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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第三章 新時代編 全41話
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第83話 『浮遊都市の実情』

 鍬田はバス型飛行車の窓に張り付く勢いで外の風景を見ていた。

 スモークが張られていても見えないのは外からだけで中からは多少見えにくいが、十分に外を見ることができる。


 そして鍬田に限らずバスに乗った人の大半が身を乗り出して外を眺め、写真や動画を取る。

 内容はまだしも多くの日本国民であれば『トンネルを抜けると雪国であった』と言う小説の冒頭の一文は耳にしたとは思う。

 もしその一文を真似れば、イルフォルンを見た人々はこう思うのだろう。

 船の外に出ると近未来都市であった、と。

 文字通りイルフォルンの風景は、海外映画でよく見る発展した近未来と相違ないほどだ。


 ありとあらゆるものが宙に浮き、車も人も空を飛んで移動をしている。道端にあるごみ箱も信号機も、その全てが宙に浮いていた。

 レヴィニウムとフォロン結晶石の二つがあれば日本の技術力でも再現することは出来ても、これからの日本にとってはやはり近未来だ。

 バス型飛行車は高度を上げ、ビル群の高層付近で通りを進む。

 前後にはイルリハラン警察であろう飛行車が警護として移動しているのだが、それ以外の飛行車は一台もない。

 しかし目線をしたに向けると、政令指定都市くらいの交通量で飛行車が道幅いっぱいで同じ方向に進んでいた。それが高度差で二本ある。


「……ルィルさん、異地の交通事情ってどんな感じなの?」


 鍬田は通路側に座る秘密専属護衛艦のルィルに声を掛けた。


「どんなと言うと?」

「いくら立体的に飛べるからって、全員好きに飛んでいるわけではないでしょ? なにかしらルールがあると思うんだけど」

「ああ、基本車道は二本。二段と言った方が分かりやすいかな? 北と東、南と西の二段の車道で交通は成っているの。十字路じゃなくて丁字路に当たると混乱もするしね」


 ルィルの説明を受けて改めて見てみると、確かに上と下で進む方角が逆になっている。

 十字路のような交差点では、日本で言う陸橋のような形で一方が下に潜るようにして通り抜けている。


「ルィルさん、せっかく空を飛んでいるんだから東西南北で四段にしたほうが楽じゃないの?」

「それだと最上から最下に行くのに二段も降りないといけないから不便なのよ。だから二方向を同じ段にしているの」

「なるほど。信号機があるから不思議だなーとは思ってたけど、ちゃんとしてるんだね」


 二段の車道を見てみると、Uターンは高速のインターチェンジのように道端から道端に斜めにターンをして昇降をしている。

 稀に信号機で車を止め、進めの時でもしている左折右折をよりスムーズに行われていた。

 空に飛べるのだからと言って自由ではない。確か地球の飛行機も自由ではなく決まった航路で飛んでいるから、秩序は陸海空全てで必要なのだろう。

 そして異地では二段の車道にすることで交通秩序を確立した。


「ルィルさん、ビルって全て木造なんですか?」

「そうよ。自生する巨木、それも耐火に優れた物を使っているわ。基本的に都市に使われているものは全て耐火性で、鉄とかは重要部分に使われているわけ」

「……ビルって巨木丸々一本?」

「もちろんそうよ」

「巨木をそのままレヴィロン機関で持って来て、中をくり貫いてインフラ整備するのか。なんだかシロアリみたい……あ」


 つい心に思ったことがそのまま出てしまい、鍬田は手で口を塞いだ。


「シロアリって?」

 どうやらルィルはシロアリをまだ知らないらしい。

「ううん、何でもないの。気にしないで」

 木造の家に住み着いては中から食い荒らしてボロボロにするシロアリと比べては侮辱も良い所だ。今の言葉を忘れるところまで検索はしないでほしい所である。


「全部木造じゃ耐火性が高くても燃え上がったら大変じゃないですか?」

「その時は建物ごとレヴィロン機関で持ち上げて浮遊都市の外に持っていくわ」

「じゃあその気になったら、ビル丸ごとパージできるってこと?」

「そうよ」


 建築業に詳しくない鍬田でも、このシステムは相当に便利だと分かる。

 老朽化して解体するとしても簡単に差し替えが出来るし、引っ越しも空中で新旧のビルを近づければオフィス用具の移動は大分楽だ。

 くり貫いた際に出た切りくずは燃料として使えば燃料節約にもなる。


「それでも浮遊都市丸々焼け落ちた事故もないわけじゃないけれどね」


 日本でもコンクリート造りのビルでも大火災は起きている。まして燃えやすい木材で作られているなら、どれだけ防火対策をしても起こりうる事故だろう。


「木、以外の建材は使おうとはしないのかな」

「無理ね。重量の問題もあるし、コンクリートやアスファルトは大地由来の資源だから働いてくれる人も少ないでしょうし」

「……機械で集めるって手はなかったんですか?」

「いま地下資源は遠隔操作の機械を使って採掘しているの」

「ブラック企業……ってわけじゃないですよね?」

「むしろホワイトすぎとも言えるわね。労働時間は短くて大企業の部長クラスの年収。休日も多いのだけれど、作業上どうしても地面に近づく必要があってそれをみんな避けるの。いくら大金を積まれても地面に近づくのは本当に嫌なのよ」

