い渡される。
(オフレコ:名目上はレーゲン軍駆逐艦の停船であるが、事実上ニホン軍の撤退支援)
最大戦速七百キロにて向かい、ニホンのユーストルと島が接触している接続区域から五十キロの地点にて接触。レーゲン籍ドーパ型駆逐艦ドーパ及び僚艦三隻はニホン軍の進路妨害をするかたちで大地すれすれに高度を下げていた。ニホン軍の大地を移動する乗り物は逃げ道が見当たらずに動けず、母国である島国からの支援は確認できない。
しかし、レーダーによればドーパより発射されたミサイルを迎撃しているため、ニホン軍は助けないのではなく助けられないのではないかと思われる。偵察隊七〇三の報告と照らし合わせると、おそらく駆逐艦を落とし、レーゲンとの本格的な戦争を避けるためであろう。
接近する際、ドーパよりユーストルからの退去勧告が来るがこれを拒否。ソルトロンよりドーパに向け、ニホン問題の当該国はイルリハランのみであり、レーゲン国が関わる問題ではない。ただちに退去するよう勧告した。
停船位置を四角く囲うよう停船するドーパ型の中央上空にし、下部速射砲二門を向けてさらに退去するよう勧告する。
一触即発の事態に不安がよぎる中、ニホン軍が動く。
非浮遊機と異なるジェット推進を利用した非浮遊戦闘機が五機、島国より飛来する。ドーパ及び僚艦は対空ミサイル、アルワ‐24を発射するがニホンの浮遊戦闘機により全弾迎撃される。しかしドーパや我々の艦に向けて攻撃をすることはなかった。
ニホン軍の迎撃によりレーゲン艦が動き、その隙を突きニホン軍偵察隊はわずかな隙間を縫うようにして退避に成功した。
さらにレーゲン艦よりアルワ‐24を十発射するが、ニホン軍浮遊隊の迎撃は的確で全弾を落とす。船長としての現場判断でこれ以上の武力行動は容認できず、威嚇射撃としてドーパの側面から三十メートル離れた場所に速射砲を発射し三度勧告。
戦艦イラストリはこの時点で千キロに位置し、レーゲン軍の増援は見られず。異星国家ニホンとイルリハラン軍との対立に、ここでドーパは退避行動に出る。
ニホン軍偵察隊はその上空で旋回するニホン軍浮遊機(静止不可?)に守られながらニホンへと向かう。五機の浮遊戦闘機は時折機体を揺らすしぐさを見せた。我々への合図か、味方への合図かは判断できず。
ここで僚艦デンバ、モルトリンにレーゲン軍の監視をさせるため離脱させ、ソルトロンはニホン軍の監視のため低速でニホンへと向かう。この判断はニホン軍の行動の真意を測るためのものである。
ニホン軍偵察隊と浮遊戦闘機は時速九十キロから百キロと低速で移動し続け、ニホンの国土まで一キロのところでソルトロンは停船する。
ニホンのほとんどが海に覆われる中、唯一陸と陸がつながる場所は、おそらくニホンも不本意だったと思われる。参照画像1のように、明らかに急ごしらえの前線基地が施設されており、その基地内で活動する原住民はソルトロンに驚愕の表情を浮かべているのを確認できた。
ニホン軍からの攻撃は一切せず、威嚇行動もとらない。
代わりにロケットエンジンの浮遊戦闘機とは異なる、我が国では研究段階のプロペラを利用した航空力学による非浮遊機が十機近くが飛来し、ソルトロン周辺を移動するが敵対行動ととられたくないのか退避航路となる後方だけは回ることはなかった。
約三十分停船し続けてもニホン軍からは観察こそ受けるが敵対行動は一切せず、ニホンが侵略目的で国家ごと転移した仮説は立証できない。
レーゲン軍駆逐艦が自国に向け航行を続けている報告を受け、これ以上の停滞は好ましくないと帰投指示を出す。
すると船外カメラで確認できたニホン軍を見ると、手を高く上げて手を振る隊員の姿が多数見られた。リーアンにとっては謝意と別れを示すしぐさだ。表情から鑑みて相違ないと結論し、レーゲン軍から結果的に助けたことを理解してもらえたと思われる。以上。
*
「陛下、第四次報告書が届きました」
イルリハラン国、首都指定浮遊都市イルフォルン、その中央に位置する宮殿王執務室は、三日前に突如湧いた異星国家問題に不眠不休で対応に追われていた。
全高十メートル、面積三十平方メートルある広い執務室には、王を始め関連省庁の長とお目付け役の王室、官僚がいて各方面から来る情報を元に今後の方針を話していた。
「偵察隊と浮遊巡視船船長共々、異星国家ことニホンは侵略の意図はないと判断しているな」
齢四十七歳を迎えるイルリハラン国王、ハウアー・フ・イルリハランは二か所から来た報告書を読んでそうまとめた。
「左様で。現にニホンは大規模な軍隊を保持しているようですが、国外への派遣は出現当初から現時点まで確認されておりません。偵察隊、衛星からの観測でも小規模な偵察隊のみであります」
「そうか」
宙に浮く椅子に腰かけるハウアーは、深く背もたれに体重を乗せて虚空を見据える。
ニホンの出現から周辺各国はもとより、全世界からニホンの情報開示を求めてきている。史上初の異星人が宇宙からでなく突如国立公園に現れ、全世界がイルリハランに注目している。レーゲンだけでなく世界有数の軍事国家からも、軍の派遣もいとわない旨の話も高官レベルから来ているほどだった。
第一に知りたいのはニホンが来た理由だ。それを知らなければ話も出来ないからだが、それをようやく知りうることができた。
報告を総括すれば、ニホンは侵略目的で意図してきたとは考え難い。裏返せば来たくないのに来てしまったと解釈できる。
「しかしこれを諸外国にどう報告するか」
イルリハランとしての方針は二択の選択まで迫られている。ニホンを攻め滅ぼすか、それとも対話をし受け入れるか。
単に隣国が攻めてきたのであれば迎撃し、その国に賠償をさせれば済む。しかし異星の国家が国土ごと来るのは前代未聞だ。どう対応するべきか、いかに四百年の歴史を持つイルリハランの王も即断即決は出来ないでいた。
自らの意思で来たのなら帰ることも出来るが、意思とは関係なく来てしまったのなら帰らせることも出来ない。報告書から見ても自ら来たとは到底思えなかった。
「ニホン軍の様相からして我々とそう変わらないようだな」
添付された画像を見ても転送技術を持っているような科学力は見えない。大地を走る乗り物は驚愕だし、レヴィロン機関を使わない浮遊機も驚きだが、フォロンが一切ない文明での進化と考えると未来の乗り物とは思えなかった。
「しかしこのニホンはどうやって我が国……いや、この星に来たのだ?」
「ニホン側の世界的実験の影響か、それとも超科学を持ったさらなる異星人による仕業か。なんにせよニホンより聞かないことには分かりませぬな」
国王の相談役を務め、同時にハウアー国王にとって旧知の仲であるフィルミ・バーツも上がってくる報告書を見ながら私見を述べる。
「陛下、現状はニホンは侵略の意思は見られないとだけでよいではありませんか? もちろん軍による監視は必須ですが、確信も得られない情報を発信して間違っていた場合、政治的に不利な立場になるかと」
国家で一番の権力を持つのは王や大統領など国家元首だ。その国のトップが間違った情報をもとに、または国民の反感を買う発表をした場合、その修正は非常に面倒なことになる。トップが決めた以上安易に変えることは出来ないうえ、トップと言う肩書の責任がついてくるからだ。
例えば王なり大統領が「戦争をする」と言ってしまえばもうするしかない。あとから冗談や間違えたと言ったところで無責任云々となり、国内外から壮絶な批判を受けて国家の信用が下がる。国家の信用と経済は同じだから、信用が下がれば経済も悪化と発言には十分考えなければならない。
「ニホンと接触した偵察隊七〇三は今はどこに?」
「現在はラッサロン浮遊基地にて休養中です。報告書にあるように明日またニホン軍の偵察隊と接触する約束を取りつけたようでして、報告書の提出後は休ませております」
「そうか、ならその偵察隊七〇三はニホン調査の専用部隊にし、通常の任務からは独立させろ。さらに専用の人員編成もしてとにかくニホンの言語を学び、ニホンの意向を探らせるんだ」
「御意に。では当面国内外へは危険性は低く、軍の監視のもと現在調査中と発表いたしましょう。多少の画像や映像を発信すれば国外はともかく国民は納得してくれます」