「皮肉ですね。生活を豊かにするには地面から離れられないのに地面に近づけないなんて」

「ええ。だから皆さんが羨ましいの。生まれた場所にいられることにね」


 鍬田は悲しみを込めた顔を見て、当たり前のことが当たり前でないことに不思議な感情を抱いた。

 リーアンもはるか昔は地球人と同じ、二本足で立って原始的な生活を送っていたはずだ。なのに一種の怪物のせいでその生活を追われ、生きるために空を飛ぶ生態へと進化をした。

 百年前に科学技術の進歩と団結で天敵を絶滅させることに成功させても、元の生活に送るには長すぎる時間が過ぎてしまった。

 慣れなんて程度の軽いことではなく、本能を通し越して遺伝子にまで刻まれては数世代程度では元には戻れない。


 社会にしても個人にしても地上に帰りたいはずなのにそれが出来ない。

 結果、自然と科学が分断された世界が広がった。

 地球では逆に自然を科学が侵略して、人類の繁栄に比例して滅亡へと進んでいるのに。

 奇しくもリーアンにとって地球人は欲しい人材であり、地球人にとって異地社会は理想な自然との共存状態ともいえる。


「地球も異地社会みたいになったら異常気象もなくなっていたのかな」

「どうかしら。この社会構成も色々と問題はあるから」

「例えば?」

「たれ流した廃棄物やゴミは基本回収しないの」

 言いながらルィルは浮遊都市の地表を指さした。


「……あ」

 地表から百メートル近くを浮いているのと日陰で見えにくいが、目を凝らすと分かる。

 ゴミが乱雑に捨てられている。


「地上で仕事をする人がいないように、人工の地面でも仕事をする人は少ないのよ。自然も人工も関係なく『地面』には変わりないからね。だから浮遊都市から故意にしろ意図的にしろ大地に捨てられた人工物はそのままなの」


 地球でも海洋に捨てられたごみ問題は重大な問題として、リサイクルや回収と言った対策を講じている。とはいえ上手くいっている話はほとんど聞かないが。

 異地社会ではその対策すら取っていないのなら、どんどん下は汚れていくことになる。


「一応ゴミ処理専用浮遊都市があって、常に浮遊都市間を移動して回収、処理をしているのだけど、行政はともかく個人の不法投棄は止められないのよ」


 地球でも家電の不法投棄は多々ある。リサイクル料を払いたくないとか、手順を踏むのが面倒とか理由は様々だが、個人の投棄までは目を光らせきれない。


「結局は人と言うことね」

「というよりも『面倒』という概念ね。それがなくなれば多少は変わるかもしれないけど」

「でも『面倒』がなくなったら人じゃなくてロボットになっちゃいますよ」


 面倒は即ち感情の一部であり、個を構成する重要なファクターだ。

 人によって面倒の種類は異なり、ある作業で一人は延々と出来てももう一人は面倒と思う。

 それが個の差異となって、様々な面倒が折り重なって人間社会は成り立っている。

 なのに面倒を排除すれば、合理的な判断と作業しかしない機械の社会になってしまう。

 面倒は社会にとって邪魔ではあってもなくしてはならない存在で、やはり面倒な考えなのだ。


「さすがに日本が来たからってアンドロイドが生まれるとは限らないけど、ゴミ問題は世界規模の悩みね」

「文明水準が同じだと同じ悩みを持つんですね」

「そうね。でもだからこうして打ち解けられたから、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないけれど」

「ああ分かるかも。どっちかが凄く優れてて、どちらかが悪かったら絶対に仲良くしようとか思わないですもんね」

「生活基準の違いはあっても水準は同じだから近寄れるのよ」

「……ところでなんでこのバスはここでの普通の車道じゃなくて、どこよりも高く飛んでいるの?」


 特に説明はされていないが、いま鍬田たちを乗せて飛んでいるバスは二本ある立体車道よりもはるかに高い位置で移動している。前後に先導する飛行車はあれ、明らかに既存の車道ではないのは明らかだ。