まずは前提としてニホンは敵かそうでないか。自らの意思で来たのかどうか、この二つを確信しないことには具体的な判断は出来ない。少なくとも偵察隊のがんばりによって敵ではなく自らの意思で来たのではないと言う可能性が濃厚となった。
特に大地に対して忌避しないのは大変注目すべきポイントだ。
フォロンとレヴィニウムにより忌まわしい大地から解放されたリーアンだが、文明が発達するにつれ、その忌避すべき大地にある資源がより重要視されていった。だが遺伝子にまで刻まれた嫌悪感は、例え高額の収入を保証をしようと低所得者であっても資源採掘事業は避けてしまうほどだ。
もしニホンで地下資源採掘事業が盛んならば、主権を認める代わりに地下資源の譲渡を受け入れさせて、我が国を飛躍的に発展させることも十分に考えられる。
石油、金属、希少金属、希土類金属、レヴィニウム、フォロン結晶石と地下に眠り手を出したくも出したくない資源が、各国にもイルリハラン国内にも大量にあるのだ。この機会をみすみす逃す手はない。
「陛下、レーゲン大使より抗議文が外務長及びお目付けあてに送られました。内容はユーストルを異星国家に譲渡するのは世界危機的売国行為ではないかと」
「我が国の問題を世界問題に塗り替える気か。出現から三日経とうと小規模な活動しかしない国家にどれだけ危機感を煽るのだ」
「レーゲンはユーストルを欲しておりますゆえ、自らが先頭に立ち問題を解決、統治するにふさわしいと主張したいのでしょう。さらに三日間偵察隊しか出さなかった我々より実行力があるとも言いたいのだと思われます」
武力を見せつけての外交が成立したのは国家と国家の外交だけの話。国際化が進み、複数の国家が共同で事業に乗り出す時代になった今、テーブルではなく戦場で語る外交は総出で嫌われる。
レーゲンも十分に近代化が進み、国家的性格も成熟しているはずが手っ取り早い武力を手放そうとしない。確かにテーブルでの交渉より武力による交渉の方が結果を求めれば簡単だ。しかし後始末を考えるとテーブルでの交渉の方がコストパフォーマンスはいい。
過去に戦争で勝とうと、経済が限界線を越えて破たんし隣国に経済援助と言う併呑した国家もある。
「とにかくニホンを知るまではレーゲンに手を出されたくはない。万が一我々ではなくレーゲンと主権交渉されれば大問題になる」
自らの領土に出現した異星国家が、隣国と主権交渉して地下資源の譲渡条約を結ばれてはイルリハランの発言力は無いに等しく、非常にややこしい問題へと発展してしまう。
「それはもちろん。ですがその心配はおそらくないと思います。レーゲンの駆逐艦を我が軍の巡視船が妨害しておりますし、どちらとも国旗を掲揚しておりますのでどちらがどの国なのか判断は出来ましょう。資料によりますとニホン軍も白の長方形に赤い円を象った国旗のような物を軍服につけておりますので国旗の概念はあるかと」
「そうだったな。つい先ほどのことも忘れてしまったわ」
「陛下、そろそろお休みになさってはいかがでしょうか。ニホンの脅威論が低減した以上、根を詰めるとお体に触ります」
「そうだな。だがもしニホンが大きく動けばたたき起こしてでも知らせろ。他国の動きも同様にな」
「承知いたしました」
「皆の者も適度な休息を取り、不急不測の事態に備えよ。現状、侵略の意思はないとしても、情報を穏便に見せかけつつ集め火急に攻め入る可能性も捨てぎれぬからな」
執務室にいる全員が力強く返事をし、ハウアー王は執務室を退室した。
一般家庭の部屋の全高は平均五メートル程度。しかし大勢の人が働く宮廷はその四倍の二十メートルはあり、従者がいれど数人ではとても広く感じる。壁も床も天井も、その全てが巨木林からとれる木材で作られていた。
時間はすでに日付も変わった深夜だが、異星国家問題で関連省庁は休む暇もなく動き、時折猛スピードで王の横を通り過ぎていく。
通常であればそれだけで解雇だが、事前に火急の問題があればそれくらいの行動は目をつむると全職員に言い聞かせていた。
急いでいるときに一々止まっては後手に回ることもあるからだ。
「あなた」