「交通規制すると経済に支障が出るから、緊急車両用の高度を移動しているのよ」

「そっか、緊急車両も同じ車道の高さを通る意味はないんだ」

「テロを警戒したら規制するべきなんだけれどね。まあそこは警察やシルビーが動いているから未然に防ぐでしょうけど」

「シルビーって?」

「情報省の略称。んー、一言で言えば諜報機関ね」

「へぇ、じゃあCIAとかFBIかな」

「それって地球のアメリカの組織だったかしら?」

「そう」

「日本にもそうした組織はあるんでしょ?」

「確か公安とかあるけどよく知らないです。そっちのほうが有名だから」


 そもそも日本の諜報機関は秘密が多くて明るみに出ない。フィクションでもその地味さからメインで張ることは少なく、活躍の場が多いアメリカの組織が真っ先に浮かぶ。

 首都ゆえに人口は他の浮遊都市よりは多いだろうから、人の流入の全てを管理することは難しい。だからこそ起こりうるテロに警察や情報機関が目を光らせているのだ。

 それも日常を壊さない範囲でするのだから、色々と苦労しているのが伺える。

 大衆が目にする優雅の裏には表には出ずに苦労する人が大勢いる。

 鍬田たちが異星国家の首都にこれているのも、とてつもない人々の苦労があってのことだ。

 そのことを忘れずに今を楽しもう。


「ところでこれから行くのはどこでしたっけ?」

「家電量販店」

「え?」

 さらっと言った言葉に鍬田は頭上に?マークを出した。

「普通ならランドマークとなる宮殿やミストロ教の教会。博物館や芸術館だったりするんだけれど、最初は家電量販店に行くことになってるわね。他の国と違って、異星人だから普通の販売店でも十分に観光場所になるでしょ?」

「……まあ、確かに」


 日本でも外国人旅行者は家電量販店とか化粧品とかを爆買いするのはニュースではよくある。

 ただ、日本人としてはその地域の風景や建造物を楽しむのが主な観光方法だから、初日に家電量販店とは意外なチョイスだ。

 しかし、異星人のデパートや家電は見てみたいのも正直な気持ちでもある。


「異地で売ってる家電なんて日本でもほとんど出ていないから気にはなりますね。エステグッズとかもあるのかな」

「あるわよ」

「本当?」

「日本製のと比べて質が良いかは分からないけれどね」


 以前ルィル達リーアンが日本に来た時の例に倣い、一人十万円相当の二十万セムまではイルリハラン政府より支給され、それを自由に使うことができる。

 説明でも買ってはいけないものは特に言われていないから、これから行く家電量販店でいいのがあれば買うことができる。


「あ、でも家電製品は日本じゃまだ使えないから買わないほうが良いわね」

「……じゃあなんで家電量販店? 普通にショッピングモールのほうが良いんじゃないですか?」

「買い物が目的じゃなくて、異星の国にはどんな家電があるのかを見るのが目的だからいいのよ。お土産を買う時間は最終日にあるし、ショッピングモールは明日行くことになっているしね」

「観光名所と言うよりは一般生活を知るって感じですね」

「私たちが東京を観光したときもランドマークよりは一般生活に準じた物ばかりだったわね。でも新鮮だったし、浮遊都市と違ってはるか昔から地続きで来てるから歴史の重みも違ってたわ。浮遊都市なんて最古でも百年もないからね」


 巨木にしろ浮遊都市にしろ、異地の建造物は長期保存には不向きだ。

 巨木は材木としてではなく生きた木をくり貫いて居住区にするから、建築と比べて朽ちるのは早いだろうし、浮遊都市は就役から歴史がスタートする。

 地球のような歴史的価値のある建造物や遺跡は残せないのだ。

 建物の交換は楽だからメリットかと思えば、裏では歴史の連続性が失われるデメリットがある。

 そのルィルの言葉に反射的に過去の資料は無さそうと言いかけてやめた。

 グイボラが全盛期の頃は今を生きるので精いっぱいで書物の保存は万全ではなかっただろうし、数百年前の建造物もみな朽ちてしまっていそうだ。

 過去の資料が大量にある地球と比較するのは失礼だから、ルィルの方から話してくるまでは静かにしておくことにした。


「なんだかすごくこの世界の歴史が知りたくなりました」

「多分日本と比べたら薄いわよ? 資料は少なくて日本の博物館と比べたら半分以下だったから」

「でも知りたいです。異星の社会はどんな風に成功と失敗を繰り返してきたのか」


 歴史は微々たる成功と多大なる失敗の繰り返しで成り立っている。

 それは異地でも変わらないのだから、どれだけ地球と異地は似たり寄ったりした歴史を歩んで来たのか、地球人の一人として知りたくなった。


「歴史博物館は三日目の午前中に行くから、ゆっくり見ると良いわ」

「はい」


 鍬田は未知の観光の中で楽しみをいくつも見つけ、やはり近未来しか見えない都市を見ようとした。

 と、なにやら視線に気づいて窓から反対方向に顔を向けた。


「…………」

 一人の女が静かに鍬田を見つめていたのだ。

 そして視線が交差すると何もなかったかのように窓の方へと首を捻った。

「?」

 異星人であるルィルを独占しすぎたから見たのだろうかと思い、再び窓の下を見下ろしたのだった。


 

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