従者と分かれ、寝室に入ると妻のミアラが夜も遅いと言うのに待っていた。
今年で四十歳になるミアラは国内だけでなく周辺国からも美しい王妃と言われ、持て囃されるほど整然とした顔立ちと体型を持っている。だからこそ王妃として迎えたわけではないが、四十を過ぎても体型を崩さないのは日ごろの苦労の賜物だろう。
寝巻にカーディガンを羽織る姿で待っていた彼女は、やはり美しいと言える笑顔をハウアーに見せ、その笑顔だけで疲れが抜けていく。
「なんだ起きていたのか。寝ていなさいと言っただろう」
ミアラはハウアーの背後に回ると羽織を脱がしにかかる。
「毎日夜遅くまで起きているのに寝てなんていられないわ。それにあの異星国家のことも気になるもの」
通常、イルリハランの王族は成年を迎えると役職を与えられ、お目付け役として関連省庁に登庁したり民間企業の名誉幹部となり政府へのホットラインの役割を主に行う。だが王妃は王の妻であるため専門の役職は与えられず、王を支える妻としての立場を守らせる。
だから王に届く情報がそのまま王妃に届くことは少なく、得る知識は国民より一歩出たくらいだ。
「それでどうなの?」
「ひとまず危険は低いだろう。異星国家も軍は持っていたが、レーゲン相手に自衛しかしなかったそうだ。我が軍の偵察隊と遭遇してもすぐに銃を下ろしたと報告もある」
「そう、ではなぜその国はこの星に来たのかしら」
「それは今後の調査次第だ」
「あまり無理をなさらないで。あなたが倒れたら私だけでなく国民も迷うわ」
ハウアー夫妻には残念ながら後継ぎがいない。結婚して二十年が経ち、本来ならすでに後継ぎは青年となって次期王としての勉学に励むはずが、ミアラには生殖能力が遺伝的になかったため子供は望めなかった。
それを知ったのは結婚した後で、周囲からは側室を迎えるべきとミアラ含め声が上がったがハウアーは断った。理由は側室制度が時代遅れであり人権軽視だからだ。そして次期王位は十二歳年下の弟がなり、その弟には男子が生まれているため男子直系で王室を維持することは問題なかった。
「ああ、そうだな」
二人は短いながら抱擁をし、全高十メートルある広い寝室の中心部にある宙に浮くベッドへと移動して脱力。重力に従いベッドへと横になった。
「もうお休みしましょう。明日は今日よりいい日になることを願って」
ハウアーは静かにミアラの頭を引き寄せ、黄緑色に発光する髪を撫でながら目を閉じた。
この愛するイルリハラン国が、一歩でも幸ある道を進めるよう、尽力するのが政府であり王の仕事だ。異星国家問題、何としても都合のいい着地点を見出さなければ国が傾く。
*
「おいルィル、いい加減機嫌直せ」
「いやです、直したくありません」
つーんとルィルはリィア隊長からそっぽを向く。ほほを膨らませ、典型的な不機嫌の表情を分かりやすく見せつける。
場所は浮遊巡視船ソルトロンのブリーフィングルームで、時刻はニホンの偵察隊と会う約束をした十四時まで二十分前である。
ブリーフィングルームには偵察隊七〇三の隊員全員が揃い、ニホン軍と接触する準備を行っていた。昨日は遭遇する形で接触し、レーゲンの邪魔もあって短時間でしか話すことが出来なかった反省を踏まえ、今度はニホン軍撤退支援に使用したソルトロンと浮遊戦艦イラストリを派遣して万端の状態で対話に臨もうと考えた。
ニホン軍もレーゲンの脅威から隊員を守るために規模を増大する可能性もあり、互いに戦力の一部を見せ合う目論見もある。
そして偵察隊七〇三は解隊され、隊員はそのままに異星国家偵察部隊へと改名した。
出来れば外務省の官僚や言語学者も同席させたかったが、ユーストルは浮遊都市からはかなり離れた場所と人員の都合が付かなかったためそのまま偵察隊のみでニホンと接触する運びとなる。
そして偵察隊の中で特に活躍を見せたルィルは、隊長に嘘をつかれたことで腹を立てていた。
自分が思い描いていたことをそのまま政府はやっていたと言うのに、ニホン軍を見捨てるような説明をされたのだ。あのままこの巡視船に合流して撤退支援をしてもよかったのに、それを無視されたことにご立腹だった。
「説明しただろ。報告書を上げなきゃならないうえに一晩だろうとみんなを休ませないとならなかったと」
「我々が基地に戻る頃にソルトロンも戻ってきましたが?」
「いい加減にしろ。お前が隊長の部隊じゃないんだぞ。独りよがりの行動でどれだけ戦場で被害が出たか知らないお前じゃないだろ。お前もいずれは部隊長になるんだから自制くらい身につけろ!」
さすがに揚げ足を取り続けたことでリィアがキレた。ルィルは確かにニホンの偵察とニホン軍の接触には貢献したが、その後の独りよがりは曹長の立場としては見逃せるものではなかった。今までの努力であり女性だから大目に見たが、そこまで不機嫌をあらわにすれば責任者として叱責しなければならない。
ルィルも口調の変化にハッと自分の失敗に気づくが時すでに遅い。
「お前は度胸があるし現場判断も的確だ。隊長になる器には十分にあるが、隊員はお前の奴隷じゃないんだ。お前が平気でも隊員が倒れたらどうする。一人で十人分働くか? 一般市民じゃなくて軍人十人分だぞ。軍隊は団体行動だ。独りよがりが通じるのは映画の中だけなんだよ。そんなに一人でやりたきゃ軍人辞めろ」
映画では超人的ヒーローが単身で大部隊と戦い勝利をおさめるが、それは映画だから出来るだけで現実では不可能だ。銃弾飛び交う中、ほとんど当たらないことはないし、当たったとしても平然と動くこともあり得ない。
ルィルの行動は、個人としては優れても部隊としては落第点と言える。
イルリハランのため、異星国家ニホンを知るために尽力したのは優れた点だが、ニホンに固執するあまり部隊を蔑ろにしたのだ。もっといえば自己満足で部隊を動かそうとした。
上からの命令であれば従うほかないが、決定権が現場であれば隊員と任務を天秤に掛けて行うのが筋だ。なのにルィルは任務だけを優先したので、これは隊長としては失格と言える。
ルィルはリィアの叱責でそのことに気づき、俯いてしまう。
「で、もしあの場でこの巡視船とレーゲンの駆逐艦、いやニホン軍が攻撃してきたらどうする。この船と隊員の命を蔑ろにするつもりはないが、お前の判断で船が落ちて隊員が戦死したらどう思う」
悔やむ、の一言しか出ない。部隊は生きて船は死んでもいいとは言わないが、異星国家と言う未知の人種。昨日の接触で武力より話をするとはいえ、上層部までそうとは限らなかった。軍事国家なのか民主国家なのかもわからないのに、思い込みで無理に乗船、ニホン軍とレーゲン軍との三つ巴で巻き込まれれば、悔やむ以外に出ない。
「即断即決は隊長や指揮官にとって重要な要素だが、思いやりもまた必要だ」
「はい」
「任務達成が目の前にあろうと、達成したところで部隊が壊滅しては達成はしても成功とはいえない。全員が生きたうえで達成して成功となるんだ。その線引きをちゃんと頭に入れておけ」
ふと涙腺が緩みかけたが、ここはぐっとこらえた。昨日最後の前線には出られないが、異星国家問題では最前線にいられるのだ。ニホン軍と会うのに涙目では会えない。
「猛省します」
リィアもルィルの顔を見て察したか、それ以上は言わなかった。
『ユリアーティ、湖を視認。ニホン軍はすでに到着済みのようだ』
「もうニホン軍が? まだ二十分以上あるのに」
『向こうもこちら同様部隊を増強している模様。写真とは異なる非浮遊機が五機以上見える』
「おいルィル! あのニホンバカ」
ルィルは猛省と言ったばかりなのにすぐさま動き、ブリーフィングルームから通路、通路から甲板へと出る。
高度千メートルで移動するソルトロンからは湖の全容がよく見渡せ、前日ニホン軍と接触した場所を見ると確かに大・中規模の部隊がすでに到着していた。
双眼鏡を手にしてみると、昨日目にした非浮遊機と同じくプロペラが二個付いた非浮遊機が五機大地についており、空にも似た機体が滞空している。
「向こうもやっぱりレーゲンを前にして戦力を上げてる。ふふっ、考えることは同じね」
であればこちらの思惑も向こうは予測しているはず。なら話としては妥協や譲らぬところはあれ問題なく進むだろうとルィルは予感した。
ソルトロンはゆっくりと高度を下げ始めた。